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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第二六章 新たなる一歩編
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第456話 新たなる一歩

「すぅ……はぁ……」


 瞬は息を整えながら、真剣に意識を集中させる。今の彼には、味方は居なかった。いや、正確にはすぐ近くにいつでも介入出来る様に待機してくれているのだが、この戦いでだけは、一人だった。


『来るぞ、距離500。先輩から見て3時の方角だ』

「すまん。助かる」


 頭の中に響いてきたカイトの声に、瞬が礼を言う。それと同時に、彼の目が敵を捉えた。


「『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』か……」


 瞬を目指して一直線に移動する真紅の影をしっかりと見据えて、彼が敵の名を呟く。『血塗れ(ブラッド)』。因果な名前だと瞬は思う。この敵を一人で討伐する事こそが、今回の戦いの目的だった。そうして、瞬が槍を構えると同時に、真紅の狼が、その全貌を露わにしたのだった。




 時は数日前に遡る。事の起こりは、全員が居る冒険部の執務室で起こった。


「なあ、カイト。一つ相談が有るんだが、良いか?」

「なんだ?」


 地球からのメッセージが届いてから数日後。新たな決意を胸にそれぞれの一歩を踏み出した冒険部の面々だったが、瞬が一つの決意を胸にカイトに切り出した。


「ランクBの昇格試験を受けたい」

「ん?……ここらの魔物だと……確か『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』か」

「ああ。そいつはどんな魔物なんだ?」


 どうやら瞬は名前ぐらいは把握していたらしい。まあ、地元出身かつユニオン職員のミレイは知っているだろうし、そこから聞いたのだろう。


「んー……まあ、赤い狼だな。ここらだと生息地はマクスウェル南側に20キロほど行った所にある草木が生い茂る林の周辺だ」


 カイトは頭をトントンと叩きながら、自分の記憶を探る。


「南東に居る『剣狼(サーベル・ウルフ)』は知ってるか?」

「ああ。何度も戦った」


 カイトの問い掛けに、瞬が頷く。『剣狼(サーベル・ウルフ)』はその鋭い爪が特徴的な狼型の魔物で、嘗てメルがカイトと共に旅をした際にフェイントを食らいビキニアーマーを晒す事になった原因が、この『剣狼(サーベル・ウルフ)』であった。爪がまるで剣の様に鋭く、そして弧を描いている事から、『剣狼(サーベル・ウルフ)』と名付けられたのである。


「その進化系の一つが、『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』だ」

「『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』……か」


 瞬の顔に浮かんだ若干の苦味をカイトが目聡く見付け、苦笑する。


「安心しろ。かつての奴(ブラッド・オーガ)よりは、まだ楽な相手だ」

「……わかりやすかったか?」

「まあな。あいつは亜種の上に知能まで持ち合わせていた厄介な奴だが、こいつは単なる進化系だ。魔術も使わないし、戦い方そのものは『剣狼(サーベル・ウルフ)』とさして変わらん。スペックそのものは、ランクBの入門に相応しいだけの能力を持ち合わせているけどな」


 瞬が苦笑したのに合せてカイトも再び苦笑し、更に敵の概要を告げて安心させる。そうして更に瞬が突っ込んだ事を問い掛ける。


「何か気を付けるべき事は?」

「特には無いが……まあ、強いて言うなら、あいつは単独の魔物だ。仲間は心配しなくても大丈夫だ」

「そうなのか?」


 『剣狼(サーベル・ウルフ)』の厄介な特徴として、その一つに集団行動を行うと言う事が挙げられる。嘗ての乗り合い馬車で様々な徒党を組んでいた事からもわかるように、複数の魔物と徒党を組む事もあり、同ランク――ランクC――の魔物の中では頭ひとつ飛び出した厄介さの一つとして挙げられる程だった。


「『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』ははぐれで行動した『剣狼(サーベル・ウルフ)』が同種等似たような四足歩行の魔物との戦いを経て生き残った魔物らしくてな。それ故、徒党を組むと言う事が無いらしい。それ故か、別名が迷子狼だそうだ。群れから逸れた迷子の狼って事だ。まあ、群れを見付けても壊滅させるんだけどな」


 カイトが苦笑しながら、更に情報を開陳する。魔物の情報は瞬達も所有している個人端末型の魔道具にも登録されているが、こういった雑学は掲載されていない。それ故、瞬はカイトに聞いたのである。


「じゃあ、取り敢えずは戦いに専念出来る訳だな」

「ああ。それ故、ユニオンでもランクBへの昇格試験として推奨されている魔物の一体だ」


 瞬が少し安心した様に呟き、カイトがそれに頷いた。当たり前だが、ユニオンとて所属している冒険者に死んでもらいたいとは思っていない。それ故、厄介な魔物やランク昇格に最適な魔物であれば積極的に情報開示が為されているのである。


