第460話 勇者カイト
ソラの一言によって始まったカイトとソラ達冒険部上層部の極一部との模擬戦。それはソラ達の本気の連撃を以ってしても、カイトには全く届かない、というあまりにも見えた結末に終わる。
「さて……ご褒美だが。その前に、歴史のお勉強、だ」
全力を尽くした結果、全員が息絶え絶えのソラ達を前に、カイトがふた振りの刀を異空間の中に仕舞い込む。
「れ、歴史……いや、別にんなの聞きたかないんだが……」
息を切らせながら、ソラがカイトの言葉に苦笑する。歴史のお勉強がご褒美、とはこの場の大半の面子にとってはご褒美どころか罰ゲームだ。有り難くない事この上ない。そんな一同に対して、カイトが苦笑を浮かべた。
「別にオレもそんな真面目くさった歴史の授業してぇってわけじゃねえよ。ただ単に……語られるべき奴らの話をする、ってだけだ」
「語られるべき……奴ら……?」
「ああ。これだけは、オレが聞いて欲しい、ってだけだ」
瞬の言葉に、カイトが苦笑ながらに告げる。そうして、カイトは深く息を吸い込んだ。
「ほぅ……さぁ、始めようぜ! 武器庫を開け!……皆の想いを受け継いだ勇者はここに在り、だ!」
深く吸い込んだ息を吐くと、カイトは宣誓とともに、儀仗の剣を振り上げる。そうして、異変が起きた。
「なっ……」
地下訓練場だった一角に、蒼天が生まれる。そうして、更に続けて、草原が現れた。だが、そこは単なる草原ではない。数多の武具が、そこにはまるで墓標の様に、刺さっていた。
いや、突き刺さっているだけではない。突き刺さると草むらに隠れる様な大きさの武具は、まるで自らを忘れさせないかの様に、空中に浮かんでいた。
武器の種類にしても、様々だ。普通に剣に見える物もあれば、槍や斧、一風変わった物であれば、鉤爪の付いた鉄甲にハルバートなんてのもある。他にも魔銃や鉄扇等、様々な武器が、そこには収められていた。
「これは……」
全員が自らの近くに突き刺さった武器を見る。どれもこれもが、調整はされていたし研がれてはいるが、総じて傷だらけだ。まるで激闘の果てに、ここに来た様に見えた。そうして、カイトが口を開いた。
「異界化……まあ、魔術の最奥の一つだ。っと、別にオレの心象世界とかじゃない。まあ、世界を塗り替えて、てめえの都合の良い空間を創り出す、って魔術だ。今はオレの武器庫と繋げた」
異界化という魔術の最奥を使い、カイトは苦笑しながら、自らの近くに突き刺さった武器を抜く。それは、ボロボロになるまで使い込まれた槍、だった。
「この槍はオレの部隊で一番槍を務めていたと言うかなんというか、一直線に馬鹿正直に突っ込んでく馬鹿の持ってた物だ。オレの帰還後も、やっぱありとあらゆる戦場で一番槍をやってやがった馬鹿の物だ。どっかで死ぬと思ってたのに、結局こいつ天寿を全うしやがった。こいつの一番の武器は悪運だな」
カイトは抜いた槍を再び地面に突き刺すと、それと共に、声が響いた。
『大丈夫だって! だって今みたいにお前が鎖でやってくれんだろ!』
『馬鹿! そういうことじゃねえだろ! 馬鹿正直に突っ込むと死ぬぞ!』
『お前に言われたくねー!』
片方は、カイトの物だ。だがもう片方は、別の誰かの物、だった。そして、今度はカイトはかつて椿に授けた大剣の大本となった大剣を引っこ抜く。
「こいつは試作型屠龍大剣、と呼ばれていた禁忌の大剣だ。持ち主の奴はまあ、明るい奴だったよ……そして、最後はオレが殺した。学園の外の農園、あそこの稲田のお師匠様、いるだろ? あれの部隊長だった奴だよ。あいつらとは、その時の仲間だ……今のこのマクスウェルは、あいつらの夢の始まりでもあった。おそらく、街への貢献具合だと、クズハにも劣らない……あいつにも見てもらいたかった」
誰かを思い出しているらしいカイトの何処か悲しげな瞳に、ソラ達は何も問いかけられなくなる。そうして、カイトは大剣を突き刺すと、再び、幻影の声が響く。
『旅に出よう。どっか戦争の無い所にさ』
『オレは興味ねぇよ……オレは奴を追って殺す……』
