第513話 放課後 ――部活――
会長室を出て、再び生徒会室に帰ってきたカイトとキリエだが、既にそこには誰も居なかった。どうやら既に各々の仕事を終えて、自分の部活に出たらしい。ちなみに、ユリィだが、再び転移術で自室へと戻っていっていた。
「……えーっと……確か、君は委員会は?」
「飼育委員だな。まあ、自分のペットの面倒ぐらいは自分で見る。が、今日は順番じゃない、との話だ。明日来てくれ、だそうだ」
「そうか……ああ、君が帰ってきたから、クイーンが騒がしかったのか」
「懐かれているからな」
キリエの言葉に、カイトが苦笑する。飼い主の帰還を喜ばないペットは珍しいだろう。つまりは、そういうことだった。
「まあ、とりあえずは私達も部活に向かうか。幸いにして、まだ17時。少し遅いが、説明をすれば良い時間にもなるだろう」
「それもそうか。わかった、案内は頼む。流石に場所まではわからないからな」
「勇者に物を教えられるとは、光栄だ」
嬉しそうなキリエが、カイトに学園内部の施設の説明をしながら歩いて行く。そうしてその途中、ふと、カイトの表情に気付いた。
「どうかしたのか?」
「変われば変わるものだ、とな」
「うん?」
「オレは創始者だ。まだ校舎が木造……いや、青空教室の時代から、知ってる。初代の学生はコフル達だからな」
「ああ、なるほど。そんなに違うのか」
カイトに言われて、キリエもカイトが学園の創始者である事を思い出した。もともとは黒板さえ事欠き、領主であるカイトさえも教師として勉強を教えていた事さえあるのだ。
その頃に比べれば、今の学園は非常に発展していた。今では地球の大学の授業棟と殆ど変わらぬ見た目なのだ。そんな学園が懐かしくも有り、もはやその片鱗さえも無い今に、寂しくもあった。そして、過去を懐かしむようなカイトに、キリエが何かを言おうとして、諦めた。
「……すまん。なんと言えば良いかわからない」
「気にするな」
どうやら慰めの一つでも掛けようとしたらしいのだが、掛ける言葉が見当たらなかったらしい。キリエはカイトに謝罪するが、カイトの方も苦笑するだけだ。と、そこで、キリエが一つ気付いた。
「……待て。もしかして、君は本当は17歳では無いのか?」
「おいおい……勇者になったのが、齢15歳だぞ。それから十年以上公爵やってるんだから、当たり前だろ?」
「そ、そうか……」
実は1つ年上と思っていたキリエだが、実際にはカイトの方が一回り近くも年上なのだ。少しだけ残念そうだった。そうして、歩く事10分足らず。校舎に隣接する部室棟の一室にたどり着いた。
「と、まあ、とりあえず、ここが部室になるのだが……今日は私が遅れると言っているから、流石に誰も居ないな。明日からは委員会が無い日にはここに来てくれ。私も生徒会が無い日にはここに大抵居る」
「もう一つはいいのか?」
「あちらは所謂複数日にまたがって活動する部活動でな。遺跡の調査がメインだから、動く時は動くが、動かない時は動かん。国や領主達からの許可が要るからな」
カイトの問い掛けに対して、キリエが苦笑する。まあ、遺跡調査となると、当然だが遺跡に入る事が必要だ。文献等の調査も必要だが、それは次に調査する遺跡を決めてから、になるとの事で、丁度前に調査をしたのがテラール遺跡だったそうだ。次はまだ決まっていない、との事だった。
「まあ、こんな所でじっとしても何も始まらない。場所を移動するか。こっちだ」
騎竜部、と名にある様に、部活動は乗馬と同じだ。当たり前だが室内で出来る部活では無い。なので、部活の場所にまで移動を始める。まあ、その場所は数日前にカイトが訪れた竜舎の前だったのだが。
「ここに、各々の竜が居るわけだ。まあ、授業では学園の騎竜を使うわけだし、部活でもそうだ。各々気に入られた騎竜を使うのが通例……と言っても、私の様に自分の愛竜を使う事も珍しくはない」
