第539話 竜騎士レース ――レース説明――
シエラの解説の翌日。カイト達は最後の調整を行う為に、通し練習に入る事になった。が、そのためには、走る順番を決めなければならない。当然だがレースなのだから、走る順番に応じて必要な訓練が違うのである。
「一番手が、カイト。三番手が瑞樹、四番手は皐月。二番手はあー……まあ、実はこれは秘密でな。後に回そう。取り敢えず、これが、君たちの組み合わせだ」
コーチ陣の一人から、一同に向けて竜騎士レースでの走る順番が通達されていく。竜騎士レースは4人一組だった。それ故、目玉として天桜学園で纏められたのである。勝つのが目的では無く、何時観戦しても日本人が居る、という事が重要とされたのだ。
ちなみに、日本の駅伝等とは違い、一校につき一チームしか出場出来ない、という事は無い。日本の様に道路を封鎖して限られたエリアしか使えない、等と言うことは無いし、人数が多い程、波乱含みの大会になる。元々が武闘派の祭典だ。戦いが起きた方が、面白いのである。
まあ、そう言ってもエンテシア皇国各地から集まるので、流石に全員いっぺんに、というのは物理的に不可能だ。というわけで、幾つかの種別に分けて実施する事にはなっている。
例えば学生部門やギルド部門、貴族・軍部部門、だ。出発は一時間毎にして被らない様にして、常にどこかで戦いが起きている様にしていたのである。
そうして、今年から新たに入った面子向け――当然だが、カイト達以外にも今年初めての参加者は居る――に、レースの概要が語られる事になった。
「さて……まあ、今更ではあるが……遠方から来てる奴やカイト君達も居る。レースの概要を説明しようか」
今回からの参加組を集めたコーチの一人が、黒板にマクスウェルの地図と皇国の全国地図を貼り付けて解説を開始する。
「まず、出発地点はここ。マクスウェルの街の南門から出発する。その後、第一走者は少し西にそれつつ、移動する事になるが……まあ、別に何か気にする必要もないから、安心しろ。レース用に調整された案内用の魔道具があるから、それに従って進め。お前らは何も考えずまっすぐ進むだけで良い。というわけで、これに従って進むと、すぐにマクダウェル領から出る事になるが……次の目的地はここ、マクシミリアン領・北部最大の街『カーム』に到着する。ここが、第一チェックポイントだ」
つー、と地図に線を引いて、コーチの一人が街の場所を書き記す。ここまでの距離は大凡100キロといった所だ。カイトの乗る平均的な性能の地竜が全力で走って1時間と少しという所だった。
まあ、レース用にきちんと鍛えられ、そして積み荷も無い地竜なのでそれよりも速い速度での移動が可能だが、どうしてもレースなので妨害や傷害も考えられる。それに常に全速力で走れるわけでも無いので、結果はやはり、早くて1時間前後と言う所だろう。
「そして『カーム』を出発して……そのままマクシミリアン領を更に南西に進み、カーム山脈地帯を迂回する。如何に天竜と言っても、限界高度があるからな。このカーム山脈近辺は飛べない。高度が高過ぎるし、地竜で行こうにも少々魔物が強い。ということで、次に目指すのが、ここだ」
解説を担当したコーチの一人が、更に地図に記述を続ける。それは『カーム』と呼ばれるマクシミリアン領北部最大の街の一つという街から、中心部へと至る線だった。
大凡距離は150キロ程度だろう。だが、皐月や第二走者の乗る速度に優れたタイプの地竜種である事を考えれば、走破に掛かる時間はカイトとそうは変わらない。
「次はこのマクシミリアン領領主城下町であるマクシミリアン。ここで、第三走者と交代する事になる」
とんとん、とマクシミリアン領首都に丸をつけると、ここで一度説明を区切った。ここで半分だ。一度ここまでの説明に問題が無いか確認する為だった。そうして、一同を見て問題が無い事を確認すると、一つ頷いて解説を再開した。
