第510話 模擬戦 ――続・3時限目――
3時限目の体育で模擬戦を実施する事になったカイト。まず一番初めの相手は隣席のシエラであった。
「はあっ!」
どうやらシエラは常に攻め立てるのが彼女の流儀らしい。試合開始早々にカイトとの距離を詰め、大鎌を振るう。
「なかなかに速い」
「はっ! ふっ! たっ!」
初撃をカイトは打ち合わず、回避する事にする。そうして回避されたので、シエラは更に続けて大鎌を振るいまくる。とは言え、それはシッチャカメッチャカという様な乱雑な物では無く、大鎌の特性を活かして円を描く様なひと繋ぎの攻撃だった。
「ほうほう! なかなかな腕前だな! シエラくんは本校でも有数の使い手なんだがね!」
回避を続けるカイトを見て、ルークが感心した声を上げる。どうやらシエラは魔導学園でも有数の武芸者らしい。それを避けるのだから、感心されても当然だろう。
「大鎌か……戦うのは懐かしいな……」
「余裕ですわね! ふふっ! 良いですわ! その余裕! 叩き潰したくなりますわ!」
カイトが懐かしそうに呟いたのを聞いて、シエラが獰猛な、嗜虐心の強い笑みを浮かべる。とは言え、彼女の言葉にはカイトも同意だった。なので、カイトは一度回避に合わせて距離を取る。
「同感だな……小娘の傲慢は叩き潰したいね」
今度は誰にも聞かれない程度に小さく、カイトがつぶやく。元来のカイトはSっ気が強い。特に、自分と同じような傲慢さを持ち合わせた少女の嗜虐心を叩き潰すのは好物だったりする。なので、久しくなかった自分の危うい性癖に、カイトは少しだけ身を任せる事にした。
「なっ!」
「ほう! これが<<勇者の再来>>の真髄かね!」
「大鎌使いが、自分だけだと思わない事だ」
シエラが目を見開き、ルークが感心した声を上げる。カイトが創り出したのは、シエラと同じく大鎌だ。ただし、それはシエラのあくまで貴族達が持つ為の優雅さを優先した大鎌では無く、漆黒の柄に月の如き白銀の刃を持つ禍々しい大鎌だった。
「<<御身は闇に溶けよ>>」
「なんですの……?」
再び、シエラの驚きが周囲に通る。カイトの姿が大鎌から吹き出した漆黒の闇の中に入ったのだ。そして、闇は形を変えていき、まるでカイトの周りにローブの様に纏わり付いた。そうして、闇の放出が終わった後。漆黒だった大鎌の柄はこれまた禍々しい真紅に変わっていた。
不可思議な現象に、流石にシエルも攻め手を止める。いや、それどころか全ての戦闘が中断され、シエラとカイトの戦いに視線が集まる。
「まあ、良いですわ! その程度で止められると」
「思わないさ」
シエラのセリフを遮って、カイトが告げる。シエラが気づいた時には、既にカイトは彼女の背後を取っていたのだ。縮地による移動に、衣の力を加えたのである。
「なっ!」
シエラの驚きの声が再び響く。確かに、シエラはカイトを油断なく見ていた。だが、その移動に気付けなかった。いや、それどころか移動したかどうかさえ、分からなかった。
転移と言われても素直に信じただろう。とは言え、いくら驚いていても訓練は積んでいるのだ。シエラとて即座に半身をずらしてカイトに相対する。
「はっ!」
もともとシエラの流派では大鎌は円を描く様に使う武器だ。それ故に、シエラは転身すると同時に、横薙ぎの一撃を振るう。
「なっ……」
シエラの今度の驚きの声は、響くことは無かった。最早絶句に近く、思わず出た音だったからだ。シエラが振るった大鎌を、カイトは避けることをしなかった。直撃かと思われた斬撃は、そのままカイトの纏う闇を斬り裂いただけだった。
だが、驚きの原因はそこではない。その後だ。大鎌の斬撃が通り過ぎた後は、カイトの背後が見えていた。つまり、闇の中にはカイトの身体は無かったのだ。そうして、直ぐに再びその空間に闇が落ちる。それはまるで斬撃が振るわれなかったかのようだ。