「ほー……愛竜ねえ。そんなご時世になってるのか」
カイトが感心した様に、竜舎の中に入っていくキリエの後に続く。そうして少し歩いた先には、一匹の3メートル程の天竜が居た。キリエの髪としっぽと同じく、白銀の体躯の女竜だった。
「ああ、やはりそうなのか?」
「昔は騎竜を趣味で飼う奴なんて居なかったからな」
「……君が始まりだからな」
過去の話をするカイトに対して、キリエがため息混じりに告げる。実益でならば、昔から居る竜騎士と呼ばれる者達が飼育していた。が、それも関係無しにペットとして飼ったのは、カイトが初めてだった。
「それもそうか」
そんなキリエに対して、カイトがあっけらかんと笑う。当時は随分と奇妙に思われた事を、今更ながらに思い出したのだ。
「まあ、既に私よりも慣れているだろうが……手を」
そうして、キリエが竜に跨ると、カイトに手を差し出す。曲がりなりにもカイトは初心者、という体で来ているのだ。始めから竜を乗りこなしても問題だろうし、そもそもカイトの愛竜は日向だ。乗りこなしても大問題だった。
「……どうした?」
「ちょっと待て……今から乗る。騒ぐなよ?」
竜を撫でてなかなか手を出さないカイトにキリエが問いかけると、カイトはキリエの愛竜にそう告げてキリエの手を取って、上に跨る。ちなみに、落ちない様に、がメインなのでカイトが前、キリエが後ろだった。
「おっと! こら、テトラ! 暴れ……あれ?」
「良し、良い子だ」
カイトが跨った瞬間、少しだけ暴れたテトラという名の女竜だが、カイトの言葉に応じるかの様に直ぐに大人しくなる。
「君か?」
「いーや、テトラが物分りが良かっただけだ。何かしたわけじゃない」
ぽんぽん、とテトラの背を撫でるカイトに、キリエが問いかける。明らかにカイトが言い聞かせていた。
「どっちにしろ時間は無いんだろ? さっさと他の部員と合流した方が良いんじゃないか?」
「釈然としないな……」
ものの数分で言うことを聞かせたカイトに、飼い主であるキリエが少し釈然としないながらも、テトラを歩かせ始める。そうして、少し歩かせて竜舎の外に出ると、キリエは声を上げる。
「はぁっ!」
キリエの声と同時、テトラが舞い上がる。この位置から歩いて行かせるのには遠い場所に部活の活動場所があるらしく、飛んで行く――足の速い地竜だと、走っていく――のが通例との事だった。
「意外だな……」
「日向か?」
「よくわかったな」
「そりゃ、まあ……あれだけくぅーん、と啼かれてれば……な」
実は出発の直前、日向の物悲しそうな声が聞こえていたのだが、二人は流石にそれを無視して行くしか無かった。とは言え、日向は鳴くだけで、追ってこなかったのだ。それを、キリエは意外と捉えたのである。だが、これには当然、裏事情があった。
「念話で常に語りかけてるから……」
「ああ……なるほど……」
カイトの少し苦笑した様な言葉に、キリエが納得する。つまりはカイトが常に待てと言っているから、ついてこないのだった。カイトが空を飛んでいるのに大人しいのも、ここに理由があった。
「ああ、見えてきたな。あそこが、何時もの訓練場所だ」
テトラで飛ぶ事およそ10分。そこまで全速力では無かったらしいのだが、何体もの地竜と天竜が待機している草原の一角が見えてきた。
場所的には丁度天桜学園の北側に5キロ程といった所だ。周囲に竜種の魔物が出没するのは稀だし、近辺の魔物はランクD程度が最高だ。おまけに、いざとなれば公爵軍が直ぐに駆けつけられる距離だ。学生達の練習にも竜達の訓練にも、調度良い場所だったのである。
「下りるぞ。衝撃に備えてくれ」
「ああ、わかってる」