『ばーか。お前も行くんだよ。ガキは黙って年上の話聞いとけって』
『雑魚に出来るならやってみろよ……力が無いと、何も守れねえし、変えられねえ……』
『お、言ったな! じゃあ、やってみるか!?』
『あ……? あ、おい! てめえら全員は卑怯だろ!』
『覚えとけ。数で囲みゃ、今のお前程度ならなんとでもなんだよ。はい、お前の負け』
陽気な声に対してカイトの苦々しい声が響いて、様々な楽しげな笑い声が響く。そうして次いで、地面に突き刺さった一つの杖を握りしめる。
「こりゃ、語る必要もない……爺さんの物だ。消し炭寸前でもオレ達が目覚める最後まで生きていたのが、彼だった……」
祈りを捧げる様に、カイトはそっと地面に再び杖を突き刺す。そうして流れてきたのは、少ししわがれた声だ。
『……すまんのう……それと……アウラを……ミースを……頼んだ……へい、か……今、わしも……あなたの身許へ……』
『あ……あぁああああ! ゆるさねぇ……絶対に……絶対にブチ殺す! うぉおおおお!』
『ダメ、カイト! 抑えて! そのままじゃ』
「あはは……こりゃ無しだ。ちょっと恥ずかしい。どうせなら馬鹿げた女の話でもすべきだったな。悪いな。どうしても、想いに反応しちまったらしい」
怒りに狂った自分を見られるのは少し恥ずかしかったのか、カイトは少し照れくさそうに苦笑しながら、強制的に再生を中止する。そうして、次はそこらに浮かんでいた鉤爪の突いた鉄甲を引っ掴む。
「これの持ち主は、尖爪のラシード。オレの部隊で副長を務めてくれていたおっさんだ」
「それって……」
魅衣がおもわず目を見開く。かつて、ユリィから聞いた名前だった。
「なんだ。ユリィからでも聞いたか? このおっさんは、ある戦いで下半身が吹き飛んで、死んだよ」
魅衣の顔に凡そを見通したカイトは懐かしげに、鉄甲を撫ぜる。手に取るのは数年ぶり、だろう。だが、忘れた事は無かった。そうして、カイトの手から鉄甲が離れて浮かび上がると、声が再び、響いてきた。それは中年ぐらいの男性の声、だった。
『……けふっ……こりゃあ……ダメっすね……見ないでも分かる……下、ねぇでしょ……』
『なんでだよ……なんで、んな無茶したんだ! おっさんの帰り待ってる奴らがいるんだよ! なんでまた失わねえといけねえんだよ!』
『ぐっ……いや、すんませんね……何分、あんたみたいな無茶な小僧見てると、どうにも俺も若返った気がしちまった……でも、大丈夫、なんでしょ? 俺が死んでも……あんたが……』
「ああ……オレが、連れて行く。だから、帰って来い」
カイトは幻影の声に答えると、離れていく鉄甲をひっつかみ、腕に嵌める。
「ご褒美だ。見せてやる……オレの本来の戦い方だ……オレは始めから影を生み出すが故に、<<影の勇者>>と呼ばれてたんじゃねえよ。オレが死んだ奴らを背負っているが故に、そいつらの影と言われたんだよ」
カイトはようやく立ち上がった一同に告げると、おそらく何らかの流派だろう独特な構えを取る。だが、カイトの変化はそれでは終わらない。
「<<風の舞手>>」
「は……」
カイトの姿がまるでダンサーの様な衣に変わると、カイトが消える。変わった次の一瞬で、カイトが超速で移動したのだ。瞬速というレベルでは無い。もはや絶句さえも出来ないほどに、カイトの行動は速かった。全員が認識出来た時には、カイトは鉤爪で後ろから一同を幾重にも切り裂いていた。
「<<三双襲>>!」
一同の目の前に現れたカイトは、しかし、それでは停止しない。更にそこらにあった槍を手に取ると、再び、何らかの名を告げる。
「<<雷の旗手>>」
緑色の羽衣を纏っていたカイトが、再び口決に合わせて姿を変える。それは紫紺の軽鎧をまとった姿、だった。そうして、だんっ、という大音と共に、再びカイトが消え、一同の間を幾重にも、雷が迸る。雷と化したカイトが一同の間を駆け抜けたのだ。
「終わりだ……<<ライトニング・バスター>>!」
