第452話 メッセージ ――家族達――
天桜学園に子供を通わせる各家族へは殆ど何も知らせずに、ただ『天桜学園に関する情報が掴めた』とだけ知らせて首相官邸に密かに集められた。のだが、幾つかの家族だけ、その例外があった。
その中の一家族が、たった今。その例外達が来る事になる天道邸の前に日本国がチャーターした車から、降り立った。
「此方が、天道家本家になります」
「わー……大っきい……」
そうして、真っ先に降り立ったのは、少女だった。その少女は、ポニーテールが印象的な美少女だった。年の頃は少女から大人の女性になりかけといった所で、身体つきは大分大人びて来ている。
だが、それに相反する様に、精神の方はまだまだ少女のそれであった。彼女はカイトの妹、浬である。彼女は降り立ってすぐに巨大な日本屋敷の威容に飲まれた。
浬が威容に飲まれている日本屋敷の総敷地面積は一個人の邸宅にも関わらず、数百畳では済まないだろう。地下階と上階を含めれば、東京ドームの敷地面積にも匹敵するかもしれない。
それ故、普通にデカデカとした巨大な門があるし、塀の端から端までを見ようとしても、見えなかった。彼女が飲まれるのも無理は無い。そんな邸宅の前には、少なくない数の使用人達が並んでいた。そうして、続いて三人、車から降り立つ。
「……天道の総本家、天道邸やな」
「来たくなかったなー……」
そういうのは、カイトと彼女の両親である彩斗と綾音だ。関西弁を使うのが父彩斗で、この家の前に立って嫌そうな顔をしているのが、母綾音だ。綾音は末端ではあるが天道に連なる者なので、あまり本家には近寄りたくなかったのだ。
そしてその二人の横には、浬と同じく中学生の弟、海瑠が居た。彼女らカイトの家族は、首相官邸に集められなかった例外に入っていた。
「行こ」
「あ、お姉ちゃん! 待ってよ!」
「あ、おい!……って、行かなダメやわな」
「うん」
浬が海瑠を連れて、歩き始めた。それに一瞬親たちが戸惑いを見せるが、それも少しだけだ。すぐに、歩き始めた。実は綾音はカイトも知るようにその安否不明が知らされてから精神に変調を来していたが、とある理由からその生存と安全を確認しており、不安は無かったのだ。
「お待ちしておりました。天音様ご一家ですね?」
「はい。社長にお会いできますか?」
「お話はお伺いしております。ご案内いたします」
「有難う御座います」
さすがに使用人達を前にして子供達に率先して動かせるわけにも行かない。なので彩斗が前に立つ。そうして、中に入ってまず出迎えたのは、門の前を上回る数の天道邸に仕える使用人達だ。そして、天音家一同は、使用人達の指示に従い、門の中に入る。
「うはっー……外からもそうだったけど、やっぱり中も大っきい……」
「はへー……」
浬はキョロキョロと周囲を見渡して物珍しそうにしているし、海瑠に至っては口が開いたままだ。浬と海瑠は、門に入って早々からずっとこの調子だ。そうして、数分歩いた所で、天道邸の玄関に辿り着く。
「御召物をお預かりしたします」
「あ、ありがとうございます」
玄関に入ってすぐに出て来た使用人達に、浬が気圧される。が、着て来ていた上品なストール――天道邸に来るということで、なるべく上品な服装を選んだのである――を使用人に渡し、靴を脱ぐ。脱いだ靴はそのままで良いとの事なので、一同はそれに従う。そうして、一同が室内用の装いになった所で、案内をしていた使用人が口を開いた。
「大旦那様も旦那様も共に、地下にいらっしゃいます」
「会長も、ですか?」
「はい。では、こちらへ」
そうして歩き始める一同だが、道中で浬が口を開いた。ちなみに、彩斗が言った社長とは覇王の事で、旦那様も同じく彼の事である。
「やっぱりお兄ちゃんの関係かな?」
「しかないよ……」
「うぁー。どうしよ……」
「わかんないよ……」
彼女が会話している相手は、海瑠だ。二人共、今にも頭を抱えたくなっていた。実はこの二人。カイトが残していったゴタゴタ――といっても彼が消えた事によって起きた物だが――に巻き込まれる形で、魔力や魔術、異族等の存在を全て知っていたのだ。それに、兄が彼らから一体どういう扱いを受けている存在なのかも把握していた。
