第465話 ドワーフの里
昨日はすいませんでした。今日はきちんと断章を22時に公開します。
「熱い」
ただ一言、ソラの呟きが全員の心情を表していた。ミナド村を出発して数日。土地柄として今の時期に大雨や台風に見舞われる事の無いマクダウェル公爵領においては道中の災害によるトラブルは無く、順調に進んだ。そうして辿り着いたのは、マクスウェルから北東に数百キロ進んだ所にある火山だった。
「あっちぃー!」
汗だくのソラが絶叫する。だが、それを誰も咎めようとは思わない。いや、確かに誰もがソラの絶叫をうざったく思っているが、ある種の哀れみがあったからだ。それはなぜか。簡単だった。
なぜならドワーフ達の里がある山は死火山等では無く、活火山なのだ。おまけにどういう理由かドワーフ達の里は活火山の山の中の洞窟の奥に存在しており、そこかしこから高温の水蒸気や明らかに煮え滾る溶岩が見えた。彼らの理由としては良質な鉱物が取れる事と鍛冶に使える良質な熱源があるから、とのことであった。
一応溶岩地帯には落下防止と熱気阻害等その他もろもろの防止策を施した結界が敷かれているとの事なので危険は無いらしいが、それでも漏れ出る熱気は防ぎきれる物では無かった。
つまり、ソラの全身金属の鎧が非常に熱を持ち、戦闘中に火の魔術を食らっても内部の装着者に熱を通さない様に防備が施されている鎧の冷却機能が連続駆動の限界を超えてしまったのである。
そうなると、後は熱気がこもってしまっていうだけだ。そうしてソラの絶叫に引き寄せられたのか、一人の小柄な少女が里の入り口付近まで出て来た。
「なんだ、五月蝿いね」
「お、こりゃ族長さん。お久しぶりですわ」
出て来た少女を見て、プロクスが笑みを浮かべて一礼する。ちなみに、彼は焔魔族というように、熱に強い。この程度の熱気では屁とも思わない。
彼は訓練を積んでいない為長時間は無理だが、彼の一族の戦士達になると平然と溶岩の中に潜行することも出来る。尚、そんなのは彼だけなので、部下たちは冒険部の面々と同じく熱気で汗だくである。
「ああ! こりゃグレイス商会のプロクスか! 久しぶりだね! その様子だと元気そうじゃないか!」
「あはは、オーアさんもお元気そうで何よりですわ」
小柄な体躯に似合わずオーアはかなりの力なのか、バシバシと背中を叩かれているプロクスが少しだけ痛そうに顔を歪めている。が、オーアの方はそれを大して気にせず、従業員達の指示に従って荷降ろしを手伝う冒険者の集団を指さした。
「そっちのは護衛の奴か?」
「まあ、そんなとこですわ。と言ってもまあ、あっちの大鎧の兄さんは一緒に来たつーだけなんです」
「はーん。まあ、ここらで見た事無い顔だから、大方新しく人雇ったのか?」
「あはは、まあ、馴染みの冒険者達にも当たれるかな、とも思ったんですが……なんや冒険部つーギルドが出来たんで、そこに依頼させてもらったんですわ。まあ、偶には新規開拓もやらんと怖い姉さんからお叱り来ますからね」
オーアの問い掛けにプロクスが苦笑を漏らす。実は今回の護衛の一件。本来は何時もの馴染みの冒険者達に加えて行きずりの冒険者達で構成しようと思っていたのだが、そこに本社の方から提言が来たのだ。
ギルドが新しく出来たらしいのだから、一度そこに一括して見積もりを出して今までとの差額を提出しろ。実力については先の御前試合で示されているのだから、それなりに信用は出来るだろう、と。
同業他社がある場合に見積もりを出して発注を依頼するのは商売では基本だし、それを本社から指示を出されれば断り様が無い。今回の依頼の裏にはこういった事情があったのであった。
が、実はこの更に裏にはリデル公イリスの計算があった。彼女はカイトとティナの存在を知っている。そしてその実力についても当然把握している。それを指名して護衛として雇い入れるならばどれだけの金銭が必要なのかも、だ。それが格安で雇えるのだ。利用しない手は無かった。