一同の間を駆け抜けたカイトは、最後に飛び上がると、地面に槍を思い切り投げつけて、雷を一同の周囲へと迸らせる。そうして、槍の上に着地したカイトは、再び、口決を唱える。
「人数分……いや、基本の8体分程度やってやってもいいが……どうせ見切れんか。残りはオレ達で、やってやる。<<焔の戦神>>!」
カイトの口決と共に、カイトの姿はかつての彼の友と同じ軽鎧の姿に変わり、彼の立つ槍が巨大なハルバートに変わる。
「<<炎武>>の終極の一つだ……<<暴炎帝>>!」
口決と共に、カイトの姿が完全な炎に変わる。これこそが、リィル達バーンシュタット家の秘奥・<<炎武>>の最終到達点の一つ。完全に炎と同化するという<<暴炎帝>>だった。そうして、カイトが気合一つで、ソラ達を全員、吹き飛ばした。
「終わったと思ってるか? 残念だが、そうはなんねぇんだよな、これが……<<深謀の賢帝>>!」
カイトの口決に合わせて、再び彼の姿が変わる。次の姿は、貴族の衣服だ。だが、決して華美というわけではなく、動きやすさや実用性も考えられた物、だった。
「縫い止めよ! <<風雷の壁>>!」
魔王にも比する知性を持つ友の姿を借りたカイトは、彼が得意とした雷の嵐を生み出して、吹き飛んでいくソラ達を強引に縫い止める。この時点でもオーバーキルだが、カイトはまだ、止まらない。
「ふん……まだ、終わらないぞ。<<星光の騎士>>」
静謐な声で、カイトはさらなる口決を唱える。そうして現れたのは、アルの祖先である騎士の代名詞となった友の姿、だ。
「光の騎士や騎士の中の騎士、と言われているが……ルクスはそれ以前は、<<星光の剣聖>>と呼ばれていたんだ。意外と知られてないが、当時はこれが有名だった……まあ、どうでもいいことか」
柔和な笑みで、カイトは密かな裏話を告げる。とは言え、そんなうんちくを語ってやる為に、この姿を取ったわけではない。そうして、カイトの姿が2つに分かれる。
「少しだけ、空間をかえよう」
片や剣を振り上げて、片や剣を振り下ろす。それに合わせて、周囲の風景が一瞬で満点の星空だけの空間に変わる。更に空間を別の物に異界化させたのだ。そうして、満天の星空に包まれたソラ達へと、星のきらめきが襲いかかった。
「「<<星光の煌めき>>」」
二人のカイトは同時に、再度剣を振り上げて、振り下ろす。それに合わせて、ソラ達へと、無数の星の光をまとった魔力の剣が襲いかかる。そうして、煌めきが一通り終わると、闇夜が割れて、再び元のカイトの異界に戻った。
「じゃあ最後は……分かるよな。<<高潔なる魔王>>」
空間を元通りにしたカイトは、彼が最も愛する者の姿を模した黒と真紅の衣を身に纏う。
「最後は、大魔術だ。全員まとめて、吹き飛べ……<<終極の一撃>>」
最後に、極光の一撃が生まれて、世界が爆ぜる。そうして砕け散った異空間からソラ達は弾きだされて、全員が同時に訓練場の壁に激突するのだった。
決着が付いてからおよそ十分後。全員が復帰する。怪我については問題は無い。自分に都合の良い空間、というわけで実はカイトの攻撃はほぼ全て、彼らの身体を突き抜けるようになっていたのである。と言うかそうでなければ今頃彼らは肉片一つ残っていない。
「いてぇ……」
重防備のソラの小さな痛みに呻く声が響いた。全員纏めてカイトの一撃で吹き飛ばされ、そのまま地下訓練場の壁に激突したのだ。痛くて当たり前である。
まあ、彼はまだ良い方だ。当たり前だが重防備であったがゆえにダメージ的には一番小さく、小さく痛い、と呻く程度でなんとかなっていたのだ。
「あー……悪い。ちょっとやり過ぎた」
「……あたし、一応あんたの彼女よね……」
「カイト……ウチにも痛み止めー……」
女性陣二人にはさすがにやり過ぎたと思ったのか、カイトが付きっ切りで鎮痛剤代わりとなる痛み止めの魔術を使用していた。まあ、単なる打ち身なので、次第に痛みも引いていくのだが、少女二人の痛ましい声はさすがにカイトも耐えかねたのである。
「……俺も痛み止めぐらいは覚えよ……」
