第490話 偉大なる者 ――その行方――
倒れこんだフルフェイスヘルメットを被った特型ゴーレムだが、カイト達が階段を登り始めて暫くすると再び動き出し、カイトの後ろをとことこと歩いて付いてくる様になった。どうやら指揮権限を奪った事でカイトは保護対象と判断されたらしく、周囲を警戒している様子だった。
「……それは、勝手に動き出さないのか?」
「ああ、大丈夫だ。既にコントロールを奪ったからな。それに、念の為に敵と味方のプログラムを見付けて、それを書き換えておいた」
「ああ、いや、そちらではないのだが……後ろの彼女達が持つゴーレム達の事だ」
キリエがそう言って指さすのは、一葉達が回収した4体の特型ゴーレムと2体の金属製の特型ゴーレムのことだ。今は一葉の魔術で最後尾でふわりと浮かんで一同の後ろを追尾している。
既に完全に機能を停止しているのだが、さすがにあの性能を見せられては若干警戒しているのか、魔導学園側の生徒会の誰も近づこうとしない。
「ああ、大丈夫だ。まあ、内部機関が破壊されているしな。ユリシア学園長の腕を疑うか?」
「ああ、いや。そういうことではない。流石に先生の腕は私達の方がよく知っている」
キリエは苦笑して、首を振る。流石に300年前の大戦の英雄の一撃をまともに食らって無事で居られるとは思っていなかった。だが、それでも万が一を考えていたのである。
「まあ、そうでなくても、多分問題無い」
「どういうことだ?」
カイトの妙な自信に、キリエがこてん、と首を傾げる。カイトも何もきちんと理由無く大丈夫と明言したのではない。当然、しっかりとした理由がある。
「こいつが指揮官らしくてな。さっきの特型全ての命令権限がこいつにあるらしい。今は命令して全体の動きを停止させている」
「ああ、なるほど……」
カイトの言葉に、キリエが納得する。まあ、だからと言っても最後尾に近づこうとするわけではないのだが。君子危うきに近寄らず、だ。彼女は公爵家の令嬢だ。馬鹿げた行為はなるべく避ける様にしていた。
「ああ、そうだ。問忘れていたのだが……君は?」
「ん?……ああ、そうか。そういえば自己紹介がまだだったな。カイト・アマネ。一応天桜学園冒険部部長を就任している」
「ああ、君があの<<勇者の再来>>か」
「?」
キリエの言葉に、カイトが首を傾げる。それに、キリエが苦笑して答えた。
「君のことは話題になっている。特に貴族達にな。それで付けられた渾名だ。その煽りを受けて、貴族の門弟が多い我が学園でもその呼び名が定着してな。知らなかったのか?」
キリエの問い掛けに、カイトは学園長として振舞っているユリィの顔を窺い見る。すると彼女は苦笑していた。どうやら事実らしい。
「まあな。貴族達が話す自分の噂を聞ける程情報網があるわけじゃなくてな」
「まあ、それもそうか」
彼女は押しも押されぬ公爵の令嬢だ。それも次期ブランシェット家当主であるアベルの異母妹だ。その情報網と比較するのが間違いだとキリエも気付いたらしい。頷いていた。
「だが、先の戦いぶりを見れば、私もそれが単なるふかしでは無いと思える。浮遊術を使っての戦いは見事だった」
「それはどうも。<<審判者>>からのお褒めのお言葉、有り難いね」
「あはは。まあ、ちょっと色々とあって少しやんちゃしただけなのだがな。実家が何分実家で、二つ名でも授けないと五月蝿いだろうと勝手に与えられたんだ」
カイトの謙遜に、キリエも苦笑して謙遜をする。カイトが何度も<<審判者>>と呼ぶ様に、それが彼女の二つ名だ。
