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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第29章 魔導学園・入学編
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第516話 お風呂 ――誰得――

 ヨシュアによる寮生活の説明を受けた後、交流を兼ねて共同スペースを共有する全員で連れ立って夕食を食べに行った後、カイトは一度部屋に戻る事にした。そうして、部屋に戻ってそうそうに、カイトは深い溜息を吐いて、自らの護衛を呼び出した。


「ステラ」

「なんだ? 主」

「わーってんだろ」


 二人だけの寮室にて、カイトは暗闇から現れたステラに半眼で問いかける。何をか、なぞ言う必要が無いことは彼女の表情の苦笑を見て把握していた。


「まあ、あれでもユリィ殿も気を遣っている。私が言うのもなんだろう?」

「まあ、それは認めるが……」


 カイトとて、気遣いは非常に理解出来た。それどころか今もその対象はカイトの帰還を知らないままにしているだろうことも、だ。そうしてカイトは暫くの間愚痴を言い続けたが、それはユリィが転移してきた事で終わりを告げる。


「なぜ、ウチでリーシャを雇ったんだ……」

「そりゃ、有能だから、に決まってるよ」


 ため息混じりのカイトに対して、仕事を終わらせてきたユリィが答えた。言わんとすることは理解出来る。確かに、彼女は有能だ。それこそ薬学の知識においてはミースに匹敵する実力だろう。それについては、カイトも認める。それこそどこぞの病院が人格面抜きで名医を紹介してくれ、と言われればセットで紹介する程だ。

 ミースが体内の魔力の流れの調律や精神科と言った精神に影響を受けやすい分野が専門だとするのなら、件のリーシャは外科などの戦傷などの外的要因が強い分野が専門だ。方向性の差から、二人は重宝されていたのである。


「私も何度もリーシャ先生にはお世話になった……が、そこまで言うほどか?」

「オレはお前の数十倍は世話になってるよ……それ故に、お前が知らないだろう事も目一杯知ってるよ」


 思い出すだけでカイトの背中に悪寒が走り、震えが来た。カイトにとって、件の人物はある意味天敵だ。いや、相性が悪いと言うより、相性が良すぎても反発するだけだ、という好例と言える。


「おい、奴の居室と生息範囲はどこだ?」

「せ、生息範囲……獣か何かか?」

「変わらん」


 ステラの苦笑した問い掛けに、カイトは真顔で答えた。これは常日頃からのカイトのリーシャに対する扱いで、そしてそんな扱いに訂正が入らない所を見ると、相変わらず、なのだろう。そんなカイトに、ユリィは笑いながらリーシャの生息範囲ならぬ活動範囲を答えた。


「あはは……えっと、リーシャの居室は校舎棟3階の南側。良く居るのは専門棟地下1階の調合室。それ以外は……うん。まあ、カイトならどこに居るかわかるんじゃないかな」

「変わらずか」

「悪化してるよ……どんな風に、は言わないけど」

「やめてくれ……」


 ユリィの言葉に、カイトは非常に嫌そうな溜め息を吐いた。とは言え、この時点で彼は関わらないという可能性は無いと諦めていた。

 授業は必修だし、彼女の講義は今のカイトであっても聞いておいて損は無いのだ。それこそ、天才であるティナも受講を推奨するだろうし、講義を受けたがるだろう。


「大変だねー……懐かれてると。実際リーシャが来てくれたのもカイトの縁があったから、だしね」

「あれを懐くと一緒にすな」


 懐かれても一切嬉しくない、とカイトは溜め息を吐いた。そうしてリーシャからなんとか逃げる算段を考え始めたカイトだが、こんこん、と寮室のドアがノックされたことで、一時中断することになる。

