第502話 螺旋魔術
ティナが開発した杖によって偶然にも発見された新現象。それは、同一ではない魔術であるのに共鳴現象が起きるという、現代の魔術理論を覆しかねない現象だった。
とは言え、それは確認されただけで、原因やそれが本当に起きているのか、ということについては、まだまだ不確定な部分が多かった。なので、ティナは杖の製作を一時中断して、しばらくの間、現象の解明に務める事にしていた。
「うむ……やはりのう……お主ら、本当に何もしておらんな?」
「当たり前です! 魔王様の前で不正なぞ、我々にとっては最も恥ずべき行為! 誓って、何もしていません!」
試験を全て終えて、クラウディアが堂々と言い切る。当然、それに他の二人もしっかりと頷く。そしてティナとクラウディア達はこれが信じられるだけの間柄だった。
ちなみに、何故クラウディアまで試験をやっているのか、というと簡単だ。ミレーユが一番始めに試験をする、というのは決定したのであるが、彼女だけ協力するのではずるい、とナシムとクラウディアも彼女の後で行う事になったのである。
「スマヌな。一応確認だけはやっとかんとな」
「いえ……それで、如何でした?」
「うむ……お主らが見たまま、と言うた方が良いじゃろうな」
「「「さすがは、魔王様です!」」」
クラウディアの言葉に合わせて、ナシムとミレーユも跪いて賞賛の言葉を送る。今の試験で、4例目だ。それら全てにおいて、ティナが行ったのと同じ現象が確認されたのである。
しかも、今度の試験においては全属性の全ての組み合わせで行った。そうして発覚したのは、どの属性においても螺旋による共鳴現象が起きた、という事であった。
「ふふふふふ……あっははははは! これはすごいぞ! 歴史が変わる! うむ! お主らの協力が得られた事で、一気に現象の解明に近づける! さすがは余の四天王! 腕は衰えておらん!」
「「「有り難きお言葉!」」」
三人が同時に、感謝を述べる。とはいえ、何もティナも世辞や労いなどで言ったわけではない。彼女らは魔族でも有数の戦士かつ、魔術師でもある。下手な専門の魔術師に調査を依頼するよりも遥かに余分な要因を省く事が出来たのである。どうしても魔術という属人的な技術である以上、これは致し方がない事だった。
「それで、魔王様。これは如何な名前に致しましょうか?」
「む……そうじゃな。確かにこれは名前を付けねばならんな」
新発見の現象だ。なので当然、名前は無い。というわけで、何時の世も発見者の権利として、名前を考える必要があった。
「……そうじゃな。螺旋を描いて起こる共鳴現象じゃから、この現象は<<螺旋共鳴>>とでも呼ぶべきじゃな。それで、これで起きる共鳴魔術については、<<螺旋魔術>>と名付けよう。それで、この杖は『シリンダー・ロッド』と名付けるとしよう」
ティナは少し考えると、この<<螺旋共鳴>>に関連する全てについてを一気に命名する。こういった物は見たままの方がわかりやすくて理解しやすい。なのでネーミングは見たままだった。そうしてそれを聞いて、ナシムが更に突っ込んだ事を問いかける。
「かしこまりました……それで、どういう風に起きているのか、というのは解析出来たのでしょうか?」
「うむ……それについては多少の解析が出来た。流石にどうして共鳴が起こるのか、などについてはまだまだ研究をせねばならんが……とりあえず、何故今の今まで余以外に開発ができなんだのか、という事については判明した」
ティナはそう言うと、備え付けのコンソールを操って杖の内部の概略図をモニターに展示する。そうしてまず出したのは、今までの杖だった。
「今までの杖じゃと、同時に魔術を展開する際には術者のタイミングで同時に射出しておるわけじゃ。が、これは如何に<<多重魔術>>行使者であろうとも、完全に同時には無理じゃったわけじゃ。それは常識じゃな?」
「はい。思考の分裂による<<多重魔術>>でも、同時には無理。思考を分裂させてもメインとサブが存在している。メインの方がサブに命令を与える関係で、どうしてもタイムラグが発生する、でしたね」
「うむ」
クラウディアの言葉を、ティナが認める。ここらは大昔にティナが彼女らに逐一講義した事だ。なので知っていて当然だった。
