第491話 新たなる仲間
ソラと瞬が執務室へ入る一時間ほど前。おおよそそれぐらいの時間に、実はソラ達が護衛していたキャラバンはマクスウェルの街に到着していた。
ならば何故カイト達と鉢合わせなかったのかというと、簡単だ。カイト達が向かった先は南西方向。対してソラ達が向かったのは北方向だ。カイト達もソラ達も当然出て行ったのと同じ門から入ってきたので、鉢合わせなかったのである。しかも、彼らには門の近くで留まらなければならない理由があった。
「わー……」
馬車から降り立ってそうそうに、カナンが目を見開いた。カイトやティナ達は慣れてしまってなんとも思わないが、マクスウェルはこのエネシア大陸最大の都市だ。それに圧倒されてしまったのである。
「来たよ……皆。この大陸最大の都市に……」
カナンが少しだけ寂しそうな目で、街の威容を観察する。その手には、仲間達の遺品を紡いで作ったアクセサリーが握られていた。他の遺品については、使えない物はユスティエルが全て一時的に預かる事になった。
いつまでも仲間の遺品を持っていると、精神的に治るのが遅くなるだろうという判断だった。時間が経ち、きちんと立ち向かえる様に成った時、処分を考えれば良いと言うことであった。
「おーう、スマンが最後の荷降ろし頼むわ。降ろした荷物はウチの職員が持ってくから、下ろすだけでええで」
一方、仕事の途中であるプロクスは当たり前だが、仕事に取り掛かる。この作業に、1時間ほど掛かったのである。この間に、カイト達がギルドホームに戻っていた、というわけだった。
「最後の荷物っと」
「おう。ありがとな。これで、依頼は終了や」
最後の荷物が荷降ろしされたのを確認して、プロクスが依頼書の完了の欄にサインする。これで、本当に依頼は終わりだった。
「はい、有難う御座います。次もよろしくお願いします」
「こっちこそ、よろしゅう頼むわ」
瞬がサインされた依頼書を受け取りサインをしっかり確認すると、頷いてプロクスに告げ、それにプロクスも返す。二人共、顔には愛想ではない笑みが浮かんでいた。
「まあ、色々道中あったけど、今回は色々実入りの多い旅やったわ。えらい助かったわ」
「いえ、自分達も色々と考えさせられる旅になりました」
「あはは、そか。そりゃ良かった。まあ、ホントやったら長々話したいとこやけど、本社の公爵様に報告にせなあかん。明日にゃ色々挨拶に向かわさせてもらう、言うといて」
「わかりました」
それを最後に、プロクスは踵を返して再びキャラバンへと戻っていく。そして暫くすると、キャラバンは再び動き始め、今度は街の彼らの建物を目指して動き始める。今回使用した馬車や馬はプロクスの会社の私物だ。それ故、会社の方で一括で管理している、とのことだった。
「これで、終わりか」
「色々あったっすねー」
「まあな」
ソラの言葉に、瞬も頷く。当たり前だが、ソラ達が守る馬車だけは残っていた。ちなみに、御者は藤堂であった。彼はなんと日本に居た時代から乗馬が出来るということで、その流れで趣味で馬車の御者を習得したらしい。
「じゃあ、俺たちも帰るか」
「うっす」
瞬が歩き始めたのに続いて、ソラも歩き始める。それに続いて、全員自分たちのギルドホームへと足を向ける。
「ふぁー……」
「カナンよ。こっちじゃ」
「あ、うん」
面倒を見ろと言われたので、ティナはカナンの手を引いて移動を始める。まあ、集団に付いて行けば良いのだが、万が一街に圧倒されてはぐれてしまっても困る。それをティナは危惧したのである。
「とりあえず、ギルドマスターに会わねば何も始まらん。まあ、事情は把握しておるから、それから色々と考えると良い」
