第459話 勇者見参
ソラ達と模擬戦をする事になり、カイトは地下訓練場に来ていた。深呼吸の音が途絶えると同時に、カイトの姿は消失する。そうして現れたのは、ソラ達の真上だった。
「四技・鳥<<燕>>」
カイトは大きく飛び上がり、上下逆さまの状態で、居合い斬りを放つ。<<緋天の太刀>>の四技・鳥系統の技の一つであった。上空から繰り出す、対地技である。
「つっ!<<操作盾>>!」
そうして、完全に不意打ちで振るわれた対地攻撃は、ソラが空中に創り出した魔力の盾によって防がれる。<<操作盾>>とは、魔力で操作出来る盾を創り出すものであった。かつてソラ率いる重防備部隊が『砲台』と『砲塔』の素材として作り出していたのは、これなのである。
「ソラ! そのままで頼んだ!」
「おっしゃ!」
翔がその盾を足場に、カイトへ向かって跳び上がる。いやいやではあるが、やるからには勝ちに行くのが、瞬率いる運動部部員の流儀だ。
「ソラ、もういっちょ! 今度は複数頼む!」
「おう! 任せろ!」
「<<幻影体>>!」
魔力で出来た盾から跳び上がった翔だが、次の瞬間に彼は複数体に分裂する。翔が使ったのは幻影を生み出す技なのだ。そうして、3体にわかれた翔はソラが創り出した幾つもの魔力の盾を足場に、カイトを取り囲み、前左右同時に攻撃に入る。
「甘い!」
「ちょっ!? なんで!?」
だが、カイトには効果を為さなかった。幻影と同時に肉薄した翔だが、まったく迷わせる事なく、カイトによって迎撃される。この時カイトはさすがに理由を語らなかったが、この理由は簡単過ぎた。ソラとの連携が上手く行っていなかったのだ。
翔はソラの創り出した魔力の盾を足場として、カイトを取り囲む様に肉薄した。翔ではカイトの様に体術だけで滞空時間を延ばしたり、空中を移動するという芸当は出来ないが故だ。
だが、翔の使った<<幻影体>>では体重や力までは再現出来ず、魔力の盾に乗った時に出来る衝撃等を再現する事は出来なかったのだ。そこを見抜かれて、本体を見抜かれたのである。
もし連携として使うならば、ソラが翔の乗った盾と同じ動きを幻影が乗った盾にも再現するか、翔自身が衝撃さえも再現してみせる高度な分身を創り出さなければならなかったのである。
「<<蒼牙連脚>>!」
敵を目の前にして呆然となった相手を見逃すほど、カイトは甘くはない。なので、その隙を狙い定めて足技を繰り出す。空中で繰り出せば、叩き落とす様に放たれる最後の踵落としの一撃で地面に叩きつけられる事になる一撃だった。だったのだが、その最後の踵落としは途中で止まる。
「翔! ぼさっとするな!」
ソラの創り出した足場を使わず、地上から一気に空中へと躍り出た瞬が強引に割って入ったのだ。足りない加速力は雷の加護を使うことで補っている。そうして瞬が繰り出した槍に、カイトの振り下ろした踵落としが衝突し、衝撃波が生まれる。その衝撃で、今まで連撃を障壁だけで受け止めていた翔が、強引に離脱することに成功する。衝撃波は丁度翔の頭上より少し手前で発生したので、翔は地面に叩きつけられそうになるが、なんとか態勢を立て直した。
一方の瞬は、そのまま空中で火の加護を使用して、一気に<<雷炎武・弐式>>を使う。ただし、今回は槍に雷も炎も纏わせる事はせず、全てを自分の力としている。そして、二人は落下しながら戦闘を開始する。
「すいません! つーか、マジ手加減しやがんねえな!」
「当たり前だ」
瞬と空中で幾度か刃を交えながら着地したカイトが、距離を取って告げる。確かに出力は抑えているし切り札も使えないが、それでも手加減をするつもりは無かった。なので、攻撃はそれなりに本気で打ち込んでいたのだ。
