第47話 武器
ルキウスの部隊幹部の許可を得て外へ出た三人。幸いにも誰も外におらず、見られることはなかった。
「……よし、こんなところか。」
そう言ってカイトは顕現させた刃渡り一メートルの刀を桜へ手渡す。桜は渡された刀の重さに大いに驚いた。
「本当に可能なんですね。でも、軽い?まるで羽毛みたい……」
「ああ、こいつは重さを決めてないからな。」
「重さって変えられるんですか?」
「所詮は魔力で編んだ刀だからな。だが、切れ味は変わらないだろう。」
そう言ってカイトは刀を消失させた。カイトの発言を聞いたユリィは訂正する。
「ううん、多分並の刀よりも切れ味はいいよ。材質や職人の腕に影響されないからね。」
「それなら、他の方は何故この方法を使用しないんですか?」
「まあ、一番は魔力の問題かな。投擲武器ならこの方法で創りだしても、所詮長くて数十秒だから大丈夫だけど、近接戦として使うとなると、分単位、場合によっては一時間以上使うことになるからね。使いたくても使えない、っていうのが本当だよ。まあ、カイトの場合は適正で少し長く顕現させられる、ってとこ。まあ、それ以外にも理由はあるけどね。」
実は、このそれ以外の理由の方が大事なのだが、今は説明しても理解できないだろう、ということでユリィはわかりやすい方で説明したのである。
「ああ。だから他の奴には教えたくないんだ。オレもユリィに自分の適正を聞いて思いついたしな。適正が無いのに、オレと同じ方法を使用として死なれても寝覚めが悪い。まあ、実際に戦闘になると、この程度の長さにするけどな。」
そう言ってカイトは刃渡り50センチ程度の双剣を創りだした。
「じゃあ、私にも教えたくなかったんでは?」
「ん?ああ、桜にはいいか、と思った。まあ、桜なら間違えることはないだろ。特にソラには教えられん。」
そう言って笑うカイトに、桜、ユリィも笑った。
「ええ。ソラさんなら必ず自分も試そうと無茶をなさるに違いないですね。」
「あはは!多分倒れるまでやるね!」
事実、後に無理とわかってるのに、カイトの真似をしてソラがぶっ倒れたのは、横においておく。
一頻り笑いあった後、再び会議室へ戻ろうとして、桜があることに気づいた。
「……あれ?どうしてそれを使えるんですか!?」
それとは魔石付きグローブの事である。よくよく考えれば、カイトも魔力を扱えない事になっているのだ。そして、カイトもそれは理解していた。そして、実はその為の布石は既に打っていたのである。
「あ、いや、まあ、実は……。」
カイトは少し照れた様子を作り、内緒だぞ、と断りを入れる。
「まあ、オレも男の子なわけで……魔力の扱い方をユリィに聞いて練習したんだ。言っただろ?適正を聞いて、って。」
「うん。まあ、まだ魔力を顕在化させるだけしか出来ないけどね。」
これは始めから二人が言っていた事だ。ユリィから適正を聞いていた、と。ならば、予め何か訓練かそれに準ずる行為をしていないと可怪しい、ということなのである。
カイトやティナはエネフィアでも最高位の魔力の使い手だ。どう偽っても素人の動きは再現出来ない。あまりに習得が早すぎ、いらぬ疑いを掛けられないようにするため、予め訓練していた、という予防線を張っておいたのである。実は、今回カイトが桜にこのやり方を見せたのは、これを暗に伝える為なのであった。そうでなければわざわざ疑いを掛けられる様な事を自分からする筈は無い。
「それでもうまく行ったんだから、良しとすべきだろ……どうした、桜?」
どういうわけか桜がプルプルと震えている。何か我慢していた物が吹き出す直前の様な様子である。
「……ずるい。ずるいです!私だって我慢してるのに!一人だけ先に練習してるなんて!」
