第472話 先へ進む者達
今日から其の二です
ドワーフの里を出発して、再度荷馬車の護衛を再開した瞬達。此方は相変わらず大した問題は起きていなかった。異変があるとすれば、火山を離れた事で若干肌寒くなったぐらいだ。瞬は綾崎を伴い馬車の上に登り、若干肌寒くなった事を感じる。北に近づくにつれて寒くなるのはどの世界でも共通だった。
ちなみに、瞬は相変わらず幌馬車の屋根の上に寝転がっているが、綾崎の方は縁に腰掛けて足を外に出していた。一応彼なりにいつでも出陣出来る体勢を整えているらしい。
「若干肌寒くなってきたか?」
「今まで火山の中に居たからだろう」
瞬が浮かべた疑問に、綾崎が苦笑して告げる。彼は何時も空手の道着に似た白い軽装備なので、火山の中でもソラの様に大袈裟なまでには暑くは感じなかった。まあ、それでも蒸し風呂の中に居た様な気分だったらしいが。
「そういえば……聞いた話だが……」
そうして走る幌馬車の上からふと、綾崎が噂話を思い出した。
「どうした?」
「新たに人員を雇い入れるのか? それも冒険者で」
綾崎の言葉に、瞬が上体を起こす。瞬も噂話程度にそういう話は聞いた事があったのだが、具体的な話は初耳に近かった。それ故、彼は顔に疑問を浮かべながら首を傾げる。
「いや、聞いていないが……」
「そうか? それなりに俺の所にも知り合いの新人冒険者が入りたいと言っている等の希望が集まっていたんだが……」
「それは俺もよく聞くな」
綾崎の言葉に、瞬も同意する。これはかつてカイトが言っている様に、実は天桜学園以外の冒険者で一定数の新入り希望があったのだ。
まあ、時折なので色々と理由をつけて断ってはいるのだが、それでも未だにマクスウェルを中心として活動する新人冒険者等が門をたたく事はそれなりに多い。
「だが、そこばかりはカイト次第といった所なんじゃ無いか?」
「そうか?」
「いや、それについては決定しておるぞ」
ぽん、とひとっ飛びで幌馬車の上に乗り込んだティナが二人の言葉に答える。どうやら話を聞いていたらしい。
「ついこの間カイトが何やら考えておったぞ。一応いらぬ輩で無い事の裏取りはさせるが、何時か居なくなる事を承知で良いならば、という前提条件で加入を認めるつもりのようじゃ。まあ、そろそろ新しい活動を始める頃なのやも知れぬな」
「そうなのか?」
「うむ。まあ、幸い厄介な5公爵と2大公で学園について共同歩調を取る事が決まったからのう。まあ、いらぬちょっかいは出されんじゃろうが、他の貴族の対処はせねばならぬからな」
「……? 公爵達が共同歩調を取る事になった? どういうことだ?」
瞬も綾崎もかつて開かれた秘密会議については知らない。さすがに国家機密である。それ故、二人は顔を見合わせると、事情が理解出来ず首を傾げた。
ちなみに、共同歩調が決まったのは別日で行われた会議なので、カイトの帰還とは異なって秘密にする必要は無かった。
「とどのつまりお主らはカイトにとっての弱点よ。政治上事故に遭った同郷を見捨てるわけにも行かぬしのう。それ故、人質として使われかねぬお主らがおる間はカイトを外交力・軍事力として満足に行使することは出来ん。お主らがチートなぞなら気にする必要も無くなるのじゃが、本当にか弱い民草以下じゃったからのう」
ティナは苦笑して、実情を語る。そう、他国とて戦争になって本気でやれば、幾ら大陸の東端にあるマクダウェル公爵領からとて人を攫うことは出来る。そこまで大人数は不可能だが、それでも人質としては十分だった。
「弱い、か……痛い話だ」
「まったくだな」
ティナの言葉は事実だ。それ故、二人は少し落ち込む。わかってはいたが、あっけらかんと断言するティナに二人は苦笑しか出ない。
