第542話 竜騎士レース ――開幕――
前夜祭が明けて、明朝。となると当然だが、お祭り当日だ。そうなると尚更、人混みは激しくなった。前夜祭はあくまで、前夜祭だ。逆に昨日の前夜祭を避けて今日の朝一で入ってきた者達も少なくはなかった。
『さぁ、ついにこの日がやってまいりました! 真夏のど真ん中の暑い一日を更に熱くするお祭り! そう、300年前に勇者カイトが復活させたという竜騎士レースだ!』
朝早くから、マクスウェルの街の全体に、声が響き渡る。それは当然だが街に祭りの開幕を知らせる為の物だった。
『マクダウェル家4大祭が一つ! 夏の竜騎士達の祭典! 今日から2日掛けて行われる竜騎士大祭だ! 日程はもう言う必要も無いと思うが、前夜祭後夜祭含めて5日間! 思う存分楽しんでくれ!』
声と共に、打ち上げ花火が上がる。それに騒々しさでも眠る市民達が目を覚まし、更に街を活気付ける。とは言え、カイト達はそんな騒々しさとは距離を置いていた。
カイト達はお祭りの参加者では無く競技者の方、楽しませる側だ。すでに選手たちは前日から各々の疾走順に従って専用にチャーターした飛空艇でスタート地点に向かっており、マクスウェルに居るのはカイトや第一走者となる面々と、その騎竜達だけだった。
「約70チームが参加で、その内学生部門には20チーム、ね。まあ、チートになるのは、仕方が無いか」
「そりゃ、おめえだけはハンディ無しだからな……」
「ま、まあ、それは当然ですね」
カイトの横に居たのは、剃髪の大男と愛らしい美少女。即ち、バランタインとルシアだった。昨日に引き続き、祭りの間は全員外で自由気ままに動くつもりの様子だった。が、今は何故かこの二人だけ、だった。まあ、今カイト達が向かっている先に、ウィルとルクスも居る。
ちなみに、全員絵画等に残される成年後の姿では無いし、人の多いお祭りだ。滅多な事をしなければバレる事も無い……のだが、頭が痛い、とはこの事だった。
「まあ、それは良いとして、だ……お前ら……ちょっとは手加減してやれ……」
「いや、ごめんごめん。ついうっかりスリとか見たら我慢できなくてさ。ちょっと……ね?」
「皇帝の前で狼藉を働こうとする奴が悪い」
目の前に並ぶ縛に掛けられた男を見てカイトがため息混じりに告げると、ルクスは笑いながら、ウィルは不満気にカイトに告げる。まあ、何があったのか、というのは改めて言う必要も無いだろうが、スリを見て捕縛に乗り出した、という所だ。
が、その後が悪かった。どうにもこうにも少々暴れたらしく、捕縛の際にうっかり力を入れすぎて、気絶させてしまったのである。
まあ、スリだ、という事は警吏の役人達にも理解してもらえたらしいのだが、少々やり過ぎて一向に目を覚まさない為、要らぬ疑いを掛けられて身元引受人が必要になってしまったのである。というわけで、カイトはとりあえず警吏達の一人に連絡を入れて、自分が身元引受人になることを申し出たのであった。
「連れが失礼しました」
「いや、こちらこそ、スリの逮捕にご協力頂き、有難う御座いました。何分お祭りで何処も彼処も人混みだらけ。手が回らないんですよ」
「あはは。頑張ってください」
「いえ、そちらこそ、レース頑張ってください」
幸い、カイトはこの街では知られた存在だ。クズハ達とも伝手があるし、街の治安維持にも手をかしている品行方正だ。というわけで、カイトが身元引受人だ、という事がわかると、とんとん拍子に話が進んだ。わけなのだが、これにウィルが不満気だった。
「貴様の方が信頼度が高いとはな……」
「そりゃ、300年前の奴らが言うなよ」
「それに、この姿だしね」
カイトのため息に続けて、ルクスが笑う。確かに、これで彼らが知られた姿であるのなら誰もが驚愕するかもしれないし、信頼度も抜群だろう。
だが、そんな事にならないように姿を偽っているのだ。しかも今回は遠方から知り合いが来ても大丈夫な様に、全体的に髪の色や眼の色を変えている。バレてほしくないから変装しているというのに、これでもバレれば変装の意味が無い。
「まあ、後は好きにしてくれ。とは言え、オレはもう行くぞ。そろそろレース開幕まで間近、だ。あまり遅れて欠場、というのは観客に悪い」
「あはは。がんばってねー」
「じゃまにならない程度に、頑張ってくる」
ひらひら、と手を振って、カイトはその場を後にする。そうして、カイトは一路レースの選手の集まる場所にまで、移動するのだった。
「どうされたんですの、いきなり……」
