第464話 久しぶりのミナド村
今日22時から断章・8の公開を開始します。そちらもお楽しみください。
ソラがシルフィからのアドバイスを貰った翌日昼前。戦闘が想定よりも少なかった事で道中順調に進み、予定よりも少しだけ早めにミナド村に到着した。
「ソラ君!」
「久しぶり、ナナミさん!」
そうしてミナド村に辿り着いた一同を出迎えたのは、村の面々だった。キャラバンの護衛に此方に来る事を報せたカイトのお陰で、久しく出会ったソラやかつて村の警護に来た面々に、知り合い達が出迎えてくれたのである。
「むぅー。」
楽しげにナナミに笑いかけるソラを見て不満気なのは、由利である。相も変わらずソラとナナミの文通は続いているし、由利は一度止め時を失ってしまって、もう止めることが出来なかったのである。
「あー、懐かしいわ。あれ」
そんな親友を見て溜め息を吐いたのは魅衣だ。中学時代に密かにティナを相手に嫉妬していた時の事を思い出していたのである。
「まあ、あれはソラが悪いのう」
「ティナちゃん?」
カイトに対する桜等の嫉妬ならば逆に桜達を諭す様な感のあるティナだが、ソラに対する由利の嫉妬だとその非難の矛先はソラに向いていた。それに、魅衣が首を傾げる。それを見たティナが、苦笑して告げた。
「別段多数のおなごを愛するのが悪いとは言わぬ。じゃが、餌を与える事を忘れんようにせんとな」
「私別にカイトの愛玩動物じゃ無いんだけど……」
「余も然りじゃしそう思っておるが、大して変わらんよ。まあ、愛玩と言われれば余も違うと思うがのう」
ティナが少し苦笑交じりに告げる。だが、一転して顔にニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべて問うのは、出発前日の事だ。
「存分に愛でてもろうたじゃろ? 数週間逢えぬ分をな」
「うぐっ!」
「満足じゃったろ?」
「ぐ……」
魅衣に否定は出来ない。満足したか、と問われれば、迷いなく、首を縦に振る。それに、横にティナも居たのだ。こんな状況では否定のしようがなかった。
「こうやって満足させておれば、他の女に愛を囁やこうとも大して気にはならん。それが、英雄たる所以よ。誑しとは言い得て妙じゃな。雄として英でるが故に誑しなのよ。まあ、あれは男も惚れさせるが故に、人誑しと呼ぶ方が良いかもしれんがな」
ティナが少しだけ苦笑して告げる。これが出来るか否かが、凡人と数多を愛する英雄の差なのだろう。自分を満足させ、それで尚他の女を愛する事を諦めさせるぐらいに満足させられるか否かであった。彼女の言葉に沿うならば、どうやらまだソラは英雄の領域には辿りつけていない様子だった。
「はぁ……でもまた今晩も愚痴を聞くの私らよ?」
「……む」
魅衣の溜め息混じりの言葉に、ティナが少しだけ片眉をぴくりと動かした。どうやらそこまでは思い至っていなかったらしい。
ちなみに、ソラはミナド村に近づくにつれて若干上機嫌になっていたので、それに反比例するかのようにそれを目聡く見て取った由利が不機嫌になり、寝床に使う馬車の中で同室の二人に愚痴が飛ぶのであった。
「まあ、それも良いじゃろう。単に愚痴を聞いてやるぐらいで気が晴れるなら、聞いてやるのも良いじゃろう。友故な」
これが喧嘩や揉め事に発展すれば面倒になるのだが、それが無ければ大して気にする必要は無いだろう。なのでティナとしては大して何か手を打つ事は考えていない。
と、言うわけで苦笑しつつも、仕事である警護任務の為、村の全周を見回りに入る。ソラと由利は今回依頼として来ていないので、別に仕事をしなくても問題ないのだ。
「それでいいのかなー……」
魅衣は張り合う様にソラの手を取った由利を見ながら、溜め息を吐いた。まあ、ティナは元々種族的に嫉妬心が薄く、どちらかと言えば惚れた男に女が増える事を喜ぶ様な、人間としてみれば異質なタイプだ。
人間心理の嫉妬心を理解しろ、と言われた所で、魔族である彼女には理解し難い物がある。それ故、魅衣も何か言おうとは思わない。と言うか、無茶だ。解しようと努力しているだけ、御の字だろう。
「はぁ……」
そうして魅衣もまたため息一つで、ティナに続いて歩き始めるのであった。
「あ、そういえばソラ君、由利ちゃん! この間の御前試合見たよ! 二人共カッコ良かったよ!」
「あ、マジ!?」
「あ、あははー……」
ナナミの言葉にソラは嬉しそうに、由利は少し恥ずかしげな反応を返した。あの御前試合の内容は皇国中に放送されていたのだった。
