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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第31章 竜騎士レース編
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第547話 竜騎士レース ――最終走者――

 瑞樹が空中戦を繰り広げていた頃。最終走者である皐月はのんびりと地竜の上で瑞樹の到着を待っていた。そんな彼女の乗る地竜は、カイトやユリィの駆るノーマルタイプや普通種と言われる地竜とは違い、かなりの細身だった。

 とは言え、それはひょろい、というのや、か弱い、というのとは違い、まるで陸上選手の様に引き締まった、という形容詞が当てはまる地竜だ。所謂スピードタイプや速竜種と言われる地竜だった。


「ふーん……」

『まあ、そういうわけで、結構竜に乗るのは楽しいぞ』

「なんというか、相変わらずというか……バイク好きは知ってたけど、そう言う理由ねぇ」


 別に皐月に緊張は殆ど無かった。彼女は大抵の事を楽しんでやるタイプだ。それ故、このレースについても楽しむだけ、だった。人生面白おかしく、が彼女のモットーらしい。だからこそ、彼女には瑞樹の様な試合に臨むが故の緊張は無い。彼女はどんな時でも常に自分のベストを尽くすだけだからだ。

 カイトも似ているが、試合においては常に何が何でも勝たねばならない、という事は思っていない。勝敗は兵家の常。どんな名将であっても、それこそティナでも、負ける時は負ける。彼女はそれを理解していた。本当に負けたくない時にだけ、負けん気は取っている。


『風が感じられる。似ているんだよ、感覚が……まあ、実は都内にハーレーとか置いても居るんだがな』

「うそっ……乗るの? と言うか、大型って乗っていいの? あれ、年数問われなかったっけ?」

『本来の姿なら、問題ないって。まあ、アメリカに居る知人から貰ってな。伊達男というかなんというか、そいつはまさにアメリカンつーやつでな。アメリカでの足に何か無いか、といろいろやってたらそいつがアメリカンバイクを紹介してくれた。あれは良いな。サンディエゴからラスベガスまでのバイク旅とかは、なかなかに楽しかった』

「誘ってくれればよかったのに」


 カイトの言葉に、何処か拗ねた様に皐月が告げる。カイトは公私共に日本ではよくバイクを足として使っていた。公の年齢としてはまだ車に乗れないのだ。仕方がなくはあった。

 そして皐月はそれを知っていて、中学校卒業後からは時々旅行等では足として彼を駆り出す事があったのだ。そんな彼がアメリカ旅行をしていた、と聞けば、興味を覚えるのも至極当然な流れだった。


「それにしても、アメリカの友人、ねぇ……誰?」

『ジャック・マクレーン。自由と平和を愛する男』

「知らな……ん? それって……大統領候補の<<不死身の(ストレンジ)>>・J?」

『そうそれ。次期大統領候補の一人』

「何やってんのよ、あんた……」


 地球の次期大統領候補の一人と知り合いでツーリング仲間――より正確には戦友だが――だというカイトに、皐月が呆れ返る。あいも変わらず不可思議な縁を持っているものだ、としか思えなかった。


『まあ、それはともかく、だ。竜とバイクは似て非なるものだ。竜は生きている。だが』

「気負うな。いつも通りに、でしょ?」

『そういうこと。何時も通りに、楽しめば良い』

「始めから、そのつもりよ」


 皐月の言葉を、カイトが楽しげに認める。カイトからすれば、彼女こそが、本当の意味でこの竜騎士レースの勝者、と言えた。

 この竜騎士レースは勝負ではあるが、所詮はお祭りの一貫なのだ。今でこそ選手達は勝利や優勝を主にしているのだが、本来は楽しんでもらう事が最も重要だった。

 極論、勝ち負けはどうでも良い。順位なぞ二の次だ。参加者も観客も楽しんでこそ、お祭りなのだ。創設者から言わせれば、勝った負けたの一喜一憂は無意味だった。そんな二人に、ユリィがため息を吐いた。