「まずい! 小鳥遊!」
「はっ!」
「神陰流……<<奈落>>」
着地したカイトが構えた弓を見て、追撃しようと走りだしていた瞬が急ブレーキを掛けて立ち止まり、先んじて魔力を溜め続けていた由利が弓を射る。そうして返すカイトも、同じく弓を射た。由利の狙いはカイトだが、カイトの狙いは由利の放った矢だ。戦闘の最中に狙撃されるのを厭って、一度溜め続けた分を放出させるつもりだったのである。
そうして、2つの衝突で黒い閃光が生まれる。カイトの放った矢が由利の放った矢を相殺したのだ。由利は戦闘開始からずっと溜め続けていたが、カイトの放った矢は由利の矢を殺しきる為だけに放たれた物で、大した魔力は必要ではなかったのである。
「翔! 行くわよ!」
「おう! さっきのやり直しだ!」
由利の放った矢とカイトの放った矢によって生まれた閃光を目眩ましにして、魅衣と翔がカイトへと接近する。翔は幻影が意味を為さないかもしれないと警戒して、翔は分身体を生み出す事は無い。
「はっ!」
「はっ!」
二人は左右から同時に攻撃を仕掛ける。対するカイトは大剣を取り出すと、大ぶりに大剣を振りかぶる。二人纏めて吹き飛ばすつもりであった。
だが、如何にカイトでも、大剣でスピードファイター二人の攻撃には、間に合わない。なので、カイトも分身を織り交ぜる。これはきちんとした質量と力を持つ分身で、<<蒼天一流>>の術技の一つ、<<陽炎>>であった。ちなみに、魅衣側が分身だ。
「「だらぁ!」」
二人のカイトは同時に大斬撃を繰り出し、二人の攻撃に打ち勝つ。そして、即座にカイトは一人となり、先ほど仕留め損ねた翔へと肉薄する。
「ちょ! また俺かよ!」
「弱った敵から確実に仕留めろ」
「だよなっ!」
「わりぃ!」
翔に肉薄したカイトだが、風の加護を使用して急加速したソラが強引にその合間に割り込む。大剣と盾が衝突した衝撃で、澄んだ金属音が鳴り響く。そうして、当然だが攻撃したカイトにはダメージは無く、割り込んで防いだソラには腕にしびれが訪れる。
「つぅ!……いってぇ……」
「ふっ! はっ!」
「ちょっ! タンマ! その威力で連撃はマジつれぇ!」
その後も続くカイトの連撃に、ソラは苦々しい表情を浮かべながらもなんとか対処していく。それを見た翔は、再びカイトに接敵する。
「やはりタイマンは無理か! ソラ、防ぎ続けてくれよ!」
「おっしゃ! あんま無理すんなよ!」
「この一瞬! 逃すか!」
「由利! トドメお願いね!」
「……<<飛将軍の剛弓>>!」
どうやら大剣を持って幾ばくかの速度が落ちた事を好機と見て取ったらしい。ソラで攻撃を全て防ぎ、速度重視の3人で一気に動きを縫い止め、由利の武器技にてとどめを刺すつもりだった。だが、これに対処出来ぬ筈が無かった。
「……<<重ね天山>>」
カイトは増援が全員射程距離に入った瞬間、大剣の刃を地面に突き刺す。そうして生まれたのは、大剣の刃による刃の山だ。更にはその剣山の隙間を縫う様に、上空に無数の魔力の刃が現れる。上下から挟まる格好だった。
「つっ! まずい!」
「<<操作盾>>!」
「きゃぁ!」
「ちょ!」
いきなり出現した刃の山に、魅衣と翔が封じられる。ソラと瞬は加護の力を発動させ、一気に脱出したのだ。だが、それが出来なかった二人は閉じ込められたのである。刃が突き刺さっているわけでもないので脱出することも可能だが、その必要は無かった。
「前より上を見せてやる……<<栄枯盛衰の盾>>」
そうして飛来した由利の剛弓で放たれた矢の軌道上に、カイトは一枚の、何処か儚くも優美な盾を創り出す。叙情詩『イーリアス』に謳われる大英雄アキレウスがヘクトールとの戦いで使った盾である。カイトの知る盾の中では、上位の力を持つ盾であった。