「ははは! で、それで? 今回の荷物は?」
「ミナド村からの生鮮食品ですわ。どうにも風の大精霊様がご来訪されたらしゅうて、調査したんやけどきちんと結果出てましたわ。例年よりもえろう上質な作物が出来とります」
「お、ほんとか! そりゃめでたい! いつも通り店は綺麗にしてやってるから、使いな!」
「いつもいつも有難う御座います」
オーアは笑みを浮かべてプロクスに里の一角に存在している少し大きめの建物を指さす。これもまたミナド村と同じくノース・グレイス商会が持つ支店の一つだった。そうして話が終わった所で、桔梗と撫子がオーアの前に立った。
「お久しぶりです、オーア族長殿」
プロクスが支店を開けに立ち去った所で二人は同時に頭を下げ、同時に挨拶を行う。龍族である上に鍛冶師である彼女らはさすがに熱に強く、こんな火山の中にも関わらず汗を一つも搔いていなかった。そうして出て来た二人を見て、オーアは先ほどよりも更に笑みを深めた。
「ああ! 二人共こっちに来てたのか!」
「今はお館様の下に滞在して、鍛冶の鍛錬をしております」
「ああ、あいつの所か。まあ、竜胆の奴も世界を見て回ったからな。いい経験になるだろ。しっかり学べよ」
「はい、オーア族長」
小柄なオーアがまるで姉の様に振る舞うが、これは当然だった。というのも、オーアの方が年上だ。オーアは既に400歳程度だが、桔梗も撫子もまだ300歳を超えた所だ。100歳ほども差があったのである。そうして二人が自分の教えを受け入れた事を確認して、オーアはカイトについて問い掛ける。
「で、あいつは元気か?」
「はい、息災無く。今回は仕事です故来れませんでしたが、よろしく、と」
「言ってないだろ。大方元気だろうから気にしてない、程度だろう?」
「……まあ」
オーアの言葉に二人は苦笑して、カイトからそんな言伝が無かった事を認める。カイトとしてもオーアが病気に掛かる事自体が想像できなかったし、彼女にしても生まれて400年の間、一度も風邪を引いた事が無い。カイトどころか彼女を知る全員が彼女が風邪を引けば天変地異を疑うぐらいだ。
「それで、今日はお使いか?」
「はい。天桜学園はご存知ですか?」
「ああ、そりゃね……ああ、そこの修繕の素材が欲しいのか。そういや最近マクスウェルからの行商が来てなかったか。で、グレイスが出たわけか。あそこは相変わらず嗅覚が鋭いな。今北周りで商品を仕入れりゃ、自分達の所だけ独占販売出来るからな」
「そうなります。行商の方々が祭事で南方へ行ってしまい、私達が此方へ」
オーアが即座に理由を見抜いたので、殆ど説明の必要も無く桔梗と撫子が頷いた。事情を聞いて納得したオーアは一つ頷くと、大声を上げる。
「おい、誰か!」
「へい! なんすか、族長!」
「この二人連れて鉱石の保管場へと案内してやれ! 手は出すなよ! 竜胆の娘だ! 出したらアタシがただじゃおかないからな!」
「へい! って、出さねえですよ!」
そうして現れた大柄な髭面の男達にオーアが指示を下す。それを受けて男衆から数人先に保管場に連絡に走り、それを見つつ桔梗と撫子が更に要件を伝える。
「それと、お館様から一つお話が有りまして……」
「あいつから?」
二人の言葉にオーアが笑みを零す。大抵カイト絡みの話は碌な事が無いか、碌な事が無いだけでなく厄介事好きには有り難い話しか来ないのだ。厄介事大好きなオーアとしては期待度大であった。
「はい……ソラ殿!」
二人は後ろを振り返り、よほど暑かったのか篭手を外し開放出来る部分を完全に開放したソラへと大声で呼びかける。そして声を掛けられたソラはかなり疲れた顔で振り返り、自分が呼ばれたと気付くと、自分を氷系統の魔術で冷却してくれていた由利と共に歩き始めた。
「おーう……」
「あはは、ごめんねー。熱気にやられちゃってソラ完全にダウンしてるんだー」
ソラが完全にダウンしているので、由利が変わって謝罪する。それに、オーアが呆れ返った。