『似た者同士というかなんというか……ほんとに、二人は幼なじみだ、って理解出来るねー』

「そう?」

『そもそもこのお祭りの開始だって、酔っ払った挙句に楽しそうだから、っていうカイトの乱入劇だよ? 事実あの当時一番楽しんでいたのはカイトじゃないかな』

『その肩の上でわいわいと楽しんでいた奴が言うか?』

「相棒同士でも、似ていそうね」


 カイトの言葉に、皐月がクスクスと笑う。確かに、そう言う意味で言えば、カイトもユリィも、そしてユリィと皐月も、似ていた。誰が呼んだのか呼ばれたのかは、分からないが。


『皐月さん、準備できてる?』

「あ、はい。出来てます」

『良し。じゃあ、普段通り走っちゃって』

「はい」


 リクルの言葉に、皐月は気負いなく返す。そんな他愛無い話をしていると、どうやら瑞樹が迫ってきたらしい。周囲の観客の歓声を意図的に取り除いて耳を澄ませば、遠くからはいくつもの戦闘音がかすかだが聞こえてきた。そうして、そんな皐月の耳のヘッドセットから、斬撃の音と共に、瑞樹の声が響いた。


『皐月さん! もう少しで、ゲートをくぐりますが、おそらく、混戦になりますわ! お団子状態でゲートをくぐる事になると思いますわね!』

「はーい。じゃあ、少し、頑張るとしますか」


 皐月は少し深呼吸をして、自らに沸き起こる緊張感さえ、楽しむ事にする。緊張感が無いからといっても、別にやる気が無いわけでは無い。勝ちは狙いに行く。負けたくないという気持ちはある。そうして、深呼吸と同時に、ゲートが開いた。


「ここよ! <<雷公三双鞭(らいこうさんそうべん)>>!」


 彼女に迷いは無い。だからこそ、行動にも迷いは無かった。振りかぶるのは、3つに分裂させた雷の鞭。今の彼女に出来る最大の攻撃だ。狙いは当然だが、自分とほぼ同時に出発する事になった他の選手達、だ。


「うぉ!?」

「きゃあ!」

「つっ!」


 いきなりの大技炸裂に、他の選手達が驚愕で目を見開く。当たり前だが、そんなスタミナ配分無視の行動は誰も考えていなかった。それ故、対処出来たのは、唯一、皐月と戦った事があったヨシュアだけだった。


「あっぶな! 容赦しないな!」

「おさきに~」


 ヨシュアの抗議に対して、皐月は楽しげな顔で自らの地竜――名はアリーというらしい――を走らせる。他の選手は流石に電撃によるしびれの影響で動きが鈍っており、もう少しだけ動ける事はなさそうだった。


「ははっ! ラクスル! 大急ぎで俺達も追うぞ!」


 悠々と自分達を残して走り始めた皐月を見て、なんとか対処出来た事で他の選手達よりもアドバンテージを得ていたヨシュアが手綱を握る。

 ちなみに、今回の皐月の行動のおかげで次年度からは大会の戦略が見直される事になり、混戦状態でのゴールからの引き継ぎで大技を使う選手が多くなり、更にド派手なレースが繰り広げられる事になるのだが、それは横に置いておく。


「はっ!」

「つっ! 無茶苦茶厄介だ!」


 走り始めたヨシュアだが、改めて真剣に戦ってみて、皐月の厄介さを把握する。というのも、皐月は鞭使いだ。更にはかなり優秀な、と前に付けても良い程だ。

 少しでも油断して武器に鞭を絡ませればそれで武器は落とされる事になりかねないし、もし万が一足にでも絡み付けば、それだけでバランスを崩しかねない。

 しかも、射程距離も鞭であるが故に、かなり長い。更には分裂させた鞭を操って、多人数との戦いまでやってみせる。それは確かに一つ一つとしての攻撃力は低い為によほど攻撃を食らわなければ防具が破壊される可能性は少ないが、牽制としては十二分な威力がある。レースとしては十分だろうし、最適だった。竜騎士としての経験こそ少なくはあるが、戦士としては油断できない相手、だった。