ちなみに、前より上とは嘗て第二回トーナメントにおいて瞬を相手に使った<<大英雄の盾>>より上、ということである。
「少しは出来る様になった、か。善哉善哉」
全てを防ぎ終え、カイトが牙を剥いた、獰猛な笑みを見せる。由利の放った必殺の矢は防がれたが、それによって生まれた閃光を利用して翔が脱出に成功したのだ。
尚、魅衣は質量の無い分身体を自身に先行させ、更に自身の姿を隠蔽していたため問題なく脱出に成功していた。
「つっ……」
ソラ達はゾクリと寒気を感じる。カイトは今まで一度も笑みを浮かべていなかったが、笑みを浮かべた瞬間に、魔力に獰猛さが現れた気がしたのだ。
「さてさて……あいつらが褒美をくれてやった様に、オレも褒美をやらんとな」
獰猛な笑みのまま、一人カイトが告げる。地面に突き刺した大剣はそのまま地面に沈んでいき、そうして取り出したのは、ふた振りの刃。片方は、誰もが見たことがある大太刀・物干し竿。もう片方は、長身のカイトの身の丈程もある巨大な大剣だった。
「村正流・『朧月夜』。村正流・『万象』」
カイトの気配が変わる。今までは静謐さが表に出た熟練の戦士だとすれば、次いで現れたのは勇者としてのそれだ。厳かであり、それでいて、荒々しい。まさに武の頂点に立つ者の覇気だった。そうして、カイトが指をスナップさせる。それと共に、バタリ、と人の倒れる音がした。
「ん?」
「ガキ共にゃ、眠ってもらった……ここからは、勇者カイトとして、相手してやるよ。だから……」
だから、と言葉を切ったカイトが、光に包まれる。そうして現れたのは、彼の本来の姿。蒼眼蒼髪のカイト、だった。
「本気で来い。さもなけりゃ、ごほーび無しだ」
「お前がそこまで勿体ぶる程、なのか? ご褒美とやらは……」
カイトの宣告に対して、瞬が一筋の汗を流しながら、問いかける。気配そのものは少し圧倒的になったが、まだまだ、全員で束になれば、抗いきれないほどではない。この程度ならば、死力を尽くせば、なんとかなる。
「正真正銘……オレの切り札の一つだ。パチもん作りじゃなくてな」
瞬の問いかけに対して、少し穏やかな顔で、カイトはしっかりと見るに値するだろう、と請け負う。本来、彼ら程度に使うべき技ではない。これはいうなれば、ルクスにとっての聖剣、バランタインにとっての<<炎武>>と同じ、切り札に近い一手だ。
本来はこんな所で安易に開陳すべきでない手札だったのだが、それでもまあ、ここまで頑張った者達には、歴史書に記されない一枚ぐらい見せてやっても良いか、と思ったのである。そうして、獰猛な笑みで、カイトが告げた。
「さてさて……まずは、オレが相手だ。この状態でどこまでやれるか……見せてみろよ」
「っ! 全員で一気に押し切る! 防御は無視! 攻撃一辺倒で行くぞ!」
自らの汗が流れ落ち、地面にほんの僅かな水音を立てると同時に、瞬が号令を掛ける。そうして、全員が同時に、自らの持ち得る最大の連撃を放つ事にする。
「<<四元開放>>……<<幻影刺突>>!」
まず、駆け抜けたのは翔だ。彼は剣に<<武器技>>を乗せると、迷うこと無く<<縮地>>で一気に間合いを詰める。そして間合いを詰めると同時に、彼は迷うこと無く、それに技をのせて、刺突を放つ。
とは言え、そんな馬鹿正直な真正面からの攻撃に、カイトが対処出来ないはずがない。なのでカイトは長剣を振るって、翔の刺突を切り裂こうとする。が、そんな行動は彼らにとっても、見え見えだった。
「その程度で……っ!」
「<<氷海陣>>……幾らあんたでも、寒くちゃ動き鈍るでしょ?」
