第496話 魔族領へ
自らの魔導機の為の素材が足りなかった事と楓の悩みがあった為、ティナは魔族領を目指す事にする。とは言え、決まってすぐに行動が出来るわけではない。当然、まずは幾つかの連絡を行っておく必要があった。
「アイギス。おるな?」
「イエス、マザー。仕事ですか?」
パソコン型魔道具の前に座ってデータの解析を行っていたアイギスが顔を上げて、元の大人形態に戻ったティナを窺い見る。
「うむ。まあ、そういう所じゃ。一度『モーション・アシスト・システム』の調整を中断させて良い」
「イエス……それで、何をやるんですか?」
アイギスはティナの指示を受けて、一度解析作業を中断させる。行っていたのは、彼女が能動的に行っている事のオートメーション化だ。
当たり前だが、量産機には彼女は乗らない。それどころか、彼女はカイト専用だ。なので彼女が行っている事をシステム化して量産型の魔導機に搭載せねばならず、それを彼女自らが行っているのであった。感覚を掴んでいる者がやった方が良いだろう、とティナが命じたのである。
「魔族領へ向かう。余の専用機の用意を頼む。それと、今回は魔導機による初の長距離移動となる。その解析も頼む」
「イエス。じゃあ、さっさと用意してしまいます」
アイギスは再度パソコン型魔道具を操作して即座に別のシステムを立ち上げて、ティナ専用の魔導機の画像と武装のリストを研究所に据え置きされている巨大なモニターに表示させる。
「それで、何を持って行きます? 長距離なので、一応飛空艇は待機させますけど……」
「そうじゃなぁ……余専用機はカイトの物よりもウェポンベイに容量は無いんじゃよなぁ……」
自らの魔導機の画像を見ながら、ティナが頭を悩ませる。機体のコンセプトの差から、出力についてはカイトの機体とは少々差がある。比較としてはカイト達の乗る試作機よりも数倍、彼専用機よりも8割、という所だ。それを考えれば、乗せられる武器数もかなりの差があった。
「ふむ……そういえば、魔導機と言うか大型魔導鎧用の活動領域増加用小型艇が無かったか?」
「少々お待ちを……イエス。確かにマザーは大型魔導鎧用のバイクと言うか単機が乗れる様な飛空艇を開発されていますね」
アイギスは幾つかのリストを検査して、結果を画面に表示する。設計図を作って後はゴーレム達に任せるだけになっていたので、ティナはうっかりその進捗を失念していたのであった。
「それの長距離試験を兼ねて使用する。どちらにせよ余の機体は複座機では無いからのう。万が一に備えて外部からのオペレーティングは必要じゃろう」
「イエス……では、こちらの発進準備は整え始めておきます……で、武器は?」
「ふむ……飛空艇のウェポンベイを確保したから……とりあえず、万が一に備えたバズーカは小型艇に積んでおいとくれ。あれは飛空艇でも使える様にしておる。それで、足りぬ武装は事足りよう。で、余の魔導機にはツイン・ライフル、片手剣を」
「イエス……こちらも飛空艇側の予備のウェポンベイに取り付けておきます。作業終了まで約1時間必要です」
「うむ、頼んだ。その間に余はクラウディアに連絡を付ける事にする」
「イエス」
ティナからの言葉を受けて、アイギスは大急ぎで用意を整え始める。と、そうして用意が始まった頃に、メルがやって来た。魔導機のテスト・パイロットを務める為の研修を受けに来たのである。
「あら?」
「おお、丁度良い。少しの間調練については自己練習だけで頼むぞ。少々、魔族領に行ってくる」
「へ? あ、ちょっと! その前に研修は!?」
「おぉっと……うむ、一葉。聞こえておるか?」
メルの言葉を受けたティナは懐から通信機を取り出すと、一葉を呼び出す。彼女らは別の場所で彼女らの為の装備の調整を行っていたのであった。この間の戦いで少し足りない物が見えたので、という所だ。
『はい、マザー』
「少々魔導機の為の杖の芯材が必要になってのう。魔族領にまで足を伸ばす事にした。その間、メルのテスト用魔導機の試験と研修はお主に任せる。現在はこちらにおる。迎えに来てやってくれ」
『わかりました』
「一葉らがもう少しすればこちらに来るはずじゃ。そちらに頼んだ」
「そう、わかった。じゃあ、こっちで待ってるわね」