とは言え、兄が残した情報と、兄が持つ情報網から兄の事は天道家が主体となる『秘史神』にはバレていないと聞いていたのだが、弟妹達はあまり信用していなかった――天道家の方を過大評価しているだけ――のである。それ故、その関係で呼ばれたと思っているのである。
そんな二人がこそこそと話している間に、一同は地下にあるシアタールームへと辿り着く。そうして、案内をしていた使用人が部屋の前に取り付けられたインターホンを鳴らした。
「大旦那様、旦那様、天城総理。天音家ご一家をお連れ致しました」
『そうか。入ってもらえ』
「天城総理? ソラ君のお父さんまでいらっしゃるんですか?」
「はい。では、中へ」
使用人の告げた名前に、いよいよ事情を知らされていない綾音が眉を顰め、勘違いしている浬と海瑠が胃を痛める。そうして、使用人が扉を開くと、そこにはその三人以外にも、何人もの黒服――この三人の秘書官やSP達――と、テレビの政治・経済系番組で一度は見たことがある顔ぶれがそこに居た。誰もが日本の政財界の重役達だ。
とは言え、それに混じって肩身が狭そうな者達も居た。その明らかに場違いな印象を受けている数人に、彩斗が気付く。
「……幸人?」
「ん?……彩斗?」
二人はちょっとした縁から知り合いで、名前で呼び合っていた。幸人とは由利の父親の名前で、警察官ではあるが、何も警視総監等の重役と言うわけでもない。やはり此方もこの場にはそぐわない面子だった。
他にも幾つかの家族らしき面々がそこには居たが、カイトの知り合いを挙げれば、魅衣の姉である亜依やその婚約者の竜馬も居た。亜依は数年前から中学校で教師をやっており、浬の担任でもあった。が、最近になって産休を取り、代わりの教師が赴任していた。
「あ、三枝先生。お腹、大っきくなりましたねー。男の子ですか? 女の子?」
「調べない様にしてるの。浬ちゃん、海瑠くん。久しぶり」
産休に入って暫くした頃だったため、久しぶりに出会った二人は、教師と教え子である以前に知り合いだったことから、仲良くしていた。
「えーっと……先生も呼ばれたんですか?」
「まあね。それに、そっちにほら。天道君もいるわ」
亜依の指差す方向を見ると、何人もの使用人に囲まれた一人の美男子が居た。普通ならば同年代の女子生徒達が色めき立つような色男であるが、その実情を知る浬――や彼の通う学校の生徒達――は違い、顔を顰めるような男子生徒である。彼の名は天道 煌士。桜の実弟である。
まあ、彼は中二病真っ盛りなので、本人はドラキュラ伯爵のようなマントを羽織って、中世の貴族をイメージした様な黒系統で統一された衣服を身に纏っている。顔が良いだけに、似合いまくっていた。なお、マントは秋頃ということで肌寒い日が出てきたため、新たに新調した、とのこと。秋物らしい。
ちなみに、彼も本来は姉の桜と同じく天桜学園の中等部に通う予定だったのだが、この色々とセンスが良い私服が着たいが為だけにカイトが通い、今は浬と海瑠の通う天神市立第8中学校に通っている。
まあ、そのせいでカイトの残していったゴタゴタに巻き込まれているのだが、魔術が使えるようになって非常にご機嫌である。そうして、浬は煌士と目が合うと、非常に嫌そうに顔を顰める。
「げっ!?」
「げっ!? とは何だ、げっ!? とは! このわがは……いえ、申し訳ありません、お祖父様」
煌士は学校でのテンションで浬に絡もうとしたのだが、ギロリと祖父の武に睨まれてすごすごと引っ込む。基本的に、彼は祖父だけには敵わないらしい。
そんな息子を覇王は楽しげに見つつ、彩斗に対して声を掛けた。彩斗は時々覇王に会う事があり、年が近い事とふとした縁でそれなりに気に入られているらしい。
「よう、天音副部長」
「覇王社長……いつもアシマネや言うとりますやん」
「英語か日本語の差だって。固い事言うなよ。お前だって社長じゃねーか」
相変わらず自宅では着流しの着物姿の覇王は、彩斗の訂正に笑うだけだ。ちなみに、彩斗が副部長をアシマネ――アシスタント・マネージャーの略――と言い直した様に、天道財閥では20年ほど前から全て英名の役職名で統一されている。なので本来覇王は社長ではなく、プレジデントもしくはCEOと呼ばれる役職であった。
