第499話 魔帝の四天王
魔王城へと辿り着いたティナ達は、昔の知り合い達に出迎えられながらも魔王城の応接室の一つに辿り着いていた。本来ならば謁見の間でも良いのだが、そうするとクラウディアが逆に魔王の玉座に座らせかねないからだ。
と言うか、座らせる。理由はティナにお説教をしてもらいたいから、だ。すでに何度かやっている為、ティナが先んじて手を打ったのであった。
「まずは改めまして……おかえりなさいませ、魔王様」
「おかえりなさいませ、魔王様」
クラウディアの言葉に続いて、ナシムを含めて魔王城の従者達が頭を下げる。従者達の種族は様々で、耳が尖っている者も居れば様々な肌の色の者も居て、複眼を持つ者まで居た。まさに、異世界。それが良くわかる画だった。とは言え、そんな応対をされたティナは、ただただ苦笑するだけだ。
「別に今は魔王じゃないんじゃが……」
「存じあげております。ですが、我々にとって、王とは傅く相手。私にとって魔王様以外にはあり得ません。私が同格に立てると思い上がるなぞ無理です」
苦笑したティナに対して、クラウディアが頭を振るう。彼女も、この数百年。ティナの後を継いで魔王として活動していた。そうであるが故に、ティナの才覚についてを再認識して、自分では決して届かないと理解出来てしまったのだ。
「それに、それはナシム達他の四天王についても同じく……やはり我々は、魔王様あっての四天王なのです。私が魔王の座を引き継いだのは、ただただ私が治世に適性があっただけのこと……そのような事情で、どうして魔王様と同じ玉座に座る事が出来ましょうか」
クラウディアが少し苦笑気味に、断言する。が、そんな彼女に、ティナはやれやれ、と頭を振るうだけだった。
「はぁ……300年もすれば貫禄も出るか、と思うたが……」
「魔王様の様に、はじめから持たれているのが、王者足りえるのでは無いか、と昨今は思う次第です。カイト殿も然り、でしたからね」
苦笑に苦笑を返したクラウディアの放った名前に、ナシムがぴくり、と反応する。それを目敏く見抜いたティナが、ため息混じりに告げる。
「はぁ……来とらんぞ、今回は。あれは最近始まった交流の一環で学生やっとるよ」
「ぷっ……お似合いだな……いえ、失礼致しました」
ティナの言葉に、ナシムが小さく吹き出して謝罪する。何が面白かったのだろうか、と楓は思うが、どうやらそれは楓だけのようだ。ほかはやれやれ、とため息を吐いたり肩を竦めたり、という程度だった。と、そうして話していると、どうやら料理が出来上がったらしい。豪華な料理が運ばれてきた。
「ふむ。料理が来たか。あまり話し込んで冷めても作り手に悪いのう。では、戴くとするか」
「はい」
料理が来た事で、会話を一時中座して全員が食事を取る事にする。そうして、それからもしばらくの間食事を取りながら、雑談を行う事になるのだった。
料理を食べ終えて、ティナと楓は魔王城の客間に案内されていた。というよりも、聞けばまだ魔王時代のティナの私室らしい。
「好きにくつろげ。姉上方が来られた時の為に、幾つかの部屋があるからのう。どれか一つ選んで使うと良い」
「あ、ありがとう……で、ティナは何処で寝るの?」
「おお、それは教えとかねばならんな。余の部屋はこの真正面の部屋じゃ……まあ、なんだかんだと姉上方は余の部屋に泊まっておったから、意味がなかったんじゃがな。というわけで、本当に好きな部屋を使って……いや、あの端の部屋は使うでないぞ」
どれでも好きな部屋を使って良い、と言おうとしたティナだが、ふと何かを思い出して右端の部屋だけは使うな、と言い含める。何か理由があるらしい。
「どうして?」
「あれはまあ、倉庫に近くてのう……と言うても物の持ち主はおらんから、もう片付けても良いといえば良いのかもしれんがのう……」
何処か儚い笑みを浮かべながら、ティナが告げる。それに、大方大戦で死去した人物の部屋なのだろう、と楓も判断して、深くは問いかけない事にする。とは言え、間違って入ると問題なので、楓は逆の左端の部屋を借りる事にした。
「じゃあ、あっちの部屋を借りるわ」
