第545話 竜騎士レース ――第三走者――
ユリィと接敵した竜騎士レースの第二走者達だが、反応は二手に分かれた。片方は当然だが、もはや脇目もふらず全力疾走して、なんとか逃げ切ろう、とする反応だ。
「急げ、カース! 追いつかれる前に、なんとかマクシミリアンまで辿り着くぞ!」
そしてもう一つは、魔術等でなんとかユリィの速度を落とす事で、逃げ切ろうとする反応だった。
「撃って撃って撃ちまくれ! 一旦戦いはやめだ!」
誰かの声に続いて、シッチャカメッチャカに攻撃が放たれる。それに、ユリィは微笑みを浮かべて、大鎌を取り出した。
それはカイトがかつて体育の授業でシエラに対して使った物と同じく、巨大な、それこそ彼女の身の丈以上の大鎌だ。しかし、カイトの物とは違い、真紅の柄を持っていた。同じなのは白銀の刃だけ、だろう。
「さあ、踊りなさい」
ユリィはくるくると大鎌を回して、刃に銀光を蓄積していく。そうして、自らに迫る無数の攻撃が全て放たれたのを見ると、迷いなく、大鎌を振りかぶった。
「<<月の輝きは閃光となる>>」
使うのは、カイトの技と同じく、大鎌で銀閃を疾走らせる物だ。そうして、ユリィの放った斬撃は、彼女を狙う全ての攻撃を切り裂いた。そうして、破砕された魔術の影響で爆発が起きて、土煙による煙幕が一瞬だけ、立ち込める。
「ここだ!」
その一瞬を狙い、選手の幾人かが地面に向けて動きを拘束するための魔法陣を設置する。ユリィに攻撃を放った何人かは、別に攻撃で仕留めきれるとは思っていなかったのだ。それを牽制として使う事を主眼としていたのである。
だが、その幾人かは、土煙を割ってユリィの姿が現れて、驚きを浮かべた。妨害はかなり広範囲に及んでいたのに、ユリィは一瞬で判断して、アルファードを幅跳びの要領でジャンプさせて回避したのである。ユリィの支援を受けての速度を読み損ねていたのであった。
「つっ!?」
「ふふ……煙幕の中なら、足下が疎かになると思いましたか?」
自らに攻撃を仕掛けた集団と並ぶ一瞬。ユリィが荘厳な微笑みを浮かべながら、年若い選手達に笑顔を送る。一瞬で並走したユリィに誰もが驚きを浮かべるが、心配した攻撃が仕掛けられる事は無かった。
幾らユリィといえども、今回はゲストだ。レースに多大な影響を与えかねない事をする事は遠慮したのであった。
「は……はは……あれが、ユリシア・フェリシア、か……」
ノーマルタイプの地竜で自らを追い抜いていったユリィに対して、追い抜かれた選手の誰かが、呆然と呟く。あまりに非常識な実力。これで、戦闘力としてはカイト達前線面子を遥かに下回るのだ。それを、改めて思い知らされたのであった。
一方、そんなユリィは、というと、その後も圧倒的な速度でなんとか自分から逃げようとする選手達へと一気に距離を縮めていた。
「なんだ、なんなんだ、あれは!」
土煙を上げて、まさに地面を飛ぶように進むユリィを見て、先頭を行く選手の一人が目を見開いて驚愕を露わにする。とは言え、彼らは攻撃を仕掛けるつもりは無い。攻撃しても無駄だ、という事を理解しているからだ。
それに、万が一の可能性でも後ろの選手達がついさっき試して、無駄だったことは彼らも各々の監督達から聞いて知っている。ならば、脇目もふらずに走るだけだった。そして攻撃をされないのなら、ユリィも攻撃しない。というわけで、ユリィは再び<<竜迅速>>を使って助走を付けて、アルファードにジャンプする様に指示した。
「ふふふ。皆さん、では、お先に」
「え?」
上から聞こえてきたユリィの優雅な声と少し大きめの影に、先頭集団の全員が思わず、上を見上げる。そこには、少し高めにジャンプしたアルファードの姿があった。
ここらに来ると追い抜きの妨害は攻撃では無く自らの身体を使って、になりそうだったので、邪魔をされないために邪魔をされない上から一気に追い抜こう、という判断だったのである。
ちなみに、当たり前だがこんなぶっ飛んだ芸当が出来るのは地竜の性能が高いというわけでは無く、ユリィが更に別に<<竜空翔>>という魔術を使ったからだ。この魔術は一種のグライダーだと思えば良い。
「よっと」
殆ど音もなく着地したアルファードを操って一気にトップに踊り出たユリィは、そのまま一同を置き去りに一気に加速して、次なるゴール地点を目指して、ひた走る。
