第552話 竜騎士達の戦い
『石巨人』の群れという唐突な侵入者達の所為で一時中断となった竜騎士レースは、そのまま選手達と警備を担当する軍の共同での『石巨人』の群れの掃討戦へと姿を変えていた。
「瑞樹! 腕を切り落としてくれ!」
「わかりましたわ!」
竜を操るだけで大した攻撃力の無い選手達の中で、満足に攻撃らしい攻撃を出来たのは瑞樹だった。彼女は元々冒険者としての訓練を積んでいた上に大火力を持ち味としていたおかげで、『石巨人』を相手に有用な攻撃力を持てていたのである。この部分は流石に方向性の違いからキリエでは足りてない為、手の出しようが無かったのだ。
まあ、その分彼女には指揮力が存在していたので、他の面子を指揮して瑞樹の為に隙を創りだす事が出来たのだが。
「一気に顔面を攻撃するぞ!」
「ヴォルフ軍学校の意地を見せてやるわ!」
『石巨人』の腕を切り落とした瑞樹に続いて、この場では比較的実戦経験を積んでいるヴォルフ軍学校の二人が攻撃力を失った『石巨人』の顔面へと同時に躍り出る。
当たり前だが、天竜とは本来は魔物だ。その火力であれば、戦えないでは無かったのだ。ただ単に持久力の問題と敵の数が多すぎる関係で彼らだけでは勝ち得ないだけだ。
「「<<竜の一点撃>>!」」
二匹の天竜は同時に『石巨人』の眼前に躍り出ると、そのまま騎竜に指示して一点集中させる類の<<竜の息吹>>を放つ。
至近距離なのでそのままの<<竜の息吹>>でも砕けたのかもしれないが、万が一を考えて威力を集中させたのだ。そうして、一点集中で威力を高められた<<竜の息吹>>はそのまま『石巨人』の頭部を砕いて、討伐した。
「良し!」
「いぇい!」
「馬鹿! まだまだ居るんだぞ! 一匹やった程度で喜んでいる場合か! 止まったらすぐに奴らの餌食になるぞ!」
一匹を倒した事で喜びあう二人に対して、キリエが大声で指示を送る。ここらはやはり幾ら軍学校の生徒といえども、まだ生徒だ。才能や経験値の差だろう。
キリエは軍学校では無いが実家の方針等からかなりの実戦経験を施されていたし、当人の才覚としても悪くはない。そこらの差が出たのである。
「……なんとかなりそうだな」
自分達に挑発されて移動を始めた『石巨人』の群れを見て、キリエが一安心したように頷く。とりあえず動いてさえくれれば、後は空き地に誘導すれば良いだけだ。
そこから先は、軍の仕事だ。当たり前ではあるが、キリエも邪魔をしようとは思わない。というより、彼女は軍――と言うか兄――が手をこまねいているのを見て、義侠心や兄妹としての情等から支援を申し出ただけ、だった。
キリエは英雄になろうなぞと考えてはいない。もし彼女に英雄願望なぞがあれば、幾ら軍の上層部の命令だろうとも即座にアベルもその支援の申し出を切って捨てていただろう。生きて帰る事が大前提だったからこそ、その支援の申し出を受けたのだ。
が、そうでも何時までもほっとしてはいられない。なにせ森のなかに入っても岩石や木の破片は投げつけられているからだ。それの対処を怠るわけにはいかない。
「瑞樹! 右は任せる! テトラ! 木は私達で砕くぞ!」
「わかりましたわ! レイア!」
キリエからの指示を受けて、横に居た瑞樹がレイアに指示を送る。この場で最も実戦経験があるのは、どういう因果かキリエでも無くヴォルフ軍学校の面々でもなく、異世界人であるはずの瑞樹だ。最も迷いがない彼女の力を借りようとするのは当然にも近い。
「<<竜の息吹>>! まだ続きますわよ! <<連斬波>>!」
「<<竜の乱流>>!」
二匹の天竜はヴォルフ軍学校の二人に向けて投じられた幾つもの飛翔物に対して、<<竜の息吹>>を放つ事で対処する。まあ、瑞樹の方はそれだけでは足りないので、自ら幾つもの斬撃を放つ事で対処する。
「うぅ……魔砲を使えれば楽ですのに!」
「使えないのか?」
「生憎と、攻撃範囲が広すぎて乱戦の最中では使えないですわね。おまけに一撃が強いせいでかなり大量に魔力を消費してしまうので、全部、というわけにはまいりませんわね」