「まあ、当然じゃな。これは余でもどうあがいても抗えぬ。なので今の今までどうやっても、誰も発現させられなかったのよ」
「姫様で無理でしたら、誰も不可能でございますものね」
「もし分裂に特化した者がおれば可能かもしれんから、そこまで余の力量を買い被るわけでも無いが……話を戻すかのう。まあ、そういうわけで、同時に魔術を射出出来なかったのが、第一。次に、螺旋を描くという発想そのものが存在しておらん事が、第二じゃな。この二つが、最大の要因じゃろう」
ティナは今までの試験から得られた結果を受けての推測を、三人に告げる。ちなみに、第二の理由については誰かがやっていても不思議は無い様に思えるが、そうではない。
刻印は当然、物に刻印を刻み込んでいる。そして物には緋緋色金を除いて全て、魔力伝導率という魔力をどれだけ流せるか、という伝導率が存在している。であれば、刻印が長ければ長いほど、ロスが発生してしまう。
杖による増幅の場合はロスを上回る効果を得られるので使われるのだが、やはり直線の方がロスは少ない。螺旋を描こうなぞ馬鹿がやることだったのである。ティナがそうであるように、熟練者はやらない。
「魔王様はどの様にして、それに対処なされたんですか?」
「うむ。まあ、エネフィアで出来ぬのだから……第一の理由については、地球の技術を参考にさせてもらった。実はあちらは同時に発動させる事には優れておってのう。それを余なりに応用して、二つの魔術を杖の内部で同時に発射出来る様に同期したわけじゃ。先に来た命令の側に合わせて、魔術を展開しておる」
ティナはようやく、彼女が先ほど作った杖の図面を展開する。そうして、刻印の部分の様々な差を三人に向けて解説していく。
「ここが、同期部分じゃ。それでこっちが芯材に合わせて変更される部分で……」
しばらくの間、三人に向けて技術的な解説が為されていく。そうして、それを全て聞き終えた――三人は同時にティナの助手でもあった為、大抵の説明は理解した――後、クラウディアが疑問を呈する。
「ということは、杖が無ければ<<螺旋魔術>>は使えない、というわけですか?」
「それのう……余も考えてはみたが、そこは試してみねばわからん。が、おそらくは出来るじゃろう」
ティナは少しだけ悩んで、そしてその推測を告げる。
「とどのつまり、同時にかつ螺旋を描ける様に設定してやれば良いわけじゃ。それ専用の術式を構築してやる必要はあるじゃろうが……出来ぬとは思わん。が、やはり試行錯誤になるじゃろうから、当分は先じゃろう」
「わかりました……では、そちらについては魔王城とカイト殿の公爵家で行う予定ですか?」
「じゃな。軍事転用は可能。一歩先んずるまでは、余らだけの秘密にさせてもらうとしよう」
クラウディアの言葉を受けて、ティナが大まかな方針を決める。丁度皇国には魔導機の提出を決めたのだ。代わりの技術としては、最適だろう。なにせ誰もが無理と思っている事なのだ。手札としては魔導機と等しく切り札として使えるレベルだった。
「いや、思わぬめっけもんをしてしもうたのう。ただ杖を作りに来ただけ、なんじゃが……」
ティナが思わず苦笑する。本当に今回ばかりは予想外だった。ただ単に興味が赴くままに作りたいから作っただけなのだが、その結果が世紀の大発見だ。彼女としても思わず苦笑する出来事だった。
とは言え、それで終わらせる彼女ではない。もともと、これは試作品を作るための単なる前準備だったのだ。その時点で未知の現象が起きてしまったわけで、本題についてはすっかり横に置かれてしまっていた。
「さて……まあ、このデータを下に、魔導機用の杖を作る事にするかのう……おぉ、そうじゃ。ナシム。もし軍の方で何か試験に良さそうな敵でもおれば、伝えてくれ。余が直々に実験台にでもしてやろう」
「わかりました。最上の魔物を見繕います」
ティナの言葉を受けて、ナシムが腰を折る。そしてそれを最後に、三人は再び仕事に戻っていき、ティナもまた、本題である魔導機用の杖の製作に取り掛かるのだった。
それから、6時間程。昼食を挟んで色々とやっていたティナなのであるが、楓の方も一段落出来る段階に来ていたらしい。
「ティナ、一応出来たから、調整お願いしていいかしら?」
「む? うむ。良かろう……」
