第550話 レース再開
ちょっと強い魔物を軽く討伐してから、およそ2時間後。カイトは誰にもそんな事を悟られる事なく、アランの上に居た。
「良い準備運動になった。あの程度だと腹ごなしにゃ、丁度良かったな。後にすりゃよかった」
「それで遅刻遅刻って言って大慌てするのが、何時ものカイトだよね。まあ、僕らもたまには戦いたいな。死んでるから太るとは思えないけど、運動はしたいよ」
「なら、バランのおっさんの面倒見とけば? 大いに動けると思うぞ?」
「あはは……嫌」
カイトの言葉に、皇都で顕現しているルクスが笑いながら真顔で拒絶する。当たり前だが、酒好きなバランタインだ。あいも変わらず酔っ払ったまま、だった。それの面倒を見る、というのはある種の罰ゲーム扱い、というのが仲間内の共通認識だった。
まあ、そう言っても誰かが止めた所で、オーリンが飲ませる。なので酔っ払っていたとも言える。と言う事で、二人して今は酒を浴びる様に飲んでいた。
「この身体で剣の腕が錆びつく、とは思えないけど、やっぱりちょっとは戦っておきたいよね」
「ならいっそ、闘技場でも荒らして来い。お前なら全滅余裕だ」
「それも良いかな」
カイトの提案に、ルクスが笑いながら頷く。幸い今の彼は眼の色も髪の色も変えているし、髪型も何時もの下ろした髪型からオールバックに変えている。これにちょっと仮面を身に着ければ、誰にもばれないだろう。
「じゃあ、一応陛下に言って来い。大喜びしてくださるぞ」
「泣くんじゃない? こっちから動けないだろうし」
「それはあり得るな」
ルクスの言葉に、カイトも笑いながら同意する。そしてそれを受けて、ルクスが消える。どうやら本当に出るつもりなのだろう。
幸いにして彼らの身分証明証はマクダウェル公爵家が作って渡している。逐一公爵家が介入するよりも、一つ偽装しておいた方が楽に済むからだ。
「さて……馬鹿が馬鹿やって闘技場がぶっ壊れる事の無い様に祈りながら……そろそろ、開始だな」
首を鳴らして、カイトは試合の開始まで少し待ちわびる。と、そんな中。かなり困惑した様子のクズハから念話が入った。
『あの……お兄様。ルクスさんとウィルさんがあの……二人して闘技場に出たい、と申し出ていらっしゃるのですが……』
「あ、ウィルも出るの? 良いんじゃね?」
『は、はぁ……』
良いのか、と思いつつ、クズハはどうすべきか悩む。二人も出る、となると、最悪皇帝レオンハルトも出たい、と言いかねないのだ。そして、その危惧は正解だったらしい。
ちなみに、ウィルが出たい、と言い始めた理由は簡単で、バランタインの説教でイライラが溜まったから、という理由だ。適当に闘技場で運動してストレスを発散するつもりなのだろう。
『……いえ、お兄様。止めてください。陛下が出たい、と言い始めたそうです……』
「良いんじゃね? あの二人だぞ? 勝てるわけねえ、って分かって言ってんだろ」
『負けてもまずいでしょう……』
カイトのまるで興味無いと言わんばかりの言葉に、クズハががっくりと肩を落とす。曲がりなりにも皇国の顔だ。負けてもらっては困る。まあ、もう片方も皇国の顔だが。
「大丈夫だって。そもそもあの三人がそんな闘技場程度で本気でやりあえると思うか?」
『あ……』
カイトの指摘を受けて、クズハがはっと気付く。やりあうか、ではなく、やりあえるか。出来る出来ない、の部分で、問題が有ったのである。
当たり前だが、ルクスやウィルはもとより、皇帝レオンハルトも現代から見てぶっ飛んでいるのだ。彼らは全員冒険者のランクとして表せばランクSクラス、と言える。彼らは全員総じて、個人なのに軍事兵器に匹敵していたのだ。
そして当然だが、皇国が持つ闘技場はそんな面々が全力で戦える様な設計にはなっていない。あそこはあくまで、戦いを楽しんでもらう為の場所だ。
見世物、なのだ。せいぜいランクB程度の面々が全力で戦える程度にしかなっていない。それ以上になると、費用対効果に見合わないのだ。
「せいぜい、適度に戦ってタイムアップ、だろうさ。御前試合でも無いなら、時間切れのドローゲームは有るからな。それに、その状況だとその二人が警護している様なものだ。護衛なんて必要無いな」
『なるほど。確かに、それはそうですね。では、陛下にも仮面と偽装を進言しておきましょう』