当たり前に近いが、ティナの作った魔砲だ。リミッターを解除した状態で放てば『石巨人』なぞ討伐する事は容易だ。だが、それも出来て数発だ。そして持久戦となっている現状を考えれば、それはあまり得策では無かった。
とは言え、何時までも使わないわけでは無かった。確かに全力で使えば消費量は莫大だが、手加減さえすればレーザーモードでも使える。
「瑞樹! チャンスを作ったぞ!」
「モード・レーザーで起動……即席ですが、斬撃、ですわ!」
テトラの一撃で『石巨人』の目を潰した一瞬を受けて、瑞樹はレイアに指示して一気に足下に急降下して大剣を魔砲モードへと変更する。そしてそのままトリガーを引いて、一気に急上昇した。
すると、どうなるか。結果は当然だが瑞樹の上昇に合わせてレーザーも上昇していく事になるので、即席のレーザーブレードの出来上がり、だった。
「全員、離れろ!」
真っ二つに両断された『石巨人』を見て、キリエが即座に指示を与える。当たり前だが真っ二つに両断されれば『石巨人』とて生きてはいられない。なので後は50メートル級の巨体が倒れるのに巻き込まれない様に、逃げなければならないのだ。
「これで4体目、か」
キリエはようやく倒せた4体目を見て、汗を拭う。彼女の言うように、これで4体目だ。キリエ達が戦い始めてからすでに10分以上経過していることを考えれば、かなり遅いペースだった。
とは言え、倒したのも出来る範囲だけだし、後少しで、アベルから指示されている空き地だ。そこまで焦りは無かった。そして、空き地までの距離をキリエが流し見て把握する。
「あと少し、か」
「キリエ会長! またこちらに来ます!」
「ちっ! 全員、適度に間合いを取りつつ、空き地まで誘導するぞ!」
キリエは更に告げられた報告に舌打ちするも、気を取り直して指揮に戻り始める。掛けられた言葉にそちらを見れば、猛スピードで『石巨人』の巨体がこちらに迫ってきていた。
「テトラ! 上に逃げろ!」
猛突進してくる『石巨人』に対して、キリエはテトラを上に逃がす事で対処させる。幾ら50メートル強を誇る巨体だろうと、その手が届く範囲は有限だ。空に逃げれば当然、逃げられるのである。
「はっ!」
逃げた所に投げつけられた巨木の破片に対して、レイアを操った瑞樹が斬撃で粉微塵にする。
「すまん!」
「いえ! それで、どうしますの! そろそろこちらに集まり始めていますわよ!」
群れの数はおおよそ50匹程で、当然だが彼らだけで全てを仕留めきれる量では無かった。ということで瑞樹が指示を求めたのだが、それにテトラは即座に指示を全員に送る。
ちなみに、指示にはヘッドセット型魔道具を使っている。選手達はいくつかの集団に別れて『石巨人』の群れの各所で挑発を繰り返していた為、声が届かない可能性もあったのだ。魔道具のシステムを統括している大会委員会に頼んで、全員のヘッドセットを繋げてもらったのである。
「全員、挑発はこのぐらいで大丈夫だ! もうそろそろ空き地に向かうぞ!」
幾つかの集団が出来上がっていたのを見て、キリエがそろそろ大丈夫か、と指示を送る。そうして更に幾度かの挑発の後、一同は空き地まで辿り着く事が出来た。
空き地は直径200メートル程で、何かの要因で人為的に出来た様子だった。おそらく冒険者との戦いか、魔物同士の縄張り争いで出来たのだろう。とは言え、これだけ広ければ、飛空艇から援護射撃を掛けた所で森に延焼する可能性は低かった。
『射程内に入った! 各艦、一斉射を開始しろ! 君達は射線上に入るなよ!』
木々に邪魔される事なくはっきりと『石巨人』姿を捉えた飛空艇は、キリエ達を追いかけるのに夢中で一気に空き地に入ってきた『石巨人』へと上空から砲撃を仕掛ける。
「良し!」
当たり前だが、飛空艇の火力は――日向等の特殊な個体を除けば――竜達よりも遥かに高い。というわけで、たった5隻程の飛空艇だったのだが、その一斉射を受けて『石巨人』の巨体は蜂の巣にされて、まるで崩れる様に地面に沈む。