ティナの言葉を受けて、メルが手近な所にあった椅子に腰掛ける。後は待つだけだ。そうして、ティナは今度は地上に戻って、公爵邸の中にこの間の改装で新たに設置した通信室へと足を向ける。
『こちら魔族領』
「ユスティーナじゃ」
『ま、魔王さま! はい、なんでしょうか!』
ティナの声紋を認識した瞬間、受け取った男性の声からクラウディアに一瞬で切り替わる。ティナの場合にのみ、一瞬でクラウディアに繋がる様に細工されていたのであった。
ちなみに、細工したのはクラウディアで、ティナではない。彼女も元はティナの助手を務められるだけの知恵はある。この程度、お茶の子さいさいだった。
「うむ。少々素材が欲しゅうなってのう。魔導機の試験も兼ねて向かうつもりじゃが……問題は無いか?」
『そんなものありません。何時でも、お越しください』
ティナは一応今は公爵家の食客に近い。なので一応礼儀を通したわけではあるが、クラウディアが断るはずもない。なにせ彼女は本来、魔王の座に今も座っているべきなのだ。なのでクラウディアは即座に許可を下ろす。
「うむ。では、今晩には到着するじゃろう。少々余の開発品で持って行きたい物があってのう。道中でテストも兼ねる」
『わかりました。では、ディナーの用意をさせていただきます』
「すまんのう」
『はい』
手短にクラウディアとのやり取りを終えると、ティナは通信を切断する。これでとりあえずは後は向かうだけになった。そうして、ティナも自分の用意を行う為、再び自分の研究所に戻る事にするのだった。
クラウディアとのやり取りから、1時間。ティナは最後の確認を行っていた。まあ、それは良かったのだが、そんな様子を見て、楓が思わず、顔を顰めていた。
「……これで行くわけ?」
「なんか変か?」
「……ここって、ロボットアニメの世界だったかしら……」
楓が思わず首を傾げる。飛空艇ならば、まだ良い。それはファンタジー世界にはつきものの一つと見做せる。だが、彼女の目の前にあったのは、巨大なロボットもかくやの魔導機だ。しかも、それは何時もとは違い、何らかの機械に跨っていたのである。
「あれは何?」
「む? ああ、あれはお主とアイギスが乗る小型の飛空艇じゃな。上のはついでに試験する魔導機という軍用の大型魔導鎧の一種、と考えれば良い。実は皇帝レオハルトからの依頼でのう。次の大陸間会議で優位に立つ為に、と頼まれておるんじゃ」
「ああ、なるほど……」
言われてみて、楓も理解した。ああいった大型の魔導鎧があることは彼女も承知している。それにティナが改良を加えたのであれば、ロボットにも見えたのは致し方がないと思ったわけであった。そうして、更に考えて見れば下の奇妙な形の飛空艇は、それを運ぶ為の形状をしている様にも思えた。
「下のあれはそれ専用の飛空艇じゃ。お主も知っておるじゃろうが、大型の魔導鎧はどれだけ頑張っても一時間が戦闘可能時間じゃ。長距離の移動は難しい。じゃが、何時も何時もわざわざ大型の飛空艇に架橋する必要はあるまい? 大人数で動けるとも限らんからのう。そう言う場合に、居住性と移動性を考えて、武装をかなり排除して積載量を確保したあの小型艇があるわけじゃ……といっても、デザインは大幅に余が弄くっておるがのう」
少しだけ自慢気に、ティナが胸を張る。まあ、そう言っても楓は残念ながらこちらの一般的な大型魔導鎧用小型艇の形状を知らないので、いまいち感動は薄かったが。
「む。わかっておらんな? これは例えば両腕が使える様になっておったり、大型魔導鎧側からでも操作出来る様にしたり、とかなり画期的な……」
「それは良いから。ご自慢の小型艇はそこまで速度が出るの?」
「む……仕方がない。道中はそれなりに時間が必要じゃからのう……」
楓に指摘されて、ティナは少し不満気だったが解説を切り上げる。彼女の言うとおり、時間の余裕はあまりない。確かにティナ作の飛空艇での移動ではあるが、この飛空艇は魔導機の輸送用に積載力を上げている為、速度はそこまで出ないのだ。あまり遅くならない内に到着しようと考えるのであれば、そろそろ出発すべき時間だった。
「仕方がないのう……アイギス。準備の方はどうなっておる?」