ティナは一度自らが作っていた魔導機用のシリンダーロッドの設計図の手を止めると、楓から渡された杖の設計図を見る。
「ふむ……外側の素材は大陸北部の『冷樫』か……まあ、悪うはない判断じゃな。これはマクスウェルではあまり出まわらんからのう……芯材は……ふむ……普通の北部の魔氷か。まあ、今のお主だと妥当は妥当じゃな。あまり強い芯材を使っても逆に杖の力に振り回されかねん」
「ええ、そう言う判断よ」
どうやらしっかりと杖の作り方や材料の情報など、研究所に置かれていた参考書の情報を読み込んでいたようだ。基本に忠実で、ティナの様に半ば趣味に近い設計はしていなかった。杖のオーダーメイドの初心者としては、十分に合格点を与えられた。
「うむ。これはこれで良いじゃろう。奇を衒うのは、お主にはまだ早い。それで、内部に刻む刻印については、考えておるのか?」
「一応、素案だけ、だけれど……」
楓は続いて、杖の内部に刻む為の刻印をティナに見せる。が、こちらの方には、ティナから駄目だしが出た。
「ふむ……こちらは修正の必要があるじゃろうな」
「何処ら辺が?」
「刻印も氷属性を強化するのは、あまり感心せんな。あまり氷に偏らせすぎると、今度は満足に水属性と火属性が使えん様になる。それは今後は不利になりかねん。過ぎたるは及ばざるが如し。常にこういう特化杖を8属性全てに持ち合わせられるわけではあるまい?」
「あ……」
楓も言われて、気が付いた。当たり前だが、現実はゲームの様に戦闘中に装備を替えたり、旅の最中に道具袋などから装備を取り出して気軽に装備変更、というわけにはいかない。カイト達上級の冒険者の様に魔術で自分専用の異空間を作って持ち運べるのは、極一部なのだ。
どうしても何処かで利便性を考えなければならないのだ。もし氷属性が効かない敵に出逢えば、その時点で楓はお荷物になる。それは拙い。であれば、あまり尖った性能も褒められた物ではなかった。というわけで、ティナは改めて修正を告げる。
「そうじゃな……ここは一番オーソドックスにそのまま増幅させるだけで良いじゃろう。杖作りも慣れてはおるまい。変に色付けは避けた方が良い。その刻印については、各々が最適な形を考えるべきじゃろう。まあ、今回は単純な増幅回路なんじゃから、そこまで悩む必要は無い。物は試しと教本でも見ながら刻むと良いじゃろう」
「そうね、ありがとう」
ティナからの方針の指示を受けて、楓が改めて杖の設計図を書き直しに行く。
「まあ、余の様に8属性の増幅を対処出来る程の腕前があれば、良いんじゃろうがな」
ティナはシリンダーロッドを見ながら、苦笑する。先に彼女はああ言ったものの、実はそのティナこそが、ダメ出しをした特化杖を作っていた。まあ、彼女の場合はハーフとは言え魔女族であるので、そこらは勘案しなければならないだろうが。
とは言え、ここらは技術力の差、というべきだろう。彼女の場合、芯材に合わせて刻印が各種属性の強化を出来る様な刻印を刻み込んでいた。ここまでたどり着ければ、魔術師として一流と言える技術力だった。
「さて……とりあえず、余の方も後は芯材選びだけじゃな……」
楓を送り出した後、ティナは再び設計図に向き直る。楓とは違いティナは設計そのものは慣れた物だったので、そこまで時間が掛かるわけではない。
問題があったとすれば、今回は未知の現象が確認された為、それへの万が一の安全回路などを取り付けていた為に時間がかかってしまっていた事だろう。とは言え、それももう先ほどまでのお話だった。
「芯材は何時も通り、貯蔵庫に行って見てみる事にするかのう……何かレア物があれば良いんじゃがなー……でかい『竜珠』が各種揃っておれば、最良じゃな」
ティナはそう言うと、一度立ち上がる。研究所の材料倉庫を見に行くつもりだった。何が貯蔵されているかを確認しつつ、その素材の状況などから芯材を考えよう、ということだったのである。
ちなみに、『竜珠』とは竜のコアの一つの事で、その中でも最大の大きさを持つ物だった。竜の強さと相まって滅多に出まわらない物だったが、そこは魔王城だ。貯蔵されている可能性は十二分に考えられた。そうして、ティナは倉庫へ行って、芯材を見繕う事にするのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告『試射』