「うん」
ティナのアドバイスを聞いて、カナンが頷く。
「まあ、ウチは色々特殊だから、ちょっと戸惑う事あると思うけどね」
「あはは、私達もそうだしねー」
それに同行していた魅衣と由利が笑って告げる。自分たちが色々と可怪しいのは、トップからして可怪しいのだ。仕方がないと諦められるのは随分と早いだろう。それから十数分歩いて、冒険部ギルドホームへとたどり着く。
「……え?」
「これじゃな」
きょとん、とカナンが目を瞬かせる。まだ活動数ヶ月のギルドが構えるには大きすぎる建屋だろう。それは十分に驚くに値する事だった。
「まあ、色々と事情があるのよ」
「え、あ……うん……」
魅衣の言葉に、カナンが釈然としないままに頷く。とは言え、由利の次の一言に、カナンはその釈然としない気持ちは吹き飛ぶことになる。
「あ、幽霊に気をつけてねー」
「え!?……出る……の?」
「出るよー」
由利の言葉を聞いて、カナンのしっぽがかなり丸くなる。怯えているらしい。当たり前だが、なんだかんだ言っても幽霊はこの世界でも恐ろしい存在だ。いや、魔術と言う物理現象に依らない攻撃がある分、それさえも効かない幽霊はより恐ろしくあった。
「ど、どの部屋?」
「……全部」
「ひぅ……」
「魅衣、由利。説明もせぬのはよせ」
ティナが怯えたカナンを見て、苦笑しながら待ったを掛ける。魅衣と由利は敢えて詳細を語らず、怖がらせる様に告げていたのだ。幽霊といってもシロエや掃除の付喪神達だ。怖くはなかった。
「まあ、入ってみれば分かる」
怯えたカナンの手を引いて、ティナは中に入る。そんな4人を出迎えたのはミレイと、子供達と戯れる半透明のシロエだ。まあ、ミレイは受付に居たのだから当たり前で、シロエは帰ってきた全員を出迎える為にロビーに来ていたのである。
「あ、おかえりなさーい!」
「おかえりなさい、みなさん」
「……え?」
明らかに陽性の笑みを浮かべて出迎えた幽霊少女に、思わずカナンがぽかんとなる。彼女で無くても、幽霊のイメージはオドロオドロしい怖い物だ。が、明らかにメイド服の少女はそんなものがお構い無しに朗らかな笑顔を浮かべていた。
「あ、そうなっちゃいますよねー。いやぁ、初めて来られた方はみなさんそうなるんですよー」
「え、あ……え?」
ぽかんとしたカナンの表情を見て、シロエが笑いながら告げる。そんなシロエに、カナンは尚更目を白黒させた。
「あ、申し遅れました! 享年えーっと……16歳? のシロエです! もともとこのホテルで働いてたんですが、なんやかんやで幽霊やりながらギルドで従業員やってます!」
「え、あ……どうも……カナンです……あ、一応私は16歳です……」
自己紹介に年齢を織り交ぜるのは多いが、享年を混ぜたのはおそらくシロエが世界初だろう。そんなシロエに、カナンは目を白黒させながら差し出された握手に応じる。
「カイトは何処におる?」
「あ、マスターなら執務室に先ほど。何やら可愛い女の子が一緒でしたよ? ゴーレムで戦利品とか仰ってましたけど……」
「何!? そうじゃった! 忘れとった!」
ミレイの言葉を聞いた次の瞬間、ティナはカイトが回収した特型ゴーレムの事を思い出し、横のカナンの事を忘れた。とどのつまり彼女の姿が一瞬で掻き消えたのだ。転移術ではなく、興奮のあまり超高速で移動したようだ。執務室の扉を開ける大音が、ここにまで響いてきた。
「あちゃー……」
「そんなにすごい物だったんだー」
魅衣と由利が苦笑しつつ、頭を押さえる。一方のカナンは、いきなり大興奮で消失したティナにまた、目を白黒させて、そこでふと気付いた。
「……あれ?」
「あ、ようやく気付いてくれました?」
