第503話 試射
ティナと楓が各々の杖作りを始めて、数日後。一週間の予定を立てていたので、それも折り返しに入った頃の事だ。その頃になると、楓はもとよりティナも試作品の一つも出来上がっていた。
「よし。これで良い……ふぅ。なかなかに疲れたのう」
ようやく形になる物が一つ出来上がり、ティナがため息を吐いた。ここまで足掛け3日程開発を進めていたわけなのだが、それもここで一段落だった。そうして、ティナは通信機を手に取った。
「ナシム。もし何かデカブツが出た報告があれば、余に送ってくれ。丁度試作品が完成した」
『魔王様、これは丁度良い所に。たった今、ランクAの『雷鳥』と『氷鳥』の群れが喧嘩をしております。どうされますか?』
「それは丁度良いのう。纏めて、あの世に送ってやるとしよう……アイギス! 準備は整っておるか!?」
「イエス! 何時でもいけます!」
ティナの言葉を受けて、アイギスが飛空艇の上から手を振る。後は魔導機を飛空艇に乗せれば、何時でも出発可能だ。その着艦にしても最悪は空中でも出来る。何時でも行ける、と言って良かった。
「よし。では、余らがこれから向かうとするが……場所は?」
『少々、お待ち下さい。私がご案内致します。その間は、北東へとお進みください』
「すまぬな……楓。お主はどうする?」
「ん……後学のため、行っておくわ」
ティナほどの腕前を持つ魔術師が、新たに杖を作ったのだ。であれば後学の為には作業を止めてでも見ておく方が良いだろう、と判断したらしい。楓も作業の手を止めて、立ち上がった。
「うむ……まあ、護衛はナシムで良いじゃろう。たかだかランクAの群れ程度じゃ。無双してチョチョイのチョイ、と終わらせられる。そこまで固くならんで良いぞ」
「わかった」
どうやら敵は以前の『厄災の鳥』よりも弱いらしい、と楓は判断すると、少しだけ身体から力を抜く。
まあ、どちらにせよ身構えようが身構えなかろうが、今の彼女ではランクAの魔物の群れもランクSの魔物の中でも最上位に位置する魔物でも、どちらも大差はない。出逢えば即、死ぬだけだ。身構えるだけ無駄である。
「さて……では、飛空艇に乗れ。試作品のテストじゃからのう」
「ええ……どこまで行くの?」
「途中でナシムが来る。それが案内する、じゃそうじゃ」
「ふーん……」
ティナから説明を受け、楓はとりあえず飛空艇に乗り込む。そしてそれに合わせて、ティナは魔導機に乗り込んだ。服装は何時ものドレス姿に白衣を羽織っただけだ。このまま出発するつもりだった。そうして、楓が乗り込んだ時点で、飛空艇がゆっくりと発進態勢を整え始める。
「え? ナシムさんは?」
『ああ、奴なら問題は無い。伊達に四天王なぞと言われておるわけではない。放っておいても仕事を一段落つけたら来るじゃろう』
ナシムを乗せること無く発進した飛空艇と魔導機に楓が驚いて疑問を呈するが、彼とて四天王と言われる程の腕前だ。転移術は普通に使える。というわけで、少し進んだ所で、ナシムが到着する。
「魔王様。お待たせ致しました!」
『うむ……では、案内を頼む』
「はい! アイギス。それでは船の舵をこちらに回してくれ。魔王様の飛空艇ならば、俺も操れる」
「イエス、少々お待ちを……はい、どうぞ」
「ああ……」
ナシムはアイギスから船の操舵を替わってもらうと、そのまま報告の上がっていた地区へと舵を切る。本来ならばナシムが直々に率いる軍を一個師団で送り込まなければならないレベルの敵だが、ティナのおかげでその必要はなかった。ナシムとしても、 有り難い所だった。と、そこで楓がふと、疑問に思う事があった。
「そういえば……ナシムさんは強いの?」
「あ?」
楓の言葉に、ナシムが彼女を睨みつける。その眼光は鋭く、荒々しさがあった。ティナに向ける尊敬を多分に含んだ物ではなく、かなりの見下しが入っていた。この程度の力量なのだ、という大まかな所は見抜け、という事だった。
「ふん……相手がどの程度の力量かもわからん小娘が」
「うっ……」
『これ、ナシム。そういうでない。なにせ小奴らは武術のぶの字も知らなんだ小娘達じゃったんじゃ。身のこなしなどが見れぬのは、少々大目に見てやれ』
「はっ! 申し訳ありません! 楓もすまなかったな」
「え、ええ……」
ティナから苦言を呈されるや否や即座に謝罪したナシムに、楓は苦笑ともなんとも判別できない顔をする。
『まあ、とは言え……『黄金刀』のナシムの名ぐらいは把握しておけ。大戦期の強者の一人の名じゃ。カイトとも比類しうる剣技の使い手。異名は伊達では無いぞ?』
「あれよりも、私の方が上です、魔王様」