「そう思うのなら、強くなれ……ではの」
ティナはそう言うと幌馬車の上から下りて、自分の持ち場に戻る。どうやらこれを言いに来ただけの様だ。そうして、二人は溜め息と共に、出来る鍛錬をするのであった。
キャラバンがドワーフの里を出発して数日。生鮮食品もあるので移動は急ぎの予定ではあったが、それでも鍛錬が何でもかんでも出来ないわけでは無い。なので瞬はずっと二槍流の実用化に向けて調整を行っていた。動きまわらない調整程度ならば出来るのである。
「やはり難点は長さと重さだったか……」
ソラの言葉に従って長さや重さの調節を始めたのだが、やはりネックはそこだったらしい。今も調整を続けているが、それでも変化は歴然だった。
今まで普通の長さで使っていると後ろで石突きの部分がもう片方の部分に衝突したり、柄が交錯し攻撃に干渉して満足に使える事は珍しかったのだが、長さを短くする事で対処出来た。重さについても言わずもがなである。
「面白い事を考えついたみたいだな」
「ああ、カイトか。攻撃力を特化させるつもりだったんだが……」
と、そこに一羽の鳥がやって来た。いつも通りカイトの蒼い小鳥である。それは瞬の横の幌馬車の上に着地する。それを受けて、瞬も腰を下ろした。
「それだと防御力が増しそうだな」
一人と一匹は苦笑し合う。元々は攻撃力を高めようとしていた瞬の二槍流だが、その結果長さを縮めた事で射程距離は短くなったが一撃毎の振りかぶりが早くなり手数が増して、確かに攻撃力としては増強出来た。出来たのだが、双剣と同じく片方を防御に回すと何故かカウンターメインの戦闘方法になってしまったのだ。
結局、攻撃力としては加護の付与を含めても微増で、防御力としては大幅増、使い勝手としては大幅に悪化したのであった。まあ、使い勝手の悪化は瞬が慣れるまでだろう。後は瞬が大好きな鍛錬を繰り返すだけであった。
「まあ、戦闘方法についちゃ見直すさ」
「そうした方が良いな」
どちらにせよ、戦闘方法については見直さないといけないのだ。なので瞬は寝っ転がると、カイトにそう告げて、カイトもそれを薦める。
本当ならばきちんとした地面の上で鍛錬を行いたい所だが、さすがに時速数十キロで動く幌馬車から降りて鍛錬をすれば直ぐに置いて行かれるだろう。一瞬下りただけなら追いつくことは出来ても、さすがに数十キロも先になると追いつけなくなってしまうのだ。なので出来るのは今みたいに武器の長さの調節や持ち方の改良などの細かな調整だけだった。
「誰か居るのか?」
と、そんな馬車の上の話し声に気付いて、綾崎が上に上がってきた。瞬が幌馬車の屋根に登ったのは知っていたが、一人だと思っていたのだ。それ故、瞬が誰かと離す様な口調が聞こえて疑問に思ったのだった。
「ん? 瞬だけか?」
幌馬車の屋根の上に登って瞬しか居ないのを見て取ると、綾崎が首を傾げる。それに気付いて瞬が顔を上げる。
「ああ、綾人か。いや、もう一人居る」
そう言うと瞬は指で蒼い小鳥を指さす。それに綾崎は怪訝な表情を浮かべた。彼はカイトの使い魔を知らないのだ。
「あはは。オレですよ、綾崎先輩」
「その声は……天音、か?」
さすがに姿形が見れないし事態としても掴めなかったので疑問形だった。それに、カイトの使い魔が頷いた。
「ええ、少し理由があって使い魔を同行させてるんですよ……まあ、単なる万が一、なんですが」
「そうなのか? 見たことは無かったが……」
「通常は上を飛んでいますからね」
一応、カイトは魅衣に使い魔を渡しているが何時も一緒では怪しまれるし、そもそも何時もカイトが遠隔操作しているわけでは無い。ほぼ半自動で大空を飛ばせておくだけなら簡単なのである。