 それを受けてカイトはステラとユリィに視線を送り、それを受けてステラは再び影に溶け、ユリィは目立たない様に小型化する。


「ああ、ちょっと待ってくれ。今開ける」


 二人が隠れた事を見て、カイトはドアを開ける。そうして開けた扉の前に居たのは、マーク達同じ部屋の寮生だった。


「あ、カイト。今だいじょう……あれ? この匂い何?」


 カイトの部屋を開いて漂ってきた匂いに気付いて、ヨシュアが鼻を鳴らす。


「なんか香水焚いてるのか?」

「ああ、まあちょっとお香をな。冒険者として身体を落とさない為に部屋でも筋トレをする事もあるから、汗臭さを紛らわせる為に焚いているんだ」


 カイトの言葉を聞いて後ろの方に居たマークも鼻を鳴らすが、そうして、少しだけ顔を顰めた。


「ん……でもちょっと強いよ」

「そうか、悪い。獣人は鼻が利くんだったな。次はもう少し弱い匂いのにするよ」

「うん、ごめん」


 カイトの気遣いを受けて、マークが謝罪する。とは言え、実はお香を焚いているのは他ならぬ彼の鼻を紛らわせる為だ。カイトの寮室にはほぼステラが一緒だし、時にはユリィが来る。他にもクズハやアウラら公爵家の面々も訪れる。

 となれば、鼻が利くマークならば誰かが来ていた事に気付かれる可能性があったのだ。別に正体がわからないだろうステラやクズハ達は良いのだが、この部屋に一番来るだろうユリィが問題だ。

 彼女は学園長なので、マークが匂いを覚えている可能性があった。それに対処する為に、敢えてお香を焚いているのであった。


「で、何の用だ?」

「あ、うん。えっと、皆で一緒にお風呂どうかな、って」

「ああ、そういうことか。確かに大風呂には興味あるな。付き合うよ」


 元々大風呂というのは興味があった。なのでカイトは付き合いを含めて、1階にあるという大風呂に入る事にする。これが大昔ならユリィも平然と付いてきただろうが、流石に今はそんな事を出来ない。そうしてカイトは即座に用意を整えると、一同に続いて部屋を後にする。


「良し……これで二の丸は落ちた……後は最後の本丸だけだ」


 そうしてカイトが部屋を出て見たのは、円陣を組む少年たちだった。どうやらカイトを誘い出す事で流れで皐月を誘い出し、賭けに白黒つけるつもりなのだろう。


「……行かないのか?」

「え、あ、悪い悪い! じゃあ、後は皐月誘って行こうぜ」


 先ほどカイトに賭けを持ちかけた生徒がカイトに気付いて照れくさそうに答えた。カイトは会話の最中からユリィとステラに用意を整えてもらっていた為、彼らの想像以上に早く用意が整えられたのだ。

 そうして一同は連れ立って皐月の部屋の前に移動するが、そこでノックをしようとして、カイトを除く一同が生唾を飲んだ。今の彼らにとって、ある意味現状は女の子の部屋に入る様なのに近いのだ。


「……悪い、頼んで良いか?」

「はぁ……」


 こうなるだろうな、とは予想していた――他の寮生に女慣れしていそうなのは居なかった――ので、カイトは溜め息一つに彼らに協力する事にする。結果も見えているからだ。そうして、カイトは皐月の寮室をノックした。