「良し……では、ここで第3走者に変わるわけだが……ここが、竜騎士レース最大の見せ場だ。走行距離約300キロ。それを一時間で走破しなければならない。そうして、『マクシミリアン』を出発した第三走者はそのまま東に移動していき……」
『マクシミリアン』から更に東に線を引いていく教師だが、先の二人よりもその距離は更に長い物だ。それは山を超えて、更に草原を超えて、だ。そうして第一走者と第二走者を合わせたよりも長い距離の線を引くと、皇族の天領北側のある街で停止した。
「次の目的地は、ここだ。エンテシア砦。ここで、最終走者へとバトンを渡す」
第三走者は山越えと最長距離のコースだった。が、それ故に速度に優れ、そして大空高くを飛べる天竜が選ばれるのであった。『エンテシア砦』に丸を付けたコーチはそのまま更に南に線を引いていく。それは第二走者と同じぐらいの距離だった。
「ここからは、一気に南下して……最終目的地は、当然、皇都だ」
地図の中で『皇都』と記された場所まで線を引いて、更に『皇都』を丸で囲う。これが、竜騎士レースの概要だった。総走行距離はおよそ700キロ。時間にして5時間程のレースだった。なお、二日目はこれを逆向きに進む事になる。
「これが、レースの概要だ。各走者の注意事項等は後にするが……ここまでに何か質問はあるか?」
レースのコース説明を一通り終えた事で、再びコーチが言葉を区切り、質問を受け付ける。が、ここまでは単にどんなコースを走るのか、という説明に過ぎないし、そもそも各コースがどんな注意事項があるのか、というのは後回しにされていたのだ。質問が出るはずも無かった。と、言うわけで、コーチが更に説明を続けた。
「さて……では、各走者の注意事項等を説明していこうか。まず、第一走者。ここは騎手の戦闘力がモノを言う。当然だが、最も混戦になるのが、この出発地点だ。なにせ全員が一斉にスタートするのだからな。まあ、時々レースそっちのけで戦闘とかする奴も居るが……忘れるなよ? 武器破損や防具破損はあくまで、減点になるだけだ。一応破壊者には心ばかりの加点はされるが、ゴール順の方がでかい。失うリスクもあるからな。積極的には狙うなよ。毎年一年坊が数組はやりやがる。まあ、それを見るのもレースの楽しみの一つなんだがな」
どうやらこのコーチは竜騎士レースに参加して長いらしい。笑いながら、第一走者の要点を説明する。当たり前だが、全員が同時スタートだ。となると、開始地点ではどうしても、騎手達全員が全員の攻撃範囲に入らざるを得ないのだ。
そうすると必然、ここが最激戦区になってしまうのである。カイトが選ばれたのも道理で、そして他に選ばれているのも、シエラを筆頭に近接戦闘能力に長けた騎手達だった。
「さて、次に第二走者だが……ここは逆に、最も駆け引きが必要なコースだ。当然だが第一走者で遅れた面子についてはここで取り戻す為に追い込みを掛けないといけない。もし抜け出せたのなら、今度は逆に追いつかれない様に後ろからの攻撃に気を遣いつつ、なるべく距離を離せる様にしないといけない。だが、そう言っても今度は速度を上げ過ぎると竜達に疲れが残り、二日目のレースに影響する」
笑っていたコーチだが、今度は一転真剣な眼差しで一同に解説を再開する。当たり前であるが、騎竜の交代はよほどでなければ認められていない。疾走順は変えて良いが、騎竜と騎手については変更が認められないのであった。
ここらが、レースを2日に渡って開催する竜騎士レース最大の肝だ。一日目に全部の力を投入すれば良いのでは無い。逆に負けそうであれば二日目に残して温存、というのも考え方の一つだったのである。他が疲労している時に自分だけ全力を出せれば、それは確実に有利になるのである。