ソラが少しだけ羨ましそうな顔で、自分の彼女の傷の手当を行う親友を見る。この後、彼はミースに聞いて、およそ一ヶ月程度の時間を掛けて治癒魔術の初歩を覚えたらしい。その結果、彼の戦術の幅が広がることになったことは、ある意味幸運だろう。
まあ、こんな呑気な事を思えるのはソラだけだ。魅衣と由利はカイトの痛み止めと治癒によって何とかあの状態だったのだが、治癒されていない翔と瞬はもっとひどいのだ。
「ぐ……ぐぁ……」
「………………」
うめき声を上げているのは、瞬だ。彼はまだ、痛みに堪えるだけの余力があった。なにせ、彼はほぼ万全の状態から直撃を食らったのだ。
それに対して、翔はダメージがあった状態で、おまけの様に直撃を食らったのだ。当たり前だが痛みに堪える事で精一杯で、今はカイトによって強引に気絶させられていた。
「まあ、瞬。やれるようにはなった、と言っておきましょう」
「それは……有り難いな……ぐ……」
「我慢しなさい」
痛みに堪える瞬を介抱するのは、リィルである。彼女はこうなるであろうことが予想出来ており、私物の痛み止めを持って来たのである。まあ、それでもまさかここまで出来る様になっているとは思いもよらなかったらしいが。
「やっぱ、遠いなー……」
「ちっ……遠い、な……」
ソラと瞬。二人の小さな声が、カイトとリィルの耳にだけは届いていた。確かに、彼らも強くなった。だが、それでも世界最高峰はまだまだ、遠いのであった。
そうして、更に30分。カイトによって気絶させられた面々も復帰した頃に、ソラ達も復帰して、カイトに先ほど見た物を問いかけた。
「つつつ……で、さっきのは何だったんだ?」
「ああ、あれか? オレの本来の戦い方。スタイル・チェンジってやつだ。まあ、見たまんま、他の奴らをモチーフにした戦い方だな……いや、まあ、別に戦闘時しか使えない、ってわけじゃないんだがな」
ソラの問いかけに答えたカイトはそのまま、先とは水色の羽衣を着る。
「これは<<水の癒し手>>。回復特化型だな」
「ウンディーネ……8個あるってことか?」
「いや、人数分」
カイトは瞬の問いかけに対して、苦笑ながらに答える。だが、どうやらそれは勘違いされたらしい。瞬だけでなく、一同全員揃って首を傾げる。
「ん? だから8人分、ってことだろ?」
「いや、オレの部隊全員と友誼を結んだ全員分。それとオレの所に持ち込まれた武器全員分、か」
「……はい?」
全員、言われた事が理解できず、首を傾げる。そんな一同を他所に、カイトは更に続ける。
「まあ、基本はさっきの8個に色々と改良を加えただけだから、結局は8個に更にオレ達分、更にはそれに加えてまあ、幾つか、か。こっちはまあ、本当の切り札だ。見せてはやんねぇからな」
「えっと……いや、待て。お前、マジで何言ってるかわかってんのか? それ、多分……数千数万じゃあないだろ?」
頬を引き攣らせながら、ソラがカイトに問いかける。どれだけの数がカイトの下に持ち込まれたかはわからないが、彼の特質を考えれば、少なくとも、万は超えるだろう。それを全て把握している、というのはとんでもないことだった。
「あ? まあ、一応な。忘れられるわけねえだろ? 武器が覚えているんだからさ。オレはそれを読み取ってるだけ。簡単な事だ」
「簡単……? でも……お前……それ、どっちにしろ数千数万って武器を覚えてるって事なんじゃ……」
「無理だろ、忘れるなんて、な……オレにゃ、無理だ。そして、こいつら武器にも無理だ。なにせオレ達戦士が最後に共に息絶えるのは、こいつらと共に、だ。覚えとけよ? 武器はお前たちが思っている以上に、お前たちの事を覚えてくれている……オレが読み取れるほどには、な」
唖然となるソラ達を他所に、カイトが笑いながら告げる。そうして、勇者は勇者としての貫禄を見せ付けて、少し気恥ずかしくなったらしく、その場を後にするのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第461話『飛躍の為の一歩』