「うむ……まあ、流石に台所等は無いが、そこは我慢しろ。もともと居住性はそこまで考えとらん単なる寝室じゃからのう」
「これでそう言われても納得出来ないわ」
ティナの言葉に、楓がため息を吐いた。まあ、自然と言えば自然な話であるのだが、ここは本来、魔王の私室だ。つまり、ものすごく豪華だったのである。
明らかにカイトの公爵邸よりも遥かに豪華だった。しかも、デザインしたのは天才であるティナだ。華美であるにも関わらず、変に成金趣味や嫌味になっていなかった。そうして、とりあえず楓が一度、与えられた部屋に荷物を置きに行く。
「……はぁ……やはりカイトに来てもらえば良かったかのう……」
楓が去った後。ティナが小さく、呟いた。見るのは、右端の部屋だ。大きさと間取りは、左端の部屋と変わらない。が、中身は当然、暮らしていた者の私物があった。
そうして、ティナは懐かしさには抗えず、扉を開けて中に入る。部屋の中は楓に言った通り、倉庫だった。とは言え、しまわれていたのは、様々な子供が遊ぶ用のおもちゃだった。
「……懐かしいのう……今思えば、男の子にこれは無いのう……カイトの子が出来た時には、きちんと汽車や飛行機の乗り物を与えてやるか……」
部屋の主に与えたクマのぬいぐるみを撫ぜながら、ティナが小さく呟いた。それはまだこの部屋の住人がこの部屋で起居していた頃に与えた物、だった。
「……余は、きちんと子育てが出来るのかのう……」
古傷が痛み、ティナの目から涙が流れた。これは彼女がずっと負っていた悔恨だった。そう、この部屋は、彼女を裏切った義弟・ティステニア・ペンデュラムが幼少期を過ごした部屋、だったのである。
流石に思春期も訪れた頃に育ての親であり義姉でもあるティナと一緒の部屋は恥ずかしい、と彼は魔王城の別室に移った為、幼少期の頃のおもちゃや幼児用ベッド等をここに全て仕舞ったのであった。と、そんな小さなつぶやきを、聞いていた者達が居た。
「……魔王様……」
「……」
「姫様……おいたわしや……」
聞いていたのは、三人の男女、だった。その内二人はクラウディアとナシムで、残る一人はメイド服姿の純白の翼の生えた女性だった。全員、顔には苦々しい思いが浮かんでいた。
たまさかティナが来たので全員仕事が早々に片付いた――と言うより全員死ぬ気で終わらせた――事もあってワインでも飲むか、とやって来たわけであるが、すると部屋にティナの姿は無く、小さくティステニアの部屋の扉が開いていて、という事だった。
「何故あの馬鹿は魔王様を裏切ったんだ……」
扉から離れて、ナシムが苛立ちを隠す事無くつぶやく。これは全員、疑問だった。この三人は、数時間前にクラウディアが言った四天王の三人、だったのである。つまり同時にティナの腹心の中の腹心、とも言えた。が、四天王なのだから、後一人、存在しているはずだった。
「姫様に育てられておきながら姫様を裏切るなぞ……何と恩知らずな……しかも四天王とまで言われておきながら……」
最後の一人の女性が、深い溜息と共に首を振る。彼女の台詞から分かりようものだが、四天王最後の一人は義弟であるティステニアだった。全員がティナを信者もかくやというレベルで慕っていたが故に、親衛隊の四幹部とさえ言われたのが、この統一魔帝の四天王だった。
「うぅ……おいたわしや姫様……」
「とは言え……まあ、少しは癒えておられる様子。一時期に比べれば、随分と穏やかな表情を浮かべておいでです」
「ええ……」
「ちっ……」
クラウディアの言葉を女性が認め、ナシムが舌打ちする。ちなみに、ナシムが舌打ちした理由は簡単で、癒やしたのがカイトだ、と理解していたからだ。カイトと彼は基本的に仲が良く無い――悪くもないが――のであった。
そうして、少しの苛立ちを滲ませたナシムだが、主が近くに居るのにその婚約者に対するそんな態度を何時までも表に出すわけにもいかない。暗くなった気分を打ち消す為を含めて、話題をそちらに持っていく事にした。
「あいつが学生とはな」
「ああ、そういえば姫様の事を考え、遠からず挨拶に向かいませんと……」
「俺は絶対に行かんからな。ミレーユ、貴様だけで行って来い」