カナンが握手した右手を見たのを見て、シロエが笑う。そうして、一度シロエが自分の身の上話を開始するのだった。
そうして暫くの雑談の後、ふとミレイが気づいた。
「あ、そういえば、マスターの所に行かなくて良いんですか?」
「あ、忘れてた」
「ソラー……って一条先輩も全員行っちゃってるっぽいー?」
魅衣と由利が周囲を見渡し、殆ど人気の引いたロビーの様子に気付く。どうやらかなり話し込んだらしい。既に打ち上げやみやげ話、お土産の受け渡し等で忙しく動いていたのである。
「さ、行こっか」
魅衣が先導し、吹き抜けの先にある執務室へと向かう。そこには既に瞬とソラが来ていた。そうして、入ってきた三人にカイトが気付く。
「ああ、来たか。改めまして、初めまして。冒険部ギルドマスターのカイト・アマネ。まあ、本来は何時もは妖精が居るんだが、所用でな。ちょっと当分は見ないと思うが勘弁してやってくれ。他の幹部にしても仕事で出ていたり、たった今帰ってきたりだ。貧乏暇無しでね。」
「あ、有難う御座います。カナン・オレンシアです」
「ん? オレンシア……?」
カナンの言葉を聞いて、カイトがふと首を傾げる。どこかで聞いたことがある名の様な気がしたのだ。それに、カナンが首を傾げる。
「どうしました?」
「いや、聞いたことがある名だと思ったんだが……思い出せん。遠縁に有名人は居るか?」
「あの……私孤児で……お母さんしかしらないんです。お母さんも生まれた家については何も教えてくれなかったし……」
カイトの問い掛けに、カナンは困った様な顔で答える。どうやら訳ありの家らしい。まあ、何処かの貴族や名家の令嬢が駆け落ちなどをしていれば、そういうこともありうる。名前に似た響きがあるのもうなずけた。カイトもそれを聞いては後は自分の記憶に頼るしかない。なので、その話題はそこで終わりだ。
「っと、話がずれてしまったな。それで、別に君は今選ぶ必要は無い。どうせこっちも冒険者だからな。いつ入団を決めた所で問題は無い」
「あの……それ、お願いします」
カイトが告げた言葉だが、カナンは数日間考えぬいていたのだ。なので、どうやら答えは出ていたらしい。まあ、そう言うよりもユスティエルに論理的に言われて納得するしか無かったのだが。
「そうか。そりゃ良かった。こっちも少し新しい人員を入れたくてね。きっかけが欲しかった」
カナンの答えに、カイトが笑って頷いた。 カイトとしてももともとグライア等の事もあって採用する事は決めていたのだが、それ以外となるとまだ踏ん切りが付かなかったのだ。
カナンの存在は丁度良いきっかけだった。ちなみに、一番始めはグライアで、カナンの件を聞いた後にカイトが学園側に押し通した。
「でだ……当面の世話役なんだが……魅衣、由利、頼んだ。馬鹿はすっかり忘れて今地下に引き篭もってる。まあ、三人娘も初陣もあったからな。まあ、仕方がない」
「あ、そういえばもう居ない……」
カイトの言葉に、執務室に行ったはずのティナが居ない事に二人も気付く。ちなみに、地下とは冒険部の地下ではない。公爵邸の地下にある彼女の研究所の事だ。今回は一葉達の初陣と激戦とあって、精密検査が出来る部屋を選択したのである。
「まあ、そうは言ってもオレも一ヶ月後にはまた一ヶ月の用事があってな。顔は出すが、会えない事も多い。そこは理解してくれ」
「あ、そうなんですか?」
カナンは実はカルラがやっていた小規模のギルドに参加していたが、冒険部程の大規模ギルドに参加した事もその情報を得た事も無かった。それ故に、カイトの言葉に大規模なギルドだとそういうこともあるのか、と思うだけだった。