「はぁ……情けない。ルクスが生きてた頃は普通に平然と溶岩地帯まで入っていったぞ」
「俺は無理……」
どうやら完全に参っているらしい。ソラは疲れ果てた表情で頭を振った。
「あはは……で、何の様?」
「いえ、確かお館様からお手紙を受け取っていたのでは無いか、と……」
「おーう、ある……って、もしかしてこの娘が族長!」
「え、だってちっさい様なー……」
手紙と言われてソラがはっとなって正気を取り戻す。そしてもう遅いが大慌てで身だしなみを整えた。そうして尚も疑問を浮かべる二人にオーアが少し不満気だった。
「なんだよ? これでもお前らより強いぞ」
「あはは、そやぞ。まあ、異世界のお前さんらは知らんかもやけど、オーア族長はイアン前族長と一緒に伝説の『無冠の部隊』に所属しとったから、無茶苦茶強いぞ?」
少し不満気なオーアにフォローを入れたのは、従業員達に支店へ荷入れの指示を行いに来たプロクスだ。それが終わったので、次の商談に入ろうと思ったのである。
「伝説の『無冠の部隊』?」
「まあ、一種の義勇軍や。種族、出身国、指揮系統全てから離れた独立部隊。大戦中どころか有史上最強を誇った栄えある部隊やな」
首を傾げたソラに、プロクスが苦笑気味に解説する。ソラ達はカイトの部隊の事は実は名前はうろ覚えだった。まあ、カイトもこの部隊については滅多に語らないし、名前については出した事が無かった。彼が言及する時は『オレの部隊』もしくはただ単に『義勇軍』と言うのが常だった。
「まあ、それはいいよ。で、あんたらは何の様だ? 護衛じゃないのか?」
「あ、いや、護衛は護衛です。自分はソラ・アマシロで、こっちは彼女のユリ・タカナシ。一応日本人です」
ソラがオーアの疑問に答え、次いで懐からカイトから受け取った手紙を取り出した。ちなみに、さすがに族長と明言されているので、ソラも丁寧な言葉遣いに正した。
ちなみに、由利はきちんとソラが自分の彼女と断言してくれたので、少しだけ上機嫌になった。
「えっと、この間の御前試合で武器壊しちゃって、作る事になってるんですけど……どうにも鉱石が合わないらしいんです」
「? 鉱石が合わない? 珍しい事もあるもんだ……」
「そこらは後ほど私達がお伝え致します」
ソラの説明は魔術的な方法を使用して武具を打つ鍛冶師にとっては誤解を招きかねなかった言い方らしい。なので桔梗と撫子が苦笑して補足を入れ、それを受けてソラの言葉が正確では無い事を理解したオーアが頷いた。
「で、一応部長のカイトから手紙を持って来ました」
「ああ、そうかい……っと、プロクス。悪いけどこっちの話が終わるまでちょっと待ってな」
「あはは、わかっとります。他人の商談に割り込む程無粋や無いですよ」
手紙を受け取ったオーアは封を切る前に来ていたプロクスに断りを入れ、封を切って中の手紙を取り出し、即座に吹き出して大声を上げて笑い始めた。
「ぶはぁ! あーははは! あいつは変わらないね!」
あまりにドツボにはまったのか、オーアが腹を抱えて転げまわる。ちなみに、彼女は転げまわっている際に地面を何度か叩いて居るのだが、その余波で地面にひび割れが出来て轟音が鳴り響いていた。と、そこに深い皺が刻まれた大柄なドワーフの男性が立っていた。
ドワーフの男はごつくてそれなりに大柄な男が多いのだが、その中でも彼は一際ゴツく、大きかった。ソラよりも遥かに大きかったので、下手をすればドワーフの男の平均値――およそ165センチ程――よりも40センチ以上背が高いかもしれない。
「イアン殿、お久しぶりです。昨年は顔を見せてご挨拶以外は出来ず、申し訳ありませんでした」
「あ、こりゃイアン前族長。お久しぶりです」
「……」
その大男に気付いた桔梗と撫子、プロクスが頭を下げる。それにイアンは無言だったが、確かに頷いた。そうして頷いた彼は相変わらず笑い転げる娘を見下ろし、それに気付いたオーアが我を取り戻した。
