第509話 授業 ――3時限目――
天桜学園と魔導学園の交流の一貫として魔導学園への体験入学を果たしたカイト。2限目までは普通の授業と呼んで良かった。
だが、やはりここは異世界だ。それ故に、3限目となった体育の授業ではなんと、球技等のお遊びに近い物では無く、実際の武器を使った模擬戦の授業だった。
場所は学園内にある修練場だ。そこにティナが形成した鍛錬用の怪我をしない為の結界が張られているのだ。学生たちはここで訓練するのが、普通であった。
「さて! 聞いているな諸君! 今日も元気に型稽古100回から始めてくれたまえ!」
体育教師が元気よく一同に告げる。ちなみに、流石に防具なしと言うのは実戦ではあり得ない為、学園から武器と共に防具も貸し出されている。まあ、カイトの様に自分で創り出す奴やもともと持ち込んでいる生徒は問題無いのだが、それの方が珍しい。
「各々、各自の武器でまずは型稽古100回から始め!」
「あの、先生? 天桜の方々はどうすれば良いのでしょうか?」
シエラが体育教師に対して、カイト達天桜の生徒達の処遇について問いかける。流石に体育の授業を個別にやるのは場所の問題から不可能なので、いくつかのクラス合同で行われるのだった。
「おや? そういえば武器を扱えない奴もいたか……なら、君たちは剣の素振り100回だ!」
「はい」
「あ、武器持ちの諸君は普通に型稽古だぞ!」
体育教師はそう告げると、自身も愛用の武器を持ちだして型稽古を行う。
「型稽古か……朝もやったんだがな」
「おや、不満かね!?」
一応初心者が居るということで、天桜学園の学園生達は教師の横で修行をやっている。なので聞かれてしまった様だ。苦笑しながら型稽古の真っ最中の体育教師が問いかける。が、それにカイトが苦笑しながら答えた。
ちなみに、体育教師は何も持たず構えを取っている為、おそらく彼は徒手空拳の戦士なのだろう。他にも何人か同じように武器を持っていない生徒も居た。
「いいえ、そう言う意味では無いですよ。不満も何も、毎日やっていますしね」
「それは良い事だ!」
「あはは、それが普通ですしね。ただ単に、私の特性上、単一の型稽古というのは慣れてないだけです」
「うん?」
カイトの言葉を聞いて、体育教師が少しだけ横目でカイトの様子を見る。カイトは今現在、刀で型稽古をしている。しかもその型はマクスウェルに居る公爵家の軍人が使う型だ。それ故、カイトの特質である様々な武器の切り替えは出来ない。というより、対応していない。
「では、それは君の型では無いのかね?」
「いえ、その一つ、ではあります。ただ単に、これは明日やる予定の型稽古なだけで」
「ほうほう。他にどんな型を……っと、終わってしまったか。名残惜しいが、型稽古はここまで! 全員、武器を鞘にしまいたまえ!」
話の途中ではあったが、そもそもで授業中でその前準備だ。ここで時間を費やすわけにもいかない。会話の途中だったが、体育教師は会話と型稽古を切り上げる。
「さて! ここからは諸君もお待ちかねの模擬戦だ! っと、流石に初心者を加わらせるわけには行かないから、天桜の諸君は見学してくれたまえ! ああ、でもカイトくん、皐月くん、瑞樹くんは参加してくれたまえよ! 噂の冒険部の実力を是非見せてくれたまえ!」
そそくさとちゃっかりサボろうと思ったカイトだが、どうやら機先を制されたらしい。体育教師にそう告げられる。
「さて、諸君! いつもどおりに手を前に出したまえ!」
「どういうことだ?」
「あはは、やってみれば分かるよ。こうやって手を前に出して」
体育教師の言う意味が理解できず、カイトが首を傾げると横のマークがにこやかに笑って開いた手を突き出してみせる。
どうやら彼らには慣れっこの話らしい。見れば他の生徒達も何ら疑問なく、同じように手を出していた。なので、カイトもそれに従って開いた手を突き出した。
「……良し! 皆手を出したな! では、行くぞ! ふんっ!」
体育教師の気合一息と共に、ふわりと風が吹いた。それと同時。カイトの手に、何かがあたる気配がある。
