第551話 妨害
竜騎士レースも二日目に入り、舞台は第一走者から第二走者達に移っていた。初めこそ優位に立てていた瑞樹だが、流石に練度が違うのは、厳しかった。おまけに空中だ。見通しは非常によく、すぐに追いつかれる事になった。そして追いつかれれば、近接戦闘だ。
「貰った!」
「つっ! あっ!」
キリエからの攻撃を受けて、瑞樹は思わず主武器であった両手剣を武器を取り落とす。そしてそうなれば当然だが、今の瑞樹では両手剣の回収は不可能だ。なので、顔に苦渋が浮かぶ。そして武器を取り落としたと見た他の選手が、一気に瑞樹を仕留めに来た。
「ここだ!」
「冒険者を舐めないで貰いたいですわね!」
とは言え、瑞樹もまた、冒険者として幾度も戦闘を行って来たのだ。なので即座に気を取り直して背後に背負う大剣を手に取ると、続いた追撃に対して大剣の腹で防いでみせる。
「つぅ!」
「ここよ!」
まさか一瞬で立ち直るとは想定外だったらしい。瑞樹に攻撃を仕掛けた選手は鎧ごと勝負を決めようと思っていたらしく、全力での攻撃を仕掛けていた為、大剣の腹に衝突して思わず剣を持っていた手を振るい、しびれを取る事になった。
が、そんな隙が見逃される筈が無い。更に別の選手から攻撃が仕掛けられて、なんとかしびれる手で防げたものの、彼もまた、剣を取り落とす事になってしまった。
「森が近い……が、流石に昨日みたいにはいけませんわよね」
『だよ。昨日君だけが森の上を飛んでいた事は全員が把握しているわね。と言う事は、今日は上を直行する事になると思う』
攻撃の応酬を繰り広げながらヘッドセット型の魔道具で問い掛けた瑞樹だが、その疑問にリクルが即座に推測を送る。
昨日は一位がキリエで、そのキリエが後ろからの攻撃を受ける事を厭って森に飛び込んだ――と言うか、これは一位を取った選手の場合にはかなり多い選択――訳なのだが、それが逆に瑞樹には出来無くて有利に立ってしまったのだ。
それを他の選手は当然だが把握している訳で、今日は全員が乱戦覚悟で森に突っ込もうとはしないだろう。森に入って一位を取れる程の実力が騎竜に有れば良いが、そこまでの差は残念ながら存在していない。となれば、これは当然の判断だっただろう。
「まあ、それでも……戦闘になれば、私の領分ですわ!」
「ふふっ! 頼もしいね! だが、君だけが戦士が本分だ、と思わないでくれよ! 昨日は使えなかったが、ここらで私も一つ切り札を切らせてもらう!」
瑞樹の言葉を受けて、キリエが笑いながらテトラに<<竜の息吹>>の準備をさせる。この状況で使える選択肢は多くはないが、どうやら彼女と何度も矛を交えた選手達は即座に意図を把握したらしい。まるで弾き出される様にキリエとテトラから距離を離した。
「<<竜の乱流>>!」
「まさか、下からですの!?」
下向きに向いたテトラの顔を見て、瑞樹が驚きを浮かべる。当たり前に近いが、今は下に誰もいない。あるのは森だけだ。
そうして、その予想通りに、少し前方の森に向けて、テトラが<<竜の乱流>>の原型となる大きめの光球を放出する。
「つっ! これはまずいですわね!……レイア! 後でキャッチをお願いしますわね!」
樹海へ消えた光球は当たり前だが、森の中で弾け飛んで上向きに一気に速度を上げているのだろう。それを容易に想像出来た瑞樹は少し意を決してレイアを最大速度で加速させながら少し上向きに上昇を指示すると、そのまま、レイアの上から飛び降りた。
「何!?」
「なんのつもりだ!?」
さしもの有力選手達も、この瑞樹の行動には驚くしか無い。いきなり自分から騎竜を降りたのだ。だが当然だが、瑞樹も何ら意味もなく飛び降りた訳では無い。
彼女は喪失と見做されて減点を対価に戻ってきていた両手剣では無く、背負った大剣を手にすると、そのまま空中で自由落下しながら構えた。
「はあぁあああ! <<大斬撃>>!」
魔力を込めれるだけ込めて、瑞樹は自らの持てる最大の力で<<大斬撃>>を若干斜め下の後ろ向きに放つ。更にはそれに伴って、本来は技の中に組み込まれている反動を軽減する為の部分を除去する。
すると、どうなるか。当然だが、作用反作用の法則に従って、瑞樹は前方――彼女から見て後ろ側――へと一気に吹き飛ぶ事になった。