「あ、オヤジ……って、そか。悪かった。客が来てたんだったか」
「……」
「わかってるって。後で詫びに酒でも持ってくよ」
イアンは相変わらず無言だが、親子の間に何か通じる物があるらしい。オーアがそう言うと、イアンも頷いた。そうして我を取り戻したオーアが再び立ち上がると、ソラと由利の為にイアンの紹介を行う。
「まあ、ウチのオヤジのイアンだ。見ての通り無口なオヤジでな。まあ、腕は確かだから、安心しな」
「……」
娘の紹介を受けて尚、イアンは口を開く事は無い。それを受けたオーアが補足する。そうしてイアンが娘を見つめ、事情を理解したオーアがカイトからの手紙を差し出す。
「……変わらんか」
「……へ?」
口端を僅かに歪めて笑ったイアンが言葉を発したので、思わずプロクスがきょとんと目を丸くする。彼は支社開設からずっとドワーフ達の里に行商に来ているが、それでも一度も彼が笑みを浮かべたのも喋ったのも聞いた事が無いのであった。
「なんだ、ずっと前に言っただろ? 滅多に喋らないだけで普通に喋れるって」
「あ、いや、まあ、そうですね」
オーアの言葉を受けて苦笑したプロクスは少し慌てた様子で取り繕う。イアンはただ単に無口なだけなので、普通に喋れるのであった。
「まあ、詳しい事情は後で聞くけど、取り敢えず分かった。なんか必要なのあったら言いな。陛下の言葉もあるってんじゃあ断り様が無い」
「陛下?」
「ああ、こいつ御前試合で武器壊してんだろ? それ見た陛下が新しい武器下賜しようとしたらしいんだが、色々あったんだと」
手紙を見ていないプロクス向けに、オーアが説明を行う。ちなみに、手紙にはそこまで詳しく書かれていないので完全にでっち上げなのだが、なんとオーアの嘘は正解であった。
尚、手紙になんと書かれてあったのかというと『陛下からこいつ用に武器やれっつわれたんだけど、なんか良い鉱石頂戴。と言うかいっそ武器作って』である。
公爵から有名種族の族長として送る手紙として必要であろう礼儀作法は一切無かった。あまりにカイトらしい手紙に思わずオーアはツボに入ったのである。
「ああ、そういう事ですか。まあ、そりゃ陛下らしゅうて」
「あはは、そうだな。ウチもご贔屓にしてもらってるよ」
適当にでっち上げられた言葉とは薄々感付いているプロクスだが、皇帝レオンハルトについては本当だろうと判断したので流した。あまり藪をつついて蛇を出すのは商人としてはごめんだからだ。
「まあ、そういうわけだけど、ちょっと待ってな。先にプロクスん所と商談を終わらせる。桔梗、撫子。二人共何時もの公爵家の別邸は綺麗にしてあるから、自由に使いな。お前さんらの部屋もそのままだ」
「有難う御座います。では、ドワーフの皆様方、よろしくお願い致します。ソラ殿、由利殿。先に学園向けの購入を済ませてしまいましょう」
「あ、はい」
「あ、桔梗さん、撫子さん。ウチとこのもよろしゅう頼んます……おい、誰かお二人についてったれ!」
「あ、はい!」
歩き始めた桔梗と撫子に、プロクスが荷降ろしを進める従業員に声を掛ける。そうして大慌てで此方に残るという従業員が4人に合流する。
「じゃあ、こっちも商談に入りましょか」
「ああ。それで、今回は何が入用だ?」
「えーっと……ああ、そういえば実験用の大鍋とかが壊れとるっつー話が来とったわ。あれの場所の確保しときたいんですけど、出来てます?」
「ああ、あれか。出来てる筈だよ。ちょっと待ってな。案内させてやるよ。おい!」
そうしてプロクス達も商談を始め、ドワーフの里での活動が開始されるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。次からは少し小分けにした新章です。
次回予告:第466話『新たな力』
2016年6月6日 追記
・誤表記修正
『カイトもこの部隊に滅多に~』を『カイトもこの部隊については滅多に~』に変更しました