「そうしてくれ。ついでに30分程度だろうが、分身も手配しておけ。後、間に合わない事にならない様に注意もな」
当たり前だが、皇帝レオンハルトがそのまま出場、なぞ誰にとっても悪夢にしかなり得ない。と言うかこれでも後始末に奔走させられる官僚達の頭の痛さを考えれば苦笑しか出来ない。カイト達にとっては他人事だが。
そうして、クズハが手配に入ったのを気配で確認して、カイトは再びアランの上で試合開始を待つ事にすると、1時間ほどして、ゲートの前に取り付けられたモニターが起動する。
そこに映るのは当然、皇帝レオンハルトだ。何処か頬が赤いのは、戦いの影響だろう。顔には満足気な表情があった。
『……と言う事で、諸君、折り返しになっても諦めず、頑張ってくれ』
皇帝レオンハルトの言葉が終わり、モニターの映像が切り替わり、画面にはカウントダウンが表示される。そうして、再びカイトの戦いが開始される事になるのだった。
カイトの走るレースは、この年に入って初めてと言うか、竜騎士レース開催当初の状況に戻った、と言える。それは、試合開始すぐの事だった。
「ん?」
「あら?」
昨日に引き続き自分の力量を信じているが故に止まること無く一気にスタートしたカイトとシエラであったが、そうして、首を傾げる。今日は上からの攻撃が無かったのだ。
「急げ!」
「とにかく全力疾走だ!」
カイトは昨日に引き続き、当初から全力疾走で切り抜けるつもりだった。が、昨日とは違い、大多数がこれに乗って来たのだ。
当たり前だが、意味も無くこれをやっている訳では無い。まるで示し合わせたかの様に<<竜の息吹>>の一斉射をやらなくなったのは、単純に言って昨日のミスを受けての事だった。
昨日のカイトは偶発的に知らされていなかったが故に最初から全力疾走をする事になったが、どちらにせよカイトの技量であれば、<<竜の息吹>>の雨の中を無傷で突破するのは容易だ。
今までは全速力で走りながら<<竜の息吹>>に対処する、と言う事が誰にも出来ないが故に誰もが足並みを揃えていた訳なのだが、これでは意味が無い。現状でもし自分達が足を止めて他選手の妨害を行った所で、カイトの独走が確定してしまうのだ。
「じゃあ、まあ……ちょいと腹ごなしの運動に付き合ってもらいますかね!」
自分と共に全力疾走を行う他の選手達に混じり、カイトは笑顔で双剣を創り出す。昼飯はしっかりと食べたし、準備運動として適当な魔物を討伐しても来た。頑張る分には丁度身体が温まってきていた。そうして、カイトはアランを走らせながら、竜騎士レースの二日目を始めるのだった。
「ちっ! 今日は超混戦状態か! 瑞樹! 気を付けろよ! 昨日以上に混戦で第二走者に突入するぞ!」
皇都を出発して、約一時間後。カイトは第二走者の待つカーム砦へと後少し、と言う所までたどり着いていた。が、誰もが地竜の体力と魔力を温存していた為、昨日とは違い全力疾走のまま駆け抜ける事になり、混戦状態が続いていたのだ。
脱落したのは、昨日の戦いでカイトというダークホースの所為で速度調整を読み違えてスタミナが続かなかった選手位だろう。
『わかりましたわ。今日は荒れそうですわね』
「だろう……なっ!」
大鎌を振るい、カイトは自らに全周囲から仕掛けられる攻撃に対処する。この程度で負けると思ってもらっては困る。
「ふふ、やはりカイトさんが一番お強いですわね!」
「私達一斉でも無理、か。<<勇者の再来>>……面白いね!」
シエラとマキが同時に攻撃を仕掛け、それでなお始末出来無かった状況を見て笑みを浮かべる。カイトは昨日のスタミナ温存が功を奏して、先頭集団に食い込んでいた。それはシエラもマキも同じで、結果、この面子に昨日カイトと戦わなくて済んだ選手達が、先頭集団になっていた。
が、そうであるが故に、全員が抜け駆け出来ず――と言うか、カイトの射程距離が長過ぎて抜け出せない――混戦状態になったのだ。
「ちぃ! 美人なお嬢さん二人からのお誘いは嬉しいんだけどな! 久しぶりの、ダブル大鎌だ!」
「つっ!?」
「なっ!?」
向かってくる二人に対して、カイトは大鎌を二つ創り出して対処する。今でこそユリィが神器の片割れを持っているが、本来はあれもカイトの心臓に直結した神器の一つだったのだ。本来はカイトが持ち主なのであった。
と言う事はつまり、神器の本来の持ち主であるシャルは二つを同時に使いこなす女神で、そしてその神使を自称するカイトもまた、二つ同時に使いこなせたのである。
