第504話 発覚、そして招集へ
ランクAの魔物の群れをあっさりと討伐したティナは、再び魔王城へと帰還の途についた。その道中は殆ど問題もなく帰還出来たわけなのだが、問題は、研究所に到着してから、だった。
「……なんだい、これ?」
「む?」
研究所に辿り着いた一同だが、そこに居たのは、なんと背中に彼女の身の丈を遥かに上回るスレッジハンマーを携えたオーアだった。彼女は着陸した魔導機を見るなり、目を瞬かせていた。彼女も技術者だ。それも一流の、である。
見ただけで魔導機の技術が今までの物とは全く違うと理解した。と、言うわけで、オーアがジト目でティナを睨みつける。
「……じー……」
「……大型魔導鎧の新型じゃ」
「んなもんじゃないだろ?」
「……うむ。魔導機という新型じゃ」
オーアの言葉を、ティナも認める。技術屋としての力量は、ティナも認めている。オーアを相手に隠すだけ無駄だ、とは理解していた。というわけで、あっさりと白状する。
「ずるい! 私もこういうのが作りたい!」
「う、うぅむ……」
ティナが苦笑混じりにオーアの不満気な態度にため息を吐いた。もともとばれない様にする為にティナ一人で開発を行っていたわけであるのだが、もう事ここに至っては隠すことも出来ない。まあ、それにこういう開発においてはオーアの協力は非常に有用だ。
「総大将のは!」
「む……もう作り始めておるのう」
一番やりたい放題出来そうな機体に対して言及したオーアであるが、流石に魔導機が開発されてすでに6ヶ月近く。開発は専用機を作る段階に達していた。
今こそ皇帝レオンハルト専用機の開発で一時中座しているが、すでに設計は終わらせてオーア達の出る幕ではなかった。というわけで、それを再度説明されて、オーアが抗議の声を上げる。
「ずるい! ずるい! ずるいー!」
「きゃあ!」
じたばたじたばたとオーアが駄々っ子の様に駄々をこねる。見た目も相まって普通に幼い少女が拗ねている様にしか見えなかった。ちなみに、彼女の力なので大規模な地震ぐらいの振動は起きていた。というわけで、何時もの事とスルーしかかったティナはともかく、楓は思わず身を屈める。
まあ、彼女らやりたい放題やる技術屋からしてみれば、こんな楽しそうな事なのだ。自分に隠れてやられていれば、拗ねるのも当然だろう。
「と、止まれ! わあーったから! わかったから!」
「むぅ……」
ティナの言葉を受けて、オーアが停止する。すでに創っているのは仕方がない。が、次にもう一機作る際に、彼女の力を借りる事は出来るだろう。
「じゃあ、全員集めてやる」
「む……全員?」
「うん、全員」
ティナの言葉に対して、不満さを引っ込めたオーアが告げる。全員、とは一体全体誰なのか、と思ったティナだが、すぐに理解した。
「あれら全員を呼ぶのか?」
「だってこんな面白そうな事だろ? 全員で共有して、総大将の専用機作るのが一番楽しいじゃん」
「むぅ……」
あまり情報の漏洩をさせたくはないのだが、呼ぶのは彼女でさえその腕前に信頼の置ける技術者達だ。確実に、今の物よりも遥かに性能の良い物が出来るのは請け負いだ。ということで、ティナはしばらく悩み、そこでふと、気付いた。
「待て……お主の事じゃから……」
「あっははは! いや、悪い悪い! 全部もう送付済み」
少し青ざめたティナに対して、オーアが笑いながら『無冠の部隊』に万が一があった場合に全員が持ち合わせている通信機を見せる。当然、それはオンラインだった。
「ちっ……小娘がいつの間にやら演技を覚えおって」
「あはは。そりゃ、族長継いでもう百年近くにもなるからねこういうことも覚えるさ」
全てを把握した様子のティナに対して、オーアが笑う。どうやら一本取った様子だった。実はオーアはここに変わった大型魔導鎧が格納されている事を察して来たわけであった。
はじめから、この魔導機開発に参加する予定だったのだろう。全てを整えて事後承諾に持ち込むのは、慣れ親しんだ仲だと普通の事だった。
「ということは……」
「ああ、実はこの間のほら、『ポートランド・エメリア』での戦いを見てた奴いてね。総大将来てるし湾岸部で戦っとくか、って適当に戦ってたらしいんだけど、そこから全員にゃバレてるよ」
