第482話 緊急事態
カイト達が天桜学園と魔導学園の交流会についてを話し合った翌日。この日はカイトは朝から執務室の方で書類仕事をしていた。
「じゃあ、こっちはこのまま進めますね」
「ああ、悪い。そっちで処理してくれ」
「はい」
男子生徒がそう言って、執務室を後にする。彼は学園で選別したマネージャーの一人で、最近になって更に増員した面子の一人だった。彼らの仕事場はギルドホーム3階の冒険部上層部用の執務室では無く、一つ下の階層にある事務室だった。
分けた理由は幾つかあるが、主な理由はカイトの正体関連と、執務室には上客の依頼人を招く関係上、あまり生徒達の出入りをさせたくなかったと言う事だった。事務室にはユニオンへ提出する用の報告書へ校正してもらったり相談したりするので、かなり生徒の出入りがあるのだ。
ちなみに、教師達も此方の事務室の方に詰めている。まあ、先の様に相談があれば面倒だが、仕事上の配慮なので仕方がなかった。
「やほ」
と、そんなこんなで仕事をしていると、カイトの所のシルフィが顔を出す。少し上機嫌そうだった。もちろん、彼女らへの配慮もある。
「どした?」
「ソラにアドバイスしてきたよ」
「うん、知ってる」
既に数日前の事だし、それは聞いていた。なのでカイトもそう言うだけだ。
「あ、あと出来栄えをちょっと覗いてきた」
「ほう……どうだった?」
「うん、まあ、及第点かな」
興味深げに問いかけるカイトに、シルフィが告げる。ちなみにだが、別に彼女が実際に行って見てきたわけではない。大精霊の力を使用しただけだ。加護を受けた者の居場所と状況を知ろうと思えば知れるのだった。
「もうちょっときちんと使いこなして欲しかったけどね」
「そうか。まあ、そっちは実地で仕上げさせるさ」
「うん」
それを最後に、シルフィが消える。ただ単にこれを告げに来ただけだろう。
「あの、カイトくん。そろそろ説明が欲しいのですが……」
と、そんなカイトに対して、桜から質問が飛ぶ。だが、質問を欲していたのは彼女だけではない。部屋に残っている瑞樹も説明をほしそうにしていた。尚、今執務室に居るのはカイトとこの二人だけだ。翔、凛については依頼に出ていた。
「ん? ああ、ようやく調整が終わったらしい」
カイトの言葉に、横の一葉が頭を下げる。そう、一葉達の調整が終わり、本格的にカイトの警護任務に着任したのである。
「各種武装の調整も終わりましたので、これよりマスターの警護任務を受けました」
「各種武装……ですの?」
「はい、銃火器に杖等の調整は終えました。今後はよろしくお願いしますね」
どうやら、随分と表情が豊かになったらしい。一葉はそう言うと、にこりとほほ笑みを浮かべる。もうこれだけ見れば彼女らが作られた命だとは誰にも分からない自然な笑みだった。
「はぁ……」
そんな一葉に、二人は少し気の抜けた返事をする。彼女らとて、カイトの本来の姿を知っている。その為の護衛が必要であることも、だ。まあやはり、外面としては女を侍らせているだけにしか見えなかった。
だが、彼女らとてそれが必要である事を理解しているから、不満はあれど、外には出さない。そんな事を聞きたかったのではない。なので、カイトもそれを察して彼女らが聞きたい事を告げる。
「まあ、事務面の仕事はしないんだけどな」
カイトがちらり、と右側に設けられた彼女らの為の待機スペースを見る。そこでは少し暇そうに銃の分解清掃をしている三葉が居た。ちなみに、分解しているのは魔術を使用する魔銃では無く、実弾を射出する実銃だった。地球に居た頃にカイトが盗掘者との戦闘で入手した物である。
桜達が不安視したのは、事務面でカイトの補佐を務める椿であった。椿が不安を抱かないか、精神が不安定にならないか、と思ったのだ。
「どうされましたか?」
と、そんな二人の視線に気づいて、椿が二人に問いかける。だがそこには大して不安定そうな様子は無く、至って平然と書類仕事をしていた。これは一葉達がカイトの護衛だ、という事を把握していたから、だった。
当たり前だが彼女とてカイトの正体は把握している。であれば、その身の安全が何より重要だ、ということはわかっている。護衛相手に嫉妬をすることは無かったのであった。
「あ、いえ。何もありませんわ」
「ごめんなさい」
二人は少し慌てて自分の仕事に戻る。だが、それは長続きしなかった。というのも、ユリィが執務室に駆け込んできたからだ。
「カイト! ちょっと手貸して!」
「学園の仕事は自分でやれ」
昨日の状況を見ている以上、彼女の言葉はそれと関連付けされて処理される。既にカイトは書類仕事を終えて、これから依頼を探しに行こうと思っていたのだ。丁度出発間際の事だった。
「違うの! 仕事の依頼! それも結構急ぎ!」
「あ?」
