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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第29章 魔導学園・入学編
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第506話 もう一つの学園

 時は少しだけ、遡る。ティナ達が魔族領に出向くよりも前だ。既に何度も言及している事だが、マクスウェルの街には地球から転移してきた天桜学園ともう一つ、ユリィが学園長を務める公爵立魔導学園『エクストラ・オーダーズ』がある。

 2つの学園があり、尚且つ2つとも勇者に縁がある物となれば、学園同士で交流を持とうと言うのは、自然な流れだった。これは、その魔導学園の学園長室、つまりはユリィの執務室での話だ。


「こ……これで終わった……」

「はい、確認しました。お疲れ様です、学園長」


 ユリィが最後の書類にサインをし終えたのを確認した校長の言葉を聞いて、ぷしゅー、という音を上げて、ユリィが机に突っ伏した。だが、そんな彼女に追加で書類を持ってきた男が居る。


「公爵様、お久しぶりでございます」

「おーう。追加の書類持ってきてやったぞ」

「……鬼! 悪魔! ヘンタイ! うわーん! カイトがやってよー!」


 ドサリ、と置かれた書類の束を見て、ユリィが涙を流しながらカイトに抗議する。だが、カイトはそれをスルーして、学園長室に置かれた椅子に腰掛ける。


「諦めろ。残念ながら、オレのサインはもう終わってる。陛下に出すならまだしも、こっちは普通に皇国上層部宛て、だ。公爵カイトのサインは使えない」

「うっぐ……ぐっす……」


 ようやく終わった、と思った所に追加だ。そして、今やらなくても、明日に回されるだけだ。なのでユリィは涙を流しながら、再び書類にサインしていく。

 まあ、束といっても20枚ほどの書類の束だったので、サインは直ぐに終わる。カイトが確認してサインしている時点で、別にユリィが再度確認する必要は無いのだ。


「……あ」

「どうされました?」


 そうしてきちんとサイン出来ているか確認していたユリィが、ふと何かに気付いて笑みを浮かべる。そうして校長に問い掛けられて、ユリィが書類の一枚を見せる。


「私、アウラ、カイト。この三人の名前が入った書類って初めてかな?」

「……ふむ、歴史的に見れば、これにクズハ代行のサインも欲しい所ですね」

「別に売っぱらうとかじゃ無いんだし、オレ達も一応公職についてるんだから、そんな書類も出来るだろ」


 楽しげなユリィを見て、カイトが苦笑する。そう言ってもカイトが公式に復帰すれば、この三人が揃ってサインする事は滅多に無くなるだろう。こんな偶然も、偶然による転移があればこそ、の偶然だった。


「はい、確かに。閣下、ではこれを提出させて頂きます」

「受け取った。これで、来週の交換留学のお試しは承認が下りた」

「来週からはカイトも久しぶりの学校生かー」

「お前はお仕事、ご苦労さん」

「うぅ……私も学生になればよかった……」


 けけけという笑い声を上げて立ち上がったカイトに対して、今度こそ一息ついたユリィが小型化して、ぽすん、とカイトのフードの中に落着する。

 さっきの書類で、仕事は終わりらしい。仕事が忙しかったのもこの交換留学に関する事だ。それさえ終われば、後は何時もの仕事だけになる。


「じゃあ、帰るか」

「じゃ、後お願いねー」


 フードから顔と手だけ出して、ユリィは学園長室から一緒に出てきた校長に告げる。そして、暫く歩いた所で、騒動が聞こえてきた。


「ん?」

「カイト、ごめん。ちょっと行って」


 ユリィは学園長として、何か騒動が起きているなら見過ごせないと関わるつもりらしい。それに、カイトがそちら側に足を向ける。どうやら男子生徒二人が廊下で言い合いをしているらしい。しかし、その喧騒はカイト達が群集の後ろから覗き込んだ時に、ストップが掛かった。


「待て!」


 透き通って凛とした声が、廊下に響き渡る。それと同時に、喧騒が波が引いたかの様に治まっていく。声の主はキリエであった。彼女は数人の生徒達を伴って、騒動の中心部へと歩を進める。


