第492話 変わり始めるギルド
ソラ達が帰還して、カナンが加入して少し。カイトの内心はともかくとして、やらなければならない事は多かった。そのやらなければならない事の一つとして、カイトは冒険部ギルドホームの敷地内に設けられた訓練場にて、一つのパーティと向き合っていた。
「試験内容は簡単。勝利条件はオレをこの円から出すか、オレが守るこの木のコップを破壊出来れば、そちらの勝ち。そちらが全員動けなくなれば、負けだ。時間は無制限。異論は無いな?」
カイトの問い掛けに、多種多様の種族で構成された冒険者達が頷く。既に意識を集中しているので、何かを口に出して確認することは無かった。
今、カイトが相手にしようとしているのは冒険部の生徒達から冒険部に加えたい、と推挙された冒険者の集団だった。面接と背後関係を調べ終えて、最後の試験として、冒険者としての素質を見る事を課したのである。
「椿、コイントスは任せた」
「はい」
キィーン、と澄んだ音が鳴り響き、戦いが始まった。そんな光景を、桜達が観戦していた。
「私達ぐらいの年齢の冒険者ってもっと少ないのかな、って思ってましたけど……」
「逆に私達以下の年齢の冒険者もたくさん居ますわね……」
桜の呟きを受けて、瑞樹も少し考えこむ様に呟いた。今、カイトが相手にしているのは冒険者のランクとしてはC~Dの混成5人組だ。そして、その組み合わせも即興だ。種族もバラバラ。唯一の共通点といえば、自分達と同じぐらいの年齢、ということろだった。
「意外と、俺達って自分達だけで固まってたんだなー……」
「あれ、浬ちゃんぐらいの年齢だよー」
自分の弟や妹ぐらいの年齢の少年少女が、カイトが守るコップに向かって攻撃を仕掛ける。だが、そこには冒険者として戦いを積んできた経験があり、油断が無かった。明らかに、自分達よりも経験を積んでいる。それがはっきりと分かるほどに、練度があった。それに、一同はまず、驚いた。
そしてそれ以上に、彼らの連携力に思わず全員舌を巻いていた。今回彼らが組んだ相手は、殆ど初見の相手だった。なのに、彼らは寸分違わぬ連携力を見せている。
念のために言えば、確かに、同じ街に居るので若干は組んだ事があったりした間柄も居た。だが、その大半は組んだ事のない面子だった。ではその秘訣は、と言われると、おそらくこれだろう。
「もう一度突進を掛ける!」
「防御強化行きます!」
「<<突撃盾>>!」
この声掛けこそが、連携を確かな物にしていたのだ。ソラ達の様に長年の付き合いがあり、何をするのかわかるのなら、問題は無いだろう。
だが、彼らは殆ど相手の事を知らないのだ。ならば、何をやるのかきちんと告げてやらないと、うっかり自分達の攻撃がブッキングしてしまう、などというお粗末な結果になりかねないのである。
確かに、対人戦を考えれば、これは相手に何をするのか宣言しているのに等しく、褒められた行動ではない。だが、相手が魔物という仮定ならば、問題は無い。
理解されないからだ。なので、これは冒険者として、普通の行動だった。慣れ親しんだ相手だからこそ、ソラ達には見えなくなっている事だった。
「<<風通掌>>!」
盾を突き出して突撃してきた盾持ちの少年に、カイトは風を纏わせた掌底でその軌道を逸らす。そうして逸らされた少年は、カイトから5メートル程遠ざかった所で止まった。
ちなみに、流石にカイトとて全力で相手をしているわけでもなく、まともに突撃を受ければ当然だが円からは出る。よしんば出なくても、取っ組み合いになってその隙にコップを狙われるのがオチだろう。
「この状況での突進なのに、受けさせてもくれないのかよ!」
「これでほんとに数ヶ月!?」
「甘えよ」
少年少女達の驚愕の声が響く。というのも、彼らはカイトの力量に対して、かなり高をくくっていた。彼らはもともと冒険部の生徒達の馴染みだ。それ故に、冒険部の平均値を把握していた。なので、そこから冒険部のトップのカイトの実力を予想したのだ。
まあ、流石に相手が本物の勇者だとは誰も予想しないだろうが。それから、暫くはカイトを動かす事もコップにかすらせる事も出来ない状況が続く。
「一時間、か。よく粘るなー」