カイトの斬撃の一瞬前。魅衣が冷気を生み出して、カイトの動きを阻害する。確かに、どんな戦士でも防御の一瞬前に別の攻撃によって動きを鈍らされては、即座に対応は難しい。が、それは常人ならば、の話だ。カイトは常人ではない。超人とも英雄とも言われる存在だ。
「はっ!」
カイトは気合一つで冷気を吹き飛ばすと、そのまま何事もなかったかの様に、翔の刺突に対処する。とは言え、わかっている通り、翔は単なる牽制役だ。動きさえ止められればそれで良い。なので、それで作った時間を使って、由利が攻撃に移る。
「<<月の一撃>>」
由利は最大まで魔力を溜めて、弦を引き絞る。そうして放たれた矢は、一瞬にして、魔力も矢も感じられなくなる。
由利が使ったのは、ギリシア神話の月の女神、アルテミスの持つ弓だ。その効力は、苦しむこと無く致命に至らせる一撃だ。その実、これは不可視の矢を放つものだったのである。
「ふむ……考えたな。が……男にゃイマイチだ。覚えとけ」
不可視の矢は、不可視であっても、存在そのものはある。なのでカイトは何ら迷うこと無く、パシッ、と矢を引っ掴んだ。
ちなみに、カイトは男には効きが悪い、と言ったが、それでも神弓だ。普通に瞬達の誰も見切れる物ではなかった。カイトほどの鋭敏さがあればこそ、そして使い手が由利だからこそ、引っ掴めたのである。
「あり得んな、相変わらず! <<雷撃槍>>!」
不可視で魔力さえも感じられないはずの矢を引っ掴んだカイトに対して、瞬が呆れ気味――と言っても顔は獰猛だが――に、雷の投槍を放つ。そんな雷の塊に対して、カイトはただ、獰猛な笑みを浮かべる。
「オレが化物だ、ということを改めて、教えてやるよ……はぁ!」
カイトはただ、右腕を前に突き出す。そして、一つ裂帛の気合を入れると、それだけで、<<雷撃槍>>の雷が掻き消えて、莫大な光量が周囲に撒き散らされる。
「やっぱ、こうなるよな! ここだぁあああ! <<暴杭>>!」
そうして生まれた莫大な光量を囮に、ソラが気合と共に、盾を突き出す。使うのは、彼が開発した<<杭盾>>の威力だけを極限まで追求した<<暴杭>>。そうして、炸薬代わりの魔力が爆発して、轟音が生まれた。
「……まあまあ、か。努力は見えるな」
「は……ははは……マジかよ……」
全てをめくらましにして、ここまで読んでの一撃だが、カイトはそれに右手で掌底を放つ事で、対処する。そうして自らの杭を打ち壊されて、ソラが頬を引き攣らせる。そんなソラに、カイトがはっきりと告げる。
「手札が少なすぎる。お前の悪い癖だ。確かに、<<杭盾>>は良い技だ。だがな……お前はそれを見せすぎだ。切り札は隠せ。それが出来ないのなら、それが必要無いぐらいに手札を持つか、他に切り札を持て」
カイトはソラの弱点を指摘して、カイトは右手をそっとソラの鎧にあてる。そうして、がぁん、という甲高い音が響いた。
「ぐふっ!」
「<<掌底撃>>……幾らなんでも、そろそろ盾無しのステークを作れ。後、そろそろ鎧にガタ来てるぞ。修繕頼んどけ」
ソラを吹き飛ばしたカイトは、そのままソラに忠告を送っておく。触ってみてわかったのだが、そろそろ、鎧の修繕が必要そうだった。
「まあ、総じて良し、だ。このぐらいなら問題ねえな……さて……じゃあ、ご褒美の時間だ」
ソラを集団の中に押し戻したカイトは、そうして、自らの切り札を一つだけ、彼らの為に開陳する事にするのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第460話『勇者カイト』
多分、今週土曜日から断章・8の投稿を開始します。詳細は本日投稿するつもりの活動報告でも上げます。