「はっ! はっ! はぁ!」
半身をズラして避けたのか。そう思い、シエラは斬撃を連続させる。だが、幾度やっても、いや、身体を隠せるスペースが無い程に細切れに斬り裂いてなお、カイトの身体は現れなかった。
「なら、顔はどうですの!?」
「なっ……」
「ふむ……これは見事」
シエラが再度絶句し、ルークは思わず感嘆の声を上げる。シエラの顔面狙いの一撃は、なんとカイトの顔を貫いてしまった。だが確かに貫きはしたが、吹き出たのは血では無く漆黒の闇だ。それが、まるでモヤの様にカイトの顔の大鎌が突き刺さった部分から吹き出していた。
そうして、カイトは何事も無いかの様に、移動して大鎌を取り除く。大鎌が抜けたカイトの顔には何時もと同じく傷一つ無いカイトの顔があった。
「ほう……」
そこで、ルークがもう一つ唸る。だが、その理由はシエラは気づかなかった様だ。
「ふっ」
驚いたままの相手をそのままにしておく趣味はカイトには無い。なので、カイトは容赦無く大鎌を振るう。と、そこでシエラの顔に笑みが浮かぶ。
「おぉ! やられたらやり返す! 良いぞ良いぞ!」
ルークの顔に歓喜が浮かぶ。カイトが振るった大鎌は、シエラの直前で消失していた。いや、正確に言うと、半ばまで、黒い穴に飲み込まれていた。
「ふふっ。如何な呪法かは存じ上げませんが……私のは加護でしてよ?」
「なるほど。闇の加護か」
シエラが告げられる前に、カイトは当たり前だが気付いている。なにせ精霊に関する事ならば世界最高の専門家だ。名目上言われて正解を見つけた、という体にしただけだ。
「ふふ、そちらは不可思議な呪法。此方は加護。どちらが保つか、試してみましょう?」
嗜虐の笑みを浮かべ、シエラが告げる。だが、その戦いは始まることは無かった。そこで、ルークの声が上がる。
「そこまで! お見事! さすがは<<勇者の再来>>と言った所かね! 実戦経験値が違いすぎたようだね!」
「え?」
場の全てが静まり返る。だが、そんな事はお構いなしに拍手喝采のルークの言葉に、シエラがきょとん、と目を丸くする。それと同時。笑みを浮かべたカイトが口を開いた。
「流石に先生は気付いていましたか」
「いやいや! 実に見事だった! 何時仕掛けたのかはわからないが、試合が終わる前に気付いていた事を示せて良かった!」
「あはは……戻れ、<<影狼>>」
「きゃあ!?」
いきなり地面が動いて、シエラが尻もちを着いた。いや、地面が動いたのでは無かった。正確に言えば、シエラの影が、動いたのだ。そうして、それにカイトが不敵な笑みを浮かべた後、唯一拍手喝采のルークに告げる。
「いや、シエラくん! すまないね! 模擬戦と思ったから口出しは無用にしておいたけど、次の一瞬で終わると思ったものだからね! 思わず口を出させて貰ったよ!」
「え? え?」
きょとん、と尚も何が起きているのか理解出来ないシエラが周囲を見渡す。そうして、カイトの横に一匹の漆黒の狼が居る事に気付いた。
「闇を使うなら、影にも気を遣え。後1秒、ルーク先生が止めるのが遅ければ、背後から羽交い締めだ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
とぷり、と地面に溶けた漆黒の狼を見て、ようやくシエラもそれが決め手だと気付いた様だ。かなり悔しそうに臍を噛んでいた。つまりは彼女の影に漆黒の狼が同化して、背後からカイトのみに注意が行く瞬間を見定めていたのだった。
ルークの指摘する通り、実戦経験値の差が如実に表に出てしまったようだ。正々堂々だけが、戦いではない。敢えて誘いに乗りそう思わせる、というのは卑怯だが、対人戦での必要な武略だ。誰も正々堂々やる、なぞと言っていないし、この模擬戦でも定められていなかった。
