第48話 秘密の特訓
今日から多分3日間本編1日2話更新します。2回目の更新は13時です。
武器選びが開始された日の夜、約束通りにカイト、桜、ユリィの三人が生徒会室に併設された会長室へと集合していた。
「へぇ、ここが件の会長室。でも、普通じゃない?どこにそんな防音性に優れた素材が使われてるの?」
周囲を見渡すユリィだが、会長室の壁は見た感じは普通の壁であった。強いて言うなら、壁が革張りのイスに似ている感がある程度である。
「じゃあ、オレたちが今から大声を出すから、外の壁に耳を当ててみるといい。ああ、分身体をこっちに残しておけ。そのほうがわかるだろう。」
「んー、そだね。」
そう言ってユリィは自らと同じ姿の分身体を一体作り出し、カイトの肩に鎮座させた。その行動に驚くのは当然、桜だ。
「……え?ユリィちゃんが二人に増えた?」
「あ、桜は見るの初めてだね。始めまして。ユリィ・マークツーです。」
「名前、あったのか。」
「気分で今つけた。」
そうユリィ―本体―はカイトに説明する。ただの気分らしいので、明日には名前も変わっているかも知れない。ちなみに、自己紹介したのは分身体の方である。
「……貰っていいですか?」
「は?」
「ください、是非。二人いるなら偽物の方頂戴してもいいですよね?」
興奮して訳の分からない事を言う桜に、カイトとユリィは呆気に取られている。
「前からカイトくんに憧れていたんです。こんな可愛い妖精が一緒にいればなぁ、って。ですので、ください。」
「いや、分身体だから、すぐに消えるぞ?」
「……そうですか……非常に残念です。」
非常に、の部分を強調し、落ち込む桜。とりあえずは諦めたらしい。
(やはり名家の令嬢といえども、中身は普通の女の子と変わらない、か。まあ、それもそうか。)
カイトはそう思い、安心した。常に凛とした大和撫子な桜も良いとは思うが、歳相応のほうが一緒にいて楽しくて良い。それがカイトの感想であった。
「あ、ああ。そうか。じゃあ、ユリィ、外に出ろ。」
「うん。あ、私居ないからって桜に変なことしちゃだめだよー!」
分身体も一緒のステレオでそう言って部屋から出て行ったユリィの本体。ドアが閉まったのを確認して、カイトと桜は大声で叫んだ。叫び終わって興奮気味のユリィ―の本体―が再び戻って来た。
「凄いね!ほんとに外には何も聞こえなかった!」
興奮気味にそう言って納得したのであった。ちなみに、カイトと桜は本当にそんなに聞こえないものなのか、と当人たちも知らなかったので、内心ビクビクであったのだが、結果良ければ全て良し、としておいた。
「じゃ、講習を開始するね。今日は初めての桜が居るから復習から入るよー。」
「お願いします。」
桜は生徒会会長室にある椅子を人数分用意し、3人はそれに座り、ようやく講習が開始された。
「うん。じゃあ、まずは基本的な魔力の使い方から。こっちは確認がてらカイトに説明してもらおうかな。間違っていたら私が訂正するよ。」
そう言ってカイトに説明させるユリィ。カイトは昔を思い出しつつ、なるべく丁寧な説明を心掛ける。
「分かった。まず魔力を扱うには魔素の存在を感じ取らないといけない。まあ、こっちの住人だと生まれた時から魔術を知っているから、普通に出来るらしいんだが、オレたちには最初の難関だな。」
存在しないものを感じ取れ、有る事を知っているエネフィアの住人ならばともかく、未だに心のどこかで疑問視している学園生にとっては、最初の難関と言えた。事実、カイトも嘗てはここで躓いている。
「コツはオレがやった時だと、瞑想に似た感じだったな。自分と世界との境界線を曖昧にして、世界の流れを感じるような感じか。」
実はカイトはこの瞑想で周囲の魔素を感じ取る事が非常に上手い。仲間達からは何故こんな落ち着きのない奴がこんなに瞑想が得意なんだ、と驚かれたが。