カイトの返事を合図に、テトラが降下を始める。どうやら此方の姿に向こう側が気付いていたらしく、下りてくるテトラに向けて、手が振られていた。
「部長、お疲れ様です……ああ、彼が言っていたカイトですか?」
「ああ、そうなる」
どうやらカイトを勧誘するのは、既に他の部員達にも通知されていたらしい。殆ど誰も驚いた様子は無かった。
「他に部員は来たか?」
「あ、はい。えーっと……セフィ先輩とヨシュアは……」
キリエに問い掛けられた部員が、周囲を見渡す。どうやら二人が体験入部しているらしい。
「ああ、いたいた。セフィせんぱーい! ヨシュアー! 部長が生徒会の仕事終わらせて帰ってきたから、一度二人連れて来てください!」
「あ、うん!」
その言葉に促されて、ヨシュアとセフィが此方に近づいてくる。そして、それと共に皐月と瑞樹が一緒だった。
「ああ、入部したのは二人か」
「これから役に立ちそうですもの」
「そういうことよ」
二人の姿を見たカイトに対して、二人の方もどうやらカイトが来る事については聞かされていたらしい。何ら疑問も無く理由を答える。
二人共、冒険部でもトップクラスの力量だ。それ故に、今後の事を考えて、騎竜の扱い方を学んでおくのは得策と考えたのだろう。良い判断だった。
「あ、お姉ちゃんは手芸部、睦月は料理研究会に入るって」
「まあ、そうなるか」
今回、カイトの知己で体験入学に参加したのは、神楽坂三姉妹と瑞樹だけだ。それ故に、報告は二人だけだった。ちなみに、ヨシュアは瑞樹とカイトが知り合いでも驚いていない。まあ、二人共冒険部であることは知られた所なのだろう。
「良し、全員居るな……皆にもう一人紹介しておく。彼が、今回来る予定だったカイトだ。少々生徒会の方で連絡があり、遅れての合流だ。竜の扱いは少しは出来ている事はさっき確認した。とは言え、当分は私が共に面倒を見るが」
その瞬間、少しだけ、男子生徒から投げかけられる視線が更に寒い物になった気がするのは、気のせいでは無いだろう。
今もそうだが、カイトの背中にはキリエの張りの良い胸があたる心地良い感覚があった。もともとキリエは美少女だし、それと密着出来る機会はそうそうあるものでは無い。恨まれても当然だった。
「まあ、とりあえずは今日は一日研修に参加してもらう。休憩はどの程度だ?」
「あ、ついさっき始めたばかりです。で、リクル先生がさっき職員室に飲み物忘れた、とか言って取りに行きました」
「またか……あの先生は物忘れさえ無ければな……」
ヨシュアがキリエの問い掛けを聞いて、返答する。後に聞いた話だが、彼が副部長らしい。最高学年の生徒が部長を務め、そのひとつ下の生徒が副部長を務めるのが、魔導学園の部活動の通例らしい。
副部長が部長を補佐するのではなく、部長が次代を育てられるように、との配慮だった。数多貴族や大商人の子弟を抱える魔導学園として、次代を担うものの教育もまた、必要な訓練だった。
「まあ、先生が帰って来次第、再び部活に入るか。とりあえず、三人にはこの部について改めて私から説明させてもらう」
カイト・瑞樹・皐月の三人を別に集めたキリエはヨシュアを引き連れて顧問が来るまでに部活の説明を行う事にした様だ。一度自らの愛竜を休ませて、部活の説明を開始した。
「まず、この部だが……有り大抵に言えば、騎竜の扱い方を学ぶ、という物だな。騎竜を飼いならすのはある種貴族としてのステータスになっているから、この部にしても貴族や大商人の門弟はそれなりに多いが……まあ、それ故幽霊部員も少々見受けられるな」
キリエは苦笑して、集まりが悪い部活のメンバーを見る。実際には有力氏族であるブランシェット家との誼を結ぼうと入部しただけの者も多く、集まりが悪かったのは仕方がなかった。参加していても本気でやっているのはどの程度か、という程度だ。