「知り合いの馬鹿が馬鹿やってな……身元引受人で来い、だってよ」
帰ったカイトを出迎えたのは、シエラだった。彼女も第一走者だ。まあ、カイトと模擬戦をしていたのだから、当然ではある。違う竜種同士で戦ってもこのレースでは意味が無いからだ。違う竜種でも戦うのは、総合的な性能差が少ない第3走者だけだった。
「まあ、こんな時に、ですの? お酒に酔ったからといっても、節度を」
「ああ、いや。そういう事じゃない。スリを捕まえたんだが、やり過ぎたんだとよ。で、街の警吏から身元引受人に来てもらえ、つーわけだ。さっきの二人はまあ、連れ合いなんだが、少々身元引受人になれない事情があってな。仕方が無しに、オレというわけだ。冒険部の連中とは別の知り合いでな。応援に来てくれたらしいんだが……邪魔しに来たのかわからん奴らだ」
「ああ、そういうことですのね。それはまあ、ご愁傷様、ですわね」
苦笑気味のカイトの言葉に、シエラが苦笑しながら頷いていた。まあ、これは一切嘘はない。なにせバランタインとルシアは共に死人だ。ということはつまり、公的な身分を何一つ持ちあわせておらず、身元引受人にはなれないのである。
かと言って、クズハ達では難しい。と言うか、クズハ達が来ると大事になってしまう。それは即ち、クズハ達の客人を疑った事になるからだ。最悪は色々とまわり回って警吏側の不手際になりかねない。それを防ぐのなら、カイトしか居なかったのである。と、そんな所に、声が掛けられた。
「シエラ、久しぶり」
「お兄様、お久しぶりですわ」
やってきたのは、どうやらシエラの兄らしい。確かに顔立ちは非常によく似通っていた。彼も選手らしい――と言っても部門が違うので直接的な敵ではない――ので気配に荒々しさや鋭さがあったが、シエラとは異なり何処か穏やかさもあり、プロとしての冷静さが滲み出ていた。
カイトの見る限りでは、身のこなしや立ち振舞からシエラよりもかなり熟達の騎手である事が理解出来た。経験の差というものが、この兄妹からは感じられた。
「今年から、私も調教に参加していてね。試合の訓練に参加しながらだったから……大変だったよ」
「あら、そうなんですの?」
「まあね。そろそろお前も良い年頃だろう、ということで父さんが一チーム私に預けてね。丁度様子を見てきた所だよ。そうしたら偶然シエラを見てね。挨拶には来るか、とね」
シエラの兄はシエラにそう告げると、魔導学園とは別の学校の生徒が乗る一匹の地竜を流し目で見る。おそらくそれが、彼が面倒を見ている地竜なのだろう。
なお、シエラの家は騎手であると同時に騎竜を育てている家でもあるらしい。竜騎士を引退後は後進の育成と共に、その相棒となる騎竜をセットで育てる事もしている、という事だった。
ちなみに、その関係でシエラの家の者は適齢になると一人一匹竜が与えられ、それと共に過ごす、という事だった。彼女にとってのクルーガーがそれだった。
「クルーガーも元気だったか?」
ぽんぽん、とクルーガーを撫ぜながら、シエラの兄はクルーガーに問いかける。どうやらクルーガーは彼に懐いているらしく、嬉しそうな気配があり、ぐるる、と喉を鳴らしていた。
「良し。疲労は無いな。全力を尽くせ」
やはり曲がりなりにも調教師としての訓練を積み始めているわけでは無いらしい。少し触れ合うだけで、クルーガーに疲労の蓄積が無い事を見抜いて、シエラの兄が頷く。
「ふふ、当たり前ですわ。これでも、オルテシア家。抜かりはありませんわ」
「そうだったな。ごめんごめん」
自信ありげなシエラの表情を見て、シエラの兄が苦笑気味に謝罪する。当たり前だが、自らの愛竜の調教が完璧に出来て初めて、他人の騎竜の面倒を見れるのだ。幾らまだ就学中といえども、そこの所を怠るはずが無かった。
「では、頑張ってこい」
「はい」
苦笑していたシエラの兄だが、どうやら何時までも試合前の選手を拘束するのも、と思ったらしい。最後にシエラに激励を掛けると、自分の騎竜が入っている飼育舎へと向かっていく。
「お兄さんか?」
「あ、ええ。そうですわ。兄のドイルですわ」
放って置かれていたカイトの問いかけに、シエラが少し恥ずかしげに頷く。やはり会話中にも関わらず放置していた、とは思ったのだろう。そうして、更にしばらくの雑談の後。カイトはアランに跨った。
「よっしゃ……方位磁石良し。通信機……問題無し」
試合開始直前。カイトは最後のチェックを行う。方位磁石とはどちらに向かえば良いかを指し示す魔道具の事だ。方位磁石そのものの事ではない。これが無いとどこに進めば良いか分からない。通信機は次の走者や監督達――彼らの場合はリクルが担当――とペースの調整等を話し合う為に使う物だった。