ちなみに、何故カイトが得意なのか、と言うと単に世界の魔素を感じる事が好きだからである。そこから実は時々カイトが瞑想をしているのだが、それで上手くなったのである。
「確か桜は武芸を嗜んでいるんだったな?」
「はい。先ほども言いましたが、薙刀を少々、それと合気道も多少は。」
桜のことであるから少々や多少と言いつつ、段位を持っていそうであったが、カイトは聞かなかった。ちなみに、カイトの予想通りに彼女は薙刀は段位どころか免許皆伝クラスである。
「なら、瞑想などの精神集中はやるか?」
「ええ、試合形式の鍛錬の前になどは……」
桜は試合前の高ぶる気持ちを抑えつけるため、である。
「なら、とりあえずそれをやってみてくれ。」
「はい。」
そう言って桜は地面に正座し、目を閉じて精神集中を行う。暫く経った所でカイトが問いかけた。
「もういいぞ。桜、今何に集中していた?思考か?それともオレたちの動きか?」
「えっと、カイトさん達の動きですね。どういう風に動いているか、等を聞いていました。」
「ああ。魔力を扱う場合はそれで正解だ。逆に自分の思考に集中すると、確かに自分の中に有る魔力を使用できるが、この魔力量は圧倒的に少ない。」
ユリィは、圧倒的に少ないってどの口が言うのか、と思うが、本人も他人から見れば似たり寄ったりである。
「圧倒的に少ない、って何に比べてですか?」
「この世界全体に満ちる魔素に比べて、だ。まあ、普通に考えて比べるべくも無いよな。人一人が保有できる魔力の量と、世界に満ちる魔力の量。勝てる道理はない。」
「それは、そうですね。」
「ああ。自分の魔力は呼び水にして、世界の魔力を呼び込み、魔術を使う。そうすれば、少しの魔力で魔術を行使できる。だから自分の世界に入り込んではいけない。それは自分と世界を隔て、壁を創る行為だ。自分の外を感じ、自分の中に外の魔力を呼びこむ感覚を身につけるんだ。」
「やってみます。」
そう言って再び瞑想しようとする桜。ここでユリィが止める。
「あ、ストップ。今度はカイト、桜を抱きしめて魔力を受け渡してあげて。」
「抱きしめて?……え!カイトさんがですか!?」
「……おい、ユリィ。」
「ん?どうしたの?魔力を受け入れる感覚が分からないと、魔術を扱えないでしょ?」
真っ赤になった桜を見てニヤニヤしているユリィだが、魔力の扱い方がわからない者に教えるのに最も効率が良いのは、実際に魔力を感じさせることであった。それ故ユリィの指示は間違ってはいないが、桜の反応を楽しんでいる。
ちなみに、魔力を受け渡すのに最も効率の良いのは直に肌をひっつけて直に接する事であるが、さすがにそれはさせなかった。
「はぁ……すまん桜。一応間違っちゃいないんだ。魔力であれなんであれ、距離が近いほど渡しやすくなるだろ?だから、抱きしめろてことだ。」
「あ、ああ、そ、そうなんですか。すいません、勝手に照れてしまって。」
真っ赤になりつつ、二人に謝罪する桜。どうやら単なる冗談だと思っていたのだが、理由を聞けば理に適っていたので、疑った事を詫びたのだ。
「いや、いい。恥ずかしいのはこっちも同じだ。……ん?いや、まて。抱きしめる必要があるのか?手を肩に乗せるだけでもいいだろ?」
流されるがままになっていたカイトだが、ふと、抱きしめる必要が無いことに気づいた。別に手を当てるだけでも良い筈である。
「接触する面積が増えたほうが多く渡せるに決まってるでしょ?初めてなんだから、なるべく多くの量を感じさせてあげないとね。それに、離れた所から声を掛けるより、耳元で囁いたほうが集中しやすいでしょ?あ、それとも、二人共服も脱ぐ?服無いほうがわかりやすいよ?」