どうやら本当に危急の事態らしい。ユリィの顔には少し焦りに近い物が見えた。
「今日ほら、学園で何時もやってる遺跡への課外学習だったんだけど、ちょっとトラブル! 人員が少し欲しいの!」
「ウチには貴族の門弟達も多いよな……見捨てるのは拙いか。椿少し出る。後は任せた。桜、瑞樹、留守は頼む。ユリィ、クズハ達に言って人員を集めさせてくれ。アルは凛の護衛だし、リィルは皇国軍司令部で研修中か……コフルが出れるか聞くか」
「わかりました」
「承りましたわ」
カイトとしても自分がやっている学園の生徒達は天桜学園の生徒達と同じぐらいに大切だ。それ故、ユリィの言葉を受けて即座に行動に移る。だが、そうして指示を下した所で、ユリィが首を振って待ったを掛けた。
尚、課外学習とは天桜学園でやっている実戦訓練と同じで学外に出て行う実習だ。ただ天桜学園と違い、それは遺跡の調査や他の街までの遠征等を含んでいる。今回ユリィが告げている課外学習は、マクスウェル近郊にある遺跡の調査実習だった。
「あ、ごめん。カイト、出来れば冒険部の方でなんとかならない? お金の方はなんとかするからさ。そっちの方がこの後の交流にしても得でしょ?」
「ちっ、それもそうか……椿、下に行って人員を集めてくれ」
「かしこまりました」
ユリィの提言を受けて、カイトも指示を変更する。クズハ達が向かうよりも冒険部の面々が向かうほうが、確かに魔導学園側へのアピールとしては良いだろう。
「一葉、地図を頼む。二葉、三葉、何時でも出れる様に準備しとけ」
「御命令のままに」
「マスター!いっぱい持ってって良い?」
カイトの言葉を受けて三姉妹が用意を始めたのだが、そこで三葉がカイトに嬉しそうに問いかける。結局、トリガーハッピーは悪化し続け、エネフィアでは大して意味の無い実銃にまで手を出すレベルになってしまっていた。
こんな三葉をティナは止めるかと思えば、逆に大喜びでPDW――パーソナル・ディフェンス・ウェポンの略称。地球で盗掘者達から奪取した――を与えていた。
「はぁ……好きにしろ。でも金掛かるから、実銃却下な」
「はーい」
いそいそと自分用に与えられた魔道具を使い、今回持って行く武装を選び始める。6連装ロケットランチャーだの60口径ライフルだのとかなり危なっかしい単語が聞こえるが、当人が非常に楽しそうだし的は魔物か遺跡の防衛システムなので問題は無いだろう。
「カイトくん、私達はどうしましょうか?」
「私は残るつもりですが……まずければ一緒に向かいますわ」
二人の言葉を受けて、カイトが少しだけ考える。だが、答えは直ぐに出た。
「いや、残っておいてくれ。今二人にまで出られると、万が一翔や凛から緊急要請があった時に対応出来る奴が居ない……いや、瑞樹。やっぱ一緒に来てくれ。桜、悪いが後は頼む。帰って来たら椿にも補佐を頼んでおく」
「わかりました」
今回の交流会に瑞樹が参加するかどうかはまだ未定だが、顔見せをしておいて損ではないだろう。そう考えてカイトは二人にそう告げたのであった。と、そうしている内に地図の用意が出来たらしい。
「マスター。地図の用意が出来ました」
「ああ、助かる。ユリィ。救助要請は何処からだ?」
「目印置くから、ちょっと待ってて」
地図が机の上に用意されたのを受けて、ユリィが急ぎ足で目印となるチェスの駒を置いていく。
「良し、こっちの3つ」
「一箇所じゃ無いのか?」
「うん。ちょっと理由があってね。一応避難用の魔道具を貸し出してるから、全員無事な事は確認してるよ。どうやらなんかよくわからないスイッチを誰かが押しちゃったのか、唐突に警備ゴーレムが活動しだして、身動きが取れなくなったんだって。まあ、幸いにして、どっかの部屋に逃げ込めてるから、結界も一方方向への展開でなんとか成ってるってさ」
ユリィの言葉を聞いて、カイトは溜め息を吐いた。
「はぁ……まあ、良くある話っちゃあ、良くある話だがなぁ……大方どっかの馬鹿がダメと言われてもスイッチ押しちゃったか、見つけちゃって興味に負けて、か……」
「あはは……まあ、そこらは後にしとこ……で、一つがアンリとかの有志の貴族達。一つが生徒会役員達。彼女ら二組が囮になって他の生徒達から警備用のゴーレムを引き離した格好かな。この二つは近くだから、一緒に回収出来ると思う。で、最後が一つがその他の生徒達なんだけど、ここが一番人数が多い。護衛にも人数が必要かな。あ、出来れば救援に薬とか持っていけるとベスト」
ユリィが遺跡の地図を示しながら、カイトに状況を報告していく。3つの点はそれほど遠く離れてはいないが、それでも救援するには少し距離がある。その内アンリと生徒会達の点は近場なので、一つの部隊で救助する事が出来るだろう。それを考えれば、救援部隊は二つに分ける必要がありそうだった。
「避難用の魔道具の使用可能時間は?」