「何事だ?」

「ああ、いや……」

「まあ、いい。揉め事なら、風紀委員会の方で裁け」

「わかりました。風紀委員会の方へ来てもらうわ」


 こんな公衆の面前で揉めるのはいただけない、と声の主が即座に揉め事の中心に居た二人の生徒に対して、風紀委員会へと行く様に告げる。どうやら彼女の隣には風紀委員の一人が居たらしく、艶やかな青髪の少女が二人に告げる。


「あ、いや、そんな必要はねえよ。単にこいつが俺が貸したの汚したからちょっとカッとなって揉めただけだ」

「あ、ああ。俺が悪いだけだから、そんな必要はねえよ」


 二人はバツの悪そうな顔で、その命令に対してそう告げる。


「……本当ね?」

「あ、ああ」


 青髪の少女の問い掛けに、男子生徒二人が頷く。暫く少女は男子生徒二人の事をじっと見つめ、そこに嘘が無いかどうかを見極める。そして、どうやら嘘は無いと判断したらしい。


「わかりました。ですが、ここは廊下です。次からは気をつけてください」

「なら、もう行っていいか?」

「ええ、どうぞ」


 その言葉を受けて、騒動の中心だった男子生徒二人がカイトの方向に歩き始める。


「行こうぜ。洗浄屋にでも頼みゃなんとかなるだろ」

「お前が金だせよ」

「わかってるよ」


 二人はそう言って歩き去って行く。それに合わせて、騒動に釣られて集まってきていた生徒達も三々五々に散っていく。そうして人の波が引けば、当然だがこの中で制服ではないカイトの姿がよく目立った。そうなれば当然だが、キリエにも風紀委員の少女にもカイトの姿は目につく。


「ん? 君は……」

「貴方はこの学園の生徒じゃ無いわね? 誰?」

「待った。彼は天桜学園のカイト・アマネだ。久しぶりだが、何の用事だ? 交換留学はまだ先のはずだが?」


 以前に面識のあったキリエはカイトの事を覚えていたらしい。青髪の少女の誰何に対して、待ったを掛ける。


「一応これでも学生だからな。今度の交換留学の生徒が決まったから、それにユリシア学園長のサインをもらいに来た。で、今貰ってきた帰りだ」


 カイトはそう言うと、ひらひらと書類の束を見せる。一人ひとりに審査の書類があり、それに1つずつユリィのサインが必要だったのである。


「ああ、そういうことか。仕事、お疲れ様」


 キリエが書類と理由に納得し、警戒を解く。それに合わせるように、青髪の少女も警戒を解いた。


「そっちは会議が終わった所か?」

「よくわかったな」

「そっちの青髪の君はさっきのやり取りから見れば、風紀委員だろう? それが一緒に居る理由となると、私的でなければ会議終わりぐらいだ。それに、ほら」


 カイトはそう言うと、少し遠くの部屋の看板を指さす。そこには、『会議室』と書かれており、生徒達の中にはこの間の一件で遺跡で見た生徒の姿があった。キリエは生徒会長だ。そこに参加していたと考えるのが普通だろう。


「ああ、なるほど。おみそれした」

「ああ……っと、自己紹介が遅れたな。オレはカイト・アマネ。来週から世話になる」

「あ……私はセフィ・クラフトよ。まあ、セフィアが本名だけど、セフィで良いわ」


 セフィは差し出された右手を取って、カイトと握手する。そして、彼女はちょっとしたいたずらを仕掛けて、逆に返されて可愛らしい悲鳴と共に膝を屈した。


「きゃあ!」

「はぁ……またか……」

「何かは知らないが、侮られるのは好きじゃないな」


 膝を屈した少女に対して、カイトは笑みを浮かべながら見下ろしてやる。敢えての勝者の目線だった。ちなみに、カイトが何をやられたのかというと、握手の瞬間、電撃を流し込まれたのだ。それをカイトは返したのである。大昔にカイトが天桜学園のトーナメントでやろうとしていた事を、彼女がやったのである。


「う……噂に違わないわね……」

「この学校もなかなかに面白い校風で」


 どうやらセフィはカイトの噂を聞いて、興味本位でいたずらを仕掛けたらしい。


「まあ、風紀委員が風紀を乱す様で申し訳ない。何分校風が自由でな。時にお祭り騒ぎが起きる事も少なくない」

「それはそれは」


 キリエのため息混じりの言葉に、カイトは楽しそうに笑う。静かでもの寂しげなのよりも、賑やかで騒がしいのは良いことだろう。と、そこで今度は轟音が鳴り響いた。それは竜の嘶きの様に思えた。