「それ、握って」
「ああ」
どうやら、手に当たった物を握るのがルールらしい。マークの言葉に従って、カイトは手を閉じる。そして、それを見て、自分の手を見ていたマークがカイトの手を見る。
「中はなんて書いてた?」
その言葉に促され、カイトは自分の掌を確認する。そこには何時書かれたのか、記号が書かれていた。
「5A?」
「あ、僕は13のBだから、相手じゃ無いね。これはルーク先生の独特の相手の決め方なんだ。同じ数字とAとBで相手を決めてるんだ。0Bって書いてたら悲惨だよ。ルーク先生と一緒に前で模擬戦だから」
マークは自分の掌――そこには確かに13Bと書かれていた――を見せながら、カイトに解説する。ちなみに、体育教師は自己紹介を忘れていたのだが、彼の発言から名前はどうやらルークと言うらしい。
「さて! では開いて結果を聞かせてくれ! っと、天桜の諸君は何かわからないな! 君たちはなんて書いていた!?」
ルークがカイトと皐月に問いかける。それに、少しカイトと皐月は顔を見合わせる。どうやら皐月の方は隣りにいる世話役から何も聞いていなかったらしく、首を傾げていた。
「私は5Aです」
「私は……0B?」
「私は15Bですわね」
「おお! 皐月くんが0Bか! それは楽しみだ! では、皐月くん! 前に出たまえ!」
「え、あ、はい」
わけもわからぬまま、皐月はルークに指示されて一同の前に出て来る。どうやら彼は目の前の事に熱中すると解説を忘れるタイプらしい。
「ほう! 皐月くんは鞭かね! 鞭の相手は久しぶりだ! では、武器を構えたまえ!」
ルークは自らは何も持たず、徒手空拳で構えを取る。状況から自分の書かれていた『0B』というのが前に出て模擬戦を行う役割だと気付いた皐月も、鞭を腰から外して戦闘の用意を行う。
「はい」
「では、打ち込んできたまえ! どこからでもいいぞ!」
その言葉を合図に、皐月がルークに鞭を振るう。それは一応様子見の速度だったが、それでもしっかりと腰がのって、きちんとした攻撃だった。だが、それはルークによって軽々と避けられる。
「ほう……」
カイトが少し興味深そうに唸る。皐月の腕は悪くない。そもそもで彼女自体が飲み込みが良い事やカイト達から直々に調練を受けている事に起因して、冒険部としてはかなり上位の使い手だ。それを、安々と避けたのだ。
「もっと全力で!」
「はっ!」
ルークの言葉に、皐月が更に魔力を漲らせる。それは1分程で、普段皐月が戦闘で出しているのと同じ出力にまで到達した。したのだが、それでも結果は変わらない。
「いいぞいいぞ! もっともっと速く出来るはずだ!」
「ちょ! 何!? 無茶苦茶なんだけど!?」
既に全力に達している皐月が、思わず目を見開く。意地になって全力にまで達していたのだが、それでもルークの顔には余裕しか浮かんでいなかった。
「スキルを使えるなら、使いたまえ! 遠慮することは無いぞ!」
「つっ! <<双竜鞭>>!」
ルークに浮かぶ余裕を見て、皐月は遠慮の必要が無いと判断する。そうして口決と共に鞭が柄の先で二又に別れて、ルークを追い詰める。
「ははは! 見事見事! <<三双鞭>>は使えるかな! 俺は<<五双鞭>>でも大丈夫だぞ!」
「つっ! じゃあ、遠慮無く! <<雷公鞭>>!」
どうやらあまりに避けられるので、皐月はキレたらしい。技ではなく、武器技を使う事に決める。そうして、二又だった鞭は一度一つに戻り、その周囲に雷が宿る。いや、宿ったのは一瞬だけだ。鉄鞭が消失し、次には雷で出来た鞭が現れる。
「おぉ! これはすごいな! いいぞいいぞ! 打ってみたまえ!」
その様子を見て、ルークが喜色満面で皐月に告げる。
「行くわよ! <<雷公鞭>>!」
皐月は口決と共に、雷の鞭を振るう。鞭先の速度はまさに雷で、真実光速に匹敵する程だった。だが、それでも。ルークには届かない。
「うそっ!」
「ははは! 善き哉善き哉! 本物の雷を鞭として操ってみせるとは! 私の生徒なら、今期の成績は間違いなく最優だ!」