「まあ、でも今日は良いほうですよ。部長がカイト連れて来るっつったら実家に言われたのか結構集まってますからね」
「お前も言われたのか?」
「ウチは親が挨拶した、と言ってました。なので邪険にしなければ売り込む必要は無い、だそうです」
キリエの問い掛けに、ヨシュアが肩を竦める。
「挨拶?」
「グレイス商会がウチの実家なんだ。瑞樹さんは確か挨拶してた、って聞いたよ」
「確かに伺いましたわ」
ヨシュアの言葉に、どうやら姓までは聞いていなかったらしい瑞樹が納得して頷く。どうやら彼はラウルの弟らしかった。それに対して、兄・ラウルをそれなりによく知るカイトが、ヨシュアの顔を見て、兄と似ている事に気付いた。
「……軍部でも行くのか?」
「? どうして?」
「いや、騎竜の扱いやってるし……」
カイトの問い掛けに、ヨシュアが首を傾げる。騎竜は軍人として必要とされるスキルでもあるので、次兄が軍属のエリートである事もあって、彼もそちらに行くのかと思ったのだ。
「ああ、実は兄貴が皇都で軍人やってて、騎竜を扱えてな。で、少し教えてもらったら面白くて、俺も騎竜部に所属してるんだよ」
「ああ、単に趣味か。」
「そいうこと。将来は多分、一番上の兄貴と一緒に仕事してるんじゃね? 二番目の兄貴はラウルって言うんだけど……昔結構グレてたからな。兄貴だけ軍属行ったんだよ」
カイトの言葉に対して、ヨシュアも認める。ついでに要らない情報も出てきたが。そんな会話をしていたのだが、脱線なのでキリエが苦笑して本題に戻す。
「実家の話はそれぐらいにしておけ。とりあえず、部活の話に入るぞ」
「あ、すいません」
「本部活だが、活動はほぼ毎日。当たり前だが、雨の日は無いぞ。竜達も濡れるのを嫌がるしな。実際の活動内容は、後で実際にやりながら見せる。一応、その日何をやるのか、については開始前に部室で連絡する。なので、開始前には部室に集合してくれ。部活の開始は4時30分から。一応、委員会の仕事が無ければその時間に集合だ。何か質問はあるか?」
キリエの問い掛けに対して、三人とも質問は無い様子だった。まあ、実際の活動がどんな物なのかわからないと、何もわからないからだ。
「で、まあ……顧問はリクルという先生が今日の担当なんだが……少し忘れ物が酷くてな。時折休憩時間に取りに戻る事が多いのは、ご愛嬌だと諦めてくれ」
キリエが苦笑して、顧問について話す。それと同時に物凄い勢いで草原を駆け抜ける影があった。と言うより、一同を通り過ぎた。
「ごっめーん! はぁはぁ……先生忘れ物しちゃった!」
「聞いてます、リクル先生」
てへ、と舌を出して笑う女教師に対して、キリエがため息混じりに告げる。外見的には犬耳程度ぐらいしか大した特徴は無いが、笑うと愛嬌のある女性だった。
「飼育委員の顧問兼騎竜部の顧問のリクルです! よろしくねー!」
「あ、カイト・アマネです」
カイトに向けて手を差し出されたので、とりあえずはカイトも自己紹介と共に挨拶をする。そして、順々に皐月と瑞樹にも握手して、自己紹介を行う。
「丁度良いか。じゃあ、先生も来た所だし、今日の部活を始めるぞ。とりあえず、今日は君たちには実際に騎竜にどうやって乗るのか、について学んで貰おう。先生、補佐、お願いします」
「はーい」
挨拶が終わったのを見て、キリエが休憩を終わらせるべく他の部員達の下へと歩き始める。そうして、その日の部活が始まるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。学園編だからといって、普通に学園でわいのわいのとやるつもりはないです。というわけで、普通に一同のスキルアップと参ります。
次回予告:第514話『ドラゴン・ライダー』