「つっ! 第一走者と言いこいつと言い……日本人は化物か!」

「あら、嬉しいわね!」


 鞭による広範囲の攻撃を回避しながら、選手の一人が悪態をつく。瑞樹はあくまで、竜騎士レースの選手としては、普通の才能だ。

 だが、皐月とカイトは違った。あまりに異才だった。オンリーワンとしか言えないカイトは別として、皐月は鞭だ。これが、厄介だった。

 竜騎士レースでは誰も鞭を使わない。剣や槍が基本で、斧が次点だ。珍しくても弓矢がせいぜいだ。それ故、誰も対策が立てられていないのだ。そしてそれ故の悪態だった。そんな賞賛に対して、皐月が笑って礼を言う。

 そうして、そんな皐月が1位のまま、戦いは進んでいく。だが、当然鞭である以上、一つの弱点がある。それは敵に武器が掴まれる、という可能性だった。


「ならっ!」

「つっ!」


 というわけで、案の定、皐月の振るった鞭を狙いすまして、選手の一人が鞭を捉える事に成功する。となれば、後はやることは一つだ。引っ張って、皐月をアリーの上から引き摺り下ろせば良いのである。

 まあ、これ故に、竜騎士レースで鞭を使う者は居ないのだ。だが、相手は皐月だ。それ故に対処法はきちんとカイトから教えられて、マスターしていた。というわけで、皐月の顔に笑みが浮かんだ。


「んぎゃあ!」


 ぷすぷす、と音を立てて、鞭を握った選手の鞍に取り付けられた魔道具が警告音を発する。いきなり電撃を流し込まれて、思わず気絶してしまったのだ。皐月は<<雷公鞭(らいこうべん)>>を使って、敵に電撃を叩き込んだのである。


「うっわ……俺、あんなふうになってたのか……」


 気絶した選手を見て、ヨシュアが顔を顰める。ヨシュアは模擬戦にて、皐月と戦っている。それ故に、今と同じ事をして、今と同じように撃退されていたのだ。

 が、この敗北は決して無駄では無かった。情報とは、無形の財産だ。それ故、どうやったらどうされるのか、という事を理解していれば、対策を考える事が出来たのである。

 なので、ヨシュアのフルフェイスヘルメットの下の顔に、小さく、笑みが浮かぶ。狙うのは、自分狙いの一撃が来た時だ。


「ここだ!」

「学習しないわね!」


 自分の狙いすました一撃が来たのを見て手を突き出したヨシュアを見て、皐月が同じことの繰り返しになるだけだ、と言葉を送る。だが、それこそが、彼の狙いなのだ。


「<<雷公鞭(らいこうべん)>>!」

「3回程見てりゃ、対処法はわかるって!」

「なんでっ!」


 電撃を手で止めたヨシュアを見て、皐月が絶句する。それはかつてルークが模擬戦の折りにやった対処と同じように見えた。いや、まあ、実は同じなのだが。

 というのも、彼は偉そうに対処法を考えついた様に言っていたが、実際にはルークが対処したのを思い出して、彼に頭を下げて教えてもらったのである。ルークも一人の生徒に肩入れするのはどうかな、と思ったらしいが、監督では無かったし頭を下げた心意気に応ずる事にしたらしい。


「おぉおおお、りゃあああ!」

「しまっ!」


 まさか自分の為だけに対策を用意してきたとは思いもよらなかった皐月は、一瞬の驚きを利用されて、大きく上に持ち上げられる。


「しゃあ!」


 皐月の弱点の一つは、その華奢さに存在していた。彼女は男なのにものすごく軽いのだ。おまけに力も弱い。というわけで、簡単に持ち上げられて、吹き飛ばされるのである。というわけで鞭を手放したヨシュアは歓声を上げると、そのまま皐月を空中に置き去りに一気に騎竜を走らせる。

 まあ、皐月もこれを警戒していたが故に掴まれない様に対処していたわけだが、今回はそれに対処されたが故、だった。とは言え、そのままで終わらないのが、皐月だ。


「一矢報いる!」

「ぴぎゃ!」


 空中で見事に身を翻した皐月はそのまま鞭を振るい、とりあえず目についただけの選手達全員分に鞭を分裂させて振るう。が、そうして振るっていた時に、カイトのある言葉を思い出して、笑みを浮かべた。