だが、ゴール直前で、ユリィはアルファードを停止させた。それを見て、今まで大興奮でユリィの圧勝劇を実況していたアナウンサーが再び疑問を――と言ってもすでに意図は学園側から通達済みだが――口にする。
『おーっと! ここで再度ユリシア学園長が停止! 一体どういうつもりなのか!?』
「アルファード。ここで停止なさい。4人通り抜けるまで、待ちますよ」
当たり前だが、こんな圧勝劇をしてしまえるのはひとえに、ユリィだからだ。こんな勝ち方をしても勝負として面白くもなんともない。なので、敢えて自分が一位を取れる事を示した上で、本来の順位にまで戻そう、という事だったのである。
そして、それはすぐに追いついた他の選手が通過するのと同時に5位でゲートを潜ったユリィを見て、誰しもが意図を理解する。
『圧勝! まさに圧勝! さすが英雄という貫禄を魅せつけた挙句、当初の順位から一切変えずの5位で、ユリシア学園長、ゲート通過! 順位にもタイムにも影響無し! これで残るは天桜学園の選手達がどう戦うか、だけになったぞー!』
アナウンサーの実況と共に、ユリィが先頭集団に少し遅れて、ゲートを通過する。トップとの時間差は、およそ20秒。カイトがゴールしたのと、同じ程度の時間を彼女も残したのである。そうして、レースは第三走者の瑞樹へと、バトンが渡されたのだった。
『瑞樹ちゃん。学園長は当初の予定通り、5位でゴールするから、そこの所、計算しておいてね』
「わかりましたわ」
街の東門。そこに、瑞樹はレイアと共に居た。すでに全ては打ち合わせ済みで、これから先は自らの力量とレイアの力量を信じるだけだ。そうして、しばらく待つと、先に走り終えて飛空艇に乗り込んだ――当たり前だが、明日のレースの為――カイトから、連絡が入る。
『瑞樹。落ちても大丈夫だから、と落ちるなよ?』
『それはカイトが言うべきかなぁ?』
密かに弄くった回線を使い、カイトの言葉に対してユリィが苦言を呈する。
「あら、何かやりましたの?」
『大昔に天竜の上から落下して、途中でキャッチしてもらったの。ほんっとに、怖かったんだからね、あれ。あの時はいっそカイト見捨てて逃げようか、って思ったぐらい』
『あはは。あの当時は無茶の連続だったわな。いやー、つんざくような悲鳴が耳に痛かった』
ユリィの少し怒った様な言葉に対して、カイトが少し笑うように告げる。ちなみに、二人はあっけらかんと語ったが、正確に言えば、やったのは上空2000メートル程の天竜の上から落下して、高度1500メートル程の高さに居る魔物の群れに奇襲を仕掛けて掃討し、その後に、天竜にキャッチしてもらったのだ。当時は飛空術は使えなかったのだが、そんな事をすれば、怖いのも無理は無かった。
『まあ、どちらにせよあれは大剣を使って、反動で空中に滞空出来たから、やれることだ。真似はするな。ああ、一つ覚えておけ』
「なんですの?」
『大の字になると、落下速度が落ちるぞ。上手く使え。あ、外套がパラシュート代わりに使える事も覚えておけ』
『後、空中で落下するなら、スカートには気を付けてね。一応教育者として、パンチラは厳禁、って言わせてね』
「やる前提ですの!?」
何か重要なアドバイスなのか、と思って耳を傾けた瑞樹であったが、そもそもがぶっ飛んだ事をやる前提でのお話だった為、思わずたたらを踏む。まあ、如何にお嬢様の彼女といえどもスカイ・ダイビングの経験は無い。なので、やりたいとも思わない。
『HALO降下とか結構楽しいのに……』
『カイトの空中癖って、あの時から一気に変に悪化してるんだよねー……最終的にパラシュート無しのスカイ・ダイビングとかやってるしさー。あれは正直馬鹿だよねー』
『キャーキャー大騒ぎしてた奴が言うなよ』
パラシュート無しのスカイ・ダイビングという変な言葉が混じっていた、と思う瑞樹であるが、そろそろレースの開始が近い為、スルーする事にする。気にしたって無駄だ。なので流れてくるぶっ飛んだ会話をBGMに、瑞樹は最後の用意を整える。
ちなみに、詳しく聞かないのは正解で、この行動は上空10万メートルからパラシュート無しの減速無し――と言うか、攻撃力アップの為に加速した――の強襲攻撃である。もはやHALO降下でさえ無かった。
「安全装置良し。あぶみも良し。大剣も良し……鎧は……相変わらず少々胸が苦しいですが、良しとするしかありませんわね」
