第41話 講習終了
二日目の訂正の一件にてカイトが修正した教材を用いて、残りの日数はほぼ訂正無く講習を終えることが出来た。そして最終日、この日は講習のまとめとテストが行われる予定であった。
「皆さん、本日で講習は最終日です。明日には冒険者の登録証を発行して本依頼は終了となります。」
「あぁーあ。やっとミリアちゃんと仲良く慣れたのになー。」
「あはは、私は通常ユニオン支部にて受付をやってますから、支部へ来ていただければ何時でも会えますよ。」
この講習期間でかなり仲良くなった一部学生とミリアは普通に会話していた。
「じゃあ、今度ご飯食べに行こ!」
「いいですよ。美味しいデザートのある店紹介しますね。」
「おっしゃ!」
どこの世界でも女子は甘いものに目がないのか、何人かの女生徒とミリアは食事に行くことになったらしい。
「では、始めますね。本日の講習の始めはまず、冒険者とその歴史のおさらいから。」
「では、これでおさらいは終わりです。皆さん、お疲れ様でした。」
「ありがとうございました!」
ぺこり、と頭を下げるミリアに天桜学園関係者一同が礼を述べる。
「皆さんとご一緒するのはこれで最後ですが、大抵ユニオン支部に詰めていますので、見かけたら声をかけてくださいね。午後からはテストですが、テストの点が悪くても冒険者になれないわけではないので、安心してください。そもそもテストを受けるだけの知性と問題の意味を理解出来るような冒険者というだけで貴重ですからね。」
実は、今回の依頼において最も得をしたのは冒険者ユニオン・マクダウェル支部であった。
エネフィアではイヤリングの効果によって識字率こそ高いものの、文字を書けるものは多くはない。更には日本の学生レベルの教養と礼儀作法を心得た冒険者となると、本来は元貴族やそのお抱えでもなければいなかった。それが一気に50人が支部所属の冒険者となってくれて、更に増える可能性もあるとなれば、今回の公爵家からの依頼は受けない道理は無かった。それ故に今回の依頼では支部長自らが案内に訪れ、比較的年齢の近い上、公爵立魔導学園での就学経験のあるミリアを講師として選定したのである。
「まあ、皆さんはこれから公爵軍の方から実践訓練を受けることになると窺いましたので、実際に私とお話するようになるのは、早くても一ヶ月後です。その時の皆さんの成長を楽しみにしていますので、怪我の無いよう、気をつけて訓練してください。」
そう思いつつも内心、一体何人がここから再び会えるのか、とこの一週間で仲良くなった学生たちを心配するミリア。彼女もまた、実際に冒険者を見てきているのだ。それ故、かなり冷静に物事を判断できるのであった。
「よし、それじゃあ、今からテスト用紙配るぞー。ミリアさん、ありがとうございました。」
「はい。では、ここに依頼終了のサインをお願いします。私はこのままユニオン支部へ依頼終了の報告へ向かいますので、皆さん、また会いましょう。」
桜田校長からサインを貰ったミリアはそう言って会議室から退出し、ユニオン支部へと戻っていった。
「全員に行き渡ったか?テスト時間は100分。今回は特別に人数の多い2年は同じ学年の奴、1年は3年と相談可だから簡単だろ。これで間違えたら笑いもんだぞ。」
本来ならばテストに同じ学年の奴との相談を可能にするなど、テストの意味が無い、と思うのだが、冒険者としての活動では仲間との協力が不可欠であるので、今回は特例として相談が認められた。ただし、テスト問題の一部には応用的な問題や、現在の知識から予想しなければ正答へたどり着けない魔導理論の問題があるため、教師陣は実際に満点が可能であるとは誰も思っていない。
「2年はクラス毎に集まっているな?3年は1年の面倒を見てやれ。一条は3年と1年、天道は2年のまとめ役を任せた。」
「分かりました。おい、1年と3年は俺の周りに集まれ。各部部長は部所属がいるなら面倒を見てくれ。もし部活に所属していない奴がいたら俺のところへ案内しろ。陸上部で面倒を見る。」