「はぁ……」
ティナがため息を吐いた。こういうことは起こるか、と思っていたが、どうやら彼女らも色々とパワーアップを遂げていたらしい。この様子だと、全部の手筈は整えられている、と考えて良いだろう。
「まあ、良いわ。それで? お主はどうしてここにおる」
「ああ、それか。いやさ、当代の皇帝陛下から例のあれ、頼まれてるだろ? その試験飛行をやってたんだけどさ。丁度マクダウェル領北部に差し掛かった頃にあんたがこっちに来てるって聞いたから、ちょっと顔を出すかってね」
「背中に大鎚を持っとる所を見ると、走っとったか」
「当たり前だろ? たかだか1000キロとちょっとぐらいなんだから、走らないと健康に悪いじゃん」
「た、たかだか……」
1000キロもの距離をたかだかと平然と言い放ったオーアに、抜ける機会を失った楓が頬を引き攣らせる。道中の敵はオーアが背中に背負った彼女の身の丈以上もある巨大なスレッジ・ハンマーで粉砕した、との事だった。まあ、他に武器らしい武器を持っていないのだから、当然だ。ちなみに、ランクAもランクSも彼女からすれば大半が雑魚なので、何ら問題は無い。
「じゃあ、皆集めて早速設計図をねらないとね」
「やれやれ……あ、フレームは全部緋緋色金じゃぞ」
「よっしゃ! 何時も通りのやりたい放題出来る、って事か! じゃあ、皆にもそれ伝えるか! おーい、許可下りたー」
通信機に向けて、オーアが声を流す。ちなみに、繋がっているのは流石にマクダウェル領と魔族領内に留まっている仲間達だけだ。それ以上は皇国と関係の薄い他国になる為、流石に情報漏えいを考えて流さなかったらしい。まあ、流石に多くは遠すぎて連絡も取れないらしいのだが。
「……と、言うわけだけど、参加者は?」
『おっしゃ! ガキ連れてくが、構わねえよな!』
『こちらは少々依頼がありますので、もう少ししたら合流しましょう』
『じゃあ、また日程についちゃ考えるか……あ、アウラとクズハの嬢ちゃんに書類回しときゃなんとかなるか』
「どっかのエルフはゆっくりで良いよ……まあ、全員参加で良いよな……というわけで、ティナ。全員参加」
「しゃーあないのう……どうせなら、思い切りやるか。どうせカイトの許可は下りるからのう」
あれよあれよという間に決定した『無冠の部隊』技術班の再結成に、ティナが仕方がなしにゴーサインを出す。
もうここまで露呈したのなら、止められない。と言うか止めても向こうからやって来る。カイトでさえ止められない。というわけで、ティナは致し方がなしに認めたのであった。
「で、よ。まあ、来たのなら、ついでに空母の報告をしてけ」
「あいよ……で、例のあれだけど、とりあえず試験飛行は私が乗ってた間は満足に終了してるよ。後は発艦に関するシステムを見直して、とかかな。でも、皇国の技術部も数奇なもん考えたもんだね。飛空艇に飛空艇を乗っける、か。魔導炉の出力が上がった最近だから出来るんであって、ちょっと前なら大笑いのしろものだ」
「そもそもカイトの空母知識がメインじゃったからのう……地球の空母を目指したわけじゃからな。まあ、地球の空母は海に浮かべる物じゃったから、積載量は高かったんじゃろうが……」
オーア達が開発――正確には未完成だった物を皇帝レオンハルトの依頼で改修――していたのは、空母とも言うべき物だった。なお、空母型飛空艇はティナも開発していたわけだが、まだ完成には至っていない。
どうやらこの点、皇国側が一歩先んじていたようだ。色々といろんな所に手を出していた分、人員数で劣るティナの方が出遅れていた。
「で、改修についてはどうじゃ?」
「そっちの方は、今はまだ、って所だね。あんたが加わってくれれば、と思うよ」
「ふむ……余は余で空母作りたいしのう……カタパルト・デッキなどは少々考えておるが、実用化にはまだ時間が必要じゃ。それら地球の技術の搭載は出来んよ。それに余には皇帝専用魔導機もあるからのう」
「仕方がないね」
ティナの言葉に、オーアも致し方がなし、と首をふる。何でもかんでも施策もせずに出来るわけではない。リニアカタパルトなどの一部技術についてはティナは地球から持ち帰ったのだが、それを魔術を応用しての実用化にはまだ遠かった。それもこれも手が足りていないから、が原因だった。