「部屋は……一応3階にしたい所だが、まあ、始めは魅衣、お前の隣の部屋で頼めるか?初めての街だし、慣れない事も多いからな。荷物も無いだろうしな」
「わかった」
カナンが受けたとなれば、早急に部屋等を割り振る必要があった。既に夕方も近く、今日眠る場所を確保してあげるのもまた、ギルドマスターの仕事だ。
「まあ、詳しい案内等は明日に回すとして、今日はもう休むといい。意外とこの建物は大きいからな。魅衣、一応気まぐれで集まる場合は彼女も連れて来てやれ。単に暇をつぶすだけだからな」
「うん。じゃ、行こ。とりあえず今日は私の服貸してあげる」
「あ、ありがと」
カナンとて服を持っているが、やはり旅の最中だ。着替えを洗えるわけではなく、荷物を減らす意味を含めて着回す事も多かった。更に言うと、カナンの衣服は戦いの血で汚れてしまったので廃棄したのも多かったのだ。それ故、魅衣が貸出を申し出たのである。
そうして、魅衣とカナン、それに由利は連れ立って歩き始める。と、そうして歩き出そうとした時に、ふとカナンが問いかける。
「あの……ここ、誰か来ました? 外には無いのに、中にだけ臭いが……」
「ん?」
「いえ、外にはみなさんの臭いがあるんですけど、この部屋にだけ、一つ新しいけど、この部屋にしかしない臭いが……」
「カイト、誰か来たのか?」
カナンの問い掛けを聞いて、ソラが首を傾げる。カイトの正体を知っているので、誰かが転移術で来ていて可怪しくないと思ったのだ。
「オレ達が出ている間に姉さんが来てたんだろ。はぁ……なんか無くなって無いよな……あ……やっぱあれが無い……」
「……ああ。あり得る」
カイトのため息混じりの言葉に、ソラが頷く。姉さんとは当たり前だがアウラだ。カイトとしてもアウラの名前を平然と出せるわけがなく、かといってカイトを知る者には正体が伝わる。体の良い隠語になっていた。
ちなみに、無くなっていたのは羽ペンだ。後に聞けばインクが無くなったから借りた、とのことだった。探すよりもカイトから借りる方が早い。あわよくばじゃれつきたい、という所だったらしい。
「あ、来てたんですね」
「この街はでかいから力量の高い冒険者は多いし、ウチは発端から公爵家と付き合いがあるからな。時々クズハ様やアウラ様がお忍びで転移術とか使って来られる事もあるが、あまり気にするな」
「へー……」
「まあ、そこら辺も含めて、また明日、だ。今日は色々と出掛けている奴も多いしな」
「あ、はい」
「じゃあ、行こー?」
「うん」
由利の言葉に応じて、今度こそカナンも部屋を後にする。魅衣は鍵を取ってくるということで、一足先に出ていた。そうして、カイトは小さくつぶやく。
「ふぅ……新しい一歩、か……お前らも、冒険部も、な」
「ああ……っと、そうだ、カイト。一度組手頼めるか?」
「ん?」
「あ、カイト。俺も俺も。新しい装備がどうだか見せてやる」
二人の自信有りげな顔に、カイトが不敵に笑って立ち上がる。
「良いだろう。勇者がまだまだ遠い事を思い知らせてやる。ああ、ソラにはついでに二番煎じだということもな」
そう言ってカイトが取り出したのは、ここ当分日の目を見なかったオーア作の<<究極噴射腕>>だ。
そうして、三人は歩き始める。向かう先は外の訓練場だ。別に何時も何時でも地下を使う必要は無いし、新しい装備についてはできるだけ多くの者に見せて、参考にさせたかったのである。こうして、新たな一歩を踏み出した冒険部は、何時もと同じ一日が過ぎゆくのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第492話『変わり始めるギルド』