「はい。では2年生の皆さんは私を中心に集合してください。」
今回の冒険者志願者第一陣の部活生で、最も人数が多いのは陸上部であった。これは部長の一条が精力的に勧誘したからである。その次が各種体育会系の生徒。これも、一条に触発された形である。とは言え、今回は多分に戦闘訓練を含む為、文化系の部活生は余程の本人の希望が無い限り、第二陣以降になる予定であった。
「よし、全員準備はいいな?」
「いえ、先生。こいつどうしましょうか。」
そう言ってカイトが指差すのはユリィ。指差されたユリィはきょとんとしている。
「え?私?」
「いや、当たり前だろう。」
「あぁー、どうしたもんか……。校長、どうします?」
「む。どうしたものかのう……。ユリィちゃんの知識ならこの程度のテストなぞ簡単じゃろうし……。天音くんに手助けされても困るからの……。」
この講習の期間中、講師として講義を行うミリアのミスを修正していたユリィ。教科書を元にした知識を修正し、研究者の間の定説等を平然と語るユリィの知識に対して、今回のテストは子供だまし同然である事など火を見るよりも明らかである。
「え?私いちゃいけないの?」
大ショックを受けた表情で目をうるませるユリィ。当然、演技である。と言うか、彼女は教師なのだから、生徒にいらぬ手を貸さない方が良いのではないだろうか、と思わなくもない。
「ん、まあ、テスト問題へ口出ししなければいても良いのではないですかな。」
「そ、そうですね!テスト問題に解答やヒントを与えなければいてもいいぞ!」
そんなことを知らない桜田校長と教師はまずい泣かれる、と思ってテストへ口出ししないことを条件にいることを許可する。そうしなければユリィを気に入っている学園生を敵に回しかねない。
「やったぁ!じゃ、いつも通りここにいるね。」
そう言って再びカイトの肩へ座るユリィ。泣き脅しが通用して満足であった。
「なぜ、お前はそんなに気に入られてるんだ……。」
「魔法が使えるようになったら全方向に注意しなさい……絶対ユリィちゃんを手に入れて見せるわ。」
周囲の生徒の視線が怖いが、カイトがその程度で動じるほどやわではない。
「知らん。とりあえず全員席に着いて筆記用具を出せ……先輩方の視線が怖い。」
「あ……。」
そう言って周囲を見渡す2年生一同。早くしろ、と1年生と3年生の視線が痛かった。
「よし、始め!」
2年生の準備ができた所で教師がテスト開始の合図を行ったのである。
学園生がテストの最中の、冒険者ユニオン支部長室。そこには急いで戻ってきていたミリアとキトラが話していた。本来ならば報告書と一緒に報告するのが通例なのだが、事態が事態であったので、先に報告を済ませたのである。
「では、ユリシア様がご一緒だったと?」
「はい。何もおっしゃっていませんでしたが、語られた旅の話とユリィという愛称、更には各種の知識の深さなどを考えれば、御本人かと。」
「一体何をお考えなのやら……。」
こめかみをほぐすキトラ。考えてもわからない事請け合いだが、一応ユリィは公爵家の重鎮であったため、クズハに確認を取るように使いを出す。
「さぁ……。ただ、一緒にいらっしゃった天音さんはお名前がカイト、とおっしゃっていました。おそらくはかつての勇者様と同じ名前のニホン人ということで、勇者様を懐かしんでおられるのでは?」
「なるほど。確かにユリシア様はかつて勇者様と最も長くいらっしゃったお方。かつての勇者様を偲ばれていても不思議ではありませんね。」
聞いてみると割りと納得の行く理由であったので、とりあえずはそれで納得する。詳細はクズハからの返答を待ってからでも遅くはない。
「にしても、カイト、ですか。さすがに勇者様御本人ということは無いでしょうが……。」
「さすがにありえないでしょう。勇者様の御活躍は300年も前の事ですよ。記録によれば勇者様とルクス様は純粋な人間族であったと記されていますから、すでにご存命ではないことはユリシア様もわかっていらっしゃるはずです。」
