第525話 前代未聞の事態
ティナが研究所跡の調査に精を出していた頃、カイトは呑気に課題を終えてベッドに寝転がっていた。
「ふぁー……学校の課題は久しぶりだな」
「主にとってはこの程度の話なぞ手慰み程度にもならんだろう?」
「言うなよ」
あくびをしたカイトに対して、ステラが笑って問いかける。当たり前であるが、カイトもそうだが、かつての仲間達は全員がティナの下で徹底的に最先端の講義を受けているのだ。今教えられている基礎の基礎の部分なぞ、とうの昔に通り過ぎた所で、復習にしかならなかった。
「夕食は食べたし、暇になったら外に出るのも良いだろうし……最悪日向の散歩に行くのも有りかもなぁー……」
「うむ。まあ、それも良いだろう。では、そろそろ主よ。良いか?」
「はい」
ステラの問い掛けに、カイトはため息混じりに了承を示した。別に何もカイトは何も無いから呑気にしていたわけではない。目の前に持ってこられた書類の束を見て、思わず逃避に走ってしまったのだ。
「なんでオレのとこに持ってくるんだよ……」
「これが陛下からの書類で、陛下宛の書類だからだろう」
「ぢぐじょう……」
ステラの返答に、カイトは涙を流しながら机に向き直る。やはり親友というべきか似た者同士と言うべきか、カイトとユリィは非常に似通っていた。なので仕事――今回は課題だが――が終わった所に持ってこられた書類に対して、似たような反応を示す。
「そもそも主があそこまではっちゃけるから、いけないのだろう?」
「だって楽しかったんだ……巨大ロボットだぞ? 楽しいのは当たり前じゃん……」
「とは言え、主達はやり過ぎだ。あそこまで見事に使えば、それは興味も持たれよう」
「まぁなぁ……まあ、そう言ってもこいつは見た目が革新的だ。皇帝専用機用として見れば、良い見た目だ。一機献上しておくのは、ウチとしても悪くはない」
カイトが笑いながらステラの言葉に解説を行う。なんの書類か、というと言うまでもなく、魔導機に関する書類だ。ティナが行っている皇帝専用機の開発についての追加書類だった。と、書類に署名をするという作業に入ったカイトに対して、ステラが問いかける。
「良いのか? あれはあー……うちゅう? とやらにも行ける兵器なのだろう?」
「流石にそれぐらいのスペックダウンはさせておくさ。宇宙空間に行ける事がバレると碌な事が無い。まあ、それに武人の皇帝陛下に使って頂ければ、良い宣伝効果になる。そもそも陛下が欲しているのだって、裏としちゃ今度の大陸間会議で他国に対して皇国の技術を示す事が念頭にあるはずだ。なら、ウチとしても断る道理が無い」
カイトは皇帝レオンハルトが裏に潜ませている意図に、きちんと気付いていた。確かに武人として一流の武具が欲しい、という理由はあるだろう。だがそれ以上に、数カ月後に迫った大陸間会議を見据えていたのだった。
これには、理由がある。大陸間会議は会議と銘打ちながら、これは一種のセレモニーだった。大国の集まりで、交渉事があるのだ。ならば少しでも交渉を有利にするために各国は出せる軍事力の中から最良の物を持ってきて、その威容を誇ろうとするのであった。
「自分の所で作れるのにウチから供与された魔導機を使う、ということはウチがまだ皇国に対して数世代先の技術力を誇っている事を示したにほかならない。そうなれば安易にどの国もウチに馬鹿をしようとは思わないはずだ……それは回り回って、天桜学園の利益にもなる。オレにとっては得しか無い」
ステラに対して、カイトは考えを開陳していく。彼女は自らの腹心中の腹心だ。考えを隠す必要が無かった。天桜学園がマクダウェル家の庇護下にある、ということは今度の会議においても再三念を押される事になるだろう。それを考えれば、ここで皇国に恩を売るのは悪い話では無かった。そして更に、カイトは不敵に笑ってステラに問い掛ける。