そうして5体程迂闊にも空き地に飛び込んできた『石巨人』を片付けたのだが、そこでどうやら『石巨人』も警戒してきたらしい。空き地に入ろうとせず、遠巻きに木の破片を投げつけるだけになった。
「ちっ……」
「どうしますの? もう一度、森に入りますの? それとも、ここで遠巻きに攻撃を?」
流石に木の破片にあたってはタダでは済まないので騎竜達に対処させつつ、瑞樹はキリエに問いかける。出来ることなら全員こちらに来て欲しかったのだが、そうは上手くはいかない様子だった。
「どうするか……遠巻きに攻撃だと、当たりそうもない、か……おまけにそこまで多くをおびき出せるとも思わないな……全員、もう一度森に突入して、おびき出すぞ!」
瑞樹の問いかけを受けて、キリエが幾つかの考察を行う。如何に『石巨人』と言っても、その考え方はそれぞれで異なる。当然だが、人がそうである様に、別個体だからだ。
遠巻きに攻撃して数体を呼び寄せて討伐することは出来ても、多数を呼び寄せられるとは思わない。ならば、虎穴に入らずんばなんとやら、と森に飛び込まなければ難しそうだったのだ。
「瑞樹、援護を頼む!」
「ええ!」
『待った!』
再び森へと突入しようとした選手達へと向けて、アベルが飛空艇のスピーカーを使って制止を行う。それを受けて、選手達が全員立ち止まった。
『今、援軍がそちらに向かった。後は彼らに任せて、貴様らは飛空艇に避難しろ。間違っても、巻き込まれるなよ』
「援軍?」
『ああ、とびきりの援軍だ。我が国最強の、な』
キリエの疑問に対して、アベルは分かる者には分かる様な意味深な言葉を送る。それは当然だが、キリエにも理解出来た。そして、その次の瞬間。彼女らのすぐ横を人の様な何かが通りすぎて、轟音が鳴り響き、地面が大きく地割れを起こした。
「……なんだ、あれ……」
「す、すごいな……良し! 我々は後は軍に任せて、避難するぞ!」
明らかに過剰な攻撃力に上を見て、日向の姿を見付けたキリエが頬を引き攣らせるも、即座に撤退を指示する。ここまでの事が出来るのは、彼女の知る限りでは一人しか居ない。となれば、もう戦いは終わったも同然だったのだ。
とは言え、予想外の事もあった。それは一人、と思っていた援軍が、一人では無かったのだ。一同が滞空する空き地に、一人の仮面姿の男が現れたのだ。それはキリエの予想したカイトでは無く、別の人物だった。
「援護は俺が行おう。君達は即座に避難しろ」
「貴方は……?」
「誰でも良いだろう? 援護は任せて、早く逃げろ」
キリエの言葉に男は振り返る事もなく双銃を構えると、そのまま投げつけられる無数の岩石や巨木の破片へと引き金を引いて、片っ端から木っ端微塵にしていく。自分で飛空術を使っている事からも分かるが、まるで豪雨の様に双銃から魔弾を放つその姿は、決して並の者には見えなかった。
「いい加減にあの飲んだくれの説教で苛立っていたんだ。ストレスを発散させてもらうぞ……さっさと、行け! 貴様らが居た所で邪魔にしかならん!」
「申し訳ありません! 後は頼みます!」
まるで踊るように空き地の全周囲から投げつけられる投擲物に対して、男は双銃を乱射する。そしてそんな男から叱咤されて、キリエは少し慌て気味にテトラを操り、上昇していく。誰なのかは気にはなるが、邪魔になるのは確かなのだ。
「それで良い。後代の若者達よ」
「かっこつけてんなよ。さっさと行くぞ」
双銃を乱射する男の下へと、蒼い髪の仮面姿の男が声を掛ける。キリエ達を収容した飛空艇は他の飛空艇に守られながらゆっくりと上昇していき、あと少しで『石巨人』達の腕力の投擲でも届かない距離にまで到達しようとしていた。
「さって、お祭りを邪魔してくれた奴らにゃ、お仕置きの時間だ」
「そうしよう」
二人の男は地面に降り立つと、地面を蹴って森の中に入る。すでに森のなかには彼ら以外の仲間達も戦いを始めており、幾つもの『石巨人』の死骸が転がっていた。そうして、更に二人も戦いを始める事にするのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第554話『主催者達』