「はははっ! <<女神の再来>>もついに黒星がついてしまったね! とは言え、二人共見事な戦いだった! 次の戦いまで、しばらくある! 今は休んでおきたまえ!」
どうやらシエラが悔しそうなのは、ここに原因があったらしい。
「絶対に貴方に勝ってみせますわよ!」
最後にかなり不機嫌そうなシエラはそう言い残し、去って行く。それにカイトは少し苦笑しつつ、邪魔にならない様に訓練場の端に腰を下ろす。そして、それと同時に同じく試合を終えたマークが此方にやってきて、横に腰を下ろした。。
「やっちゃったね」
「何かやばいのか?」
「ああ、うん……まあ、彼女ああ見えて……まあ、見たままだけど、かなり気が強いから……それに、きちんと実力も備わってるからね。多分、当分絡まれると思うよ?」
「あはは、気を付けるとするかな」
マークの言葉が真実だと言うように、ちらりとカイトがシエラを見れば、彼女は取り巻きに囲まれつつもカイトを睨んで来た。そんな話を10分程していると、一人模擬戦の総括をしていたルークが手拍子と共に口を開く。
「さて、諸君! 休憩は終わりだ! 次の模擬戦に入るぞ!」
「またか?」
「うん。ルーク先生の授業は特別やる事が無い限り、型稽古100回に模擬戦が延々と、だから」
マークが授業の説明を簡単に行う。そしてそれを受けて、二人は手を前に突き出した。すると再び、手に何かがあたる感覚があった。
「さあ! 握りたまえ!」
「次は誰だろ」
「さてな」
とりあえず握った二人は、開いて良いと言われるまでに少しの会話を行う。が、カイトの方に意味は無かった。
「ああ、カイトくん! 君は申し訳ないが、俺と前で模擬戦をしてもらうよ! 折角皐月くんとも戦ったんだし、君の実力だと生徒達の殆どが相手にならなさそうだからね! では、開いて!」
「あはは、ご愁傷様」
「ちっ……」
苦笑した様で何処か楽しげに笑う様な笑みを浮かべたマークは、真実カイトの掌にかかれていた『0B』の文字を見て、カイトに語りかける。それに、カイトは舌打ちをして答えた。そうして、カイトは組を作る他の生徒達前に出る。
「では、カイトくん! 君の利点を潰す様で申し訳ないけど、さっきと同じ大鎌を出してもらえるかな!?」
「はい」
カイトとしては、これを拒絶する理由は無かった。誤解されがちだが、カイトは何も単一の武器だけで戦えないわけではない。武器をスイッチして戦うのが本来の戦い方なだけである。
「先ほどの闇はもう一度出せるかね?」
「ええ、普通に。<<御身は闇に溶けよ>>」
「よろしい。では、そのままの状態で何か不具合はあるかね?」
「そんな物を意味もなく戦闘で使うはずが無いでしょう」
「良し。では、始め!」
ルークは一つ頷くと、開始を告げる。そうして、開始を告げて早々に、今度はルークの方から攻め込んだ。
「はっ!」
カイトに肉薄すると、ルークは腰の乗った正拳突きを繰り出した。だが、それはカイトの纏う漆黒の法衣を弾き飛ばしただけで、何ら効果は無かった。
「おぉー」
どうやらルークの腕前は生徒達には知られた物らしい。その攻撃を難なく無効化してみせたカイトに歓声があがる。とは言え、自分の攻撃を無効化されているのに、ルークは嬉しそうだった。
「よしよし! きちんと発動できているね!」
「ふっ」
嬉しそうなルークに対して、カイトが攻撃を仕掛ける。当たり前だが、戦場で敵が待ってくれるはずは無い。喜んでいようが悲しんでいようが、敵からは攻撃されるのだ。そして、それは当然だがルークにもわかっていた。
「ふっ! よし! 今の状況でも何の躊躇いも無く攻撃出来ているな!」
振るわれたカイトの大鎌の先端に、ルークが左手の裏拳を合わせる。キィン、と澄んだ鉄の音が鳴り響いたが、それも一瞬だけだ。カイトの大鎌を押し戻すと、ルークはそのまま右手を引いた。
「次は、その技に頼りきり、なんてなっていないか見せてもらうよ!?」