「それに……今の技術者達が束になった所で、ブラックボックス化されているコクピットブロックのシステムを解析するのに、10年以上は掛かる。科学技術を下にしたあいつ独自の魔術もかなり使っているからな。ガワを流用出来た所で理論を理解しねえと、量産なんて不可能だ。ウチの軍事力に影響は出ねえよ」
「それは……確かに」
カイトの指摘に、ステラが笑うしか無かった。馬鹿げているが、これが事実なのだ。元々数世代先を行く公爵家の技術力だったのだが、それが今ではティナという天才が異世界の知識を吸収して帰還した結果、数世代どころか普通に発展したのではたどり着けない領域にまで到達していたのだ。
魔術技術という意味ではエネフィアの理論しか学べないエネフィアの国々では、どう足掻いた所で10年以上解析に時間が掛かるのは、必然だった。
「10年ありゃ、ウチはもっと先に行ってるよ。今でさえ、空母や宇宙艦隊を作るだのなんだの言っているからな。10年後にはあの研究馬鹿が本格的に動き始めるだろうし……それに、もう、隠す必要もなくなっている頃かもな」
最後だけ聞こえぬ様に、カイトが呟いた。隠す必要が無い、とは言うまでもなく、ティナ自身の出生の事だ。彼女は今の皇国の皇族達よりも遥かに、初代皇王の血と力を受け継いでいる。その彼女が本来の力を取り戻せば、自由に世界を移動する事も可能になるだろう。
そうなれば、もはや自分も巻き込んでのやりたい放題になるのは目に見えていた。カイトにはそれが頭が痛くもあるし、同時に楽しみでもあった。
「……ま、そういうわけだから、コクピットブロックの技術が露呈した所で大した問題には何ねえよ。武装はスペックダウンするだろうし、見た目も皇帝専用機としての威厳が必要だ。必然性能はそれ相応に落とさないと無理だ。この程度、なんとかなる」
カイトは必要となる書類にサインしながら、ステラへの解説を終える。不利益が無いのなら、渡した方が得なのだ。そうして更にカイトは魔導機の操縦に関するテストパイロット側からの所感を述べる書類等を作成していく。その書類の束が一段落ついた時だった。いきなり窓が吹き飛んだ。
「……ふぁ?」
「何だ?」
敵意らしい物も感じず、流石にこの状況で学園に対して敵襲があったとは考えていない二人は呑気な顔で吹き飛んだ窓の残骸を見て、更に窓の方向を向く。するとそこにはユリィが居た。その顔には驚愕が張り付いており、かなり慌てた様子があった。
「どうしたの!?」
窓が吹き飛ぶ程の轟音だ。となれば当然だが同じ寮生であるマークが大きく扉を叩いて来る。それにとりあえずカイトが答えようとした時、ユリィが口を開いた。
「ちょ、カイト! とりあえず大急ぎでこっち来て!」
「!? 誰か居るの! カイト、ごめん! 入るよ!」
どうやらユリィの言葉ははっきりとは聞こえなかったまでも、その大声で誰かが居る事はわかったらしい。万が一もありえるかも、と他の寮生達と共に扉を蹴破ろうとする音が部屋中に鳴り響いた。それに、カイトが大慌てでユリィから逃げようとする。
「ちょ! おい! とりあえず一時停止しろ! この状況見られんの拙いだろ!」
「そんな場合じゃないの! もう何がなんだかわかんないの!」
どうやらユリィは状況が見えていないらしい。カイトの服の首を引っ掴むと更に大型化を遂げて強引に持ち上げる。それと同時に、部屋の扉が蹴破られた。
「カイト……え? ユリシア学園長?」
中に入って大丈夫か、と問おうとしたヨシュアだったが、そこで見たカイトを拉致ろうとするユリィの姿に唖然となる。ならない方が可怪しいだろうが。
「学園長?」
当たり前だが、他の面々にしても襲撃者がユリィだなぞ思ってもいない。なので部屋の中を見て次々と怪訝な顔が伝播する。
「……ステラ! お願い!」
ユリィと生徒達は暫くの間見つめ合い、沈黙する。ユリィはどうやら生徒たちの顔を見て正気に戻り、どうしようか悩んだ結果、ステラに隠蔽を任せる事にしたらしい。それに、今までずっと潜んでいたステラが姿を表した。
「はぁ……わかった」
「え、誰?」