カイトが情報伝達網としてテレビを持ち込んで300年。放送局が増えてきたと言えど、知り合いが出るとなれば見ていても不思議では無かった。
「そっか、あれ放送されてたんだねー」
「カイトが頭を痛めていたけどな」
「あ、そういえばあの部長さんは?」
「あいつは居残りだってよ」
ナナミとカイトは当然だが、以前の旅行の際に知り合っている。なので問い掛けたのだ。ちなみに、カイトが何故頭を痛めたのかというと、武蔵や小次郎との戦いが全国ネットで放送された所為でカイトの想定以上にカイトを指名した依頼が殺到してしまったのである。
おまけ付きで曲がりなりにも勇者の師の戦いについていけるとあって、貴族達からの引き抜きが相当数舞い込んできたのであった。
まあ、そう言っても幸いにしてカイトの力量がどの程度なのか、というのは皇帝レオンハルト達の隠蔽のおかげで、ただ単に遊ばれていただけでそんな強くはない、と素気無く断る事は出来ていたが。
「ふーん……」
当たり前だが、ナナミにとって想い人はカイトではない。なのであまり興味が無さそうだった。なので続く言葉は別の内容だった。
「ねえ、そういえば今回はどれぐらい居られるの?」
「何日だっけ?」
「えーと……確か、行きが今日含め二日、帰りが三日だったかなー」
ソラはふと思い出せなかったので由利に問いかけると、由利の方が答えた。行きが短いのは荷降ろしを終わらせるとそこで従業員を残して生鮮食品を積み込み、売買は残した従業員に任せる事にしているからだ。
逆に帰りはそういった事を考えなくても良いので、休憩を兼ねて少しだけ長めに設定されているのである。この足の早さこそが、グレイス商会の発展している理由なのであった。
「じゃあ、また直ぐ二人共行っちゃうの?」
「まあ、そうなるかな」
ソラの答えにナナミは少しだけ残念そうだ。まあ、これは仕方がない。ソラと由利は確かに仕事では無いが、仕事で来ている馬車と共に移動しなければならないのだ。
とは言え、彼らが遅れても別段構わないのだが、今度はどちら共護衛が少なくなってしまう。仕方がない理由があれば良いが、実情としてあまり好ましい事では無かった。
「ま、でもこっちでは自由にしていいらしいから、適当にコリン達と遊んでくよ」
「うん、そうしてあげて」
「あ、ナナミー。そういえば面白いレシピが見つかったから、後で試そー
?」
「あ、うん!」
そうして、護衛任務に関係の無い面々は各々思う所に散っていくのであった。
ソラ達依頼に関係ない者やナナミ達子供世代はともかくとして、普通に村に行商人がくれば色々と売買に忙しくなる。それはナナミの父親についても一緒だった。彼は横に息子のコラソンを従えながら、プロクスと商談を纏めていた。
「じゃあ、今回の出来栄えは上々って所ですか?」
「そうですな。例年に比べて今季は気候も良かった事に加え、大した被害が無かった事が嬉しい限りです。おまけに少し前に有り難い事が有りましてな。お陰で皆熱心に作物を育てることができ、例年よりも良い出来だと自負しています」
「ほう、そうですか」
プロクスが村長の言葉に笑みを零した。相手が喜んでいるならば、此方もそれに合わせて喜ぶ。プロクスの話術の基本だった。そうしてプロクスは笑みと共に、良い事に付いて尋ねる。
「何があったんです?」
「いや、それがつい数ヶ月前に魔物の襲撃に会いましてな。その折になんと風の大精霊様がご助力くださったのですよ」
「ほう! それはまた喜ばしい!」
プロクスは嬉しそうに目を見開いて驚いた。これは半ば演技で、半ば本心だ。というのも、実はこの事は密かにではあるが噂話程度には伝わっていたからだ。噂話なので色々尾ひれもついていたし、それがどの村なのかまでは判明しなかったが、この村長の様子から見ればミドナ村で間違いないだろうと見れた。
プロクスも少し嬉しそうなのにはきちんと理由がある。風の大精霊が来た事が事実なら、売値にも買値にも若干の色を着ける事が出来るからだ。
当たり前だが、大精霊がお忍びであっても来た事が分かれば、一般市民達にはそれだけで祝福されている様な感じになる。実際に若干だが魔力の含有量が増えるという調査結果もある。一度含有量を例年のそれと見比べる必要はあるが、もし事実なら若干色を付けた所で飛ぶように売れるのであった。