「おーう。オレだ」

『あ、カイト? ちょっと待ってて』


 幾度か会話する声が響いて、扉が開いた。まあ、彼女も一応上層部と同等に個人用の通信機を持っているので、それを使って誰かと会話していたのだろう。


「ごめん。おねえちゃんと話してた」

「ああ、弥生さんとか。で、風呂行くけど、付き合うか?」


 カイトにためらいは無い。このパターンも何度目か数えるのが嫌になる程なのだ。今更恥ずかしがる必要も無かった。

 そうして皐月の方も、このカイトの様子に気付いて裏を察した。つまり、彼らはカイトに助力を頼み続ける限り、決して皐月を上回れる事は無いのだ。

 まあ、無くても結果は殆ど変わらないが。皐月も生物学上はおそらく男だ。この心情は理解出来るのである。そして理解出来るが故に、小悪魔的な笑みを浮かべるのだが。


「いいわよ」

「え?」


 皐月の即答に、男子生徒達は目を見開いた。彼らの予想では、皐月はなんらかの理由を付けて断ると思っていたのだ。まさか即答して来るとは思っていなかったのである。


「ええっと……じゃあ、ブラとかの用意してくるから、先に……ってそれじゃ、意味ないわね。私女風呂だし」

「えぇ!?」


 振り返って部屋の方を向いて用意を考え始める皐月の吐いた言葉に、男子生徒達は大い困惑する。ここ――男子寮のフロア――にいながら、ブラを持ってきて女風呂に入ると言ったのだ。困惑するのは仕方がないだろう。

 まあ、言うまでもない事だが、今の皐月の顔は非常に小悪魔的な物だ。楽しげな笑みがカイトには見るまでもなく想像出来た。そうして、そんな皐月に対して、カイトはさも平然とこれに乗った。


「まあ、お前その見た目だもんな。男湯に入ると大混乱だし……」

「一回カイトに襲われそうになったし」

「人聞き悪い事言うな。んなことしたことねーよ」

「あっれ? そうだったっけ。まあいっか。じゃあ、直ぐに用意してくるね」

「え、いや、マジ女湯?」


 部屋の中に戻っていった皐月を見て、賭けを持ち込んだ生徒が困惑を極めて問いかける。が、残念ながら、これは真実だった。


「まあ……だって、お前らあんな見た目の奴が風呂入ってきて、正気保てる自信あるか? 情けない話だが、オレは無いぞ?」

「うぐっ……」


 全員、言い淀む。犬の獣人で鼻の良いマークでさえ、更に高位の獣人として身体性能も彼を遥かに超えるキリエでさえ、男か女かわからなかったのだ。この状態でもし性的特徴を隠されれば、もう誰にも男か女かわからないだろう。

 そんな状況で皐月に興奮しない、とはっきりと断言できる者は少なかった。なにせ顔だけを見れば下手な女の子よりもかわいいし、体つきも華奢だ。

 だがそうであるが故に、もし興奮しして皐月が真実男だった場合、その精神的なショックは計り知れない。カイトが絶対に触れない聖域という意味がよく理解出来た。


「ってことで、皐月は女湯。だって誰にもバレないからな」

「な、納得だ……いや、でもマジで大丈夫なのか?」


 カイトの説明に、全員が納得するが、同時に女は別かも、と不安も鎌首をもたげた。まあ、キリエで不可能なのだ。この寮にサキュバスが居ない事は確認済みなので、こうなってしまえばもう誰にも判別不可だ。女湯に入った所で、タオルで隠せば注意しても誰にもわからないだろう。それに、それ以外の手も打っていた。


「ああ、弥生さん……ああ、皐月のお姉さんが手を貸すからな。内通者が居れば、どうにでもなるだろ?」

「そういうこと。さっきの電話って実はそれだったのよね」


 解説をしていた所に、皐月が用意を終えて帰って来る。部屋の前で話していたのだから、当然声も聞こえていたらしい。平然と会話に加わっていた。

 なお、下着などの衣服類は大きめのたらいの中だ。なので当然、ブラが入っているのか、女物の下着なのか、というのは、ここからでは確認出来なかった。だが、誰も簡単にめくれるだろうタオルをめくろうとは考えていない。ことここに至ってはパンドラの箱だからだ。

 そして残念ながら、大風呂の更衣室のロッカーは鍵が掛けられる様になっている。女風呂に入り込む勇気があったとしても、調べる事は不可能だった。まあ、それ以前に入り込む事が出来るか否か、という所で不可能なのだが。