当たり前だが、他の寮生達はステラの事は知らない。なので目を見開いていたのだが、その次の瞬間には、全員そろって地面に沈んでいた。記憶に処置を施す為に、気絶させたのだ。
「はぁ……それで、何の用だ?」
「あ、ごめん。ちょっと来て。もう何がなんだか……」
カイトの問い掛けにユリィの顔に困惑が浮かび、そしてカイトに対して懇願する。それに、とりあえずカイトは事情を聞きながら移動する事にして、窓から飛び出した。
「で、何が起きてるんだ?」
「それが……伊勢? が良く分かんない事になってるの」
「伊勢が? 確か今日はそのまま鎖に繋がれて満足気に眠ってただろ?」
「の、はずだったんだけどねー……」
カイトの問い掛けに対して、ユリィが苦笑する。確かに、あの後クオンが餌をやって、そのまま満腹になって気持ちよさ気に眠ったのを、二人は確認している。一度眠れば長い伊勢だ。何があったのか、全くわからなかった。
「あ、あそこだよ」
「ん? 集まってる?」
上空から見れば、どうやら獣舎の前に人だかりが出来ていた。それは生徒達では無く、教師達の物だった。それも、カイトの事を見知っている教師達ばかりだ。
「あ、閣下。ユリィさん」
「何があった?」
流石に集まっている所を見られるのもダメか、と思ったカイトは本来の姿に戻ってから、地面に着陸する。するとその気配に気付いて、教師達が振り向いた。
「いえ……あの……」
教師たちは揃って困惑した表情を浮かべ、集団が2つに分かれてその先にあるモノを見せる。そこには、一人の10代も始めの少女がいた。ここまでであれば、下は一桁から居る学園だ。なので何か可怪しい事はない。
だが、その容姿が拙かった。長い白髮を持つ少女はまさしく美少女と呼んで良い容姿なのだが、なんとその少女は何も身に纏っていなかった。おまけにその状態で鎖に繋がれて眠っていたのである。見る人が見なくても明らかに拙いと分かる光景だった。
「……何があった?」
「いえ、あの……ですね。気付いたらこの少女がここに居た、と……」
「ど、どういうことだ?」
さすがのカイトも意味が理解出来ず、詳細を求める。すると、教師の一人がカイトに対して事の発覚の次第を説明し始めた。
「なるほど。移動用に飼育している馬の出産が近いから生徒と教員で見まわりやってる途中に発見した、ね……」
「はい……」
「で、これがどうしたら伊勢になるんだ?」
「んー……匂い?」
カイトの問い掛けに対して、ユリィが首を傾げる。この少女は何処からどう見ても、普通の女の子だ。狼型の魔物である伊勢にはどう転んでも見えなかった。
「なんていうか……伊勢っぽくない? ここで伊勢の鎖に繋がれて寝てるし」
「分かるかよ……」
妖精だからわかる、ということもあるのだろうが、確かに情況証拠から考えれば、この少女が伊勢である可能性はあり得た。まあ、魔物が人になれるのか、という最大の問題は孕んでいるのだが。
「とりあえず、起こしてみるしか無いか……?」
「それしか無いでしょう」
「おい……おい、起きろ」
とりあえず、この少女がなんなのかもはっきりとしない。一つわかっているのは、とんでもない量と圧力の魔力を抱えている、ということぐらいだ。なので安全性を考えて、カイトが少女を起こしに掛かる。
「ん……んぅ……あ」
ゆっくりとだが、少女の意識が覚醒を始める。それに、とりあえずは一同は安堵を得る。何か危険な状態であるわけではないのだ。それがわかっただけでも一安心だった。
が、安心出来たのはここまでだった。そうして少女が目を開いて、カイトとユリィの顔を見て言い放った一言が、大混乱を招く事になった。
「あ、ごしゅじんさまとユリィさま」
舌っ足らずな口調ではあったが、どんな言い逃れも出来ないぐらいにはっきりと少女の口からはユリィの名前が発せられる。
「えーっと……私と知り合い、なのかな? 君は?」
が、ユリィの側には該当する少女の顔は無く、怪訝な顔で安心させるように問い掛ける。それに、少女は立ち上がって答えた。
