第527話 多様な授業
すいません。最後まで足掻いたんですけど、流石に明日断章の開始は難しいです。なので後一日だけ、猶予をください。月曜日には投稿を開始します。申し訳ありません。
カイトの危惧する授業だが、それは午後の授業だ。それ故、午前中は幸いにして、何事もなく、進んでいく。とは言え、今日の体育は何時もとは違う授業だった。
「騎馬……ねえ。まあ、馬を飼ってる事は知ってるけど……まさか乗馬の授業までやってるなんてな」
「ウチの学校は名家の令嬢なんかも多いからね……これだと、ヨシュアとシエラさんの独壇場になるんだよね……」
どうやらそう言うマークは乗馬が苦手らしい。少し落ち込んだ様な表情でカイトに告げる。学生で太っている生徒が居ない事を見ると、おそらくこういった乗馬や実戦的な模擬戦等を繰り返した結果、太る余地が無いのだろう。そうして告げられた言葉に、カイトが少し苦笑した。
「ヨシュアの奴……結構いい加減な性格なのか、と思ったが、意外と器用なんだな」
「そりゃ、どういう意味だよ」
カイトの声を聞いたらしいヨシュアが、カイトに問い掛ける。彼は周辺を馬で走り回っていた為、聞かれないと思っていたのだが、どうやらしっかりと聞かれていたらしい。まあ、慣らし運転が終わった所で偶然会話が聞こえた、との事だった。
「ああ、いや、悪い……が、本当にお前器用だな」
カイトの言葉は、お世辞でもなんでもなく素直な賞賛だった。それ故、ヨシュアは少し照れた様子で、何故かを語ってくれた。
「兄貴が帰って来たら教えてくれるんだよ、こういうこと。兄貴が元々こういうの得意でさ」
「ああ、そういえば戦い方とかもお兄さん仕込だったっけ?」
「そいうこと。その一環で乗馬も仕込んでくれたんだよ」
ぽんぽん、と馬の背を撫でながら、カイトの質問にヨシュアが答える。竜を扱うことは流石に属人的になるので軍人でも扱える者は稀になるのだが、馬の扱いは基礎中の基礎として、教え込まれる。
確かにエネフィアでは馬に乗った騎馬兵はもはやここ数百年近く存在せず、近代戦においても騎馬戦は無いのだが、飛空艇はあっても自動車が無いエネフィアだ。荷物を運ぶのに馬は未だに現役だ。馬の扱いは軍学校や軍関連の学校に進めばまず第一に教え込まれる事の一つだった。
というわけなので、普通にこの魔導学園でも軍関連の学科では乗馬は基本講座として、教え込まれるのであった。
「そういえば、お兄さん今何やってるの? 確か最近軍で転勤になって皇都の研究所の方に行った、って言ってなかった?」
「ああ……今は軍の研究所で大型魔導鎧のテスト・パイロットやってるんだってさ」
「え……すごいじゃん。テスト・パイロットって、あこがれの一つだよね。むちゃくちゃ栄転じゃん」
何処か誇らしげなヨシュアの言葉に、マークが目を見開いて賞賛の言葉を告げる。大型魔導鎧のパイロットは言わば皇国軍の花型だ。冒険者だけでは無く、普通にかなりの憧れは受けるのである。
ちなみに、だが。ラウルは実家の横槍――と、その顔と性格を鑑みた上層部の判断――だったのでそこまででは無いのだが、実は大型魔導鎧のテスト・パイロットになると、皇国のプロパガンダの為にインタビュー記事やマスコミ出演もしなければならなかったりする。
当たり前だがどう取り繕うとも、大型魔導鎧は軍事兵器だ。少しでも扱いを失敗すれば、大バッシングを食らいかねない。プロパガンダは何よりも重要だったのである。大型魔導鎧という子供の憧れを集めやすく、そしてその次世代機を開発している開発チームは皇国の威信を背負っているのだ。ここを一部でも公開することで、有望な人材を集めようとする戦略だったのである。
こういった事から、実はカヤド隊長やマイ達はかなり顔が知られていたりするのであった。ライルが家族に今の仕事を隠す必要が無かったのは、ここらに起因していたりしたのであった。
