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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第二七章 其の二 冒険者達編
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第478話 魔女の一夜

 カナンが泣き止むのを待って、ティナ達は場所を上層階の日の当たるベランダへと移動することにする。だが移動しようとする必要は無く、ユスティエルが杖でとん、と地面を叩いただけで転移術が発動された。そうしてベランダで備え付けの椅子に腰掛けて使い魔が紅茶を用意した所で、再びユスティエルが問い掛けた。


「で、何があったんだい?」

「南の森で魔物の群れに襲われて……」


 涙を流しながらカナンがあった事を説明する。それはティナ達も聞いていなかったので、二人もここでようやく何故彼女だけが生き残る事が出来たのかを把握した。


「そうかい……あれがねえ……まあ、お嬢ちゃん一人でも無事で良かったじゃないか」


 全てを聞き終え、ユスティエルが優しげな顔で告げる。彼女は気むずかしくはあるが、優しくないわけではない。こういう所もまた、彼女の魔女っぽい印象を深めていた。


「最後まで生き残ったんだったら、しっかり生き抜きな」

「……はい」


 一頻り吐き出したことで少し落ち着いたのか、カナンは涙の跡を残しながらではあるがしっかりと頷いた。カナンとて冒険者だ。仲間を失う覚悟はしていたし、今までも何度か失っている。今回は偶然、それが自分が最も親しい仲間達だった、というだけだった。そしてそれを受けてユスティエルは優しい顔で頷くと、ティナに告げる。


「ティナ。あんた、この娘の面倒を見てやりな」

「む? まあ、別に街に帰るまではそうするつもりじゃが……」

「はぁ……街に帰ってからも、ってことだよ」

「ふぁ?」


 告げられた言葉に、ティナがひどく間の抜けた声を上げる。


「二つの大戦期に比べて今は平和だけど、この小娘ぐらいの実力で一人追い出した所で生きちゃいけない。なら、あんたが面倒見てやりな」

「む、むぅ……しかし余も色々やっておるし……」

「え、ええ……私もそこまで面倒を掛けるわけにも……」


 ティナの否定に、同じくカナンもそこまで迷惑を掛けるわけにもいかないという思いから同意する。だが、そこを押し通すのが、ユスティエルだ。


「はん。小娘一人で何が出来るってんだい。いいから世話になっときな。カイト! 居るんだから、出ておいで!」


 カナンにそう命令しておいて、ユスティエルは次いで空に向かって声を張り上げる。そうして、一羽の蒼い小鳥が舞い降りた。カイトの使い魔である。


「気付いていたか」

「はん。あんた程度の腕前でアタシの腕を見くびるんじゃないよ」

「え? え? え?」

「あ、ウチのギルドマスターの使い魔よ。大丈夫だから、安心していいわよ」

「あ、うん」


 いきなり現れた小鳥に困惑するカナンに対して、魅衣が小声で意味を伝える。それを受けてカナンはようやく意味を理解した。そしてそれを無視して、ユスティエルはカイトに告げる。


「あんた確かマクスウェルでギルド立ち上げていたね。この娘も入れてやりな。ミースも居たね。一応カウンセリングとかも整ってるんだから、きちんと世話してやるんだよ」

「はぁ……拒否することは?」

「はん。お前さんが女に甘いことは知ってるんだ。知っちまった以上、見過ごす事は無いだろう?」

「はいはい。まあ、それにここで見捨てると魅衣がうるさそうだ」

「あはは、帰ったらひっぱたいてあげる」


 密かに自分に少し懇願するような視線を送っていた魅衣に対して、カイトが茶化し、魅衣も笑ってそれを認める。彼女は既にカイトから新しく人を入れるのを許可するかも、と聞いていたのだ。

 元々の面倒見の良さもあって、カイトに視線を送っていたのであった。そしてそれを聞いて、カイトがカナンに向き直った。


「で、確かカナンだったな?とりあえず事情は聞いている。入ることは認めるが、それでも選択は君の自由だ。マクスウェルに来るまでに時間はあるし、その間の運賃は払われていると聞いている」