「つっ!」
ルークの手に宿った黄金色の光を見て、カイトが防御の姿勢に入る。そして、それと同時。ルークの右手がカイトに放たれ、ぱしん、という乾いた音が鳴った。
今までは何をやっても意味が無かった攻撃が、ついに通ったのだ。それに、生徒達が今までで一番の歓声を上げる。
「おぉー!」
「よしよし。きちんと弱点も把握出来ているようだね。如何な理由でその力を使えるかは知らないけど……それは月の力だ。太陽の力とは相性が悪い」
「私としては、先の一瞬でこの法衣の弱点を見抜いて、それを破れる最低限の力を振りかぶった貴方に称賛を贈りたい所ですよ」
さすが、というべきか当然、というべきかどうやら英雄達の興した学園の教師は一流の腕前を持ってくれている様子だった。彼は一瞬でこれがシャルの力だ、と見抜いたらしい。
カイトとしては、次代の公爵家の重鎮を担う生徒達を教育してくれる教師が一流なのは喜ばしい所であった。だが、そんな称賛の交わし合いは一瞬だけだ。即座に二人は会話を交わしながら、攻撃を交わし合う。
「これでも俺は神族きっての戦士であるオーリンの子でね! 半神の中でも結構いい線いってると自負しているよ!」
「げっ!」
「あはは! 流石に半神と戦うのは君でも嫌かな!?」
どうやらカイトの嫌そうな顔は、強大な力を持つ神の血を引く半神と戦う事に対する物だと思われたらしい。だが、真実は違う。彼の父親とカイトは所謂飲み仲間というか、ケンカ友達というかに近い間柄だった。
カイトと組ませてはならない神様の最上位に挙げられるのが、オーリンなのである。主に周りの被害が甚大になる、という意味でだが。当人達は至って良好な仲を保っている。
「さあ、遠慮せずに攻撃してきたまえ!」
神の子と聞いてからのカイトからの攻撃の手が鈍ったので、一度ルークは距離を離す。カイトの方はとりあえずそう言われたので、しかめっ面を引っ込めて気合を入れなおした。
「は、はぁ……では、行きます」
その瞬間、再びシエラの時と同じくカイトが一瞬でルークの背面に回る。
「つっ! やられると結構厄介だね! 原理はどうなっているのかな!?」
とは言え、シエラでも対処出来たのだ。ルークはやすやすと裏拳で対処してみせる。しかも、彼の手には先と同じく黄金色の光が宿っていた。この黄金色の力は、シャムロックの物だ。彼は太陽神。カイトに攻撃を当てたければ、太陽の力を常用しなければならなかったのである。
というわけでそれを使えば当然、カイトに打撃が命中する……筈だった。カイトとて、相手の力量を見切っている。後ろに居たのは単なる影の塊だ。カイトの本体は、その更に後ろだった。
「ちっ。これじゃだめか」
ルークは目論見が外れて、思わず舌打ちする。どうやら今の一撃でそれなりにダメージを与えるつもりだったのだろう。そして、カイトは斬り裂かれた影の塊の後ろから、大鎌を振るう。
「<<月は煌めかん>>」
カイトが振るった大鎌はそもそもでルークには届かない位置から振るわれていた。だが、それで良かった。カイトが振るった大鎌で生まれた白銀の斬撃はぶつ切りになり、まるで月が煌めく様に幾重もの綺羅星を生み出す。
「つっ!」
どうやら、ルークの方は何か嫌な予感を感じ取ったらしい。目を見開いて、思わず一気に後ろにバックステップで距離を取った。
そうして、彼は半身をずらして腰を落とし、左手を前に出して右手を後ろに引く。どうやらその構えは生徒達には馴染みの物らしく、歓声が上がる。
「おぉ、出るぞ、ルーク先生の必殺技!」
「「<<百裂拳>>!」」
生徒達の声と、ルークの声が重なる。それと同時に、ルークは引いた右手を全身のバネを利用して思い切り前に突き出して、魔力の拳を生み出す。
「<<月の輝きは閃光となる>>」