「まあ、行く時は声を掛けてくれ。監督に向かう」

「ああ、頼んだ」


 こんな遣り取りがあったのが数日前で、瞬が最後の確認とリィルと共に鍛錬を数日間行って、ついにその日が来たのであった。




 再び、時は今に戻る。『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』との戦闘を開始した瞬は即座に<<雷炎武・弐式(らいえんぶ・にしき)>>を発動させる。今回は自身の速度と腕力を上げるために、炎も雷も身体に纏ったままだ。


「ふっ」


 小さく、瞬が息を吐いて間合いを取ると同時に、『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』が右前足の爪を振るう。だが、『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』の攻撃はそれでは終わらなかった。振るわれた爪には真紅の魔力が宿っており、それが斬撃として放たれる。


「ちぃ!」


 放たれた斬撃に気付いた瞬は一瞬顔を顰めるも、すぐに槍を振るって斬撃を防御する。そしてきぃん、という金属音が鳴り響き、『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』の真紅の斬撃は防がれた。


「ちっ……言わなかったな」


 瞬は見ず知らずの行動に舌打ちする。爪に魔力を乗せて斬撃を放つなど、『剣狼(サーベル・ウルフ)』には無い攻撃だった。カイトが知らない筈は無いのだが、語られ無かったと不満を言う気も、介入を期待するつもりもない。なにせ、今回カイトから出た指令は唯一つ。前調査をするな、であった。まあ、実は前情報を調べても意味が無いのだが、それは今は良いだろう。

 冒険者という危険極まりない職業からすれば狂気の沙汰の愚行であるが、カイトからその意図を教えてもらっていた。その意図は簡単だった。これ以降を見据えた行動だったのだ。


『ランクBを超えると、一気に敵の攻撃に不可思議な物が多くなる。前情報は所詮今までの前例だと思え。何が起きても対処しろ』


 カイトの言葉はこうだった。ランクBを超えると、一気に既出の情報があてにならなくなる。それ故、情報収集は大事だが、それに頼り過ぎてもダメなのだ。もし安心した所に未知の行動がくれば、そこから突き崩される可能性は高いのだ。

 だから、カイトは敢えて『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』は『剣狼(ブレード・ウルフ)』の進化系に過ぎない、と言う情報と、増援が無いと言う情報だけしか与えなかった。攻撃手段としていきなり未知の攻撃が来られて困惑するよりは、全ての攻撃に対処する事を学ばせるつもりだったのだ。


『この魔物はよく知られているから安全だ、は間違いだ。何かが可怪しい、わずかにでも勝てないと思ったら引け。逃げる必要は無い。だが、逃げれる位にまでは、引け。引き際を誤るのが最も最悪だ。もしも何か嫌な予感がしたら、迷わずにその直感に従え』


 ランクBへの登竜門に『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』が選ばれたのは、ある種の必然だった。実はこの魔物の情報は、冒険者ユニオンによって意図的に伏せられている。おそらく、多くの先輩冒険者もそうだろう。ここが、分水嶺なのだ。

 それを学ばせるにはうってつけの魔物が、この『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』なのである。そうして、それはすぐに瞬も思い知る事になる。


「なっ!? 人狼(ウェアウルフ)!」


 瞬の驚きが、風の音しかしない草原に響き渡る。今まで4足歩行で動いていた『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』だが、いきなり骨格が変化して、二足歩行になったのだ。それは明らかに二足歩行をするのに最適な人型であり、腕を自由に使う為に最適な形態だった。

 そして、二足歩行になった『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』は、腕の力も変化していた。再び爪に真紅の魔力が宿ったのは同じだが、振るわれる斬撃の力が圧倒的に強くなっていたのだ。


「つぅ!? 一体なんなんだ、これは!」


 何が起こっているのか理解出来ない瞬は戦いの最中だと言うのに困惑するが、身体だけは、しっかりと染み込んだ動きを行ってくれる。

 これこそが、ランクB以降の冒険者にとって最も必要とされる才覚だった。頭が混乱していても、本能の領域で戦えるか否か。この試験で見られるのは、正に、それだった。究極的に言えば、カイトの吐いた嘘もユニオンの吐いた嘘も全て、無駄だ。これが出来るかどうかだけで、十分だった。

 本能の領域で戦闘が出来ない冒険者は、何時まで経ってもランクBより上には上がれない。いや、それ以前に、ランクBの昇格試験で命を落とす。それが、ランクBとCの間にある壁であった。