『まあ、特定分野ならば、お主が上じゃろうて』
「はい」
「なっ……」
ティナとナシムの会話を聞いて、楓が絶句する。特定分野という条件付きではあったが、カイトよりも上、と断言されたのだ。そんな相手は初めて見たのであった。
『驚く必要はあるまい。なにせナシムは余の四天王。先代魔王と同格であった男よ。余と出会った当時には、カイト単独よりも強かったぞ』
「あの男は本来は、今でも私より下です。ただただ、魔王様のおかげという事をもっとよく理解させるべきです。対等に立つなぞおこがましいにも程がある」
『じゃが現に今では余よりはるか高くを飛んでおる。今では余の方が対等に立てぬよ』
ナシムの苦言に対して、ティナが苦笑しながら答える。本気でやれば、確実にカイトの方が勝つ。それが、ティナの率直な意見だった。
如何な理由かは分からないが、カイトは常に出して3割程度なのだ。それで通常7割程度までは出すティナを圧勝出来る。勝敗は火を見るより明らかだった。と、そうして本題から逸れたので、ティナが修正を図る。
『っと、そういえば聞いておらなんだが、何処へ向かっておるんじゃ?』
「あ、申し訳ありません。北東の『麗魔の森』の境目に向かっております。どうやら群れと群れの移動の最中、偶発的に遭遇したのかと」
『数年に一度は起こっとるな……まあ、あそこが縄張りの境目なんじゃから、仕方がないか』
「ええ。去年起きていました」
ティナもナシムも二人して、小さくため息を吐いた。魔物は基本的には動物と似ている。それ故、縄張り意識を持つ魔物も居る。が、どうしても生息地が重なってしまうと、縄張りが重なって喧嘩をすることもあるのだった。そんな時、民達が巻き込まれない様に、軍が出るのであった。
「まあ、とは言え……今年は不運でしょう」
『お主らには幸運じゃな』
「あはは。用意していた兵たちの安堵の声が響いておりました」
ティナの言葉に、ナシムが笑う。敵はランクAで、それも興奮した状態の群れが二つ、だ。並の装備と練度の兵では相手にならないし、一流の装備を与えられた熟練の兵士達でさえ、思わず緊張する様な相手だった。それをやらなくて良いのだから、安堵も当然だった。
『まあ、あの地区じゃと30分もすれば到着するか……では、運転は任せるぞ』
「かしこまりました。ごゆるりと、お休みください」
ティナの返答を受けて、ナシムが頭を下げる。そうして、飛空艇は更に速度を上げて、問題の場所へと進んでいくのだった。
そんな会話から、30分。飛空艇は問題無く進み続けて、喧嘩をしている場所へと辿り着く。すると、飛空艇の中にも爆音が聞こえてきた。
「きゃあ!」
「うるさいぞ、小娘。アイギスを見習え」
「あ、私は耳の周りを防壁で包んでますんで。マスターの大声まともに浴びると、ねぇ」
「さすがは魔王様の娘。しっかりと出来ているな」
アイギスが対処しているのを見て、ナシムが頷く。ここが出来ずに彼にため息を吐かせる兵士はかなり多い。ある一定以上の大音を対処しつつ、かと言って音を完全に遮断するわけでもないのだ。爆音も爆音として聞こえる様にしつつ、身体に影響を与えぬ程度に防壁を張るのはかなりの難易度だったのである。
「さて……では、魔王様。到着致しました」
『うむ……では、少々終わらせてくる』
「かしこまりました」
ナシムはある程度まで近づいた所で飛空艇を停止させる。あまりに近づいてもティナの邪魔になるだけだ。それに万が一こちらに別の魔物が来た場合、ティナの邪魔をしない様に対処も必要だった。
「では、魔王様。私は外に出ますので、後はご存分に」
『うむ……では、機体の接続を解除……さて、試験を開始するかのう……アイギス、データの取得は頼むぞ』
「イエス、マザー……観測機、全てグリーン。何時でもいけます」
ナシムが消えた――転移術で外に出た――のを受けて、アイギスが再びコンソールの前に腰掛けて試験の準備を開始する。そうして、その声を耳に聞き、早速出来たばかりの試作品を構えた。
試作品の形はティナが持っていたシリンダーロッドから大幅に手が加えられており、先端部分を砲口として魔銃としても使える形に改変されていた。
「まずは『螺旋魔術』を試す。モードは杖」
『イエス。『螺旋杖』のシステム観測に入ります。万が一に備えて強制的に遮断する権限を』
「……預けたぞ。では、挨拶を行う事にしよう」
『イエス』
アイギスの了承を聞いて、ティナは杖の頭の部分を喧嘩しあう鳥型の魔物の群れへと向ける。
「芯材は敵に合わせて炎と土を選択」
