第39話 探る者
粗方の間違いを変更した後、ミリアに問いかける。
「にしても、あなたは確かマクダウェル公爵立魔導学園に就学したはずです。一体どんな間違いだらけの教材を使用したというのです。」
学園理事長としての立場から、使用している教材の間違いに寛容ではいられない。
「えっと、これです……。古本屋で買ったのですが……。」
シュン、としながら持って来ていた学生時代の書物をユリィに提出する。所々書き込みされており、使い込まれていることが窺える。
「ああ、これですか。……しかも初版!またレアな……。他にも?」
ミリアの見せた書物にユリィは唖然としながら他にないかを尋ねる。
「えっと、あと、これです。今回の依頼ではこの二冊をメインに解説するつもりだったのですが……。」
もう一冊は学園でも採択されている教材で、学生に配布されている書籍であった。
「あら。これは学園でも使用している教材ですね。これは確か……、ヘンネス教授が好んで使用されていた教材でしたか。」
そう言ってペラペラと受け取った教材を真剣に読んでいる。
「あ、はい。古龍様に関する講義はヘンネス教授に教わりました。」
自分が教わった教授の名前を聞かれた為、教えを受けたことを正直に告白する。ミリアの発言を聞いてユリィは眉を顰めている。というより、密かに頬を引き攣らせている。かなり激怒しているらしい。
「はぁ……。少し待ってもらえますか?」
「え?あ、はい。」
唐突に待つ様に頼まれて素直に頷くミリア。
『カイト、クズハ、聞こえてる?』
ミリアを待たせている間にユリィはカイトとクズハの二人に念話を行う。
『ん?ああ、何だ?』
『はい、こっちも大丈夫です。』
カイトは講義を受けているので当然問題ないが、どうやらクズハも問題無かったらしい。
『まず、クズハ、悪いんだけどさ、今から言う教材の出版社と著者を調べて。』
そう言ってミリアから受け取った資料の内、学園で配布された教材の方をクズハに伝える。
『分かりました。この教材について調べれば良いのですね?』
『うん。お願い。あ、終わったら学園にこの教材使用不可って伝えといて。後ヘンネスの背後調べといて。あいつもしかしたら賄賂かなんか貰ってるかも。去年の選定時にはこんな本じゃなかったのに……。』
かなり激怒している雰囲気を迸らせてクズハに依頼する。ちなみに、魔導学園では2年に一度教科書の選定を行っている。
『もう一冊の初版とか言ってた方はいいのか?』
ミリアが今回の教材に選んだのは2冊なのだが、ミリアが自費で購入したらしい本は伝えていなかった。
『あ、あっちはいいの。驚いたのはあれの初版を持っていたこと。』
『有名なのか?』
『うん。クズハも知ってるでしょ?皇国最高の変人魔導研究者の噂ぐらい。』
『ああ、イクサさんですか……。』
どうやら有名な人物らしい。クズハが溜め息を吐いていた。
『昔からいる奴か?』
『ううん。15年くらい前から神童として一部で噂にはなってたんだけど、表に出たのは皇立魔導大学を飛び級主席で卒業して、皇国直下の研究所に十代半ばで主任研究員として迎え入れられた頃からかな。まあ、在学中も論文や発表で有名にはなってたけどね。』
『ええ。一応我が公爵家からも支援させて頂いておりますので、今でも時々学園の方で講習を行って頂いています。』
本人は面倒臭がってやりたがらなかったが、公爵家の各種族へのコネを考えれば断れなかったらしい。ちなみに、この学園とは公爵家が経営し、運営している魔導学園の事である。
『ああ、それはいいことだな。で、その研究者がどうかしたか?』
それにクズハとユリィは二人して苦笑して、カイトに説明を開始した。
『ええ、それが実はその方はまあ、何と言いますか……。』