「じゃあ、とりあえず……一ヶ月後を目処に皆でそっち行くよ。全員揃ってれば色々と作れるだろ?」
「うむ……おぉ、そうじゃ……オーア。こういうのに興味は無いか?」
ティナはそう言うと、懐から一つの画像を取り出す。それはついこの間のテラール遺跡の再調査で見付かったとある物だった。
「ん? へぇー……これ、面白そうじゃん。何処で見っけたのさ?」
「この間、マルス帝国時代の研究所で騒動があってのう……その際に、見付かった物のリストの中に、こんな物があってのう。改修はもう少し先になるじゃろうが……」
「いいね……じゃあ、皆揃ってからの第一号はこれの改修にしとくか。全員どれだけ腕が上がったか見とかないと方向性も付けらんないからね」
「そうすることにしよう」
ティナとオーアが二人して笑い合うと、ティナが懐に再びその映像をしまい込む。実はあの後、ティナは皇帝レオンハルトに請われて魔導機の開発を中座して遺跡の調査隊に同行していた。イクスフォスでさえ見付けられなかった隠し部屋なので、ティナに頼むのが最適、と判断したのである。
今二人が見たのは、その再調査の折りに発見されたあのフルフェイスヘルメットの特型ゴーレム専用の最終兵器とでも言うべき物、だった。二人にとっては非常に面白い物だったらしい。
「よし。じゃあ、あたしはもう行くよ。仕事途中だしね。今は丁度飛行試験の滞空試験を行ってる所でね。終わる前には戻らないと」
「そうか。では、またのう」
「うん、じゃあ、また」
オーアはそう言うと、再び研究所を後にする。窓の外を見れば土煙が上がっていたので、言葉の通りに走っているのだろう。と、2キロ程走った所で、土煙が一瞬途切れる。そうして、土煙を割って、何かの肉塊が飛んでいった。
「おぉ、ぶっ飛ばしおったな」
「……ねえ、今の魔物って、どれぐらいの力?」
「むぅ……完全に肉塊じゃからおそらく、じゃが……あの頭部には見覚えがあるような気がするのう……ランクAぐらいじゃろうな。まあ、ドワーフは力が強い。まあ、オーアじゃとワンパン確定じゃろう」
再び走り始めたオーアを見ながら、二人が話し合う。オーアは種族的に力の強いドワーフ達の中でも特に力が強く、ランクA程度の魔物では敵になっていなかった。
かと言ってでは彼女の素早さが遅いのか、というと、1000キロ程をせいぜい、と言い切れる様に無茶苦茶速いのだろう。色々とぶっ飛んでいた。
「一体、どんなのが揃うのかしら……」
「む? 普通に普通の馬鹿共が揃うだけじゃぞ? なにせカイトの部隊じゃからな。全体的にやりたい放題やるだけじゃ」
唖然を通り越して呆れを見せる楓に対して、ティナが何時もの事、と平然と答える。ティナ然りだが、どうやら英雄達というのは人格面でも人並み外れているらしい。
「あ……そう言えば、さっきのあの現象については教えなくてよかったのかしら?」
「別に構わん構わん。あそこらの地球が関わる魔銃などは余の領分じゃ。誰も作れんからのう……と言うか、作れておったら今頃魔銃が一般化しておろうに」
「ああ、なるほど……」
ティナの言葉に、それもそうか、と楓も納得する。実際に地球の技術を見ていない他の面子では、幾ら彼らがぶっ飛んだ才能を持っていても些か理解には時間が必要だ。なので今後も当分はティナが専任して携わる事になるのだろう。詳しく教える必要はなさそうだった。
「さて……少々脱線してしまったが、余らも杖の製作を再開する事とするかのう」
「ええ、そうね」
ティナの言葉を受けて、楓も再び自らの作業を再開させる事にする。本来ならば飛空艇の着陸から一息入れて、すぐに再開するつもりだった。が、そこにオーアが来ていた為、横道にそれてしまったわけだ。
「そういえば……そろそろ一度余が見ておくべきか……楓、一度何処まで出来たか、見せてみい。確認しておこう」
「あ、そうね。ありがとう」
ティナの提案を受けて、楓が感謝を述べる。そうして、二人は一度楓が作業を行っているスペースへと移動することにして、再び作業を開始するのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第505話『白き皇』