「……あ、そうだ!」


 カイトは反動で滞空時間を伸ばした、というのだ。ならば、それを応用してやろう、と思ったのである。やり方は、簡単だ。自らの武器は鞭。ならば、敵に巻き付いて、空中で移動していけば良いのだ。というわけで、皐月はとりあえず目についたヨシュアの腕へと、空中から鞭を巻きつける。


「は? つっ! 無駄なあがきすんな!」

「あはは! そのまま居てね! 私がそっち行くまで!」

「はぁ!?」


 皐月は笑いながら、意味を理解出来ないヨシュアに告げる。当たり前だが、ヨシュアとしても皐月に引っ張られて地面に落ちるつもりは無い。ということで、必死に踏ん張るしか無い。というわけで、それを利用して、皐月は一瞬で鞭を使って一気に反動で前に出る。


「なっ!?」

「はい、お次」


 鞭を利用して空中で自分よりも前に出た皐月を見て、ヨシュアが絶句する。が、そんな間にも、皐月は次の相手に狙いを定めて、鞭を振るう。


「うわぁ!」

「ほいっと」


 いきなり後ろから巻き付いてきた鞭に驚きを浮かべた次の選手だが、それを利用して、皐月は更に前に飛翔する。

 ちなみに、かなり簡単にやっている様に見える皐月だが、これはかなり高度な技術だ。というのも、一同は速度100キロ程度で走っているのだ。つまり、その速度を魔術で維持しながら、というわけなのである。

 やり方としては体重を限りなく減らして、更には風の影響を排除。空中で滑空出来るように<<竜飛翔(りゅうひしょう)>>と似たグライドする魔術を使って、という所である。言うは易く行うは難し、を地で行く物だったりする。


「アリー!」


 鞭での飛翔でそれ相応に順位を戻すと、皐月は声を上げて自らの騎竜を呼び寄せて、その上に座る。順位としては流石にもう1位は取れていなかったが、それでも脱落による減点は食らっていない。悪くはないリカバリーだった。


「あっちゃぁ……これはちょっとリカバリーは難しいかしら……」


 アリーの上に戻った皐月は何処か苦々しい顔で、そうつぶやく。確かに悪くはないリカバリーだったが、同時に手痛い失点でもあった。

 とは言え、彼女は頭上の一撃を与えていたので、結局としてかなりのトップ選手達が一撃での脱落扱いになっていたりするので、実はそこまで痛いミスにはなっていなかったりする。


「さて、ここから、本気でリカバリー始めるとしますか!」


 皐月が笑いながら、鞭をしならせる。幾ら楽しむ事がメインでも、勝ちたいのは勝ちたいのだ。それは誰だって変わらない。というわけで、皐月は先程以上に本気で試合に臨む事になる。


「つっ! せめて3位ぐらいで終わりたいわね!」

「急げ! フルグル!」


 その後、いくつかの戦闘があり、完全に団子状態で皇都へと迫る選手達。どうやら今年は例年とは違い、最後まで混戦状態で終わりそうだった。まあ、こういう大番狂わせ、というのは、見ている方もやっている方も楽しいのだ。お祭りとしては悪くはないだろう。


『ゴール! 決着がついた! が、一位が誰なのかは、私にもわかりません! 歴史上久しぶりのビデオ判定が実施されます!』


 ゴールと同時に響いたアナウンサーの声に、観客達が大歓声を送る。見ている方からもヒヤヒヤする様な大乱戦だったのだ。十分に楽しめたらしい。


『判定が出ました! 一位『エクストラ・オーダーズ』第一チーム! 二位『ヴォルフ軍学校』第二チーム! 三位『天桜学園』! 四位……』

「良し!」


 意外と好成績で終わった自分の結果に、皐月が思わず歓声を上げる。最後の最後は単に全力疾走をさせながらシッチャカメッチャカ武器を振るっていた選手も多いのだが、どうやら冒険者としての経験が生きて、頭一つとびだせたらしい。こうして、意外と好成績にて、第一日目を終えるのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第568話『軍神・襲来』

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