「さて、次が、第三走者か。もう一度言うが、ここが竜騎士レース最大の見せ場だ。竜騎士として最も華々しく戦うのが、この通称、山越えだ。一番<<竜の息吹>>が乱れ飛ぶのがこのエリアだ。まさに竜達の戦いになる。どこで<<竜の息吹>>を撃ち、どの様に回避するのか。それを見極めろ。当然だが<<竜の息吹>>なんぞ直撃すれば一発で終わりだ。更には武器を取り落としても即ロスト扱い。落下も即脱落だ」
真剣な目つきのまま、コーチが解説を続ける。ここが最もの見せ場なのはある種当然ではあった。なにせ総距離はおよそ300キロという所なのだ。これを天竜達はおよそ1時間で飛翔する。つまり時速300キロ、即ちレーシングカーの最高速度並の速度で移動しながら、騎手達は戦わなければならないのである。
それ故当然だが乱戦にはなりにくいものの近接戦闘ではとんでもない技量が要求されるし、速度故に距離が開きやすく、牽制や攻撃の為に様々な<<竜の息吹>>が乱れ飛ぶ。
見た目的にも非常に華々しい戦いで、同時に、最も距離を離されやすい場所でもある。それ故、最も重要な場所であったのだ。
「さて……じゃあ、最後の最終走者か。ここは第二走者に似ているが、最も注意が必要な場所でもある。当然だが、この時点ですでに最終的な順位はほぼ出たも同然だ。よほどの事が無い限り、ここでは差は開かんし、縮まらん。ここで無理に縮めようとすれば、二日目に影響する。無理はするな」
当たり前だが、超高速での戦いだ。どうしても少しの遅れが多大な距離を空く結果に繋がる。なので普通はここで集団が幾つかに分かれる為、第三走者の時点で初日の勝敗は決したも同然だった。
だが、当然、これは普通はそうなる、というだけだ。大番狂わせや波乱含みなのが、竜騎士レースだ。それを楽しむ為のレースでもある。別の可能性もあり得た。なので、コーチが更に解説を進めた。
「だが、第三走者の時点でデッド・ヒートになっていれば当然だが、ここもデッド・ヒートになる。こうなると、一気に重要度が増す。乱戦だ。確実に武器や防具のロストによる減点は多くなるし、落下もあり得る。順位による加点よりも減点を避けるのも手だろう。結局的に一位の選手よりも乱戦を避けて順位を譲った選手の方が得点が高かった、という事例が起きた事がある。結局このチームはこの選手のスタミナの温存が功を奏して、翌日は一位でゴールして圧勝した。最終走者には、ここらの見極めが要求される」
すでに語られたが、竜騎士レースでは防具等のロストは減点対象だ。最終的なゴールの順位にこだわるあまり無理をすれば、結局的に順位が下がる事も起こり得る。
これはレースでありながら、ただ一着を取れば良いのでは無いのだ。竜騎士として、戦況を見極める頭脳も要求されるのであった。
「さて、これが初日だ。二日目は当然このコースを逆走する事になるのだが……ここは当然だが、第二走者と第三走者は入れ替わる。それ故、二日目の方が激戦になりやすい。幾ら第二走者で距離が空いたからと言っても第三、最終走者で挽回が出来ない程では無いし、もうスタミナに気を遣う必要も無い。全員が全力で走る。更には残り後半戦はスピードタイプの地竜による高速戦だ。特に最終走者ではたった100キロでのデッド・ヒートになる。ここが二日目のもう一つの見せ場、だろう」
真剣な眼をしたコーチは、二日目の注意点を告げる。こちらは基本的には全てデッド・ヒートになる事が前提だった。それ故、全員に告げられる事はただ前を向いて走れ、というしか無かったのである。そうして、一通り解説を終えた所で、一つの疑問が飛んだ。それはカイトからだった。
「あのー……それで、ウチの第二走者は……?」
「ああ……あー……もう来てくださるはず、なんだが……」