それに、幸いな事にここ暫くの空は綺麗な青色だ。保護色となり、常に飛んでいてもあまり気付かれにくい。魔術に頼らず姿を隠すには持ってこいなのであった。
「一応は人型も取れるんですが、やっちゃうと見られた時にどうしてお前が、となるんで……」
「それはそうか」
カイトの言葉に綾崎が納得する。そうして彼も瞬の横に腰掛けた。
「で、どうした? 天音が姿を表した、ということは冒険部の方で危急か?」
「いや、そういうわけじゃない。ずっと研究中の戦闘法が一段落着いてな。そこにカイトが現れたわけだ」
少し身構えた綾崎を見て、瞬が苦笑して否定する。まあ何時もはずっと隠れていると言っていた人物が急に今になって現れれば警戒もするだろう。
「少しおもしろい物が見えたので、下りてきたんですよ。まあ見つけたのも偶然ですけどね」
「そうだったか」
カイトの言葉に、綾崎が納得して警戒を解いた。フリオに似たような綾崎だが、彼の方は仏頂面がよく似合っていた。そうして暫く、三人で報告を行い合う。
「そちらは問題無し、か」
「ええ、幸いにして休暇が終わった事で本格的に動き始めてますし、この二ヶ月の鍛錬三昧が効きました。お陰で私の予想以上に教えられる面子が増え、自由応募で冒険者を目指す面々に個人レッスンが出来る様になってくれています」
「手取り足取りで馬鹿な事はしていないだろうな?」
表情一つ変えずに綾崎が茶化すが、カイトがそんな事をさせる筈が無かった。とは言え、居なかったわけではない。
「ええ、やろうとした馬鹿は居ましたが」
「そうか」
その者のその後については誰も聞こうとしない。カイトの使い魔が発する薄ら寒い気配で全てを察するに十分だった。
「で、先輩方はどうですか?」
「此方は過ごしやすい気温に近づいてきたな。用意の中にカーディガンを入れてくれていて助かった」
カイトの問い掛けに瞬が何処か感謝を滲ませつつ答える。晴天の今日や雲が無い時は過ごしやすい陽気なのだが、雲が出たり雨が降れば半袖半ズボンではほんの少し肌寒く感じる事がある。
カイトは当然それを知っているので、先んじて用意の中に何か上から羽織れる衣服を入れておいたのであった。
「これから先、山が近くなります。それに合わせて少し気温が下がりますが、そこはまあ、諦めてください。なにせ標高が高くなりますし、北極に近くなりますからね」
「魔族領の最北は今も雪が残っているのか?」
「ツンドラ地帯ですね。ええ、そこらは地球と同じですよ。と言ってもまだ数千キロ先です。まあ、住人達は魔族なんで、普通に生活してますが」
綾崎の質問にカイトが答える。綾崎が思い起こしたのはロシアのツンドラ地帯の事だ。当然だがそれはエネフィアにも存在している。
いや、地球の様に温暖化が無いのでより寒さが酷いとも言えた。まあ、住んでいるのは冷気が平気、もしくは熱気が苦手という種族なので問題は無いのだが。
「まあ、行く時は気をつけろよ。あそこ極寒地獄だぞ。一度遭難して凍え死にかけた」
「行きたくないな、そこまでは」
「あはは、確かにな。それに俺は熱い方が好きだ。次に派遣するときは南方で頼む」
「機会があったら海底王国にでも派遣しようか? 何なら盗賊がはびこる灼熱砂漠でもいいぞ?」
「そっちはやめてくれ。だが、海底王国はいいな」
カイトの提案に、瞬が軽口を返す。どうやら瞬は寒いのは苦手らしい。ちなみに、理由は着込めば動きにくくなるし、着ないと寒いから、というからである。
「一度見てみたかったしな、お前の言う海の中の太陽も」
「考えて」