光速で振るわれる鞭を、ルークは難なく避けていく。ちなみに、幾らルークと言えど、光速で動く物体を簡単に捉えきる事は出来ない。
だが、別に何も鞭を見切る必要は無いのだ。皐月の手の動きや魔力の流れから、鞭の動きを予想する事は彼にとっては容易い事だったのである。
「ならっ! <<雷公双竜鞭>>!」
どうやら皐月は相当熱くなっている様だ。エネフィア発祥である<<双竜鞭>>に中国の伝説の武器である<<雷公鞭>>を組み合わせた武器技を使用する。彼女にとっての切り札だった。
「ほうほう! これから更に上に行けるのか!」
「これでどう!?」
「だが……まだまだだ!」
気合一閃で二又の雷の鞭を振るった皐月だが、それに対してルークは立ち止まって、両手を左右に突き出す。流石に避けるのは難しい、と判断した様子であった。
「ふんっ!」
「……ほう」
カイトがルークの為した事を見て、思わず唸る。皐月に至っては理解出来ない、という困惑の表情だった。そんな生徒の表情を見て、ルークが笑みを浮かべる。
彼はなんと、両手で光速で動いている雷の鞭を掴んでみせたのだ。当たり前だが、掴みに行って感電するなどという馬鹿げた事は起きていない。普通ならば通電するはずの雷は、ルークの両手で止まってバチバチと音を立てていた。
「はっ!」
「きゃあ!」
そして、気合一閃。ルークが気合を入れると皐月の<<雷公鞭>>は消滅して元の鉄鞭に戻り、更には気合だけで皐月は尻もちをつく。それを見て、ルークが終了を告げた。
「ここまで! よしよし! どうやら天桜の諸君もしっかり鍛錬していた様だ! 諸君らも彼女に負けない様、しっかり鍛錬したまえ!」
試合を終了させたルークはぱんぱん、と手を鳴らして、一同に告げる。それに、カイトは思わず感嘆を口に出した。
「すごいな、あの先生。ルーク先生だったか? あれで普通か?」
「あはは、ルーク先生はウチの学校でも有数の戦士だから……」
「あれで下の下とか言われたら笑うしかないな」
苦笑したマークの言葉に、カイトも苦笑して返す。光速で動く鞭を掴むのが平均的だと言うのは流石にカイトも考えたくは無かった。
「さて、皐月くんは後は休んでいたまえ!」
そんな二人はさておいて、ルークは授業を続ける。皐月は尻もちを着いた後、息を切らせて訓練場の端まで移動したというのに、彼は息一つ切らしていなかった。
「さあ、次は君たちの番だ! それぞれ何時も通りにペアを組みたまえ! カイトくんは確か5Bだったな! 5Aの生徒はやり方を教えてあげてくれたまえよ!」
「はいっ!」
ルークの言葉に、生徒達が返事一つで動き始める。それはカイトもマークも一緒だった。流石にペアとなって戦うのに、いつまでも一緒にはいられない。なので、二人は別れて行動する事になる。
「じゃあ、僕は行くね」
「ああ。さて……5Aの相手は……」
カイトも周囲の生徒と同じ様に、周囲を見渡して自分と対となる生徒を探す。が、その必要も無く、直ぐに向こうから声が掛けられた。
「5Aは私ですわ」
「シエラか」
どうやらカイトの相手は如何な偶然か、顔見知りのシエラであった。とは言え、今の彼女は魔導学園の制服では無く、漆黒の鎧を上から着こみ、その下には漆黒の衣服を身に纏っていた。更に彼女は大鎌を持ち、それを肩に掛けていた。そして顔には至極の笑みを浮かべ、舌舐めずりをしていた。
「ふふふ、楽しみですわ。<<勇者の再来>>と戦えるなんて」
「そいつは重畳」
彼女はどうやら少しSっ気があるらしい。もともと端正で気の強そうな顔ではあったのだが、嗜虐心に光悦の笑みを浮かべ舌舐めずりする姿は何処ぞの傲慢なお嬢様と言っても不思議では無かった。
「<<女神の再来>>と<<勇者の再来>>の戦い。さあ、楽しみましょう!」
立ち位置に立って一礼をしたシエラが告げる。そうして、カイトの最初の模擬戦が始まるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第510話『模擬戦』