少しだけ鎧を付け直して緩んでいないかどうかを確認した瑞樹は、少々不満そうにつぶやく。実はカイトの恋人達の中でも有数の巨乳である瑞樹だ。何がとは言わないが若干規格外だった為、鎧のサイズの問題でベストフィットした物が無かったのである。
だが、これでもし下手に鎧の留め具を緩めると、それは考えるまでもなく怪我のもとだ。なので仕方がなく、少々息苦しいのを覚悟でしっかりと身に着けていたのである。
『瑞樹ちゃん。双眼鏡なんかで観戦している観客達から選手達が見え始めたわ』
「わかりました。ありがとうございます。さて……そろそろ、ですわね」
リクルからの連絡でもう街から小さくだが見える位置にユリィを除く選手達が近づいてきている事を知り、瑞樹が深く息を吸い込んで、吐き出す。
この程度の試合は油断していても勝って当然、と言われる二人とは違い、実力が伯仲どころか格下の彼女には緊張はある。だからこそ、それをいなさなければならないのだ。
とは言え、その緊張は幾つものコンクール等に出場する彼女にとって、慣れ親しんだ物だ。だからこそ、少し深呼吸をして緊張をほぐしてやると、すぐに、それは試合を行う上で最適な緊張感へと変わる。
『瑞樹ちゃん。後1分程で、ユリシア学園長が入られるわ。用意しておいてね』
『あら、もうそんな時間ですか? では、そろそろ用意をしますね』
その時が近づき、一瞬前までのおちゃらけた様子とは違うユリィの声がヘッドセット型の魔道具から響いてきて、瑞樹は本格的に自分の出番が近い事を悟る。そうして、30秒後。スピーカーから声が響いてきた。
『先頭集団がたった今、ゴール! 先頭は変わらずマクダウェル領の名門『エクストラ・オーダーズ』所属の第一チーム! 今年も優勝はここか! 次着はブランシェット領の『ヴォルフ軍学校』の第一チーム! その次は同第二チームだ! やはり軍の名門ブランシェット家所属の軍学校の面子も速い! 少し遅れてファメル領の……』
アナウンサーの声と同時に選手の出発を妨げていたゲートの一つが開いて、キリエがテトラと共にスタートする。それからしばらく遅れて、ライバル校となるブランシェット領の学校の生徒達がスタートする。
シエラの兄のドイルが面倒を見た、というチームは『ヴォルフ軍学校』の第二チームなので、現在は三位、と言うところだ。どうやら名門というのは伊達では無いらしい。
ちなみに、チーム名の第一、第二、というのがある場合、その学校で本命とされているチームは第一チームとなる。当たり前だが、どの学校も優勝狙いだ。となると、才能の有無で割り振るのは当然だった。そうして、キリエの出発から約20秒。ついに、ユリィがゴールする。
『では、後はよろしくおねがいしますね』
「はい、ユリシア学園長」
がたん、という音を立てて開いたゲートを見て、瑞樹はレイアの腹を蹴って走らせ始める。別に助走無しでも飛べない事は無いが、速く最高速度に達したいのなら、助走は必要だった。
そうして、それがある程度の速度になると同時に、瑞樹は手綱を少し強く握る。すでに風は大音を立てており、少しでも油断すれば振り落とされそうだった。
「風防術式展開……良し。身体固定用術式の起動……良し。速度は規定値に到達……」
瑞樹は鞍に取り付けられた速度を表示する魔道具で、現在の速度を計測する。これが熟達になると感覚で分かるらしいのだが、今の瑞樹にそれは無理だ。なので、彼女は短時間に幾つものチェックを行い、それが確認出来た所で、声を上げる。
「飛びなさいな、レイア!」
瑞樹の指示を受けて、レイアが足に力を入れて、一気にジャンプの要領で飛び上がり、更には魔力を放出して一気に上昇を掛ける。
選手達が乗る数メートル級の天竜でさえ数百キロから数千キロの重さがあり、それがたった翼長3メートル程で大空を翔けるのだ。羽だけでは揚力が足りない。魔力を放出する事で、足りない分を補っているのである。
「レイア、後続は幸いにしてまだ大丈夫そうですから、一気に加速して先頭集団に追いつきますわよ!」
瑞樹はようやくスタートを切った次の集団の状況を見て、一気に引き離す事を選択する。そうして、瑞樹の戦いが始まったのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第546話『竜騎士レース』