「今度こっちに竜騎士レースの応援に来てくれるって言ってたから、久々に会ってみるか?」
「あ、うん!」
どうやら兄の事とは言え、褒められて悪い気はしなかったらしい。笑いながらヨシュアがマークに告げる。後に聞いた話では、どうやら昔は面倒を見てくれていたらしい。それ故、マークも笑いながらそれに応じる。
ということになれば、元々はここの卒業生――軍関連の学科――で、憧れの職業の一つに就いた先輩だ。それは一気に広まって、結局、殆どのクラスメートの男子が一緒に来る事になった。
そんな話しをしている一同だが、一応は授業中だ。なのでカイトも馬に跨ると、それにマークが少しだけ驚いた様な表情になった。
「乗れるんだ」
「一応、野性の馬を飼い馴らそうとしているからな……買うより自分達で調達してきた方が安い」
「ギルドの関連か?」
普通に乗りこなしたカイトを見て、ヨシュアも少し驚いた様子で問い掛ける。幾ら冒険者達のギルドといえども、普通の会社と同じく組織が大きくなれば大きくなるほど、その収支は大きくなる。
となれば、当然利益や扱える範囲も増えるのだ。その一環か、と思ったのである。が、これは当然少し違っていた。
「いや……天桜学園の方で馬が欲しくてな……総人口が500名だ。中規模な村と見ても遜色のない規模だ。馬があるのと無いのとでは、色々と違うだろ? というわけで、定期的に馬を探しててな。獣舎も作ったりして、と材料の調達はオレ達がやってるんだ」
「お前……その歳で街づくりやってんのな……」
意外と手広く事業を行っていたカイトに、実家が大企業である事でその苦労が大体理解出来るヨシュアが少し感心したように告げる。
当たり前だが、こんな事は普通のギルドはやらない。やっているのは特殊な事情を抱える冒険部ぐらいだ。それはエネフィア出身である彼らにとっては、普通に理解出来た。
「これで、乳牛や肉牛でも何処かに野生化していれば、とも思わないでも無いんだがな……」
「あ、あはは……」
愚痴じみた言葉を呟いたカイトに対して、マークもヨシュアも苦笑するしかない。彼の苦労は察することが出来るが、それに対して何かしてやれることは無いのだ。
「まあ、それはともかくとして、だ……お前、本当に苦手なんだな」
「……だからそう言ってるでしょ……」
カイトの言葉に、マークが何処か拗ねた様に告げる。とは言え、それもまあ仕方がなくはあった。これは獣人特有の理由でもあったのだ。
「そもそも僕犬系の獣人だから……どうしても馬とは相性良くないんだよね」
「草食動物の本能、か。こればかりは、如何ともし難いだろうからなー」
ヨシュアの後ろで揺られて落ちない様に注意しているマークが、何処か諦めた様に告げる。乗れなかったので、ヨシュアの後ろに乗る事になったのだ。それに続けたヨシュアも少し諦めた様な口ぶりだった。
当たり前の話であるが獣人だ、と一言に言っても様々な種類が居る。マークやキリエ、カナンの様に犬や狼等の肉食系の獣の因子を持ち合わせたのも居れば、カイトが合同演習で戦ったユニコーン系の獣人の様に草食動物系の獣人も居るし、カイトは戦う事が無かったが、同じくブランシェット家の猿やゴリラの様に雑食動物系の獣人も居る。
となると当然だが、その獣人が纏う雰囲気というのは、どうしてもそのモチーフとなる生き物に応じて特色が出てしまう。例えばユニコーンの様に同じく草食動物であれば、同じく草食動物も怯える事は無い。それどころか、庇護を求めて寄ってくる事も多い。
が、これが肉食系の獣人だと、話が変わってくる。相手は当たり前であるが、自分の捕食者だ。草食動物達に怯えてしまうのだ。それでもキリエ達兄妹の様に圧倒的に高位の獣人だと相手が強すぎて逆に興奮しないので大した問題は無いのだが、マーク程度下になると、興奮してしまい易くなるのであった。
