第498話 魔王城
『厄災の鳥』というランクSの魔物との戦いを終えたティナは、魔導機を小型の飛空艇に載せると再び飛空艇のコクピットに戻ってきた。
「ふぅ。少々、苦戦したのう」
「は……魔王様を3分も手こずらせたのは、賞賛に値すると思います」
コクピットに戻ったティナを出迎えたのは、クラウディアだ。彼女は跪いてティナを出迎えていた。本来ならば彼女が魔王だというのに、相も変わらず配下としての癖が抜けきっていなかった。だが、そんな二人に驚くしか無いのは、楓だ。
「あれで……苦戦?」
「うむ。まあ、ランクSクラスの魔物じゃからのう。流石に簡単に一撃で、というのは難しい。抗魔防御力の低い鳥種の魔物でも、上級の魔術では無理じゃ。仕方がないからのう……『古代魔術』で蒸発してもらったわ」
「あ、魔王様。そういえば<<背徳の火焔>>とは聞き覚えのない魔術だったのですが……」
ティナの直参としてそれ相応には知識を共有していたクラウディアだが、どうやら<<背徳の火焔>>は知らなかったらしい。
「うむ? じゃから言うたじゃろう? 余も地球でパワーアップしておる、とな。魔術師の強化は物理的な強化ではないからのう……強めるべきはここじゃ、ここ。擬似太陽を作るとは、なかなかに素晴らしい魔術じゃったのう」
「つまり、地球の『古代魔術』ですか?」
「うむ」
クラウディアの問いかけを、ティナが認める。アグニとは地球の神話で語られる都市の名だ。この炎はそれを焼き尽くした神の炎を模した魔術、だったのであった。
「なかなかのもんじゃろ? 流石に今回は太陽の表面温度程度にとどめたが……本気でやれば、太陽ぐらいは作り出せるぞ」
「流石です、魔王様!」
自慢気にえへん、と胸を張ったティナに対して、クラウディアが絶賛する。まあ、これは彼女でもなければ不可能な事なので、絶賛もむべなるかな、という所だった。
「っと……そうじゃ。それは良いとして……アイギス、出発の準備はどうじゃ?」
「イエス。あとすこしで再度移動が可能です」
ティナの言葉を受けて、アイギスが飛空艇を操りながら答える。ティナと『厄災の鳥』の戦いの所為で周囲には空気や魔力の乱気流が生まれ、まともに発進出来るような状況ではなかったのである。ティナが一番始めにこの空域で良かった、と言ったのはここらの関係があったのであった。
というわけで、それからしばらく一同はその場で停滞して、移動が可能になるまでしばらくの間待つ事になる。そうしてそれから、10分程。ようやく出発出来る様になった。
「……出発可能です」
「うむ! では、再度出発!」
「イエッサー! じゃなくて、イエスマム!」
ティナの号令に合わせて、アイギスが再び飛空艇を発進させる。そうして、一同は再び一路魔族領魔王城を目指して、進むのであった。ちなみに、クラウディアは転移術で帰るのではなく、一緒に来る事にしたらしい。
戦いから更に3時間。太陽が沈みかけた頃に、飛空艇は魔族領魔王城に到着した。
「……なんかイメージと違うわね。詐欺じゃないの?」
「何を想像しとったんじゃ……」
飛空艇のコクピットから見えた光景に不満気な楓に対して、ティナが呆れ返る。楓のイメージとしては漆黒の闇を背景に雷鳴轟く崖の上に立つオドロオドロしい魔城だった。
が、魔王城は普通に平原にそびえ立つかなり大きなお城だった。しかも城下町も存在しており、普通の王城と城下町の光景にしか見えなかった。と、そうしてクラウディアが解説を開始した。
「設立は600年前。設計は魔王様。デザインも魔王様。左右の塔には非常時の迎撃システムと防衛システムを搭載。更には万が一に備えて地下設備として城下町の大半の民を収納出来る避難壕を完備。その後も増え続ける民を考え、城下町にも避難壕を……他にも城や街の建設には土魔族が関わり石一つ一つからこだわって……」
「え、えぇ……す、すごいのね……」
クラウディアから矢継ぎ早に出て来る情報に、楓が思わず頬を引き攣らせる。どうやらこの街は魔王城だけでなく、城下町の建設にもティナが関わっていたらしく、クラウディアは全ての情報を頭のなかにインプットしている様子だった。
「軍用の飛空艇の発着場は使えるか?」
「はっ。すでに用意を整えております……状況は?」
ティナの言葉を受けて、クラウディアが通信機を取り出して魔王城へと問いかける。
『うむ……整っておる……で、お嬢、お帰り』
「うむ。帰ったぞ」
どうやら応答してくれたのは、ティナの古くからの知り合いらしい。お互いの声には親しみがあった。それもティナをお嬢と呼んでいる所を見ると、彼女よりも遥かに年上のようだ。
『にしても、お嬢……また面白そうな物を作ったな』