少し困った様な、それでいて少し苦笑する様な顔をしながら、コーチが頭を掻く。口調が丁寧だったので、おそらく目上の人なのだろう。そうして彼が少しどうするか悩んでいる間に、部屋に妖精の少女が入ってきた。それは言うまでも無く、ユリィだった。
「説明は終わりましたか?」
「ああ、学園長。ええ、たった今……というわけで、君たちの第二走者は、ユリシア学園長だ」
「……は?」
コーチの言葉に、全員が首を傾げる。全員一瞬耳を疑ったのだ。学生主体のレースなのに、ユリィが出る、と言われた気がしたのである。まあ、それが事実なのだが。
「皆さん、よろしくおねがいしますね」
猫が数十枚被った状態で、ユリィが一同に微笑みかける。が、これには流石に全体的に待ったが掛かった。
「い、いやいや! ちょい待ってくださいよ! 学園長出る、って……本気ですか!?」
「ええ……とは言え、きちんとハンディキャップは設けますよ。私がそのまま出ても見ている方も面白くもなんともありませんからね」
生徒達の絶叫に、ユリィが猫の皮をかぶった微笑みで答える。と言うかそもそもで練習量たった1ヶ月というカイト達――カイトもチートだが――と一緒に出ている時点で周りからすれば十分なハンディキャップだ。その上でのハンディキャップなので、一同も取り敢えずは話を聞く事にした。
「私の出場予定は初日の第二走者と、二日目の第三走者。基本的には激戦になりにくい場所です。そして、私はスピードタイプの地竜には乗りません。第一走者と同じく、平均的な地竜を使って走るつもりです」
「ああ、なるほど……」
ユリィのハンディキャップを聞いて、周囲の学生達が納得した様に頷く。当たり前だがそもそもでカイト達という足手まといがチームメイトで、その上で他よりも遅い地竜を使うのだ。これではユリィでも追い上げる事が出来ない。
というか、それ以前に追い抜かれない様にするのだって難しい。ユリィが走るわけでは無いので、速度は地竜依存だ。そして地竜の差は歴然だ。
トップレーサーでも100CCのバイクではそこそこの練習量のレーサーの駆る200CCのバイクにレースで勝てないのと一緒だ。出せる最高速度が違う。それが長距離になれば、より顕著だ。技量でも離されない様にするのが精一杯だろう。だが、こうでもしないと他のチームも認めてくれない。それぐらいに、ユリィはチート過ぎる。
とは言え、ここで普通に他の生徒を入れても単に惨敗させるだけで、勝ち目のないチームに入れられた生徒としてもやる気を無くすだろう。なにせ竜騎士レースは一年で最大の竜騎士の祭典だ。これを潰させる事は出来ない。そもそもそれ故に、カイト達を一纏めにしているのだ。
というわけで、結果としては上々の結果を残せつつも、どうせなら見世物に特化させてしまおう、と学園側が考えた結果なのであった。そうして、ユリィが猫かぶりの笑みで、カイト達に頭を下げた。
「そういうわけで、よろしくおねがいしますね」
「……敢えて言わせてくれ……君の自伝は本当にどんな物語になるのだろうな……」
「言ってくれるな……オレも初耳だった……これを知ってるだろう皇帝陛下の爆笑が聞こえるよ……」
唯一カイトが勇者カイトと知るキリエの言葉に、カイトがため息を吐いた。チームに勇者とその相棒が揃い踏みなのだ。真実を知る者からすれば、近年で最大のレースゲームになること請け合いだ。ここまでハンディキャップを課されて英雄二人と素人の日本人がどこまで戦えるのか、と興味が行くのは必然だった。
まあ、唯一の救いは、おそらく二人共脇役だ、という所だろう。こうして、知る者は知る勇者と妖精のチートパーティが結成されることになったのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第540話『竜騎士レース』