『……イエス。シリンダー装填確認。試験通りに動作しています』
「うむ……術式は土属性上級魔術<<グランド・フォール>と火属性上級魔術<<バースト・ボム>>を選択」
『イエス……観測開始……』
「よぅし……では、余の家の裏庭を荒らすバカ共に、一撃を与えてやる事にしよう」
アイギスの用意が整ったのを見て、ティナが舌舐めずりしながら、魔術の行使に入る。流石に敵は先の『厄災の鳥』よりも弱いランクAの魔物である為、『古代魔術』は使わず、普通に上級魔術を使う事にする。
使う魔術は敵の弱点に合わせて、土属性と火属性だ。ちなみに、杖の試験そのものは研究所で済ませているので、この杖が使える事は確認済みだった。
「では……ファイアー!」
ティナの声に合わせて、『螺旋杖』と名付けられた杖から螺旋を描いて魔術が放射される。それは先の観測通りに螺旋を描いて、突き進み、そして、発動する。
火属性の魔術と共鳴した<<グランド・フォール>>が超高温の巨大な岩盤を生み出し敵を押し潰し、土属性の魔術と共鳴した<<バースト・ボム>>が超硬質の炎を生み出し、敵を溶断していく。
「予想された現象じゃな」
『イエス。やはり共鳴現象により、魔術に他方の属性が付与されている様子です』
「『付与魔術』に似た状況か……面白いのう」
ほぼ半数程討伐した敵の状況を見ながら、ティナとアイギスが観測結果を話し合う。今までは中級までの魔術で試していたわけなのだが、上級の魔術同士を組み合わせれば効果の程がよく理解出来た。とは言え、それと共に、試験をしていく中で一つの結果も見えていた。
「やはり上級と上級でも発動する、と……ではやはり、推測通りの様じゃな」
『イエス。同ランクの魔術同士でなければ、『螺旋共鳴』は発現しないと考えて良いでしょう』
「どちらかが上回ってしまうと、飲み込んでしまうんじゃろうな……そこらは、後の研究を待って、となるか」
『イエス。結論を急ぐ必要は無いかと』
ティナの言葉にアイギスも同意する。この現象そのものが数日前に見付かったばかりの物だ。まだまだわからない事だらけ、だ。結論を下すにはまだまだ早すぎた。
「さて……では、モード変更を行う事にするかのう」
『イエス。敵もこちらに気付いた模様。一気に殺到を始めました』
元々喧嘩で殺気立っていたのだ。そこに横合いから馬鹿でかい攻撃を仕掛けられれば、魔物達がこちらに一気に殺到するのは道理だ。というわけで、こちらに殺到し始めた魔物の群れに対して、ティナは次の試験に入る事にする。
「『螺旋杖』変換。『螺旋魔砲』へと移行」
『変形、問題なし。使用可能です』
アイギスは観測機を見ながら、計器の測定結果をティナに伝える。今、ティナの持つ杖は形を変えて、螺旋を描く砲身を持つ一つの砲へと姿を変えていた。
頭の部分から杖としての増幅器をもたせたとするのなら、先端部分からは魔砲として使える様に改良していたのであった。形状の問題からライフル銃の様に構える事は出来ないので、ガトリング砲の様に下に構えるタイプだった。
「『螺旋魔砲』に魔力充填」
『問題無し。いけます』
「よし……では、弾丸を選択……術式は先の二つを弾丸として撃ち出す」
『イエス……観測開始……どうぞ』
「うむ……『螺旋魔砲』……ファイアー!」
ティナは掛け声と共に、魔砲の引き金を引く。そうして射出された茶色と赤の弾丸は、螺旋が段々とその半径を縮めていく。更に試験を進める中でまた別の現象を観測した為、それを試す事にしたのである。
『魔術の融合観測。発動まで5秒』
「よし!」
半径が縮まっていけば、当然何時かはぶつかる事になる。今回観測された現象は、そのぶつかった際の現象だった。擬似的な『融合魔術』が生まれる事が発覚したのである。
しかも、それは今までの『融合魔術』とは少し違い、その前の『螺旋共鳴』の影響か更に強力な効果が生まれていたのであった。使用者への負担が増大しているが、それを考えても、良い効果だった。そうして、融合した魔術が、発動する。
『『螺旋融合』発動……<<バースト・レーヴァ>>発動』
発動したのは、巨大なマグマの雨だ。マグマが爆発した結果、溶岩になるほど超高温に熱せられた岩盤が爆発した結果、マグマが雨として降り注いでいたのである。
「まあ、こんなもんじゃろ」
炸裂したマグマの雨を見て、ティナが杖を虚空に着いて満足気に頷く。そうして、たったの二撃により、『雷鳥』と『氷鳥』の群れは壊滅する事になったのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第504話『オーダー・招集』