「さっきの報告だと三日」
「一日は余裕が出来そうだな」
調査の場所は南西に歩いて一日の距離だった。報告が上がったのが先ほどなので、結界を使用したのも先ほどだろう。今から出発して魔物を討伐しても十分に間に合う距離だった。
該当の遺跡内部に出没する警備ゴーレムは冒険部の生徒たちでも討伐が困難と言えるわけでもないので、確かに恩を売るには良い好機だろう。そうして作戦を練っていると、執務室に手隙の面々が集まってきた。
「暇だったから来たわよー」
「弥生さん、助かる……ああ、皐月と睦月も一緒……か……」
「ぐすっ……」
「かわいいでしょ」
入ってきた二人を見て、カイトが固まる。ちなみに、泣いているのは言うまでもなく睦月だ。だが、泣きたくなるのは無理が無い。今日の彼女ら二人の服はなんと、ボンテージ風の上着に超ミニの短パンだった。だがそれでも下品にならないで小悪魔風なファッションに見せれるのは、弥生の腕が確かだからだろう。
「わっ! かわいいー! これちょっと欲しいかも!」
「かわいいし動きやすくていいわよ、これ。さすが弥生お姉ちゃん」
「あら、ありがと。ユリィちゃんのもあるから、帰ってきたら上げるわね」
「やった!」
皐月とユリィの賞賛に、弥生が上機嫌に頷いた。そんな三人は横に置いて、とりあえずカイトは睦月を慰める事にした。
「……似合ってるぞ、は慰めにならないよな」
「うぅ……」
「ま、まあスカートじゃ無かっただけいいんじゃないかな。男に見えないわけじゃない」
「……男に見えます?」
睦月がカイトに問いかける。だが、その眼はかなりの不信感を伴っていた。だが、そんな涙目の姿こそが、何よりも女らしさを強めているのが悩ましい所だ。そして、カイトはこの問い掛けにそうであるが故に即答出来なかった。
「……すまん。その涙目はもう女だ」
「……ふふふ、最近思ったんです。もう諦めた方がいいんじゃないかな、って……」
かなり強めの影を纏いながら、睦月が呟く。何処か悟った様な雰囲気だった。
「……何時かは海瑠くんも巻き込もう……」
「やめてくれ……」
若干闇堕ちしかけている睦月が呟いた言葉に、カイトが大きく溜め息を吐いた。だがそれに、弥生が反応する。
「あら、それいいわね。実は海瑠も狙ってたのよ」
「あー……似合いそうだったねー……あれは」
「いいわね、それ」
「……海瑠。お兄ちゃんはお前が頑張ってるって知ってるからな」
どうやらカイトには止められそうにない流れだった。後は彼女らが帰る頃には忘れてくれている事を祈るだけだった。そうこうしている内に、他に手隙の面々も集まり始め、依頼内容についての連絡が出来るまでになる。
「はぁ……海瑠、がんばれよ……さて、気を取り直して……」
とりあえずその後の話を聞いても弥生のネタ帳にアイデアの記述が増えるだけで、流れが変えられる事は無かった。なのでカイトはとりあえず弟に激励を送っておいて、話を始める事にした。
「……でだ。悪いが緊急で依頼が来た。依頼内容は……」
カイトが先ほどユリィから聞いた内容を一同に伝えていく。そうして全てを聞き終えた所で、質問が出た。
「それで?パーティ編成は?」
「そうだな……瑞樹。悪いが一般生達の救出を頼む」
「わかりましたわ。どなたを引き連れて行けば良いでしょうか?」
「ああ、それは……」
そうして再度、カイトからの指示が飛び始める。カイトが瑞樹に一番始めに指示したのは、集まった面子では瑞樹と弥生ぐらいしか全体としての指揮が取れる面子が居なかったからだ。
「残りの面子はオレと共に魔導学園側生徒会、アンリ皇女殿下救出に向かう。弥生さん、悪いがまた頼む」
「ええ、わかったわ」
カイトはそう言って弥生にまた手間を掛けさせる事を謝罪しておく。というのもカイト側に残った面々は戦力的には強いが、人数的にはかなり少ない。今回は20人集まったので、実力面等を考慮して15人が瑞樹側だった。
それ故、万が一の場合にはカイトが単騎で出る事も考えなければならず、残った面子で一番強い弥生に補佐を頼んだのだ。
「皐月、睦月、夕陽、詩織ちゃんは準備が終わり次第出れる様にしてくれ。三葉、ぶっぱはいいがロケランとグレランは禁止な」
「えー!」
「貴重な遺跡を崩壊させる気か! あそこ初代皇王陛下の貴重な記録があんだよ! ぶっ潰したら確実に大目玉だ!」
「私の方も準備が出来次第直ぐに出発しますわよ」
不満気な声を上げる三葉を横目に、瑞樹も号令を掛ける。そうして1時間後には準備を全て終えて、一同は出発するのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第483話『遺跡への道』
2016年9月25日 追記
・誤字
『選別』が『餞別』になっていた所を修正しました。