「払っている?」


 怪訝な顔で、カナンがカイトの使い魔に問い掛けた。それに、ティナが昨夜の続きを話した。


「ほれ、仮面の男がおったじゃろう。仲間を救えなんだのせめてもの詫び、ということでこれと、お主のマクスウェルまでの運賃を置いていきおったのよ」

「これは……?」


 差し出された小袋を見てカナンが怪訝な顔を浮かべるが、ティナに中を開く様に告げられて中を見て、驚愕に目を見開いた。


「こんなに!?」


 中に入っているミスリル銀貨を見て、カナンが先ほどとは別の意味で顔色を悪くする。こんなにも貰えない、と言おうとしたが、既にその当人は居ないのだ。どうすれば良いのか困惑の顔を浮かべる。


「貰っておきな。これから先、何を始めるにしても金は居る。特に今の小娘には何より重要だよ」

「……はい。」


 かなりしぶしぶと言った感じではあったが、確かに今はまだこれからどうするかもわからないのだ。ユスティエルのアドバイスにカナンはその現状をしっかりと認識すると、受け取った小袋を懐にしっかりとしまい込んだ。


「続けていいか?」

「はい」

「まだ冒険者を続けるつもりなら、君の選択肢の一つとして、ここにいる彼女達と一緒に活動するという選択肢もある事を覚えておいてくれ。別にマクスウェルについて直ぐに門戸を叩く必要は無い。今の君には時間が必要だろう」

「……ありがとうございます」

「ウチのギルドの説明についてはそこの二人に聞いてくれ。残念ながらこの使い魔はもう持ちそうにない。魔力が切れそうでな。長く説明をしている暇は無いんだ……つーことで、オレはもう戻るからな。省エネモードにしとかないと、帰りの分が無くなる。いや、既に無いんだけど」

「用は済んだから、もう帰っていいよ」

「はいはい、人使いの荒い婆様だことで」


 そうして再びカイトの使い魔は空高く飛び立っていった。それを見届ける事無く、ユスティエルは再度口を開いた。


「で、そっちのお嬢ちゃんは何の用だい?」

「あ、もう大して意味は無くなったと思うんですけど……これ、カイトからの手紙です」


 魅衣は懐から手紙を取り出し、ユスティエルに差し出す。魅衣が聞いた話ではカイトからの手紙は息災を告げる物だと言っていたので、既に自分で問題ない事を示した後だと意味が無い物だった。


「確かに、受け取ったよ。ほれ、誰かナイフで開いとくれ」

「はい」


 手紙を受け取ったユスティエルは直ぐに使い魔を呼び出して、受け取った手紙を渡す。手紙を受け取った使い魔は封をナイフで開くと、直ぐに中の手紙をユスティエルに差し出した。


「……はん。確かに、意味は無かったね」


 どうやら魅衣が聞いた通りの内容であったようだ。ユスティエルは手紙を一読すると、大して何か特段の反応を浮かべるわけでもなく、使い魔に渡した。


「で、あんた達、今日はどうするつもりだい?」

「うむ。余らも今日はこの館で泊まろうと考えておる。カナンもそれで良いな」

「うん」


 ティナの言葉に、カナンが頷いた。元々魅衣はティナが見せたい物があると言っていた為、館で泊まる事は決まっていたのだ。カナンは今の所面倒はティナが引き受けているのでそれに合わせさせたのである。


「部屋は知ってるね。なら、用が無いんなら、さっさとどっかいきな。アタシはまたクスリの調合に戻らないといけないんだ。明日にはプロクスんとこに引き渡さないといけないからねぇ」


 どうやら今彼女が作っている薬は、プロクス達に引き渡す為の薬だった様だ。カナンというかカシムに頼んだ荷物も、実はその材料の一つで少し足りなくなった物だった。最後の調整をしていたのだろう。そうして、一同は追い出される様に部屋を後にするのであった。




 それから、数時間後。とっぷりと日も落ちた頃。ティナは館にある自分の私室にて、小さなパジャマパーティーを開いていた。そうして、宴もたけなわになった頃。魅衣が忘れかけていた本題を問い掛けた。


「で、結局私に見せたい物って何?」

「……もう少し待つが良い」


 魅衣の問い掛けにティナがイタズラっぽい笑みで告げる。どうやら彼女が見せたい物は今は見れないらしい。ティナは一度外を窺い見て時計を確認した。


「とは言え、そろそろ移動した方が良いようじゃな」

「え?」

「ほれ、カナン。お主も来い」

「え、あ、うん」


 なんだかんだで世話役としてカナンも一緒に来ていたのだが、ティナは彼女にそう告げると、手を引いて移動を始める。そうして移動したのは、先ほどのベランダだった。


「さて……もう一段上に上がるぞ」


 ここで見るのか、と思っていた二人だが、ティナは更に上に登ると言う。だがこれ以上上に階層は無く、二人が怪訝な顔をしている。そんな二人を横目に、ティナはジャンプで屋上に登ってみせた。