途中から観戦に参加した旭姫――小次郎状態――がつぶやく。コイントスが落ちてから一時間。つまり、試験開始してから一時間が経過したのだ。だが、未だに少年少女達はコップにかすりもしなかった。
「はぁ……はぁ……嘘だろ……こいつ、無茶苦茶じゃね?」
「はぁ……何発撃った?」
「もう……数えてない」
5分以内に勝負を決める。そう思って挑んだ一同は、カイトを前にして各々の武器を杖にして肩で息をしていた。そうして、彼らは一度顔を見合わせて、頷き合う。ここまで一つの戦いで長い間戦っていれば、あうんの呼吸にもなる。
「はっ!」
全員が再び一斉に攻撃に移る。対するカイトは双剣だ。だが、全員が一緒に来た所で、カイトには届かない。
「<<天風突>>」
「うぉ!」
カイトは思い切り上に双剣を突き出して、巨大な上昇気流を生み出す。それで、向かってきた近接戦闘の戦士達を一時的に滞空させる。
「<<大天斬>>」
「くはっ!」
カイトは突き上げた双剣を左右に振り下ろし、滞空した冒険者達を全員一薙ぎに吹き飛ばした。そして、更に続く魔術の連射を剣戟で全て切り払うと、そのまま更に斬撃を飛ばして魔術師達を吹き飛ばす。
「はぁ……はぁ……」
全員吹き飛ばされ、地面に倒れ伏す。立ち上がろうとはしているが、身体がついてこないのだ。それを見て、カイトが問い掛けた。
「もう終わるか?」
「いーや、まだまだ……ちょっと休憩してるだけ……」
ある少年が笑って答える。そして、ゆっくりと立ち上がって更に続けた。
「魔物相手に諦めると、そこで死だからな……やれるんなら、勝つまでやるさ……」
「だな」
カイトがその言葉に感心する様に、頷いた。その言葉に同意する様に、他の4人も立ち上がる。どうやら、まだやるらしい。だが、その次の瞬間、カイトは武器を消失させて、拍手と共に口を開いた。
「はい、合格」
「……ほえ?」
カイトの言葉を聞いて、魔術師の少女が、ぽかん、となる。だが、その表情は彼女だけでは無かった。他の面々にしても、同じ顔だった。と言うか、この流れを予想していなかった観戦の冒険部の生徒達も全員唖然となっていた。
「合格?」
「ああ、合格だ」
「えっ! どうして! 私達動かせてないぞ!」
近接をしていた少女が、大声でカイトに問いかける。それに、カイトは拍手をやめて告げる。
「ぶっちゃけ、お前らが百人集まっても無理なレベルで戦ってたからな。無理は道理だ。オレが知りたかったのは、唯一つ。生き足掻く覚悟はあるか、ということだ」
そう告げると、カイトは彼本来の刀を取り出して、一同に突き付ける。
「死を前にして、生にしがみつけ。絶望を前にして、生を手放すな。生き足掻け。その上で、勝利をもぎ取れ。生き恥を晒せ、とはいわん。だが、死に急ぐな。死は必定……逃れる事は出来ん。なら、その時まで足掻け。足掻いて無理なら、そこが死に場所だ。そこから先へは、オレが連れて行く」
圧倒的な風格を纏い、カイトは一同に告げる。これは彼らを仲間と認めたが故の行動だ。同年代であるが故に、格が違う事を思い知らせ、自分がマスターである事を知らしめなければならなかった。
「告げる。オレの指揮する隊に、絶望を前に立ち上がれん奴は不要。生を諦める奴は何処にも連れて行くつもりは無い。だが、屈してなお立ち上がる、まだ諦めぬというのなら、死を超えてさえ、オレがその先へと連れて行こう。それを拒むというのなら、ここでオレの手で斬る……故に、問おう。最後まで藻掻き、生き足掻く覚悟はあるか?」
「……ああ」
カイトの言葉を聞いて、彼らは神妙な顔で頷く。カイトから告げられた文句を、彼らは知っていた。ソラ達は知らないだろうが、冒険者と各国軍人であれば当然の様に知っている文言だった。
「ならば、良し。オレ……いや、オレ達は君たちを歓迎しよう」
返答を聞いて、カイトは刀を鞘に収め、正式に加入を認める。それと同時に、観戦に来ていた生徒達から万雷の拍手が贈られて、何人かの生徒に至っては大急ぎで駆け寄ってきていた。
「あ、ちょ、ちょっと待った! えっと、マスター!」
「ん?」
囲まれて手荒い祝福を受けていた一人が、その光景を見て去ろうとしていたカイトを呼び止める。
「『勇者の宣言』の全文、今度教えて! あれ、私も好きなんです!」
「お前が覚えられたらな」