「ん?」

「時間か」


 カイトが周囲を見回すが、一方のキリエはなぜか腕時計を確認する。そして、カイトの方を見て苦笑して告げる。


「ああ、すまない。学園では竜を飼っていてね。その餌の時間が近いんだ。気難しい竜もいるし数も多いから、こんな時間から用意を始めないと閉門前までに終わらないんだ」


 キリエが苦笑混じりに告げる。現在の時刻は18時00分。まあ、早くは無いが、遅くも無いだろう。それに、世話役は学生達だ。それを考えれば、この時間でも仕方がなかった。


「まあ、外に狩りに行く竜は飼育委員や乗馬部の生徒が外にまで一緒に狩りに行くから問題は無いんだが……何分具合が悪い竜も居る。調合が必要だったりするからな」

「ああ、それで餌が近いからこれだけ暴れて……にしても音が大きく無いか?」


 餌の時間が近くなると興奮するのは、どこのペットも同じなのだろう。そして、それが力強い竜達になれば、音が大きくても不思議ではない。

 ないのだが、何か少し大きい様な気がした。だが、その疑問には直ぐに答えがやってきた。獣耳の生徒が窓からやってきたのだ。


「キリエさん!」

「どうした?」

「クイーンが今日はかなり元気です! 押さえるのに協力を!」


 肩で息をしながら、キリエに対してそう告げる。ちなみに、魔導学園の校舎は4階建てだ。彼はここまでジャンプして来たのである。そんな彼の言葉に、キリエが溜め息を吐いた。


「ああ、またか……すまない。ウチには一匹とんでもない竜が居てね。生徒総出で抑えても勝てないんだが……最近妙に元気でね。少し行って……いや、一緒に来てもらえないか?君の力なら、なんとか抑えられるだろう」

「……まあ、良いか。わかった、案内してくれ」


 カイトは苦笑しながら、キリエの言葉に応ずる。何が原因なのかは考えるまでもなかった。飼い犬ならぬ飼い竜の世話は飼い主の仕事だ。なら、カイトは行かないといけないだろう。


「こっちだ。セフィア。悪いが私は女王の抑えに向かう。会議室に残った生徒達には、そう告げておいてくれ」

「もうわかってると思うけどね」

「そうだな……では、カイト。こっちだ」

「ああ」


 二人はキリエを呼びに来た生徒と共に、窓から飛び降りて学園の一角に設けられた竜舎に移動する。そこでは案の定、日向が暴れていた。

 まあ、暴れていたというよりも、しっぽを振って興奮していただけだが。そうして彼女は、カイトを見付けるとより興奮して、鎖を引きちぎろうとし始めた。


「ちょ! おい! 暴れるな! 誰か! さっさと餌やれ!」

「あ、はい! ほら、日向ちゃん、こっち餌ですよー」


 鎖を引きちぎろうとしたのを見て、生徒達が大慌てで餌を与え始める。ちなみに、日向クラスになると餌を食べないでも問題は無いが、一応は餌を与える様にしているのである。まあ、普通は食べてくれないのだが。


「きょ、今日は元気過ぎんだろ! 誰か捕縛術式は待機しといてくれ! 俺は職員室行って来る! キリエさん! すいません、後お願いします!」

「ああ、任せろ」


 キリエを呼びに来た獣耳の男子生徒が、大慌てで取って返して職員室へと向かう。いざと言う時には、職員にお願いして抑えてもらわないと、彼らでは対処出来ないのだ。


「これを押さえるんだ。大変だろう?」

「いいや、楽しくていいことで」


 苦笑いを浮かべたキリエに対して、カイトは普通に楽しげな笑みを浮かべる。大変ではあるが、面白そうではあった。まあ、暴れているのが自分のペットでなければ、という話だが。