「プレジデントって言うたらなんか大統領みたいな感じが」
「まあ、そりゃ違わねえな」
彩斗の言葉に、覇王が苦笑して同意する。それ故、彼も滅多にプレジデントは使わず、使うのはもっぱらCEOだ。プレジデント天道やプレジデント覇王は彼の主義にそぐわなかったらしい。
「ま、取り敢えずは腰掛けろ。お嬢ちゃん達も一緒にな」
「はい。会長、総理、失礼します」
「うむ」
武の返答を聞いて、彩斗が備え付けのソファに腰掛ける。それに手を引かれるように綾音が座り、その後、ガチガチに固まった海瑠と、腹が決まった浬が腰掛ける。それを待って、覇王が口を開いた。
「さって……星矢、これで全員か?」
「全員だ。神宮寺には佐野さんが行っている。皇の嫡男も一緒だ」
「他は?」
「それぞれ内閣府とかから人員を派遣している」
覇王の問い掛けに、星矢は事務的に答えていく。どうやら彼ら以外にも、首相官邸に集められなかった人員は居る様子だった。尚、星矢が告げた佐野とは、彼の内閣で官房長官を務めている者の名前である。
そうして、それを聞いた覇王が使用人に視線を送り、彼らが頷いたのを見て、彼は星矢に告げる。覇王が視線を送ったのは、盗聴対策が万全かどうかを尋ねたのだ。
「よっしゃ。じゃあ、これで全員だな。星矢、始めていいぞ」
「わかった。まずは、お集まり頂き感謝する。ここに集まってもらったのは、ここが首相官邸よりも防備が固いからだ」
覇王に促された星矢が語り始める。一国の首相官邸よりも一個人の邸宅の方が盗聴対策等に優れている、とは内閣総理大臣の発言して良いセリフでは無かったが、事実なので何も言えない。
それに、この場の面子はそんな事を瑣末な事として指摘するような者は誰も居ない。そんな事よりも、集められた時に極秘、と告げられた内容の方が重要だった。
「天桜学園について、で集まってもらったのだが、その前に一つの書類に記名してもらう。それが、情報公開の前提条件だ。配ってくれ」
星矢の指示に従い、天道家の使用人達が一枚の紙を各個人に配っていく。配られた紙を見て、幸人が口を開いた。
「箝口令同意書? ですか?」
「彼らが何処へ行ったのか……それを秘す為の同意書だ」
「そこまで隠す必要があるもの……なのですか、総理?」
確かに転移については理解不能な事が多かったが、何処へ行ったのかまで隠す必要があるとは思えなかったのだ。幸人の問い掛けだが、相変わらず星矢は多くは語らず、短く答えた。
「それについても、同意書にサインしてから、だ」
「……分かりました」
警察官としての職業柄なのだろう。星矢の言葉を受けて幸人がサインをする。それを見て、彼の妻と由利の弟妹達がサインを行う。
「まあ、彩斗もわりいんだが、サイン頼むわ」
「はいはい、社長」
少しだけ申し訳無さそうな覇王だが、彩斗はまったく気にせず、サインする。表向きは一手間取らせた事に対する謝罪だが、これは実は違う。この書類こそに、理由があるのだった。
それに気付いているのは、本来は覇王率いる天道財閥のトップや日本政財界の重役達と、とある理由によって彩斗等のごく一部だけ、の筈だった。だが、誰しもの予想を裏切り、気付いていたのが数人居る。
「……お姉ちゃん、これ」
「強制宣誓文……しっかり読んどいて。で、場合によっちゃあ、わかってる?」
「うん……連絡の準備は出来てるし、最悪は魔眼で書き換えるよ」
まずは、浬、海瑠の姉弟だ。彼らは巻き込まれた関係で、一通りの知識はあった。なので、しっかりと契約書の内容を読み込んでいく。
「問題無いわね」
「ええ、そうですね」
「このような物に我輩が怯える筈が無いな」
二人以外には、亜依、竜馬の夫婦に煌士の三人が、理解していた。亜依達夫婦はそもそも竜馬が祖先帰りとして魔術を使えているし、亜依はその事を把握している。なので、気付いても当たり前であった。そうして、全員がサインをし終えた所で、覇王が口を開いたのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第453話『メッセージ』