「ほれ」


 屋根の上に登り、ティナが顔を出して二人に来る様に告げる。それを受け意図を理解出来た二人も同じようにジャンプで登る。ちなみに、当然だが屋根を痛めるのでユスティエルに見つかればお叱りを受けるのだが、当たり前の様に無視する。


「ふむ……やはり少し早かったかのう」


 二人も屋根の上に登った事を見て、庭園のある方向を観察する。だが、どうやらまだ早かったらしく何か変化が起きている様子は無く、ただ月明かりだけが周囲を照らしていた。一応は花咲き乱れる庭園なので月明かりに照らされてもそれは美しくあるのだが、それだけだった。


「何が見えるの?」

「もう少し待て。余も数度しか見たことが無く、詳細は掴めておらん。このぐらいの時間じゃな、と思ったんじゃが……」


 楽しげなティナが急かす魅衣を更に焦らす。幸いにして外は夜でも常春の気候だ。肌寒くはない。そうして待つこと更に十数分。ついに変化が訪れた。それに一番初めに気付いたのは、獣人族のハーフとして身体機能が二人の数倍高いカナンだった。


「わぁ……」

「何?」

「あれ……」


 ただ一人感動しているカナンが、先ほどティナが観察していた方向を指さす。とは言え、まだ普通の視力の二人にはわからない。だが、一度変化が始まれば早かったらしく、一気に変化が訪れた。遠く、庭園の外れにある昼間は地味な花が咲き乱れている一角に、幻想的な様々な色の光が舞い踊り始めたのだ。


「すごい……踊ってる……」

「すごいじゃろ? まあ、余が発見したわけではないがのう」


 魅衣もその光景に息を呑んだ。それを見て、ティナが自慢気に告げる。だが、自慢気になるのも無理は無い。それほどまでにその光景は綺麗だったのだ。


「ティナちゃん、あれは何?」


 魅衣が光の異変に気付いて問い掛ける。それが花粉や花から放たれるのなら、上に登るだけだろう。だが、その光は時に落下し、時に上昇し、時に風に揺られ、時に風に逆らい、規則性が無かった。どの光もまるでそれ自らが意思を持つ様に勝手気ままに動きまわり、集団性も規則性も法則も皆無だった。

 まさに、光が踊っている、その言葉が正しい幻想的な光景だった。だが、驚きはそれで終わらない。魅衣の問い掛けをスルーする形となったティナだが、時計を見ながら告げる。


「ふむ、確かもうそろそろ……お、始まるぞ」

「え?」


 二人はティナの言葉に気付いて、彼女が指さす空高くを仰ぎ見る。するとそこにはその幻想的な光景を更に幻想的にするオーロラが現れていた。


「すごいじゃろ? これが、余が見せたかった光景じゃ」


 その幻想的な光景をバックに、ティナが両手を広げる。それは元々彼女が持つ圧倒的な美少女っぷりを更に高め、陽性の美少女の雰囲気と幻想的な夜景を神秘的に映し出していた。


「あの光はおそらく、小精霊たちじゃろうな。近づくことは出来んよ」

「……なんで屋上じゃないと駄目だったの?」

「見えぬのよ。この角度でなければな」


 魅衣の疑問に、ティナは光り輝く庭園の前の生け垣を指さす。それは昼間には美麗な花を咲かせていた背丈の高い生け垣だったのだが、そうであるがゆえに、館の中からではこの光景を隠してしまうのだ。誰も知らなかったが故に、今も館の中の女子生徒達は空に輝くオーロラにしか注目していなかった。


「馬鹿が高いところが好きじゃったから、気付けたわけじゃな。わけもなく夜に飛び回る馬鹿が居なければ、誰も今でも気づかなんだだろうて」

「誰か近づかなかったの?」

「言ったじゃろう? 小さな精霊たちじゃ、と。不用意に近づけばそれだけで消え去る。無理に近づくのも不敬じゃしのう」


 魅衣の質問に、ティナが答える。そうして、暫くの間、三人は再び光り輝く庭園を見ながら、幻想的な光景に呑まれる事になるのだった。




 そんな三人の様子を見ていた者が居る。ユスティエルだ。彼女もあの光景を知っていたのでふと思い立って屋根上に上がろうとして、三人が居る事に気付いてそっとしておいたのだ。その顔はいつになく優しいもので、何も言わずにその場を後にする。