「うむ。本来は軍事機密じゃが……まあ、お主らには構わん。世話になっとるしのう」
どうやら向こう側からも魔導機と小型の飛空艇は見えているらしい。興味深そうな声が聞こえてきた。後に聞けば、ティナの魔王時代の研究者の一人らしい。
「で、よ。案内を頼む。どうせクズハあたりから情報が回っておるじゃろう?」
『くかか。うむ、ビーコンを出す。それに従って着陸せい』
老人の声が笑い、飛空艇のモニターに案内表示が出される。着陸用の誘導灯のような物だった。そうして、魔導機を乗せた飛空艇が誘導灯に従って着陸する。
「飛空艇着陸……地面降下……ゲート閉じます」
アイギスの声がコクピットの中に響く。飛空艇が着陸すると同時に地面が降下していき、再び上の扉が閉じていく。どうやら魔導機は地下に格納される事になるようだ。まあ、軍事機密である事を考えれば、妥当な方法だろう。
「格納終了。魔王城地下研究所第5階層に格納されました」
「まあ、余の元専用エリアか」
「いえ、今も専用エリアです。下手に手出しして迷子が出ても困りますので……」
ティナの苦笑しての言葉に、クラウディアが更に苦笑する。どうやらここも公爵邸地下と同じく、安易に移動すると迷子になるような魔境と化しているようだ。
そうして、雑談も少しに一同は飛空艇から降りる。すると、そこには軍服姿の褐色銀髪の男が少し興奮気味に最敬礼で立っていた。
ちなみに、魔導機については更に移動を開始する。実はティナ個人が所有する研究施設は別にある為、作業を考えてここから地下通路を通って移動させられるのであった。
「お帰り、お待ちしておりました! 魔王様!」
「ちっ……」
「あれ……?」
びしっ、と敬礼した男が大きな声でティナの帰還を祝い、更にティナに頭を下げる。そんな彼の顔に、楓は会ったこともないのに、何故か既視感があった。
なお、舌打ちしたのはクラウディアだ。というわけで、そんな彼女が少しだけ顔を顰めながらも、男に問いかける。
「ナシム……何故ここに? 仕事を与えたはずですよ?」
「ふん。すでに終わらせた」
ナシムと呼ばれた男は、クラウディアの言葉に対して、ティナに相対するとは打って変わって苛立ちを隠そうともせずに告げる。
「……きちんと、魔物100体分ですか?」
「……これで満足か?」
ナシムがクラウディアの言葉を受けて、討伐証明となる100体分の魔物の残骸を提示する。流石に量が量なので場所はここでは無いので映像を、だ。
「あ、魔王様! こちら、全て差し上げます! それと、北部に生息していた『氷鏡の魔』のコアも無傷で採取できました!」
「おぉ! なんと! まさかあのレア物か!? でかした! 流石は魔族最優の剣豪よ!」
「はっ! ありがたきお言葉です! クラウディア殿のご命令による治安維持のついで、であります! なので気にされないでください!」
ナシムから差し出された少し薄い青色の球体――『氷鏡の魔』という魔物のコア――に、ティナが思わず歓喜の声を上げて絶賛する。
ちなみに、ティナは興奮して気付いていなかった様子だが、ナシムは少し鼻高々にクラウディアを睨み、対するクラウディアは頬を引き攣らせていた。なお、影では火花が散っている二人だが、ティナが振り向いた瞬間には二人共そんな素振りは見せない。
「そうか! クラウディアも仕事はきちんとしておるようじゃな! 二人共、余が見込んだ通りよ!」
「ありがたきお言葉です……ちっ……」
「ふふん。魔王様に拝謁するのに、抜け駆けは許さんぞ」
「まさかランクA以上の魔物を100体を6時間で終わらせて帰って来るとは……しかもコアも無傷……ちっ……折角コアを無傷で回収してくる事を織り込んだというのに……」
どうやらクラウディアはコアを回収してくる事は想定済みだったらしい。というかそれを見越して、彼を討伐任務に出したようだ。
まあ、ここまでで分かるだろうが、ナシムもまた、ティナの信奉者の一人だった。簡単にいえばファン同士の抜け駆け禁止、というやり取りに近かった。と、そうしてクラウディアが苛立ちを完璧に隠して、柔和な顔でティナを案内し始める。
「さぁ、魔王様。こんな所で立ち話もなんです。皆も待っておりますので、まずは、王城の方へ」
「すまんな」
「む? そういえば、こっちの少女達は?」
歩き始めようとした一同だが、そこでナシムが楓とアイギスに気付く。彼はここ当分マクダウェル領に出ていないので、楓はもちろんアイギスの事も知らないのであった。
「ああ、まあ、そっちのちびっ子は余の作った補助用の使い魔の一種、という所かのう。ほれ、少し前に余が偽名で論文出したじゃろ? あの少女よ」