ちなみに、エネフィア全土を見渡した場合、最も大精霊達の信仰度が高いのはエンテシア皇国である。理由は勇者カイトという大精霊に縁が深い人物が居るからだ。
それ故、大精霊達を祀る神殿は皇国中に幾つも存在していた。マクダウェル領には全ての大精霊達を祀る為の大きな神殿が幾つもある神殿都市と呼ばれる都市があるぐらいである。
「出来栄え次第つーとこですが、そりゃこっちも少しお勉強させて頂けますわ」
「おや、有難う御座います」
村長とて、これを狙って言ったわけではない。幾ら強かな村長と言えど、大精霊を商売の一環に使うつもりは無かった。まあ、嬉しそうではあったのだが。
「おっと、そや。それで量としちゃどれ位買い取りましょ?」
「そうですな……荷馬車は今回何台で?」
「一応生鮮食品の輸送なんで、足を優先して竜車の荷馬車10台で。一台は依頼した冒険者のギルドのとこのモンですが、まあ、交渉次第って所ですわ」
「では……春の終わりに植えた最後の小麦が出来上がりましたので、それでどうです? 今収穫している分だけでもおよそ荷馬車で5台分あると思いますが……」
竜車で使う荷馬車は幌馬車に更に魔道具等で手を加えた特殊な物である。商会等で組むキャラバンではこれを荷馬車として使うのが一般的であった。
幌馬車は大きさとしては地球のコネストーガ幌馬車――18世紀頃のアメリカで主に使われた大規模輸送用の幌馬車――よりも少し大きめの幌馬車で、10トン程度の積載量があった。速度と馬力は当然だが馬車の比では無いので、輸送用の地竜一体で大丈夫である。
おまけに魔術による温度や湿度の調節が可能で、生鮮食品の為に冷蔵車や冷凍車に似た機能まで持っていた。これは馬車に魔法金属系の物質が使われていることで荷馬車の大きさに余裕があったことが大きい。
「およそ50トンってとこですか……果物とかなんかありますか? 次にドワーフの里へ行きますんで、それなりに果物があると嬉しい限りなんですが……」
「東側の果樹園ですか……今の時期ですと丁度無花果やベリー系が出来ておりますが……一度ご覧になられますか?」
「有難う御座います、よろしく頼んます。あ、後出来れば帰りの分の交渉もしたいんですが……」
二人は商談を一時中断し、立ち上がる。荷降ろしが終わっても今度は購入した生鮮食品の積み込みや代金の支払い、色々な手続き等を考えると、そんなに長く商談を続けているわけにも行かないのだ。やると決めたら急がなければならない。そうして、此方は此方で忙しそうに足早に立ち去るのであった。
一方、護衛の生徒達はというと、半分程度が荷降ろしと積み込みを手伝っていた。念の為に言うが、これも仕事料金に入っている。きちんとした仕事なのである。
「あ、そっちも頼む」
「はい。綾人、こっちを頼む。夕陽、お前はあっちを手伝ってやれ」
「ああ」
「うっす!」
瞬が全体を統括しつつ、冒険部の面々に指示を下していく。今回の仕事で全体の指揮が出来るのは瞬かティナだけだが、当然ティナは危急の事態とあまり良くない指示をした場合以外では滅多に指揮に口出ししようとしない。なので、瞬が率先して指揮を行っているのである。そうして一気に減っていく荷物に商会の従業員が笑う。
「やはり冒険者での人海戦術は有り難いな」
「そうですか?」
「こういう仕事は請け負ってくれる冒険者はそれなりに少なくてな。助かるよ」
瞬の疑問に商会の従業員が感謝を示す。冒険者の中には戦闘関連の依頼で糊口を凌げる様になると、それ以外は頑なに請け負おうとしない冒険者も多い。一応今回の仕事も荷馬車の護衛なので戦闘系の依頼だ。なのでオプションで荷降ろし等の力仕事を頼んでも請け負ってくれないことは往々にしてあった。
それに対して学生たちは日本の力仕事がメインのバイトと一緒なので、大して忌避感もなく引き受けてくれたのである。まあ、それでも一応希望者だけにしたが、運動部系の生徒達は率先して受けていたので割合としてはやはり何時もより多いという事だった。
「そういうものなんですかね」
「さて……俺にはわからないな。なにせ商売人だからな」
そう言って肩をすくめる彼だが、彼の言葉通り、荷降ろしは直ぐに終わる。後はグレイス商会がミナド村に持つ商店にまで運べば終わりだった。だが、これも人海戦術で直ぐに終わり、冒険部の面々の今日の仕事は晴れて全て終了となるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第465話『ドワーフの里』