『研究者にありがちな、これと決めるとその他を一切無視して研究にのめり込むタイプの人で、大抵引き篭もってるんだよねー。まあ、それ自体は珍しくもないんだけど……』
ティナと同じタイプの奴か、カイトは即座にそう判断する。尚、この会話を聞いているティナは、それをさも当然と考えている。
『それ故、滅多に表に出ないことは有名なのですが、表に出てくると大抵常識となっている理論を塗り替えていかれます。それ故に皇国最高と。』
『でも、その研究過程が問題でねぇ。何時だったっけ、300年前の中津国からの支援で、米が公爵家のみ運び込まれていたことに気づいたらしくて、家を訪ねて来たんだよね。そしたらそのまま数週間居座って気が済むまでカイトのことを調べて帰った……と思ったら今度は中津国まで行って話聞きたいから仁龍様か燈火を紹介してくれ、って頼んできた。だから変人。常人には考えられないか普通やらないことやるから。まあ、紹介したけどね。』
古龍か有力な族長を紹介してくれ、などというのはエネフィアで考えれば正気の沙汰では無い。もし、悋気に触れれば紹介した者を含めて、即座に殺される可能性は低くはないのだ。普通は、紹介されることはあっても、そういった存在に紹介を頼むことは滅多に無かった。まあ、そんな常識を無視して紹介した公爵家も公爵家だが。
『は?オレの資料を、か?何故?』
変人と言われる研究者に調べられるほど変な事をしたつもりのないカイト。全てが変とは思っていない。
『さぁ。なんでもお兄様のことを調べていると不明なことが多すぎることが不満だったそうです。』
『うん。いろいろ聞かれた。私には昔の旅の話なんかが多かったかな。まあ、あの頃ってカイトも私も誰にも知られていなかったから、資料になりそうなのって、ユニオンにある依頼の受領資料か報告書だけだからね。まあ、堕龍退治の偉業なんかはかなり広まってるから資料も残ってるだろうけど……』
当時のカイトの旅において始まりから終わりまでを共に旅したのは唯一ユリィのみであった。それ故に、ユリィに話をせがむ子供達や研究者はかなり多い。
『まあ、確かにな。オレが表に出た頃にはすでに全大精霊達が……ああ、呼ばれたからって、出てこなくていい!声がオレにまで漏れてる!ああ?今度はブラックジャックやってる?昨日はオレにディーラーやらせてテキサスホールデムだったろ?』
『カイト?』
『お兄様?』
いきなり大精霊達と話し始めたカイトを心配する二人。
『はぁ……久々に集まれるからって最近人の頭のなかに常駐してやがる。雪輝姫まで騒いでるぞ。あいつ、相当寂しかったのか……。』
『寂しくなんか無いわよ。』
そこで、唐突に念話に割り込みが入る。
『シルフィの馬鹿に呼び出されたから来てるだけよ。』
『えぇ!僕はただ皆が集まるから行こ、て言っただけだよ!』
『はははっ!相変わらずお雪はキツイな!』
『サラは煩いわね。』
『まあまあ、皆さん。とりあえずは勝負を続けましょう。ふふふ……。』
『ちょっとー。だれかディーネのひとりがちなんとかしてー。』
『……無理。ディーネのトップ独走状態。』
『無理ではない!まだディーネ以外の勝利数の合計だとまだ勝てる!』
『雷華、それはすでに敗北しているのでは……。』
『ソルー、ルナはー?』
『あ、ルナはお休み中です。寝かせておいてあげてください。』
『……さっきからいるんだけど。と言うか、さっきも話したけど。』
『あら?』
『あれーさっきまでいなかったよねー?』
『こっそりソルの後ろにいた。……ノームは寝っ転がってるから見えなかっただけ。』
賑やかでいいことであるが、カードゲームに興じているのも、騒いでいるのもカイトの精神世界に間借りしてやっている。時々騒いだ精霊たちの声が漏れてくるのが、最近のカイトの頭痛の原因の一つであった。
『とりあえず、全員引っ込んでろ。』
そう言って全員纏めて念話から強制遮断するカイト。話を続ける。