「……お?あ、いや、すいません。」
唐突に大声を上げた桜にカイトはたじろぐ。
「本当に済まないと思っているんですか?じゃあ、私にも教えて下さい!」
「……えっと魔力の使い方をか?」
「そうです!」
「えっと、ユリィに教えてもらうことになるが?」
「面倒だから、二人一緒でいいならいいよー。」
元からカイトには教える必要がないので、実質には桜のみで良い。さらに言えば、ユリィは教師として活動しているので、他人に、それも初心者に教えることはやぶさかではなかった。
「お願いします。」
嬉しそうにそう言う桜を見たカイトは意外そうな顔をしていた。それに気づいた桜は顔を赤く染める。
「これでも昔は魔法に憧れたことのある普通の少女でしたから。楓ちゃんとよくごっこ遊びなんかで遊んでました。」
「そ、そうか。まあ、はしゃいでも特訓は内緒にな。」
「はい!」
そう言って嬉しそうに笑う桜は、いつもの生徒会長としての凛とした表情ではなく、歳相応の少女の笑顔であった。
「まあ、私もあんまり人が多くても面倒見切れないからねー。」
「じゃあ、今日の夜の鍛錬はどうするんだ?」
カイトの訓練は、夜に密かに練習している、という体にするつもりであった。
「まあ、いつもはカイトの部屋だけど、今日からはどこか探さないとね。」
さすがに夜中にカイトの部屋へ桜が入っていくのを見られれば、翌日には桜の親衛隊から暗殺者が派遣される。それだけはいろいろ―主に精神的な―な意味で避けたかった。
「でしたら、生徒会室の隣の会長室などいかがでしょうか。私が鍵を専有していますから。他にはマスターを桜田のおじさまが持たれているだけですので、誰か入ってくる心配もありません。また、生徒会室を通らないと入れないので、誰かが中にいても気付かれにくいでしょう。」
「でも、声とか漏れないの?防音結界なんて無いでしょ?」
「いえ、防音は完璧です。少なくとも壁に耳を当てても中の音は聞こえません。まあ、魔術はどうかわかりませんけど……。」
「え?どうやって音を防いでるの?会長室ってかなり分厚い壁で覆われてるの?侵入者対策?」
エネフィアにおける建物内部の壁は防御目的か宿でも無い限りは殆ど薄く、少し壁に近づくだけでも中の声が聞こえることが度々あった。そのため、防音結界(他が防音結界表記)が活用され、皇城などの重要施設では各部屋ごとに敷かれていた。尚、当然泊まる部屋や宿の種類によってはきちんと宿の構造で防音がなされている。
「いえ、校長室と会長室には時々来客がありますので、防音に優れた素材を用いた造りがなされているんです。と、言っても開発したのは研究者の方々ですので、詳しい原理はわかりませんけどね。」
素っ頓狂なユリィの考え方に苦笑しつつ、桜は事情を説明する。
「そんな素材あるの!?見たい!」
ユリィはかなり興味津々、といった感じで身を乗り出した。ちなみに、単なる興味本位である。
「じゃあ、今度お見せしますね。サンプルが確か科学部部室に転がっていた筈でしたし。」
この防音に優れた素材は天道財閥系の研究機関で開発された物であったので、サンプルが学園にもまわってきたのであった。
「うん!ありがと!」
「じゃあ、今夜21時に生徒会室に集合だ。」
「分かりました。21時ですね。鍵を開けておきます。だいたいどれぐらいの時間練習するんです?」
「ああ、助かる。こっちはユリィを連れて行く。鍛錬は約2時間だ。」
「案内よろしくー。」
「お願いします。」
カイトは場所と時間を決定し、即座にルキウスに念話を送る。見回りの隊員に訓練場所で魔力に気付いても問題ない、と伝えないと、異常かと思われるからだ。さすがにカイトとしてもそんな面倒は避けたかった。
『ルキウス、聞こえるか?』