カイトが笑って考えておく、返そうとしたその瞬間、爆音が鳴り響いた。今まで雑談をしていても、そこは冒険部でトップを務める者達だ。異変が起きれば直ぐに行動に移った。
「何だ!?」
「オレが偵察に出る!先輩達は馬車の御者に言って、一時停止させてくれ!出来れば戦闘態勢も整えさせろ!」
「ああ、頼んだ!」
カイトが羽を羽ばたかせて飛び立つのと同時に、瞬が冒険部の面々に指示を出しに走り、綾崎が先頭車両へと向かい、馬車を停止させる様に依頼しに走る。
「何だ……戦闘か?」
空高く舞い上がった使い魔の目を通して、カイトが上空から周囲の様子を偵察する。すると、馬車の先頭車両から程遠くない場所の森に爆炎が上がった様な痕跡が見受けられた。木々が燃えていたのだ。どうやら戦闘は続いているらしく、時折木々がなぎ倒される様子が見て取れた。
「こっちに向かっているな……連絡を入れておくか」
カイトはだんだんと近づく戦闘を見て、此方への接敵は不可避と判断する。こういうことは旅を続けていれば時々あるので、カイトに悪態をつくつもりは無い。
『此方カイト……先頭馬車より1キロ程先、方角11時。戦闘を行っている模様だが、馬車に接近中。接敵は不可避。魔物の数などは不明。戦闘の用意を整えさせてくれ。これより近づく』
冒険部の面々も使い魔を放つなどして戦闘の準備を大急ぎで整えているが、まだ少し時間が必要だ。なのでカイトは使い魔を急降下させ、戦闘が行われているであろう場所へと偵察を開始する。
そうして森の中の木々の一つに着地させると、直ぐに敵影が確認出来た。見えてきたのは3メートル程の牛の頭を持つ人型の巨体だ。奇しくもソラ達が突撃した『赤人牛』の進化前の魔物である『人牛』であった。
『敵……『人牛』の様だ。数は……多いな。10を超えている』
決して強い魔物であるわけでも無いが、油断して良い魔物では無かった。それに、遠くのカイトが眉を顰める。戦闘を行っているのが誰で何人なのかはわからないが、少なくとも逃げている様子からそう多くは無いし、強くも無いだろう。そうして尚も状況の確認に務めるカイトだが、そこであまり看過できない物をみつける。
「ちっ……」
それを見付けて、カイトが思わず舌打ちをする。見つけたのは一人の少女で、必死で『人牛』から逃げていた。顔は必死で身体中に傷が走っている所を見ると、どうやら敗走している様子だった。
獣人である彼女は速度差でなんとか逃げる事が出来ているが、それもスタミナが続く限りだろう。まあ、運が良ければ振り切る事も出来るかもしれないが、怪我の状況から難しそうだった。
「介入するしか無いか」
さすがに見過ごすのはカイトの心情としても倫理観としてもいただけない。なのでカイトは使い魔に人型の形態を取らせて、木々の上から飛び降りる。さすがに見られてはいけないので使い魔の顔には仮面を装着させている。
「ここから向こうに少し行った所にキャラバンが戦闘音を聞きつけて停車し始めている! ここは抑えてやるから、急いで逃げろ!」
「え、あ、はい! あの、出来れば向こうに居る皆も助けてください!」
いきなり降って湧いた仮面の人影に少女は驚きを隠せないが、相手が自分を助けてくれると見て取ると、彼女は仲間の救援を依頼して即座に駆け抜けていく。それを見て、カイトは忌々しげに顔を顰めた。
「これで全部じゃ無い、ってわけか……仕方がない。追ってくる奴は先輩たちに任せて、急ぐしかないか」
そう決めると、カイトは即座に行動に移る。一度逃げた少女から引き離す為に彼女を追う『人牛』を気合でひるませると、即座に更に森の奥に入っていくのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第473話『生き残り』