「つっ! レイア!」
やったは良いが瑞樹にとっても少々予想外の速度だったらしく、彼女は僅かに顔をしかめながらも自らの相棒の名を呼ぶ。それを受けて、レイアが一気に高速で飛翔して、瑞樹を足でキャッチしてみせた。
「お見事、ですわ!」
「……ぷっ……あーっはははは! そんな手段で逃げ出したのは君が初めてだ!」
足から再び鞍に戻った瑞樹を見て、他の選手達から頭一つ飛び出たキリエが大爆笑する。今のは当たり前だが視界外からの一撃を狙った物だ。
それを回避というか相殺してみせたことは素直に、賞賛足り得たのである。まあ、彼女達の技量の問題でこれしか出来無かった、と言う訳では有るが、それでも見事成功して見せたのだ。賞賛に値しただろう。
更には瑞樹自身が急加速した事もあって、回避の為に僅かに速度を落とした他の選手達を出し抜いて、唯一キリエとほぼ並走出来ていた。
「だが、これで終わりとは思ってもらいたくないな!」
「思いませんわよ!」
始まるのは、再びの二匹の竜による空中での輪舞曲だ。二匹はまるで螺旋の様に交差しながら、全速力で戦いを繰り広げて行く。そうしてそれも数分続いた所で、山が見えて来た。
「つっ! 山か! こちらからだと、上昇気流になるな! テトラ、煽られない様に」
「危ない!」
テトラに注意を促そうとしたキリエに対して、瑞樹が注意を促す。いや、それだけでは無く、自ら両手剣を使って斬撃を放った。
「っつ!? 何だ!?」
どごん、という音と共に砕け散った巨大な岩石を見て、キリエが目を見開く。かなりの速度で、明らかに選手が行った攻撃等では無かったのだ。しかも、投げつけられたのは一つだけでは無く、周囲に幾つもの岩石や巨木が飛んでいた。
となると、流石に二人は速度を一気に落として、停止するしかない。どうやら警備を行う軍にとっても予想外の状況らしく、飛空艇がにわかに行動を始めていた。そして、それから遅れる事僅か数秒。その場に他の選手達も到着して、滞空する事になった。
「あっち! 気を付けて! かなりの数よ!」
選手達が集まった所に、一気に無数の岩石や森の木と思しき巨大な木片が飛来する。それは明らかに人為的な物で、しかも選手達狙いの物だった。
『大会の警備にあたっている軍の警備隊だ! レースは一時中断だ! 選手達は身の安全を最優先に行動してくれ! 飛翔物に対しては飛空艇から魔導砲で迎撃する!』
無数の岩石が投げられて来たのを見て、飛空艇を操る軍人が声を上げる。流石にこの数では現状の飛空艇だけでは対処しきれ無い上、どうやら森の中から攻撃が仕掛けられている様子で未だに敵の影は見えていない。なので僅かにだが、不安が見て取れた。
まあ、そう言っても誰もが知らない程に規模こそ大きいが、竜騎士レースでは時折有る――だからこそ、軍が飛空艇を警備に出している――魔物の襲来としか思えなかった為、キリエが率先して声を上げる。
「私はブランシェット家の<<審判者>>キリエだ! おそらく魔物の襲来だろう! 言う必要も無いだろうが、竜騎士レースでは時折有る事だ! 全員、一時的に私の指揮下に入れ! まずは竜達を落ち着かせろ! それが出来た者から、飛空艇の影に隠れさせてもらうぞ!」
『君たちは上で青い光を放出している飛空艇の影に隠れてくれ! 我々はそれを援護しつつ、魔物の対処を行う!』
自らはテトラに指示して<<竜の乱流>>で投げられてくる岩石や巨木に対処しつつ、キリエは選手全員の避難を誘導する。そうして、一同は一度軍の指示に従って所定の飛空艇の影に隠れる事にした。
案内された飛空艇は上部が平らで、いざと言う時には全員が内部に避難出来る様になっていた。こう言う事態を想定した、その為の飛空艇だった。防御力も当然高く、そして天竜達を格納出来るスペースも存在していた。
『キリエ嬢! アベル准将から連絡が入っています!』
「ああ、分かった! 繋いでくれ!」
中止かどうか判断出来無かったので中には入らず外に出たままの一同に向けて、スピーカーから声が響く。そうして、スピーカーから聞こえて来た軍人の声に、キリエが許諾を送る。そしてそれを受けて、すぐにアベル――竜騎士レースの警備責任者は彼――へと通信が繋がった。