それと同時。カイトも口決を唱える。そして、カイトが生み出した無数の綺羅星から、白銀の銀閃が生まれる。それは一直線にルークへと直進するが、その前には当然、ルークの放った黄金色の魔力の拳があった。
それはルークの手から放たれて直ぐに、無数の拳に分裂する。分裂する黄金の拳と収束する銀閃は共にぶつかり合い、全てを消失させた。それを見て、生徒達は驚愕に目を見開き、ルークは喜色満面といった顔で口を開いた。
「うそだろ……」
「あははっ! ここで体育の教師をやって100年! 生徒に<<百裂拳>>を相殺されたのは初めてだな! ウチももっともっと実戦訓練を盛り込むべきなのかもしれないな!」
「怪我するんで、やめといた方が良いですよ」
「大丈夫だよ! 俺も他の先生達も優秀だからね!」
ルークは非常に満足気に笑いながら、カイトの言葉に応じる。この間、二人は次の一手の為に、何ら攻撃はしあわない。今のままではお互いに授業をそっちのけで戦う事になりそうだったのだ。
「さて、じゃあ俺は次の一手で決めさせてもらおうかな! 君も覚悟してもらうよ! 俺の次の一手は、今まで一度も模擬戦では使ったことが無い物だからな!」
「……受けましょう。<<月は御身を照らし出さん>>」
先とは違い、腰を落として両腕を引いたルークを見て、カイトは漆黒の法衣を解除して大鎌を両手で構える。それに伴い、カイトの持つ大鎌の真紅の柄は再び漆黒に染まる。
時間を考えても、これがお互いに最後の一撃だ。耐え切れば、カイトの勝ち。押し切れば、ルークの勝ちだろう。流石に歓声を送っていた生徒達も、この一時ばかりは静まり返る。そうして、ついに決着の時が訪れた。
「<<百錬・百裂拳>>!」
「<<満月は跳ね返さん>>」
ルークは何度も両手を交互に突き出して、無数の黄金色の拳を生み出す。だが、生み出された拳は単なる魔力の拳では無い。先と同じく無数の拳に分裂する拳だ。だが、その分裂したはずの拳は、カイトへと直進しながら螺旋を掻いて一塊に集まり始める。
対するカイトは、前に大鎌を突き出してカイトの前で円を描く様にくるくると回す。始め、漆黒だった円だが、それは次第に銀色へと変色していき、ついには白銀の満月へと変貌を遂げた。
「はぁ!」
「つっ!」
ルークの裂帛の気合と共に、カイトの創り出した白銀の満月へと螺旋の黄金の拳が衝突する。そうして受けてみてわかったのは、間違いなく神の子足りうるだけの力量を持っている、ということだ。
それは確実にカイトという表向き十数歳の少年が受け切れるはずの無い力だった。確かに、本来のカイトならば余裕で防御しきれる。だが、それは明らかに異常だった。なので、カイトはこの決着を選ぶ事にした。
「つっ! ぐぅううう……ぐあっ!」
カイトの満月が割れて、黄金色の拳がカイトに直撃する。それは結界の効力によってカイトの怪我一つもたらさないが、衝撃は、カイトの身体に訪れる。
カイトにとって意識を奪わせるには程遠いが、それでも若干の痛痒はあった。なので、それを抑える意味で、敢えて疲れを演出するために痛みを軽減しない事に決めた。
「おぉー!」
カイトが吹き飛んだのを見て、生徒達の歓声があがった。
「あはは! 悪いね! これでも教師だからね! まだまだ生徒には負けられないよ!」
歓声の中、カイトに対してルークが声を掛ける。とは言え、流石に彼も汗一つ掻かずに、とはいかなかったらしく、額には幾つかの汗が流れていた。
「あはは……ちょっと頑張りすぎたかな? カイトくん。君は今日はもうこれで良いから、後は休みたまえ! では、他の生徒も今の戦いに負けないように、頑張りたまえ!」
「はいっ!」
ルークの激励に、生徒達の元気な声が返る。そうして、カイトはその後の鍛錬を免除されたのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第511話『昼休み』