彼女が持つ領地――彼女は若輩ながらに小さいながらも領地を持っている――で起きていた少し訳ありの事件の解決に乗り出し、不法行為に手を染めていた当時の領主達を摘発した事で名付けられた名前だった。
「まあ、お互いに色々とわけがありそうだ」
「のようだ」
カイトとキリエは二人、肩を竦め合う。だが、唐突にキリエが佇まいを正す。
「とはいえ、救助感謝する。貴殿らが来てくれねば、あのまま押し切られる所だった」
「いや、此方こそ救助に来たはずが、助力してもらった様で申し訳ない」
キリエの感謝に、カイトが本心から謝罪する。カイトとしても予想外ではあったが、どちらにせよ上でも救援を得たという連絡が既に来ている。トップ同士で頭を下げるのは当然だろう。そうして歩きながら話していると、瑞樹達と魔導学園の一般生達の待つ一角にたどり着く。
「これは……すごいな」
辿り着いた一角にて、キリエが思わず目を見開いた。ここに来るまでも無数の警備ゴーレム達の残骸が散らばっていたが、瑞樹達が待つ場所はもっとすごかった。なにせ破壊された警備ゴーレムの数は100を超えていたし、そこかしこに爆発の跡が見えていたのだ。
まあ、爆発等が無く破壊の跡が見受けられなかっただけで、破壊された総数ならば第3階層も殆ど変わらないが。ただ単にあちらは殆ど破壊が見受けられず、凄惨たる状況に見えなかっただけである。
「あら、カイトさん。ご無事でしたわね」
「瑞樹、そっちも無事で良かった。久々に危ない戦いだった」
「此方はなんとか乗り切れましたわ……あら? そちらの娘は?」
「戦利品。所謂アンドロイドらしくてな。ティナが興味を持つだろうし、旧文明の遺産として破壊するのは惜しい出来だった」
「ありがとうございます」
カイトの称賛に、特型ゴーレムが頭を下げる。簡易な対話は可能らしく、カイトの命令に答えたり推論を告げたり、この様に賞賛に謝辞を示したりは出来るらしい。まあ、流石に技術の限界か、一葉達ホムンクルス三人娘の様に多彩な感情を示す事は出来ない様子だった。
「ん? それでそっちの大剣は?」
「ああ、これも戦利品ですわ。偶然手に取ったら使えましたので……」
「ふむ……とは言え、一度ティナに調整してもらえ。そのままだと不意の故障もあり得る」
「勝手に取っちゃって良いんですの?」
「駄賃だ駄賃」
苦笑した瑞樹の問い掛けに対して、カイトがてをひらひらと振る。冒険部の生徒達がぶんどった程度でも貰わないと、流石に今回の一件はやってられなかった。残った長銃やガトリング砲等は皇国に提出するし、その中に同じものがあるのだ。幾つか貰っておいても大丈夫だろう。
それに、なにか言われてもティナがコピー出来てしまえばこっちのもの。カイトとてその程度の強かさは持ち合わせていた。と、そこで魔導学園側生徒会役員達に囲まれて、ユリィがやって来る。
「ユリシア学園長! 学園長まで此方に!」
「ええ、皆の危機に居てもたっても居られず、私も此方へ」
「有難う御座います!」
魔導学園側の教師達が大慌てで頭を下げる。猫被り状態のユリィは努めてお上品に、努めて優雅な表情を浮かべる。
ここで、反応は2つに別れる。当然だが、ユリィの正体を知らない者達と、知る者達だ。片や表向き多忙な学園長自らが助けに来てくれた事に感動し、片やいきなりの猫被りに唖然となっていた。
「では、戻りましょうか。天桜学園の皆さんも、救助要請を受諾してくださり、ありがとうございました」
「はい。では、帰りましょう」
ユリィの言葉にカイトも頷き、急ぎで帰る準備を開始する。そうして、一同は猫被り状態のユリィ号令の下、帰還を開始するのだった。当たり前だが、その帰り道はユリィが本来の力で護衛についたので、一切問題がなかったのだった。