「ああ、これが……なんと見事な……流石は魔王様……何とも美しい……」
「ありがとうございます」
傅いて手を取られて賞賛されたアイギスが、少し照れ気味に頭を下げる。彼女にしても、ティナの娘である事は誇りだったのであった。
改めて語る必要も無いかもしれないが、ナシムもクラウディアと同程度にティナの信奉者だ。なのでティナの被造物となると、ほぼ全てを手放しで絶賛する。というわけで、なんら遜色もなくティナが再び先鞭をつけたと言えるアイギスについては大絶賛だった。
ちなみに、これは一葉達三人娘と出会った時にも同じ事が行われる。あちらについてはクラウディアが多大な貢献があったとあって少し苦々しい思いがあったらしいが。なお、その時の二人の表情は今日の逆だったらしい。
「で、そっちのは日本からの学生じゃ。丁度悩みを聞いてのう。魔族領に行けば良い材料を得られるじゃろう、と連れて来たのよ」
「左様ですか。さすがは魔王様。下々の者にまで面倒見の良い……」
「何、これでも余も今は彼女らの同胞よ。それはひいては余の利益にもなるからのう」
「いえ、流石魔王様です……少女も、魔王様に迷惑を掛けんようにな」
楓はどうやらティナがただ単に面倒を見ているだけの少女だ、と思われたらしい。アイギスに対して反応は薄かった。そうして、一同は改めて歩き始める。が、そうして楓が見た物は、ティナのとてつもない人望、だった。
「魔王様! おかえりなさいませ!」
「うむ」
ある所では軍高官から最敬礼で迎えられ。
「陛下! この間の発明品! なんとかなりました!」
「うむ! では、配備を進め、民衆には補助金を出せ! 軌道に乗れば、食料の生産性は格段に向上するはずじゃ!」
ある所では明らかにお偉方と思える研究者達から報告を上げられて。
「お嬢! フィオネル領から数百年分の温室の実験データ来てるが、どうする!?」
「む! 後で確認しよう! 送ってくれ! 温室の実働データは是非に欲しい! これが魔族領で軌道に乗るようじゃと、エネフィア全体での食料の増産の起爆剤となり得るぞ!」
またある所では、明らかに研究所のお偉方と思える老人から片手間に挨拶を交わされて実験についての意見を求められていた。そんな様子に、楓が疑問に思う事があった。
「元じゃないの?」
「元じゃぞ? 一応、こっちが現職の魔王じゃな。じゃから余も用事が無い限りは立ち寄らん」
「もっと寄ってくださって良いのですが……」
ティナから指さされたクラウディアが、少し残念そうに口を尖らせる。ちなみに、一同の後ろを歩くナシムも頷いていた。彼ももっと寄ってくれ、と考えている様子だった。
「良いの、それで?」
「良くは無いのう……うむ。良くは無い……が、まあ……やはり見過ごせんのよ。余は元とは言え、魔王。特に魔族の民草には多大な迷惑を掛けた……本来は隠居が手を出すべきではないのじゃが……どうしても、のう」
ティナは照れを含ませつつも少し苦笑にも似た笑みを見せて、楓の質問に答える。当たり前だが、これは本来あまり褒められた事ではない。院政とも捉えられかねないし、義弟の暴走の引責辞任である以上、対外的にも良い事ではなかった。
だが、彼女にとっては魔族領の魔族達は様々な面で迷惑を掛けてしまった相手、と捉えていた。それ故、どうしても頼まれたりすれば心情としては断れないのであった。
「まあ、一応公爵の婚約者として、こういうのは避けるべきなんじゃろうが……な」
ティナは照れ臭そうにしつつも何処か父に似た、太陽のような笑みを浮かべる。彼女もまた、父と同じく人臭さの抜け切らない王様だった。部下にしてもそうだ。本来ならば、彼らもまた、貴族や高官なのだ。だが、人臭さが抜けていない。それ故、全員に何処か王様と部下ではなく『仲間』という感が共有されていた。
だが、それこそが、彼女の人望の証だった。優秀な技術者であった母の血がきちんと受け継がれていた様に、奇特ではあれど偉大な王であった父の血もまた、きちんと受け継がれていたのであった。そうして、そんなティナの魔王としての顔を見て、楓は思わず足を止める。
「む? どうした?」
「……いえ、なんでもないわ」
ティナが足を止めた楓に首を傾げるが、それにまさか見惚れました、なぞ言えない楓は、いそいそと再び歩き始める。そうして、一同は一路魔王城を目指して歩いて行くのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第499話『魔帝の四天王』
2016年9月14日 追記
・表記ゆれ修正
アグニの当て字が統一されていなかったので、前回のお話の物に統一しました。