「……おい、賭けに女子生徒は?」

「いるけどよ……今から協力してくれそうなの探しに行くのか? しかも別寮だぞ?」

「ちぃ……」


 ひそひそと相談を始めた生徒達を楽しげな笑みでカイトと皐月が観察する。これが、常だった。皐月が翻弄し、そして翻弄された少年達を更にカイトが翻弄する。

 異世界といえど変わらぬ少年たちの状況に、二人はたまさかの安堵を得たのである。そうして、二人の言葉に違わず、皐月とは女湯の前で別れた。


「じゃあ、私はここで」

「あ、マジなわけね」

「嘘だと思ってたのか……」

「いや、だって、ねえ?」

「なあ? クラフでなくても気になるだろ」

「あはは……僕も今回は乗っちゃったしね」


 クラフ――カイトに賭けを持ちかけた生徒――に同意する様にヨシュアが頷き、マークが苦笑する。彼も自分の鼻が効かない相手に興味を抱いたらしい。後に聞いた話だが、彼は滅多に賭けに加わる事はない、との事だった。


「お前は気にな……らないんだっけ?」

「オレは前に痛い目を見た」

「なんか、これで分かるような気がする……」


 皐月に翻弄されまくってカイトの苦笑の裏を読み取ったヨシュアは、服を脱ぎながら同じような苦笑を浮かべる。どうやら彼はそれなりに鍛えているらしく、結構筋肉質だった。

 後に聞けば兄が軍人の為、万が一軍系統に就職した時を考えて鍛えている、との事だった。騎竜部に所属しているのもその軍属になった場合の手段だったし、色々と考えているのだろう。


「あはは……まあ、でももしかしたらこの学校の新7不思議ぐらいにはなるかもね」

「不思議でもなんでも……」

「ありそう、でしょ?」


 クラフがアホらしい、と苦笑しそうになり、あながち分からなくもなかった為に言い淀む。それを見て、マークが苦笑する。

 そんな彼らはどうやら鍛えていないというわけではないが筋肉質というわけではなく、靭やかさが表に出ていた。


「……にしても……わーお、ってやつか?」

「……ああ……負けた……」


 で、そうして服を脱げば当然だが、全員の余すこと無い肉体を把握される。それはカイトも一緒だ。カイトの場合、鍛えては居るが莫大な魔力のお陰で筋肉を重視する必要が無く、瞬やソラ程には筋肉質では無い。例えるなら整った良い塩梅の筋肉量で、所謂細マッチョという見た目だった。

 だが、まあ、そんな事を彼らは驚愕しているのではない。そもそも、鍛え具合で言えば、ヨシュアの方が上だ。なので、驚きの原因は別だった。


「ん?」


 会話に加わる事なく服を脱いでいた為、カイトは自分がなぜ注目されているか気付かなかった。それ故に、呑気に首を傾げる。


「いや……気にしないでくれ。浴槽の方も案内してやるよ。ここの温泉は寮の中で唯一本当に源泉から引いてる奴だから、おすすめだぞ」

「??? そうなのか? まあ、それなら頼んだ」


 流石にカイトとて注目されていることに気付けても、何に注目されているのかにまでは理解が及ばない。魔術を使えば別だが、超能力の様な読心術なぞ持ち合わせていないからだ。

 それ故に、彼はただただ背中を押すヨシュアに従い、浴槽に向かうしか無い。そうして、カイトとヨシュアは一足先に浴室へと消えていった。


「なあ、あれに比肩したのって何人居た?」

「……数年前に居たヨシュアのお兄さんとかじゃない?」

「あぁ……そういやあのラウルさんもでかかったよな……冒険者とか軍行こうとする奴ってでかいの多いのか……?」

「肝っ玉っていうのかな……皆大きそうだもんねー……」


 女の子がその象徴たる胸の大きさを気にする様に、男もまた、男の象徴の大きさを気にするのだ。そうして、カイトは意図せず――そして気付くこと無く――他の生徒達に多大な被害を与えつつ、この日は天然温泉にゆっくり浸かることで終了したのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。お風呂と言ってたからテコ入れに女の子沢山を想像していた方、申し訳ありません。今回は、男だけです。

 次回予告:第517話『名門校の教師達』

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