そう言って茶化すユリィ。自分が楽しむためなら、自分の想い人さえもダシに使う、根っからの悪戯好きであった。しかも、ユリィの発言は理にかなっているから、余計にたちが悪い。カイトはそんなユリィを半眼で睨むも、効果は無い。そんなことで悪戯癖が治るなら、とっくの昔に治っていた。
「さすがに裸には……じゃあ、お願いします。」
真っ赤になりながらもそう言う桜。カイトは諦めて桜の後ろへ回った。さすがに前から抱きしめる気は無いし、必要も無い。
「いくぞ?」
そう言ってカイトは正座した桜を後ろから抱きしめ、自分の魔力を桜へと流す。抱きしめる瞬間の桜から良い匂いがしたが、カイトは即座にそれを雑念として処理した。抱きしめる直前には、既にカイトの顔は真剣な、先達の戦士として顔であった。その時点で羞恥心や邪念は殆ど消えたのである。
「なにか感じるか?」
「えっと、カイトさんの体温を感じます。」
「体温じゃない……他には?」
カイトは集中しているため、一切恥ずかしがらずにスルーする。
「あ、カイトさんと接触している部分から何かが流れて来ている感じがします……暖かいような冷たいような……いろんな力?のようなものを感じます……」
桜も集中してきたのか、緊張感や羞恥心がかなり無くなっていた。
「ああ、それが魔力だ。じゃあ、今度はそれを感じたまま、利き腕を前に。ああ、そうだ。そしてその力を右手に集める感覚をイメージしろ。」
耳元で囁くカイトの声に従い、言われた通りに行動する桜。桜は目を瞑っているため気づかないが、桜の右手は仄かに桜色に淡く光っていた。
「よし、それでいい。じゃあ、そのまま目を開けてみろ。」
「はい。……あ!」
目を開けた桜は自分の右手が仄かに光っているのを確かに見た。が、驚きと共にすぐに消えてしまう。
「見えたか?それが桜由来の魔力だ。まあ、今はオレが渡した魔力を使ったわけだが、慣れれば……。」
そう言ってカイトは手の平を上にして意識を集中する。すると今度は青みがかった虹色の光が現れる。桜より少しだけはっきりとした光だった。
「これがオレ由来の魔力だな。今度は世界からの魔力を供給せず、自分の魔力だけで出した。まあ、普通は単色だ。オレが虹色なのは、偶然だな。系統は青系の色がメインだ。」
そう言うとぐっ、と手を握りしめて光を消失させる。
「時々いるんだよね、虹色に光る人。まあ、滅多に見ないけど。」
「魔力の色は人によって違うんですか?」
「うん。魔力は意志の力。意思が人によって違うから、厳密に同じ色にはなりえないよ。まあ、人の目には同じ色に見えることも有るみたいだけどね。精霊様達だと、全部違って見えるらしいよ。」
「色で得意な属性とかわかるんですか?」
「無理らしいな。ただその色に光る、というだけだ。光の状況でそのときの状態とかはわかるらしいが。」
「簡易に、だけどね。光が強ければそれだけ意思が強いってこと。逆に光が弱ければ意思が弱い。」
「まだ満足に魔力を出せないオレたちだと、仄かな光となるから、そこまでは判別できないけどな。」
「うん。まだ桜もカイトも魔力を出すことに慣れてないからはっきりしないけど、慣れればこんなふうに……。」
そう言ってユリィは二人と同じく自分由来の魔力を顕現させる。二人と違い、はっきりした明るいオレンジ系の光だった。
「私達と違ってしっかりした光ですね。それに集中する必要もない……。」
「まあ、慣れるまではしっかり意識してやったほうがいいよ。今日は桜は魔力を出す練習を繰り返してね。カイトは始めはそのサポートで魔力を受け渡す練習。」
そうしてこの日の鍛錬は終了したのであった。3日もすれば桜も一人で魔力を放出する事ができるようになり、一週間後にはきちんとした光を顕現させることが出来るようになっていた。
お読み頂き有難う御座いました。