「そもそも、獣人って自分達で走った方が圧倒的に早いから、問題無いっちゃあ問題無いんだろうけどな」
「まあ、そうなんだし、走るの好きだから良いのは良いんだけどね……でも、僕らもやっぱりちょっとは楽したいっていうか……」
「諦めろ。それか頑張って調教師にでもなれ。種族的な特徴は如何ともし難いだろうさ」
マークの何処か照れたような言葉に、カイトが笑いながら告げる。生まれ持った物だけは、どう足掻いても無くすことは出来ない。親を選べない様に、自分の種族を選ぶ事は出来ないのだ。
「……にしても……意外とお前結構上手いな。野生馬だけでそこまで上手くなるのか?」
「意外と難しいぞ、野生馬の方が。何の調教もされてないからな。おまけに鞍無し手綱無し、だ。上手くもなるさ。今度お兄さんにでも教えてもらえ。アルに聞いたら軍じゃ裸馬の乗り方も学ばないといけない、つってたしな」
「ああ、そういや兄貴も軍学科の奴もそう言ってたっけ……」
カイトの言葉に、ヨシュアが聞いた話を思い出す。言う必要はないが、カイトが居る以上彼らは普通科だ。それ故、乗馬の授業はあってもそれはあくまで、嗜みの一つとして、だ。鞍も手綱も当然に設置されて、学園が雇っている調教師がきちんと調教した大人しい馬を使って行っている。
が、これが軍ともなれば当然だが、何時も万全の状態で、とは行かない。最悪は野生の馬を即興で慣らさないといけないのだ。そのため、軍関連の学科では裸馬の乗り方を教えられるのである。そうしてそれを言われて、少しだけ、ヨシュアが闘争心に火がついたらしい。
「ちょっと走らせてみるか?」
「……いいね。昼飯賭けるか?」
「乗った。はぁ!」
「あ、ちょっと! うわぁああああ!」
カイトの言葉を受けて、ヨシュアが笑って馬の腹を蹴って、勢い良く走らせ始める。それを受けて、カイトもまた、馬の腹を蹴る。そうして、二人――と、強制的に巻き込まれたマーク――は暫くの間馬を走らせる事にするのだった。
そんな勝負の結果だが、結局はほぼ同着ということで、引き分け、という事になった。そうして一同はそれなりに疲れた身体で食堂に移動したのであるが、そこでカイトは少しだけ頭を悩ませる。
「……昼飯を食ってからが、勝負か……ガッツリ食うべきか、軽めで戦いに備えるか……」
「そこまで考える程か……?」
これからどんな魔物と戦いに挑むのだ、と言わんばかりのカイトに対して、生徒達が問い掛ける。が、それにカイトは少しだけ身を震わせて、恐怖を滲ませて告げた。
「……お前らは知らないんだ……奴のヤバさを……」
「いや、俺の方が知ってるよ……後始末やってるんだぞ、生徒会は……」
そんなカイトに返したのは、ヨシュアだった。彼にはカイトとしても非常に同情を送りたい。送るだけで役目を代わりたくはないが。そんなカイトに、ステラが密かに口を開いた。
『主よ。ガッツリはやめておけ……リーシャ殿に主の存在が気付かれた様だ。主の事に思い馳せ過ぎたらしく、今は保健室で寝込んでいる』
「なっ……そのままベッドに縛り付けろ。最悪は束縛用の結界を展開しても構わん。何としても休講にしてくれ」
『無茶を言うな』
カイトの密かな言葉に、ステラが苦笑する。流石にカイトも本気では無いが、カイトの嫌だという感情だけでは他の将来有望な生徒達の授業の時間を奪うわけにはいかない。
「ちっ……あっさりサンドイッチにしておくか。乗馬で結構腹減ったんだけどな……」
逃げ道を完全に塞がれたカイトは、諦めて助言を受けてあっさりの昼食を選ぶ事にする。そうして、カイトは午後一にある精神的激闘に備えて、昼食を食べる事にするのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第528話『迷医』。誤字じゃないです。