『キリエ。そこから魔物の影は見え無いか? どうやら監視艇が不意打ちでセンサー類をやられたらしい。修理が終わるまで森の中までは見通せ無い、との事だ』
「少々待ってくれ!」
アベルの言葉を受けて、キリエが少しだけ影から出て森の中を覗きこむ。すると、そこには周囲の木の半分程の大きさの石で出来た人影が見えた。
「兄上! 『石巨人』だ! しかもどうにも群れに遭遇した様子だな!」
『なるほど……ちっ。昨日のレースで群れを起こしたか?』
キリエの言葉を受けて、アベルが舌打ちをする。軍でも最新鋭の機体を回しているのだが、如何せん場所が悪い。最新鋭の軍用機が負ける事は無いのだが、下が森では下手に魔導砲で攻撃を仕掛けると森林火災になりかねないのだ。
「なら、私達の出番、では?」
『何?』
「……それは良い考えだな」
瑞樹の提案を聞いて眉の根をつけた様なアベルに対して、キリエが笑って頷く。彼女は自らで不法組織の討伐に乗り出したりする事からも分かるが、かなり武張った性格だ。となると、瑞樹の提案に乗るのも普通だった。と言うか、このまま軍が手をこまねいているのであれば、その内彼女が言い出しただろう。
まあ、どちらにせよこのままではレースにならないし、このままでは次の試合の邪魔だ。幸いにして次のレースはこちらに来る様子は無いので進行に支障は無いのだが、遠からず影響は出るだろう。
「兄上。どちらにせよ、このままでは軍でも対処出来無いだろう? 障壁とて何時までも使える訳でも無い。ここらの軍の基地の中で大型魔導鎧がある最も近い基地は皇都の中央研究所だ。エンテシア砦にはトンネル防備用の中型しか無い。大急ぎで向かった所で、暫く時間は必要だ。違うか?」
『……なまじ優秀な妹はこまるな』
キリエの言葉は、アベルには否定し難い事だった。更には何時もなら襲撃は平野や山岳地帯で軍の見せ場になるのだが、今回は場所が悪い。抑える程度しか出来ない。
かと言って今から竜騎士レースの参加者達を街に戻すとなると、今年の竜騎士レースはトラブルのため学生部門は中止、となる。様々な利権や思惑が絡んでいる為、軍の独断ではやり難い。アベル一人では判断しかねる状況だった。そんな兄に対して、キリエが続けた。
「それに、竜騎士と『石巨人』なら、相性が良い。戦えない訳では無いだろう? 元来竜騎士は大型魔導鎧が実用化されるよりも前にはああいったデカブツを倒す為の戦士だ。私やここの選手達、そして何より軍の支援が有れば、やれる。どうだ?」
『少し待て……ああ……ああ……わかった。許可が出た。ならば、これから先少しの所に開けた場所が有る。そこまで誘い出せ。竜騎士の本来の在り方を見せてやれ』
キリエの言葉を聞いて、アベルが僅かに逡巡する。決断は結局、彼では無く他部署からの横槍だった。軍がこのまま手をこまねいているだけ、という状況は民衆からの受けが非常にまずいと軍の上層部から判断されたのだ。
更には元来からのキリエの武名も有る。ここで彼女を一躍有名人に持ち上げる事が出来れば、様々な面から見て、非常に有り難かったのだ。兄としては有り難く無かったが、軍の総合的な判断の結果、だった。
「良し。志願者は私と共に騎竜に騎乗して、『石巨人』の撹乱を始めるぞ!」
『キリエ嬢! 赤い光を放つ飛空艇の真下が指定ポイントです! そこまで誘導してください!』
アベルの指示を受けて、飛空艇に乗る軍人がキリエに指示を送る。それを受けて指示された方向を見れば、少し先に赤い光を放つ飛空艇が居た。
あそこの下に、アベルの言う空き地が有るのだろう。そうしてそれを受けて、キリエやこの提案を受けた瑞樹達選手達が各々の騎竜に跨る。
「全員、身の安全を最優先にして、あちらへ誘導するぞ!」
「はいっ!」
キリエが先陣を切り、森の中へと入って行く。それに続いて、他の竜騎士達が森の中に突入して行く。そうして、竜騎士レースは唐突な闖入者の攻撃によって、急遽竜騎士戦へと、姿を変えたのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第552話『竜騎士達の戦い』