『イエス、マザー。準備については完了しました。後は飛空艇の魔導炉に火を入れるだけです』
「うむ。では、安定域まで頼む」
『イエス』
ティナの指示を受けて、一足先に小型の飛空艇に乗り込んだアイギスが魔導炉の出力を上げていく。初起動である為、魔導炉を活性化させるのに少し時間が必要なのであった。そうしてその間に、楓が飛空艇に乗り込んで、ティナが魔導機に乗り込む。
「……アシスト・システムは正常に起動……うむ。テスト通りじゃな」
『マザー。こちらも動けます』
「よし……では、転移術のテストに入る」
まあ、当たり前といえば当たり前であるが、本来は飛空艇だけで移動が出来る。なのでティナとしても本来は小型艇側で良かったわけだ。が、きちんと理由があって、魔導機に乗り込んでいたわけであった。
『小型艇ブロー……高度維持……バランサー良好……問題なし。どうぞ、マザー』
「うむ……転移」
次の瞬間、二人の乗った飛空艇ごと、転移術が発動する。そうして次に現れたのは、公爵邸上空だった。魔導機で転移術が使えるかどうか、のテストを行ったのであった。そうして、ティナは前に失敗した部分についてを問いかける。
「魔導GPSについてはどうじゃ?」
『場所検知システム……問題なし。不意に転移させられた場合にでも、問題無く動ける様になっています、マザー』
「そうか。まあ、改良しておるんじゃから、当然ではあるがのう……」
ティナはほっと胸を撫で下ろす。たった今アイギスが検査したのは、前にティナが飛空艇を転移させた際に誤作動を起こした現在地を測定するシステムだ。一応対策は打っていたが、きちんと動作出来たかはやはり気にしていたのであった。
「よし。では後はオートにして、移動じゃ」
『イエス、マザー』
ティナの指示を受けて、小型艇がゆっくりと北に動き始める。しばらくすると、それなりの速度で動き始めて、それを見届けて、ティナは魔導機に接続された専用の通路を通って小型艇に移動する。
「うむ。気圧制御等も上手くいっておるな」
通路を通ってその出来に満足したティナは、とりあえず小型艇の内部を移動する。これは移動基地の役割も持っているので、寝室やお風呂、キッチンまで幾つかの居住施設が揃っていた。なのでそれなりに広かったのである。
そうして、ティナはコクピットに相当するエリアに移動する。そこにはアイギスが待機して、計器のチェックを行っているはずだった。そして案の定、そこにはアイギスがいた。
「アイギス。問題は無いか?」
「イエス、マザー……あ、楓さんには客間へと移動して頂きました。ここに居た所で無駄ですからね」
「それでよかろう……ふむ。とりあえずは、このまま自動操縦で良さそうじゃな」
「イエス。魔導機のシステムも閲覧しましたが、転移術による不意の影響は測定されておりません……それどころか、転移術に限れば、魔導機での使用を推奨します」
「転移術唯一の弱点にして、最悪の致命的な弱点、か……まあ、それは良かろう」
ティナはアイギスから回されてきた魔導機の実働データを解析しながら、言葉を返す。当たり前だがどんな魔術にだって弱点は存在している。それは転移術も然り、だったのであった。
「で、速度についてはどうなっておる?」
「イエス……現在、高度1万メートルを時速300キロで航行中。この位置ですと、魔物はかなり強い奴らだけですが……魔導機での戦闘を?」
「うむ。どうせ一度か二度しか無いじゃろうがな」
高度1万メートルだ。普通は魔物でも生息はしていないが、こういう極所でこそ、生存している魔物も居る。それは当然、強かった。が、そうであるが故に数は少なく、遭遇率もかなり低く見積もっても良かったのであった。
「……イエス。前方100キロに敵影は無し。問題はありません」
「うむ……では、暫くは自動操縦にまかせてみるとしよう。自動操縦もテストせねばならん」
「イエス。では、お休みですね」
「そうするとよい……では、お主もしばし休め」
ティナはアイギスにそう言うと、自分も少しの間休憩を取る事にする。そうして、魔導機を乗せた飛空艇は北を目指して進み続けるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第497話『ランクSの世界』