 そうして再び歩き始めた彼女だが、館に戻って少し歩いて立ち止まる。そこに居たのは蒼い髪の精悍な顔付きの男、本来の姿のカイトだった。さすがに領主を拒む結界は拙いので、調整してカイトだけは入園出来る様にしていたのである。


「ありがとうございます、カイト様。貴方が見せたかったのは、先の笑顔だったのですね」


 その声は、ティナ達が知るしわがれた声では無かった。琴の音の様に澄んでいて、それでいて柔らかな若い女性の声だった。いや、変わったのは声だけではなかった。その姿そのものまで、変化していた。


「ああ、連れ帰って正解だった。まあ、成果が上がりすぎた様な気もするけどな」

「ふふふ……その姿も見たくはありますが……でも、同時に今は最早居ない姉も義兄もあの笑顔が見られれば、と無念でなりません」


 何処かクールなのに、柔らかで女性的な印象の強い美女がつぅ、と眦から涙を零してカイトへと微笑みかける。この姿こそが、彼女の真実の姿だった。

 彼女は、あのイクスフォスに協力した時から姿は全く変わっていなかったのである。当たり前だ。彼女は魔女。ほぼ不老の存在だ。700年程度で老化するはずがなかった。

 では、何故姿を隠すのか。それには一つ理由があった。それは彼女の容姿に関係していた。端的に言って、彼女の姿はティナを更に女性的に、母性的で優しげな雰囲気にした姿に酷似していたのだ。

 さすがに世界最高の魔術師であるティナは真実の姿は知らなくても、ユスティエルが姿を偽っている事は知っている。そして当たり前だが秘される以前の皇国の歴史を知っており、第一皇妃ユスティーツァが魔族で、その妹がユスティエルである事も知っている。

 だからこそ、ユスティエルはティナが姉の子であることを悟らせない為に姿を偽り、性格を暗示でまったくの別物にして、隠者のように隠れ住んだのだ。泣く泣くティナを手放した姉夫婦の悲しみを彼女もまた、背負ったのである。


「歳相応の友人を得る事も無く、只々王としての使命に邁進していたあの娘ですが、そうであるが故に、その責務から解き放たれて良かったのでしょう。王として浮かべていた何処か超然とした笑顔ではなく、あの様な義兄と同じ太陽の笑みこそが、本当のあの子の笑顔だったのですね……」

「さて……本人は否定するだろうがな。幼児退行だの何だのと理由を着けているが、あれこそが本来だろう」


 二人はそうして微笑みを浮かべる。今回、カイトが魅衣を連れて行く様に言ったのはとどのつまりユスティエルの為だったのだ。ようやく得られた普通の少女としての笑みを、同じ秘密を知る者として彼女にも是非見て貰いたかったのだ。


「して、カイト様は如何なご用事ですか?」

「使い魔だ。道中で予想以上に戦闘があったからな。少し不安が残る残量だったから、一応補給に来た。幸いマクスウェルの方は問題は起きていないからな。一日位なら、こっちに来ても大丈夫だった」


 ユスティエルの疑問に、カイトが蒼い小鳥を掌に乗せる。使い魔と主が触れ合うことで、魔力を融通しているのだった。

 では何故、カイトがルゥ達の様に魔力を常に融通し続けないのか、というときちんと理由があった。この場合は魔力の流れから居場所を悟られる可能性があったから、だ。その分強くはあるのだが、それでは折角隠密用に小鳥に化けられる使い魔を創っているのに意味がないだろう。


「そうでしたか。ふふ……では、カナンもあの娘も、よろしくお願い致します」

「カナンは彼女の選択次第だけどな……で、部屋、借りるぞ。さすがに今日は出掛けるって言ってるしな。場所も理由も教えているから、文句は無かった」

「ご一緒致します。そして、聞かせてください。あの娘の、地球での物語を」


 そうして二人はカイトの部屋へと消え、ティナの地球での話を肴に暫くの語り合いの機会を得るのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。本日の断章の更新は22時です。お間違えないよう。

 次回予告:第479話『魔女の休日』

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