「安全装置は……2つとも良し。武器は……まあ、オレに関しちゃ無視で良いな」
安全装置は戦いで怪我をしない為の物で、落下しても規定の距離や衝撃を感知すると自動的にもう一つの安全装置――騎竜の鞍に取り付けられてある――の所に転移させる物だ。転移術の超簡単な物を使っているので、なんとか量産出来ている物だった。
「後は、オレか……問題は無し」
『カイトに何かあったら、私達もう滅んでるよね』
耳に付けたヘッドセットから、ユリィの声が響く。向こうもどうやらレース開始直前のチェックを終えた様子だ。
「オレと世界だと……オレの方が耐久力高そうだな」
『ねー』
カイトの苦笑した様なセリフに、ユリィもまた、苦笑した様に返す。まあ、世界間の転移はそれ即ち、世界の壁をぶちぬく事だ。それが出来るのなら、確かに耐久力は彼の方が高いだろう。
「さて……じゃあ、全員に繋ぐか」
『りょうかーい。じゃあ、ねこ探して来るね』
「お早めにどうぞー」
ユリィからの言葉を了承と受け取って、カイトは魔導学園用に設定されたチャンネルに通信用の魔道具の設定を合わせる。不正防止の為にこれは大会委員から貸し出されている物なので、設定してやらなければどこにもつながらないのである。
まあ、ユリィやカイトであれば普通に弄くれるので、先ほどは勝手にいじって二人で会話していたわけなのだが。
「こちらカイト。全部の用意が終わりました」
『了解。きちんと方位磁石も安全装置も確認しているか? 時々どちらかがきちんと設置できていなくて、出発直前にアラート、という事をやらかす初心者が居るからな』
「ええ、きちんと言われた通りにできていますよ」
返って来た言葉に、カイトが苦笑混じりに返す。流石に競技用の魔道具はカイトも初使用となるのだが、ここらは流石に手慣れたとまでは行かなくても、様々な魔道具を操ってきた経験がある。抜かりは無かった。とは言え、もう一度きちんと確認して、頷いた。
「ええ、問題無いです」
『そうか。分かった。では、試合開始まであと少しだ。リクル先生につなごう』
「頼みます」
『……はーい、代わったよー』
返って来た言葉に更にしばらく待っていると、呑気な声が耳に響いてきた。幾ら何でも学生主体の競技に教師が監督しない、というのは事故の元だ。というわけで、リクルが監督に就く事になっていたのである。
ちなみに、監督が複数居るのは簡単で、幾らなんでも人手が足りないからだ。流石にどんな名監督でも一人で見れるのは一チームだけ。というわけで、監督は複数居たのであった。
「じゃあ、お願いします」
『はいはい……じゃあ、まずまっすぐ進んで、南門前に設置されたゲートにまで進んで』
「はい」
カイトはリクルの言葉に従ってアランを歩かせて、規定の場所へと移動する。そこにはすでに何体もの地竜達が待機しており、選手達が各々の方法で開始を待ちわびていた。
『とりあえず、アドバイスは一つだけ。前を向いて、走り抜けろ。そして、頭上注意。ああ、これだと二つね……まあ、自分の足で地面を踏みしめるのと、騎竜での戦いが違うのは、もうわかっていると思う。だから、全力でやりなさい』
「はい」
言われた言葉を、カイトはしっかりと噛みしめる。別に気負う必要は無い。そして、その言葉が終わってしばらく、いくつかの遣り取りをチームで行っていると、街のいたる所に取り付けられたスピーカーから、声が響いてきた。
『さーて、そろそろ、お時間がやってまいりました! 開始の合図はいつも通り、皇都にいらっしゃる皇帝陛下の号令にて、お願いしております!』
実況の声につづいて、同じく街のいたる所に取り付けられた小型のモニターと街の南門に臨時で設置された巨大なモニターに、皇帝レオンハルトの姿が映った。そうして、彼が口を開いた。
『余は演説はあまり好きではないし……それに、すでに選手達も猛っている事だろう。なので、手短に告げる。此度のレースは英雄ユリシア殿も出場なさる。だが、竜騎士たるもの決して諦めず、最後まで走り抜くが良い。余は、それを見せてもらおう。では……はじめ!』
皇帝レオンハルトの号令に合わせて、花火が上がる。そうして、それと同時に、一斉に騎手達が走りだし、竜騎士レースが開始されたのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第543話『竜騎士レース』