「<<月の輪舞曲>>」
二つの大鎌を柄の部分で結合させたカイトは、更にそのまま頭上に掲げて回転させて、自らをすっぽりと覆い尽くす様な巨大な竜巻を生み出す。だが、竜巻を生み出しただけでは、カイトの攻撃は終わらない。
「<<月の欠片>>」
竜巻の内側から、カイトは無数の斬撃を飛ばして、周囲を牽制する。カイトにとって数の暴力、と言うのは日常茶飯事で受けてきた物だ。取り囲んだ所でどうにかなる、と思ってもらっては困る。だからこその、攻撃だった。
だが、これでもまだ、カイトの攻撃は終わらない。ここまでは、シャルの組み合わせだ。ならば、その先。カイトの手札が、存在していた。
「終演だ……<<落月>>」
カイトが二つの大鎌を分離させると同時に、竜巻が一気に降りて来る。そして竜巻は上方向の範囲を狭めて行き、それに伴って、カイトの周囲で巨大な竜巻の壁になる。そして、最後に竜巻が弾けて、豪風を生み出した。
「きゃあ!」
「うわぁ!」
風に飛ばされない様にしていた他の選手達だが、流石にカイトのこの豪風には耐え切れなかった。なのでなんとか落馬しない様には出来たものの、竜達も流石に満足には動けなくなって一瞬だけ速度を落とす事になった。
「ここだ! アラン! 一気に抜け出すぞ!」
『お見事! 瑞樹ちゃん! カイトくんが一位で来るよ! 出発準備急いで!』
『ええ!』
カイトが集団から抜け出して一位を取ったのを見て、リクルが喝采と共に瑞樹に用意を急ぐ様に指示を送る。カイトが初日や今までに何度も取り囲まれつつもこれを使わなかったのは、これが切り札足り得たから、だ。
当たり前だが、どんな優れた切り札でも二度目の披露になると効果が薄れ、対策を立てられてしまう。万が一に備えておいた切り札なのだが、どうやら役に立ってくれた様だ。
そうして、周囲の速度を落とした事で一歩抜け出したカイトは、そのまま一気に残しておいたアランのスタミナを全て使い切るつもりで、全速力を指示する。
残念ながら、本来はシエラやマキの乗る地竜の方が性能は良いのだ。もう砦が見えてきている以上、出し惜しみはしていられなかった。
そんなカイトは後ろから仕掛けられる無数の攻撃に対処しながら、一気に残る道のりを駆け抜けて、遂にエンテシア砦の南に位置するゴールゲートをくぐり抜けた。
「良し! 瑞樹、行け!」
「ちぃ、遅れたね!」
「会長! 申し訳ありませんが、頼みますわね!」
『初日に続いての大番狂わせ! まさか、まさかの日本のカイトがトップ通過! 2位はヴォルフ軍学校第一チーム! 三位はほぼ同時にオーダーズ第一チーム! これは楽しい試合になってきた! 今年は近年稀に見る大混戦だ!』
カイトが稼げた時間はおよそ5秒、と言う所だ。如何せん他の二人の愛竜は正に愛竜と言う所で、彼女らの為にずっと調練を繰り返してきた地竜だ。アランよりも練度が遥かに高く、全速力で走っても差が僅かに縮まってしまったのである。
「では、参りますわね! たった数秒! されど数秒! 先に大空に駆ける分には、十分な時間ですわ!」
カイトのゴールと同時に開いたゲートから、レイアに乗った瑞樹が勢い良く飛び出す。カイトが稼いでくれた時間は僅かだが、実力に劣る瑞樹にとってその僅かな時間こそが、勝敗を左右する。活かさない手は無かった。そして、彼女が出発したその直後。他の二つのゲートが開いた。
「ちっ! やってくれる! ランクAの冒険者とは、これほどまでに厄介なのか! <<勇者の再来>>……油断ならない!」
「手加減をしてくれたとはいえ、勇者カイト相手に5秒、か……まあ、シエラは良く頑張った、と言うところか。5秒……なんとかやれるな、テトラ。では、行くぞ!」
マキからバトンを受け取ったヴォルフ軍学校の生徒と、シエラからバトンを受け取ったキリエがほぼ同時に出発する。その直後には、他にカイト達とトップ争いをしていた各校の有力選手達がスタートを始めていた。
対する瑞樹はまだ、走り始めて速度を上げ始めた所だ。十二分に追いつける距離だったが、それでも、彼らにとっても油断出来ない距離だった。こうして、二日目のレースも表向きは何事もなく順調に、進み始めたのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第551話『妨害』