「いせです」
「わー、ちょっと! 立ち上がっちゃダメ! カイト、何か着るもの先!」
「あ……ちょっと待ってろ」
少女の自己紹介に対して二人は何かを考える前に、素っ裸の少女が立ち上がった事に対してカイトとユリィが大慌てで行動を移して、更には女性教諭達が大慌てで大きな布を創り出して周囲を覆う。
少女の見た目は年齢としては10代中頃にも到達していなかったし、少女も何も気にした様子は無かったが、それでも女の子の着替えだ。教師側が気を遣ったのである。
「……って、カイトも入ってちゃダメでしょ!」
「っと、そうだった」
服を取り出していた所為で布で覆われたエリアの中に入り込んでいたカイトをユリィが大慌てに放り出す。そして10分程で、可憐な服を来た少女とユリィが出て来た。
「で……君は?」
「ペットの伊勢です、ごしゅじんさま」
「……ねえ、カイト? 幾ら何でもこんな年端も行かない女の子をペット扱いして、っていうのは、ちょっと……しかもバレない様に伊勢の名前だし……」
「いや、どう考えても可怪しいだろ!」
カイトに対して明らかに『ごしゅじんさま』と言った挙句に自らをペットと呼ばわった少女の言葉に、ユリィが心底ドン引きした様な顔で告げる。が、当たり前であるが、カイトにはそんな趣味は無い。なので冤罪と主張すると、少女に更に問いかける事にした。
「な、なあ、お嬢ちゃん? 冗談は無しにして、マジで君は誰だ?」
「むー……伊勢です! ごしゅじんさま!」
「カ、カイト……とりあえず、さ」
「お、おう」
再三の問い掛けに、伊勢と名乗る少女は涙目で答える。それにカイトもユリィも思わず罪悪感を得て、一時言い合いも全て中断して、とりあえずは伊勢と名乗る少女の名前を伊勢と認める事にした。
「じゃあ、伊勢ちゃん。君は何処から来たんだ?」
「うっぐ……あっちです。その前はえっと……森」
少女はまず公爵邸の方向を指差してから、遠くの北の森の方角を指差した。それはどちらも昔に伊勢が居た所だった。
「孤児……か?」
カイトのつぶやきに、伊勢はコクリと頷く。どうやら見立ては正しかった様だ。それに、とりあえずは一同は少女が何らかの理由で魔導学園の敷地内に逃げ込んだ迷子で、混乱しているだけなのではないか、と想定する。が、その想定が少女にも伝わってしまったらしい。
「うっぐ……」
「あ、いや。疑っているわけではないんだ。だから、泣かないで」
再び涙目になった伊勢に対して、教師の一人が大慌てで伊勢を宥める。だが、少女は大きく口を開いた。それに、教師たちは少しバツの悪い顔をして、少女の泣き声に対して心構えを行う。だが、出て来た単語は彼らの予想を裏切る単語だった。
「うっぐ……日向ー!」
「……はい?」
少女は涙目で日向、と叫ぶ。それに、全員が首を傾げる。だが、それも一瞬だけだ。直ぐに返答があった。それも、竜の嘶きで、である。
「日向ー!」
現れたのは、言うまでもなくカイトの愛竜である日向だ。日向が着地すると、直ぐに伊勢はその足に抱きついた。
「うっぐ……ごしゅじんさまがいじめる……」
「悪いの、オレか!?」
まさかの単独指名にカイトがたたらを踏む。が、そんな呑気で居られたのも、ここまでだった。イキナリ目の前で自らの愛竜の姿が素っ裸の少女のそれに変わったのである。
「……ごしゅじんさま、め」
「え、あ、え……? あ、はい。ごめん……え、いや、えぇ?」
目の前で起きた事態に、誰もが困惑の声を上げる。前代未聞。まさにそんな状況に置かれたカイトとユリィは、専門家達を呼び出す事に決めた。
「良し、ティナ呼びだそう」
「そうだね。そうしよう。ついでにアウラとクズハ、ミースも呼んでおくね」
もう理解が出来ない。そう考えた二人は、そう決定して、かつての部隊で即座に来れる面々を呼び出す事に決めたのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第526話『少女達』