それから、数日後。一同は大した戦闘も無く、マクスウェルの街にたどり着いていた。この日が遠征に出ていたソラ達の帰還予定日だったのだが、どうやらまだ帰っていない様子だった。
「では、救助ありがとうございました」
「いえ、此方こそ、今回は不手際をお見せしましたが、救助が成功して嬉しく思います」
「では、我々は一度学園に無事を報せねばなりませんので、ここで。依頼の報酬等については、後ほど公爵家を通じて支払わさせて頂きます」
「はい」
街にたどり着いた所で、カイトとユリィが別れの挨拶――の演技――を行う。当たり前だが、学園では彼らの仲間が心配しているのだ。なるべく早めに知らせに行ってやるのが良いだろう。そうして、ユリィが背を向けて歩き始めると同時に、魔導学園側の学生達も歩き始める。
「では、また来月にでも会える事を楽しみにしている」
「ああ。では、またその時だ」
去り際。最後にキリエが一同に告げる。ソラ達が帰ってきて、準備が整えば、カイト達と魔導学園側一部生徒の間で交換留学が行われるのだ。その為の挨拶代わりとしては、丁度良いイベントになった。
「じゃあ、オレ達も帰るぞ。戦利品は結構有り難い物だ。丁重に扱えよ」
「おーう」
もう街まで着いているので、全員気の抜けた返事だ。とは言え、彼らが今回得た戦利品だけは、大切に持っている。なにせ、一つ数百万どころか数千万、数億にも匹敵する戦利品だ。量産は難しいだろうが、それでも原理さえ理解出来れば銃を開発する事が可能になるかもしれないのだ。それは、大きかった。
そしてそれからものの十分足らずで、カイト達は冒険部のギルドホームに帰還する。そうして出迎えたのは、当然だが椿だった。
「お帰りなさいませ、御主人様。桜様、翔様、凛様はただ今外出中です。天桜学園にて今回の一件で魔導学園から連絡があった、との事で桜様はお二人を護衛にそちらに向かわれました」
「ああ、わかった。椿、冒険部の地下にティナが作った秘密倉庫があったな。あそこに今回の戦利品を置きたい。案内してやってくれ」
「かしこまりました」
既に昨夜の内に椿には連絡を入れ、魔銃を入手した事を連絡済みだ。流石に戦闘中に必要に駆られてぶんどって使うならまだしも、きちんと整備出来る状況でそれも無しに使う事は賛同出来ない。なので、カイトが命じて封印状態にしてティナが作った保管庫の中に隠す事にしたのだ。
期間は当然、ティナが帰って来るまでだ。彼女にも既に連絡を飛ばしており、帰還後直ぐに確認したい、との事であった。自分が生まれる前の最高傑作とも言える作品に、興味津々だったのである。
「これで、良し。後は帰りを待つだけか」
椿に案内を命じ、一葉達に自分達の体調についての精査をさせ、瑞樹に休息を命じたカイトは、一人執務室の椅子に座る。
「……死んでは居ない、か。大ニュースになるな」
カイトは一人、薄く笑みを浮かべる。先日見つかったイクスフォスのデータは、改めて見返せば明らかに皇国史に残る大発見だ。なにせ、彼は確かに言ったのだ。『死んだけど、死んでいない』と。そして、彼の死後彼が撮ったらしい映像も残っていた。
実は、初代皇王イクスフォスの遺体は皇族専用の墓には入れられていない。いや、正確には、入れる遺体が無かったのだ。彼の遺体は彼の命が途絶えると同時に、光になって消滅したと伝えられている。その後、彼の遺体がどうなったのかは、誰にもわからない。
いや、そもそもで、確かに死んだのかさえ、息子であった2代皇王にもわからない。彼は自らの秘術について息子や娘達に殆ど教えず、死んだのだ。様々な特殊能力を持った彼ならば、彼の言う死が自分たちの言う死でない可能性はあったのである。
