第519話 名物教諭 ――ゼスト――
ゼスト教諭によって解説がされ始めた魔術の開発に関する授業だが、カイトの予想と周囲からの評判に反して、至って普通どころか非常に高度な解説が為されていた。
「であるからにして、この術式を組み込む事になるのだが……では、確認だ。この行為が困難である理由を……ヨシュア君。述べてみ給え」
「あ、はい……えっと、本来、魔術が発動出来るということはそれ単独で完成された物です。特に今に広く伝わっている魔術の多くは完成されすぎていて、最早改良の余地が無いが故に、更なる発展が困難です。なので、新たに何か記述を組み込もうにも、それを組み込む事が出来ません」
「よろしい……では、着席して良し」
「はい」
ゼストの言葉を良し受けて、起立していたヨシュアが腰を下ろした。それを受けて、ヨシュアが再び解説を再開した。
「今のヨシュア君の説明で、大凡間違ってはいない。だが、今ひとつ足りていない点があるため、補足しておく」
ゼストはそう言うと、再び何らかの魔術を展開し、再び魔法陣を投影した状態に保つ。だが、これは先程までとは違いかなり複雑で、簡単ではなさそうな魔術だった。
「これは<<千の刃>>と呼ばれる術式の魔法陣だ。諸君らの知る人物でこれを得意とする人物を上げるとすれば、体育科のキウス先生が得意となさっている術式だ。これはその名の通り、千の刃を生み出す魔術だ……では、これを分解してみよう」
ゼストはそう言うと、かなり複雑な術式を一つ一つ分解していく。そして、今度はそれをある一定の法則に従って分けていく。それは、同種の記述がされた式と、それ以外の式だった。
「この内、諸君らから見て右側が刃を構成する物で、左側はそれ以外に関する物だ。が、今は後者は必要がない。なので消しておこう」
ふっと、左手を振るうと、それでその上に乗っていた術式は一つを除いて全て消失する。そして更に残ったのは右手の上に集まった無数の刃に関する魔術式だ。だが、それはどう見ても1000個もある様には見えなかった。
「さて……私の授業をきちんと受けていたのならもう理解しているだろうし、そうでなくても感の良い者なら気付くだろう。カイト君。この左手に残ったのは、何かね?」
どうやらここらで彼もカイトを試す事にしたらしい。左手に残った一つの術式と右手に残った無数の術式を掲げながら、カイトに問い掛けた。
まあ、カイトとてここまでお膳立てをされていれば、喩え知らなかったとしても気付けただろう。そうしてカイトも立ち上がり、答えた。
「術式の複製、もしくは圧縮術式の解凍ないしは解放に関する魔術式ですね?」
「よろしい。もう一つの可能性にも言及出来ていた。どうやら君は馬鹿では無い様だ……着席したまえ」
「はい」
ゼストはカイトが複製だけではなく分裂・解放についてを言及していた事に満足したらしい。一つ大きく頷くと、ゼストはカイトに着席を命ずる。
「さて……カイト君は指摘してくれていたが、私も諸君らにまだ説明していなかった事がある。丁度良いので、説明しておこう。例えばキウス先生の術式であれば、これには複製が使われている。というわけで、この刃に関する魔術式は千の数は無い。この複製の術式が刃の術式を増殖してくれるからだ、と諸君らには以前説明した。そこまでは良いな?」
どうやらこの術式を使っての説明は以前にもなされた様だ。おそらくカイトの事を考えて復習がてら、というところなのだろう。そうしてゼストは生徒達の反応を確かめてから、説明を続けた。
「さて……では、授業の本題に入ろう。今日の授業はこの分裂・複製・増殖等の術式だ……話は変わるが、諸君らも疑問に思った事だろう。何故、似たような術式がこの世界には溢れているのか、と。これは確かに開発者の差、と言うものや、ただ単なる口決の違い、というのもある」
ゼストは先に抽出した魔術式をとりあえず手の上から移動させて中空に展開させると、今度は幾つかの違う術式を投影してみせる。これは<<千の刃>>とは違い、殆ど複雑性も無く、魔術式にしても幾つかしか存在していなかった。
「諸君らから見て右から順に説明していこう……<<火の玉>>、<<火球>>、<<ファイア・ショット>>だ。これは諸君らも知る通り、全ての魔術の中で最も初歩として挙げられる3つだ」
ゼストが見せたのは全てが同じく火の玉を生み出す魔術だ。が、それは全て異なる魔法陣を映し出していた。つまり、同じ効力を持ちつつ、別の記号で書かれている、と言ってよかった。