「ええ。ですから尚の事懐かしんでいらっしゃるんでしょうね。かつての勇者様が帰ってこられたかのようで。」
「ユリシア様は、性格も似ている、とおっしゃってましたから、そうなのでしょう。」
「ああ。それは何時かはお会いしたいですね。」
「ふふ、ユリシア様の意外な一面が見られますよ。」
「そうですか。それは一層楽しみです。」
二人してひとしきり笑いあい、ミリアは報告書の作成へ、キトラは書類仕事へ戻るのであった。この翌日、彼らは実際に勇者本人と話すことになるが、今の彼らにそれを知る由も無かった。
一方、講習が行われた会議室では、カイト達が試験を終えて採点が行われていた。なんとか全員が80点以上の成績を収めることが出来たらしいのだが、教員には予想外の出来事が起こる。
「……満点が5人。一体どうなっているんだ……。アルさん、確かこのテストは満点を取ることはほぼ不可能であったのでは?」
「いえ、一応今までの知識から応用すれば導き出される問題を作ってありますので、満点を取ることは不可能ではないです。まあ、それでも5人もでるとは思っていなかったのですが……。」
教員が驚くのも無理は無く、事前に教師陣がテスト―教師陣での相談可―を実施した所、なんとか最高で80点台後半を出せる程度の問題をアルら公爵軍が主体で作成したのであった。
「満点なのは……ああ、カイトとティナちゃんか。当たり前過ぎるね。後は桜ちゃんに……ジングウジ ミズキ?こっちは知らないな。最後はイチジョウ シュン?ああ、総会の時の人だったかな?姉さんは覚えてる?」
カイトとティナはそもそもで此方の世界でも最高峰の魔術関連知識が備わっており、この程度のテストで満点が取れるのは当然だ。桜と瑞樹はカイトとティナの考察と推察を聞いて、自分で答えを出した。瞬については、彼がこの数週間独学で怠ること無く勉強をしていた為である。
「ええ。少し猪突猛進な感じがありましたが、どうやら知識とそれを応用する頭も備わっているようですね。私と同じ槍使いだそうですから、鍛え甲斐がありそうです。」
「まあ、全員が学年でもトップクラスの学力を持っているのですが、まさかここでも発揮されるとは……。」
一条の主武器は今のところ未定であるが、陸上部で投槍をやっているなら恐らく槍が主武器となるだろう。更に一条は学園でも運動部部活連合会頭であるため、部隊の中でも戦闘力でトップクラスのリィルが鍛える可能性は高かった。
「まあ、カイトとティナちゃんが満点なのは当たり前だけど、まさか他に3人も出るなんてね。」
「ええ。これはますます学園生の成長に期待が出来そうです。まあ、そこまで生き残れれば、の話ですが。」
「カイトが心配しているのもまさにそれだからね。とりあえずは一定レベルまでは僕らで鍛えて、後は学園生同士で教えていくらしい。」
小声で話し合っているリィルとアルの二人に採点していた教師の一人が尋ねる。
「アルさん。彼らはやはり魔術師として後方支援に回したほうがいいんですか?彼らは今回の魔術量測定においてもかなりの保有量を有していましたので。」
1位瑞樹、2位ティナ、3位桜である。カイトと一条も高めであるが、ソラや魅衣らと同じクラスに位置していた為、何方でも問題ないだろう、という考えであった。
「いえ。それは彼らの意思に任せるべきですね。公爵軍としても教えるにあたり、自分で選んだ武器のほうが意欲が高くなるでしょうから助かります。まあ、さすがにアドバイスくらいはさせていただきますが。あ、此方が公爵家で提供できる武器の一覧です。」
「ありがとうございます。此方で相談の後、結果をお伝えさせて頂きます。」
そう言って席へ戻っていった教師。この日はこれで全過程が終了し、全員がホテルへと帰還した。
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