「地球へ行った、か。はてさて……陛下は未来を見通していらっしゃったのか……いや、妹御の件もある。地球へ来たのは偶然とかではないだろうな」
カイトは笑みを深める。単なる別世界ならば、問題は無い。だが、地球だ。それも、あの映像は日本でこそ、有名だ。つまり彼は日本へ行った事に他ならない。というよりも、BGMは日本で使われている物だ。
そして、それを敢えて使って地球と敢えて明言したのなら、彼は地球へ行った、という事にほかならないだろう。それも、カイトが居た近くの時代に、だ。
「見てた……か?」
ただ、カイトは一人笑う。娘が心配なのは、たとえ王様でも一緒だ。彼が自分たちなりの言い方で言えば生きていると仮定するなら、密かにティナを見ていた可能性は十分にありえる。
「いや……あながち、この光景もみていらっしゃるのかもな」
カイトは笑う。未だに生きていて、ティナを遠くから見ているとするのならば、今も見ている可能性はあり得た。なにせ彼らには世界の壁は意味をなさない。と、そんな父親の事を考えていたら、ティナの気配が一瞬で近づいてきた。
「カイト! 帰ったぞ! その秘密基地から持ち帰ったゴーレムは何処じゃ!」
ティナが執務室の扉を大音立てて開く。当たり前だが、昨夜の報告を聞いて大興奮しているのだ。そんな彼女に、カイトは後ろの女性型特型ゴーレムを指さす。彼女だけは、カイトの側に侍っていた。
「こいつだ。その前に、一葉達の調子を見てやれ。彼女達の初陣だ」
「む……そうじゃったな。まあ、大丈夫とは思うが、今回の敵はなかなかじゃったらしいからのう」
「念入りにしてやれ。流石にオレも唸る激戦だった。初陣にしては、楽な相手じゃなかった」
「うむ」
カイトからティナとて大半の状況の報告は受けている。相手の強さを知ったが故に、ここまで大興奮しているのだ。なので、彼女も調査よりも三人娘の検査に回る事にする。
彼女らは、今この世界に彼女らしか同類が居ない。おまけに前例も無い。何が起きても不思議では無いのだ。それを確認し、対処する義務が彼女にはあった。
そうして彼女が部屋を出るのと入れ違いに、ソラと瞬が入ってきた。ソラは新規製作された鎧を身に纏って、である。ちなみに、桔梗と撫子は先に買い付けた鉱物を倉庫に片付けているので、挨拶は後であった。
「今帰った……お前だけか」
「おっす! 帰った!」
「ああ、瑞樹は今休憩中、桜達三人は数日前受けた救援要請について学園に連絡が入ったらしくてな。そっちに対応している」
「ああ、そうか。お前たちも大変だったらしいな」
「まあな」
瞬の言葉に、カイトが手を上げて返す。そして、此方の挨拶が終わると思うやいなや、ソラが満面の笑みで自らの鎧を指し示す。
「カイト! 見てくれ! これ! っと、剣と盾サンキュな!」
「喜んでくれたなら、幸いだ」
「ちょ! もっと大きく反応してくれよ!」
「色々とな。今はそんな状態じゃなくてな」
ソラの言葉にカイトは肩を竦める。先ほどまで、感慨と物思いに耽っていたのだ。気分が正反対だった。
「何かあったのか?」
「多分、歴史的大発見だ」
「お前は……いや、もう驚かねえよ……」
カイトなら、やっていても不思議では無い。それぐらいソラは理解していた。とは言え、もう物思いに耽れる状況では無かった。そうして、全員揃った冒険部からは、賑やかな笑いが聞こえてきたのだった。
お読み頂き有難う御座いました。イクスフォス、実は生きてます。
次回予告:第491話『新たな仲間』
2016年7月1日 追記
・誤字修正
『気海』という意味不明な誤字を『興味』へ修正しました。