翼の生えた女性――ミレーユというらしい――に対して、ナシムは何かを言われる前に切って捨てる。カイトの所に行くつもりは毛頭なかった。
「うふふ……姫様のウェディングドレス姿を見れる日も遠くなさそうでございますねぇ……」
何処かうっとりとした様子で、ミレーユが頬を緩ませる。盲信者に近いクラウディアとナシムに対して、彼女は溺愛方向に盲信が進んでいた。と、そうして話題が転換されて暗く淀んだ雰囲気が晴れた頃に、ティナが部屋から出て来た。
「むぅ……? なんじゃ、来ておったのか」
三人に気付いたティナが、少しバツが悪そうに視線を逸らす。どうやら誰かが来ているとは思っていなかったらしく、楓に勘付かれない様に涙の跡こそなかったものの、目は少しだけ赤かった。
「姫様……遅くなりましたが、おかえりなさいませ」
「うむ。すまぬな、ミレーユ。長らく連絡もせんで」
「いえいえ、便りのないのは良い便り、と」
柔和な笑みでミレーユはティナの謝罪を受け入れる。どうやらこちらは先程までの暗い雰囲気はバレずに済んだらしい。ティナにしても見られていなかった、とバツの悪い思いをしなくて良かったので、幸いだった。
「そういえば姫様。アウラやミースにご迷惑を掛けておられませんか?」
「おいおい……年齢を考えてそこは余が掛けられる側じゃろうに」
「あら……そういえばそうでございますね」
ティナの言葉を受けて、ミレーユもぽむ、と手を叩く。異世界に渡った事による時間の経過とティナの場合は封印されていた期間がある為、ミースとティナであればミースの方が年上になってしまっているが、エネフィアだけで見ればティナは700年前の生まれだった。と、そういうわけでティナは何時までも幼子のまま止まっていたミレーユに、ため息を吐いた。
「余とて何時までも小さき少女では無いぞ……すでに婚約者もおろう。子を孕むのもそう遠くはない事じゃぞ」
「あらあら。楽しみでございますねぇ……あの小さかった姫様がもうそんなお年でございますか」
「……それ以前に結婚はまだか、結婚はまだか、と一番急かしておったのはお主じゃろうに」
ミレーユの何処か感慨深げな言葉に対して、ティナが半眼で睨みつける。実は彼女が魔女族にしては珍しく婚期を気にしていたのは、主に彼女が原因だった。
彼女が事ある毎にそろそろ姫様も良いお年なのですからお結婚なさいませ、と言うものだから、すっかり気にしてしまっていたのである。ちなみに、そういう彼女もまだ独身だった。
「教育者の一人と致しましては、はよう見てみたいものなのでございます」
「やれやれ……」
ミレーユの言葉に、ティナがため息を吐いた。実はティナの一番の最古参の配下は、ミレーユだった。というよりも、彼女は天族で、ティナが幼少期に世話になっていた世話係兼教育者の一人、だったのである。そして同時に、この魔王城で唯一、ティナの来歴の真実を知っている者でもあった。
当たり前であるが、ティア達とて何時も何時でもティナの面倒を見れるわけではない。彼女らとてやらなければならない事はあり、遠出をする事もある。
それらを考えてこそ、子供の面倒見の良い天族と友誼を結ぶティアに預けられたのだ。であれば、天族の一部にはティナの真実を知っている者も居て、その一人が教育者であったミレーユ、なのであった。
「……それに、姫様には幸せになる義務がございます。姫様の幸せな姿を見てこそ、我ら教育者は満足にミスティア様や何処か草葉の陰で見守られていらっしゃるであろう姫様の御父母様にご報告出来るのでございます」
「むぅ……」
ミレーユの言葉に、ティナは何も言えなくなる。こんな所で魔族の為の仕事をしているのは教育者の仕事からかなり逸脱しているような気もしないではないが、それが仕事、と言われてはしょうが無い。
そうして、先ほどまでの4人とは打って変わってのんびりとした空気の下、久しぶりの再会を酒の肴に、しめやかな宴会が開かれる事になるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第500話『杖作り』