「さて……私が抑える! その間に鎖が壊れない様に補強しろ!」

「はい!」


 キリエを中心に、薄桃色の莫大な魔力がうずまき始める。渦巻いた魔力はまさに公爵家の令嬢に相応しい圧力で、全然本気ではない日向を抑える事は容易なレベルだった。


「君も鎖の補強へ援護を頼む」

「いや、必要ねえよ」


 キリエの言葉を、カイトは無視して歩き始める。そもそもで躾の方法が間違っていた。なので、カイト流の方法で、宥めるつもりだった。

 そうして、カイトは一度息を吸い込む。日向は完全に興奮して、周囲が見えていない様子だった。なので、主が居る事を知らせてやるつもりなのだ。


「日向!」


 カイトの声はよく通った。それ故に、全員、それこそ日向を含めてさえ、カイトに注目が集まる。そして、日向が自分に気付いたのを見て、カイトが更に命ずる。


「待て!」


 その瞬間、興奮していたはずの日向が大人しくなる。


「良し……餌は?」

「え、あ……これです」


 カイトの問い掛けに応じて、女子生徒の一人が手に持っていた大きなエサ入れのトレイを指さす。中身は最高級の牛肉で、日向の物だけは公爵家から別に出されていた。普通は回復薬に少し手を加えた物で十分なのだが、少々理由があって日向だけはお肉なのであった。

 ちなみに、一日当たり3キログラムなので、食費としてはかなり高い。しかも食べてくれない事もあるのだ。かなり浪費だったが、致し方がない。


「良し……日向、こっち見ろ。」


 餌を日向の前において、カイトは日向に自分に注目する様に命ずる。そして、開いた右手を突き出し、指を折って5秒数える。そして、ゼロになると同時に、指と口で良しを告げる。


「良し」

「……えー……」


 カイトの合図と同時に、日向が肉にかぶりついた。当たり前だが、簡単に終わったエサやりに、誰もが呆然とただ顔を見合わせる。


「美味いか?」

「がう」

「良し」


 日向が餌を食べている間、カイトはそっと頭を撫でてやる。何時ものスキンシップだった。ちなみに、流石に本来の100メートル超の巨体にはなれないので、今は3メートル程の体高である。そして5分程で、日向は餌を食べ終える。


「食べ終わった食器は?」

「……あっち」

「水洗いは忘れずにー、っと」


 カイトは日向用のトレイを水洗いして、竜達のエサ入れの一角に置く。それで、何事も無く終わりだった。

 そして、カイトがエサ入れを片付けると同時に、日向が横になる。食ったので、眠るのだった。基本、竜は強い以外は犬と大差ないのである。


「基本的に、飼い方がなってない。天竜は魔物だが、動物だ。下手に下手に出たらそれを見越されて言うことを聞かない。誰がトップかは、わからせてやれ」


 くーすかと眠る日向を撫ぜながら、カイトが呆然となる一同に告げる。


「あ、ああ……」


 カイトの言葉に、キリエや他の生徒達が引きつった顔で頷く。理解は出来るし、それが鉄則だと思っているが、相手は勇者のペットにして、公爵領の守り主の一匹だ。そんな事はやっていいのか判断に悩んだのである。

 ちなみに、竜を相手にカイトが言っている事を実戦するには、一つだけ絶対条件が存在する。それは、自分が圧倒的に上だと思い知らせるだけの力量が居るのだ。

 で、日向はまごうこと無く<<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>とやりあっても勝てる様な厄災種一歩手前の魔物だ。そんな事が普通出来るわけが無かった。出来るカイトが可怪しいだけだったのだが、カイトにとって日向の感覚は相変わらず小さいままの仔竜だ。そんな事を気付くはずが無かった。と、そうして呆然となる一同に、再度轟音が響いてきた。それも、今度は連続していた。


「キリエ会長! 此方でしたか! 魔導研究会と魔術愛好会達がまた喧嘩やってます!」

「……え、あ、分かった! 今直ぐ行く! と、とりあえず、カイト。助力、感謝する」


 呼びかけられた事で、ようやく一同が再起動を始める。一方の日向は腹が膨れたので、すやすやと眠っている。なので、カイトも起こさない様に動く。


「じゃ、オレも帰るわ。書類持って帰らないといけないし。じゃ、また来週」

「あ、はい……」


 更に続く爆音を背に、カイトはその場を後にする。ちなみに、こんな喧騒が起きているというのに、ユリィは疲れたのか此方もすやすやと眠っていたのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第507話『交流開始』

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