『カイト殿か、一体どうされた?何か問題が?』
『いや、大した用事ではない。ただ、今夜以降しばらくは21時以降2時間ほどオレとユリィで生徒会長の鍛錬を行う。場所は生徒会室横の会長室。見回りで魔力が感じられても問題は無い、と伝えておいてくれ。』
『了解した。伝えておこう。……我らの鍛錬は、どうされる?』
カイトは帰還以降時々カイトの帰還を知る幹部陣全員の鍛錬に付き合っていた、というのが本人たちの主観である。但し、カイト達の命令なので、彼らには拒否権は無かったので、付き合っている、というのは間違いだろう。ちなみに、ティナは訓練メニューの構成で貢献していた。そのため、ルキウスの声には少し期待があった。もしかしたら実戦形式の頻度ぐらいは減るかも、と。
しかし、カイトには桜の特訓程度では一切なんら影響は無かった。カイトやティナにとって、自らと同じ分身を創りだす事は余裕なので、最悪桜の特訓を分身体に任せれば良いだけの話なのである。
『それも今まで通り行う。まあ、そちらは当分はそこまで時間は必要ないだろうからな。』
『……不甲斐なくて、申し訳ない。』
『いや、構わん。まあ、少なくとも半年以内には今の三倍程度には戦闘能力を上げてもらうがな。』
そう言われたルキウスは若干顔が青ざめ、震え始める。隣のアルとリィルがそれを気にしていたが虫の知らせか、聞きたくないような雰囲気を醸し出していた。尚、そんな弟と幼馴染を自分と同じ絶望へと叩き込む為、念話が終了後、直ぐに伝えられた。
『……光栄です。』
心底絶望感をにじませながら、そう言うしか無いルキウス。上司が直々に鍛錬に付き合ってくれるのだから、断れるはずがなかった。
『少なくとも年内に手加減したティナとの戦闘で5分以上は保たせるようになってもらう。まあ、お前らの才能なら、簡単に達成できるだろう。』
現状、かなり手加減したカイト相手でも幹部陣総掛かりで一分保っていなかった。始めた当初なぞ30秒も保たなかったので、カイトの半ば本気の殺気混じりの魔力を浴びて幹部が数人気絶したのは、いい思い出である。
今ではカイトの訓練の日は幹部陣がボロボロになって異空間から帰ってくるので、事情を知らない隊員たちからは、謎の異空間として恐れられていた。一方の幹部陣は地獄の異世界として恐れているが。まあ、その成果として、カイトとの訓練以降、幹部陣が腕を飛躍的に上昇させている。
『……ティナ殿まで訓練メニュー以外にもお付き合いくださるとは……ありがたきお言葉。』
この地獄はこれからが本番らしい、ルキウスはそう諦めた。
『ああ、では、見回りの件、頼んだ。……ティナの訓練メニューは慣れれば、逆に普通の特訓より楽になる。そのせいでオレは常に負荷をかけっぱなしだ。無いと落ち着かなくてな。そう落ち込むな。』
そう言って念話を遮断したカイト。自分の訓練のほうがキツイことを理解していない。そして再び桜へと向き直る。
「じゃあ、そろそろ会議室に戻るか。」
「そうですね。防具を選ばないといけませんし。」
「あ、カイト。防具か外套をフード付きのにしてくれると助かるんだけど。」
「断る。お前、フードの中で寝る気だろ。」
「いつも肩か頭だと、寝るのに不便でさー。フードあるならそっちの方が寝やすい。」
実はユリィは魔術で相対位置を固定して寝ているので、フードがあろうとなかろうと問題は無い。ただ、使用するのが面倒なだけだった。
「そもそも人の上で寝ようとするなよ……」
そう言ってカイトは以降のユリィによる説得を完全にスルーすることにして、歩き出した。三人は今度こそ、防具を選ぶために再び会議室へと戻るのであった。
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