「これは流石に諸君らでも実演してみせる必要は無いだろう。なので逐一使う事はしない……では、これを分解してみよう」
ゼストが新たに作り出した3つの術式を分解する。複雑では無いのは見てわかったが、どうやらそれは真実らしい。全ての魔法陣が分解されても10にも満たない記述しか存在して無かった。そうして、分解した内の3つを右手側に集め、他の物を左手側に集めると再び解説を開始した。
「さて……すでに幾度か解説しているのでわかるとは思うが、一応初心者の彼が居る為、改めて解説しておく。左手の6つは各々、威力に関する物、火球を飛翔させる為の術式だ。この内、火球そのものの威力に関する記述については解説する必要も無い物だろう。なので削除する」
左手の6つの中で比較的似たような魔術式の3つを削除して、残るは両手に3つずつの術式が存在するだけとなる。
「さて……この中で先の3つの魔術についての差を解説出来る者は居るかね?」
「はい」
「ミリシャ君」
ゼストの求めに応じて、女子生徒の一人が挙手する。それを受けて、ゼストが頷くと、ミリシャなる女子生徒が立ち上がり、解説を開始した。
「この3つは各々同じく火球を飛ばす術式ですが、<<火球>>は最も攻撃力・飛翔速度に優れた術式です。それ故、冒険者等に最も好まれる術式です。それに対して<<火の玉>>は射出後の操作性に優れ、射出後、そのまま中空待機などが可能等、魔術鍛錬の次の段階において操作系の魔術を習得するに当たり、良く練習台として使われる魔術です。これは研究者達が好みます。最後の<<ファイア・ショット>>はこの両者の良い所を採用した物ですが、それ故他の二つに比べて若干困難な魔術です。これは玄人好みなので、使う人は稀です」
「よろしい。正確な解説だった」
「有難うございます」
ミリシャの言葉は満足の行く物だったらしく、ゼストはそのまま女子生徒を着席させる。そうして更に、左手の解説に戻った。
「さて……ミリシャ君の解説通り、左手の魔術は各々飛翔に関する術式に加えて、様々なオプションが加えられた物だ。これを事細かに見ていく事も良いが、残念ながら時間が足りない。なので、これに如何な魔術式が添加されているのかを調査する事を、次回の授業までの課題としておく」
ゼストはそう告げると、左手を振るって3つの魔術式を削除する。そうして今度は右手に残った3つの術式を、自らの前に展開した。
「では、本題に入ろう。此方が今回諸君らに見せるべき3つだ」
ゼストは最後に残った3つの魔術式を並べて生徒達に見せる。それは彼の説明から考えれば全て火球を生み出す物なのだろうが、全てが異なる形だった。
「これらは全て、火球を生み出す為の部分なのだが……敢えて指摘して答えてもらうまでもないだろう。全て、異なった形を取っている。つまりは、単一の結果を導き出す道は、決して一つでは無いのだ。これで、諸君らの疑問に思う『似たような魔術』の存在については定義出来ただろう……が、当然、これ以外にも同じ結果を導き出しつつ、過程が違う事がある」
ゼストはそう結論付けると、更に解説を続けるべく、右手を振るって3つの術式を全て消し去った。
「さて……先の様に異なった記述から同じ結末をもたらす物は特に最下級の術式にこそ多い。では、他にはどのような方法があるのか、というと、追加した術式の差だ。では、先の<<千の刃>>の魔術式に戻ろう」
どうやらここからが、この授業の本題らしい。先ほどからずっと待機させておいた<<千の刃>>の魔術式を手元に戻した。
「さて……では、ここで一つの例示をしておこう。キウス先生が得意とされる<<千の刃>>だが、これと同じ効力を持つ術式を、私は4つ程知っている。が、この内、2つは先にも言った術式の記述の差に依るものだ。さて……では、ここで問おう。残る2つと<<千の刃>>の差は何か、推測出来る者は居るかね?」
ゼストの問い掛けに応じて一同考えるが、少し待っても誰も挙手する事――流石にカイトは理解しているが、挙手しなかった――は無かった。どうやら答えは出なかったらしい。それを見て、ゼストが区切りをつけた。
「よろしい。誰も推測出来ない、と判断する。では、答えだ。それは先にカイト君が上げた圧縮・解放・複製等の術式の増加に関する物だ。先に上げた<<千の刃>>の刃に関する記述の部分をどう扱うか、という部分に差がある……見給え。これが、先に例示した他の二つの術式だ」