『まあ、オレの話で欠くことのできない大精霊達の祝福だが、表に出た時にはすでに全大精霊達から祝福を受けていたからな。変人研究者に興味を持たれても仕方がないだろう。で、その変人がどうしたんだ?』
脱線に脱線を重ねたが、ようやく本題に戻る。大精霊たちは相変わらず騒がしかったが、我慢であった。
『うん。まあ、彼女も一応研究者として本は執筆しているんだけど、彼女がまだあんまり有名で無かった頃に書かれた本がミリアの持ってた本だよ。初版なんて確か100冊も無かった筈なんだけど、たまたま古本屋に流れてたんだね。内緒だけど、あれ一冊でミスリル銀貨1枚に匹敵するよ。』
『一冊ミスリル銀貨1枚って、一体どんだけすごいんだ?』
まだ表に出て十年足らずの研究者の本にそこまでの高値が付くのは珍しいどころか、破格と呼んで良かった。
『まあ、内容自体は今でこそ常識になっていることだけど、当時の彼女独自の見解とかが書かれている上、魔導師として学ぶべきことがきちんと書かれている一冊だよ。第3版以降は公爵立魔導学園の推薦教材に加わっているよ。一応公爵家でも初版から現行版まで揃っているから、カイトも読んでみるといいよ。』
『機会があったら読んでみよう。』
変人の書いた名著、気になったので、覚えておくことにしたカイトなのであった。
「申し訳ありませんでした。」
そう言ってミリアに謝罪するユリィ。
「あ、はい。何だったんです?」
いきなり待つように言われてずっと待っていたミリアは当然尋ねる。尚、当然だがそれに合わせて天桜学園の者達も待たされているが、成り行きが把握できないので、従うしか無かった。
「ええ、今公爵家へ確認を取って頂いているのですが、この本自体に問題がありそうです。」
そう言って手に持った教材をカイトへ放り投げる。カイトはとっさにキャッチ。
「今から間違いを書き直させますので、少々お貸しください。カイト、わりかし正しい記述のある本渡すから書きなおしておいてねー。」
そう言って更にもう一冊分厚い本をカイトへパス。これもカイトはとっさにキャッチ。が、受け取った所で当然抗議の声を上げる。
「いや、何故オレがやるんだ?」
当たり前の疑問である。一応カイトも受講生である。
「は?間違った記述で教えられるならカイトも損でしょ?なら書き換えを自分でやったほうが勉強になるからにきまってんじゃん。何ならソラがやる?」
馬鹿だな~、笑いながらそう言うユリィであるが話を急に向けられた隣のソラは一瞬ポカン、となるが当然拒否した。
「いえ!遠慮しておきます!」
「お前がやれよ……。オレはそれをまとめた講義を受けるためにいるんだが……。」
当然である。資料を渡されて自分で勉強なら今回の講習はいらない。
「あ、私は今日の分の講習に間違いがないかのチェックするから無理。ああ、訂正は今日中ね。よろしく。では、続けましょう。」
「あ、おい……。はぁ、まあいいか。」
そう言ってカイトは1ページ目から間違いを探しながら教科書を読んでいく。そして間違いを発見してはペンで修正する。周囲の生徒は時々カイトの記述を覗き見るも、その迷いのない修正を疑問に思っていた。
「え?え?」
怒涛の勢いで変化する事態についていけないミリアとその他一同は唖然としている。
「講習を続けてください。ミスは私が訂正してあげます。」
「は、はぁ……いいのかなぁ……」
ミリアにも事態は飲み込めないが、依頼は果たすべきで、間違いなどを訂正してくれるなら安心である、そう考えることにして講習を再開した。その後、所々教科書の記述で間違いがユリィから指摘されるものの、概ね間違いが無く、ユリィとしても満足の行く結果となった。
尚、当然カイトはこの講習の間ずっと教科書の間違いを修正しているのであった。なにげに、彼は律儀なのである。
お読み頂き有難う御座いました。