 ランクBへの昇格試験において試験の受講までに数ヶ月という明確は期間が明けられているのも、実績を求められるのも、冒険者達にとって登竜門的存在であるのも、当然だった。ここだけは、才能と経験がモノを言う。

 才能さえあればランクCまではたどり着けるし、戦いも才能だけでどうにでもなる。だが、これより上は、才能だけではなく冷静に対処出来るか、または冷静さを欠いても身体は対処出来るか、と言う経験値も必要になるのだ。

 今までのユニオンに千年以上蓄積された情報から、どれだけ駆け足でも最低限の経験値が養われる、と判断されたのが、3ヶ月、と言う期間だった。この例外となり得たのは、カイトの様な復讐と言う魔道に堕ちた化物か、ティナの様な正真正銘の天才だけ、だ。


「ぐるるる……」

「はぁ……はぁ……」


 『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』の攻撃が一瞬停止した事で、一瞬の停滞が出来る。頭が混乱の極みに達した瞬だが、その停滞を利用して、意識を集中させる。

 そうして、彼は構えを変える。今までは攻撃一辺倒のスタイルだったが、前情報所か予想からも外れた『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』の行動に、自身の防衛本能に従う事にしたのだ。


「速度が……落ちてるのか?」


 敵の攻撃を防御しつつ敵の行動を見極める瞬だが、獣形態では追い付けていた瞬の速度に、人型形態では『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』が追いつけていないのだ。次に悩むのは、これがブラフか否かだ。だが、その答えはすぐに出た。


「道理か」


 瞬はそれを致し方がない事と捉えた。人型と獣とでは、当たり前だが速度が異なる。骨格そのものが変わった事で、速度が出せなくなるのは当然だった。その代わりに、力が増しているのである。


「なら、行くぞ!」


 そうしてそれを見て取れば、瞬が再び攻勢に入る。だが、これもある意味失敗だった。一度距離を取って投槍で仕留めるつもりだったのだが、距離を取ると見るや、『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』は即座に骨格を変えて獣形態を取り、瞬の速度に追い付いて来たのだ。


「ちぃ! 知恵が無いんじゃなかったのか!」


 苛立ち混じりに瞬が怒鳴る。だが、これは少々間違いだ。『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』に知恵は無い。ただ、今まで生き抜いてきた経験から、第六感的に防衛本能が強いのだ。それ故、瞬の行動に嫌な物を感じて、『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』は距離を詰めたのである。これがもし、瞬が選んだのが逃走であったなら、『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』は見逃しただろう。


「どうするか……」


 距離を詰めて再び人型となった『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』の振るう爪を防ぎながら、機械的に瞬は攻撃に対処していく。だが、出た答えはいつも通りだった。つまり、攻める、である。


「ついて来い!」


 瞬はそういうや、雷の速度で草原を駆け抜ける。再び距離を取った瞬に『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』は獣形態を取って離されぬ様に加速して、近接した瞬間には再び人型形態に変わる。そうして、幾度も赤と紫色の双光と、真紅の光が激突する。そうして、その瞬間は訪れる。


「はぁっ! おぉおおお!」


 その瞬間。瞬の大声が響き渡り、鮮血が散った。瞬の槍が『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』の心臓を貫いたのだ。そして次いだ彼の叫びに応じて『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』の心臓を突き刺した槍から業火が迸り、『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』の真紅の身体を同じく真紅の業火で焼き払った。

 瞬とて、何も無意味に走り回っていた訳では無い。『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』の行動を見極め、どう言う態勢で攻撃しているのかを見極めていたのだ。

 そうして見えたのは、獣形態で走って人型形態で接敵する際の攻撃で出来る隙だった。どうしても前傾姿勢からの攻撃なので、左右交互に振るう事が出来無いのを見て取ったのだ。

 まあ、その代わりに左右同時に振るわれるので攻撃力は増しているのだが、どうしてもその後には一瞬の隙が出来る。瞬はその隙を狙ったのである。それも、ただ単に狙った訳ではない。彼は一工夫加えていた。


「勝ったか……」


 顔に疲れの見える瞬は、炎と雷の二槍を同時に消失させる。瞬は左手の雷を纏わせた槍で『血塗れの狼(ブラッド・ウルフ)』の爪の斬撃を相殺し、次いでがら空きになった胴体目掛けて右手の炎の槍で心臓を突き刺したのである。


「昇格、おめでとう」


 そこに、カイトがパチパチと拍手しながらやって来た。そうして、彼は口を開く。


「どうだった? 『血塗れの人狼ブラッド・ウェアウルフ』との戦いは」


 時折見せるイタズラっぽい笑みを浮かべた彼は、瞬に悪びれる事も無く、耳慣れない名前を告げたのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第457話『ランク・B昇格』

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