ゼストは更に両手の上に別種の二つの術式を展開する。彼の言葉によれば、これが<<千の刃>>と同じ結末をもたらす術式なのだろう。
と、そこでなぜか、周囲の面々が少しだけこわばっていた事にカイトが気付いた。それに気付くと同時に、マークがカイトの白衣の裾を引っ張った。
「……もう少ししたら、何時でも逃げるか防御出来る様な準備した方が良いよ」
「どういうことだ?」
「……見てたら分かるよ」
ゼストの解説を横目に、マークが疲れた顔でカイトに告げる。が、当たり前だがここまで至極真面目に進んでいるので、カイトにはその理由はわからなかった。
「さて……左の術式は、<<千の刃>>の刃の術式を1000個程圧縮した術式を内包した物だ。これは<<千の刃>>の雛形、もしくは最初期の術式と言われている。対して右の術式は刃の術式を同じく複製する魔術でも、更に途中に魔法陣を展開させてそこを通過させ、それを増殖させる物だ。魔法陣の展開数に応じて、刃の数を増減させる事が出来る。此方は<<千の刃>>の亜種、もしくは発展形と言えるだろう」
ここまでは、良かった。何も起きない。が、次の台詞に、カイトは思わず息を呑んだ。
「では、これら3つがどのような差が起きるのか、実際に見てみよう」
「……は?」
「まずは、<<千の刃>>の雛形となった術式だ……<<千刃爆発>>」
その次の瞬間、何の脈略も無くゼストは待機状態だった魔術を発動させる。すると当然だが、教室内で魔刃が撒き散らされる事になった。
「ちょっ!」
「わぁ!」
「きゃあ!」
思わず目を見開いたカイトは即座に軍用ナイフ程度の長さの双剣を投影すると、そのまま自らに襲いかかる無数の刃を切り裂いていく。残念ながらこの魔刃は無属性の為、カイトの指輪の力では吸収出来ないのだ。まあ、出来たとしても身バレに繋がるので、結局は自らで切り裂かないといけないのだが。
ちなみに、学内には冒険部の訓練場に展開されている物と同じ術式が展開されているため怪我はしない。痛みも無い。が、やはり人間心理として、逃げたくはなる。危険性が無いのがわかっていても、防御や回避はどうしても、してしまうのであった。
「あっぶねぇー……」
双剣を振るって刃を無効化すること約1秒ほどで、刃の放出は止まった。それを見て、カイトは大きく息を吐いて周囲を見渡す。どうやらきちんと手加減はされているらしく、生徒達でも反応は可能なレベルではあったし、動かぬノート等には傷一つ無かった。
これはこれで確かに凄い事ではあるのだが、そもそもこんなことをやっている時点でどうなのか、という所だろう。まあ、実験である以上、実例はさせなければならない。これはこれで正しい事だった。
「カイト! 剣しまっちゃダメだよ! まだ後2回来るよ!」
「マジかよ!?」
「という風に、ある一点を中心とした刃が襲いかかる術式となる。では、次に<<千の刃>>を見てみよう」
ほっと一息吐いていたカイトに対して、自らは障壁を操って攻撃を防いだマークが注意する。それと同時に、どうやらそのまま解説を続けていたらしいゼストが更に魔術を発動した。それにカイトは再び目を見開いて、ナイフ程度の双剣を再び創りだして対処した。
「はぁ……」
「此方の術式は術式から1000個の刃が一斉に襲いかかる事になる……流石に最後の一つは最早見せる必要も無いだろう。最後の一つは先の説明の通り、<<千の刃>>の魔法陣から放出された魔刃が更に魔法陣へと突入する事になる。そこで複製される、というわけだ」
更に警戒していたカイトと生徒達だったが、どうやら杞憂だったらしい。実演はそこで終わった。なのでゼストは全ての魔術式を消失させると、再び解説を開始した。
「さて……ではここで互換性に言及しておかなければならないわけだが……魔術の記載には幾つかの互換性が存在しているわけであるが、それはまた別の講義とすることにしよう。では、今日の実習に入る。今日の実習は、先の<<千の刃>>で説明した複製・増殖・圧縮解放等の術式を用いて、<<炎刃>>に関する新たな術式を開発することだ。では、やって見給え」
ゼストの言葉に、ようやく各々の席に戻っていた生徒達は新たな自分だけの魔術の開発を始めるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第520話『飼育委員のお仕事』