聞いた言葉に、カイトは苦笑しながら背を向けて手を振る。そして今度こそ、カイトは喧騒を後にして、執務室へと足を進めるのだった。
『勇者の宣言』。つまりはカイト自身の言葉だった。カイトがそれを告げたのは、大戦のある一幕だ。それは今は最早伝説として語られる、『無冠の部隊』結成の時に告げられた宣言だった。それに憧れる者は、今の様に多かったのであった。
カイトは椿や三人娘を伴い執務室に戻ると、椅子に深く腰掛ける。
「これで、新たな一歩か」
「あ、カイト。終わったのか?」
そんなカイトに、途中から仕事に戻っていたソラが問いかける。まあ、彼だけでなく、上層部全員が戻ってきていたのだが。流石に仕事を疎かには出来なかった。まあ、そうは言ってもやはり結果が気になったのか、誰も外に出かけようとは思っていなかったらしい。
「なんとか、な」
「遠くまで来たなー……」
翔が少しだけ感慨深げに呟いた。それに、ソラもふと感慨が訪れたらしい。同じような声音で呟いた。
「地球だともう1年ぐらい、だもんなー……」
「こっちじゃまだ夏だけどねー」
そんな二人に、魅衣が苦笑して告げる。外はまだ夏真っ盛り。いや、これからが夏本番と言った所で、セミの鳴き声が鳴り響いていた。
一年12ヶ月の地球と、1年48ヶ月のエネフィア。エネフィアでの12ヶ月は、地球での4ヶ月に相当していた。長いように思えても、まだまだ一年も経過していなかったのである。
「また海行きたいねー」
「今度は北行こうぜ……暑いのは懲り懲りだ」
由利の言葉に、ソラが溜め息混じりに呟いた。彼らは数週間前まで火山の中に居たのだ。そう思うのは無理も無いだろう。そんな二人に、一足先に避暑地に行けた瞬が笑って告げる。
「公爵領の北はずれはそれなりに涼しかったぞ」
「ちょうどいいぐらいの土地って無いんっすかねー……カイト、どっかねーの?」
「天桜学園裏の湖にダイブしてこい。昔から夏暑くなるとあそこにダイブするのが、公爵家家臣団の通例だ」
「今はしてない」
カイトの返答を聞いて、カイトに抱きついていたアウラが告げる。何故彼女が居るのか、というと、仕事を一段落させたから、だ。基本的に仕事さえなければ執務室のカイトの側に居座っているのだった。
「まあ、その見た目で昔みたいに全員で着の身着のままダイブは無理だからな。と言うか、当時でもルシアはやってないし」
「……ん? ティナちゃんは?」
カイトの言葉を聞いて、通常言及されるであろうティナへ言及が無かった事にソラが気付く。そんなティナだが、少しだけ顔を赤らめて告げる。
「……まあ、転移術が普通に使えるからのう。誰にも見られぬ様にダイブして、帰ってくるぐらいは余裕じゃ。更に服も一瞬で乾かせるしのう」
「あの頃はまだ、貞淑さがあったんだがなぁ……」
「今更取り繕うてものう」
カイトのため息混じりの言葉に、ティナが同じくため息混じりに答える。
「まあ、確かに今更っちゃあいまさらだがな」
「結婚が見えたらなんかのう……気が入らぬ様になったというかなんというか……」
「お前、マジでオレの前だけで最後に化粧したの何時よ?」
「そういえば何時じゃったかのう……」
何か熟年夫婦の会話を呈してきた二人。まあ、既に20年近くも一緒なのだから、付き合いは熟年の域だろう。ちなみに、ティナの答えは1ヶ月程前である。
「どこぞの男がデートにも連れて行ってくれんからのう」
「最後に行ったのは……って、この間行ったぞ」
ティナが茶化す様に告げたのに、カイトが少し考える。と、そうして少しして、皇都でもアルテミシアでも密かにデートに行った事を思い出す。と言うか、両方共ティア達の埋め合わせがあったので、カイトとしては結構気合を入れたデートにしていた。
「ぐ……覚えておったか」
「そりゃ、結構気合入れてたからな」
「むぅ……」
少しだけ照れた様子で、ティナがそっぽを向く。実は彼女の方も結構気合を入れた服で来ていたのである。そうして、新たな一歩を踏み出した冒険部は、更に新しく門戸を開く事になるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。本日の断章は22時投稿です。
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