第450話 メッセージ ――友情出演――
地球へと送るビデオメッセージを作っている最中。相も変わらず悪戯で撮影に割り込んだユリィ、クズハ、アウラの三人の説教を始めようとしたカイトだが、そこでふと、後ろから声を掛けられる。
「何故、ここにお前らまで居る?」
「おー?」
アウラが少しだけ体の軸を動かして、カイトの背中から該当の人物二人を確認する。
「あ、アウラ! 見つかったんだ!」
「おー。ルクス、久しぶり」
「成長は出来てる?」
「ん」
以前は居ないと言われたアウラの姿を認めたルクスの問い掛けに応じて、彼女はぽん、という音と共に本来の彼女の姿である美女の姿に変わる。
「うむ、綺麗だ」
「うん、綺麗だね」
「おー」
二人からの賞賛を受け、アウラが嬉しそうにVサインで応じる。と、そのまま再びぽん、という音とともに、先ほどの少女の姿に戻った。
「いや、待てや、おい」
「ん? なんだ?」
「なんだい?」
「だからなんでてめえらまで普通に出てやがんだよ。と言うかてめえその年齢の姿でその口調すんな。アルとダブる」
「えー……でもさ、あの性格だと色々と問題が……」
「いや、確かに違和感はあるな」
カイトの言葉に不満気なルクスだが、カイトの言葉の方に、ウィルも同意する。それを受けて、ルクスが少し不満気に、口ぶりをかつての旅時代の物に戻した。
「ぼ……いえ、私も大恩のある身として……やっぱりやりにくい! と言うかむちゃくちゃ恥ずかしいよ! 思い切り古傷が!」
「こっちは違和感ありまくりなんだよ!」
「それで言ったらクズハもじゃん! あんなキャーキャーはしゃがなかったでしょ、彼女!」
「……ああ、そういえばそうだったか」
今度はルクスの言葉に、ウィルが同意する。実はクズハはカイトとの旅の当時、ものすごく無口だったのだ。それこそ今のクズハは何があったのだ、と思えるほどだ。
まあ、仕方がない。当時の彼女はまだ齢6歳にして、親を戦火で失い、天涯孤独の身だったのだ。しかも、預けられたエルフ達の里ではあまりにも高貴な身分であったため、誰も名前を呼んでくれない様な箱入り、いや、腫れ物に近い扱いだ。負った傷は果てしなく深く、癒やしてくれる者もいない。無口になるのも致し方がない。
まあ、それでもカイトとの旅路で親代わりと言うか母親の様に接してくれたバランタインの妻の存在や、他ならぬカイト達の馬鹿騒ぎによって傷が癒えて、今の性格と相成ったわけである。
「懐かしいよねー。おにいさま、ってとことことこっと」
「懐かしいですねー」
「懐かしい」
その当時を思い出したのか、懐かしげに三人も語る。と、そんな和やかかつぎゃいのぎゃいのと騒がしい撮影だが、当然こんなことになれば、黙っていない奴らが居る。というか、彼女らの場合はユリィとアウラ、そしてクズハが企んだ時点で撮影に参加する気満々だったりする。
「やっほー!」
「うん?……と、これはシルフィード様。御無沙汰しております」
いきなり現れた緑髪の女の子に、ウィルが優雅に傅いて、その手に口付けをする。
「やぁん、ね、ね、カイトも」
嬉しそうに照れてみせて、シルフィはカイトに手を差し出す。
「ん? あ、おう」
「やった」
ここで条件反射で応じるあたり、カイトの貴族調教は成功している。カイトは傅くことは無かったが、身をかがめてシルフィの差し出した手に平然と口付けをする。
まあ、これはよもや彼女らまで出て来るとは思っておらず、呆然としてしまった所に手を差し伸べられてしまった事が大きい。
「あら、では私も」
「はいはい……って、ちょっと待て!」
「あら?」
「あはは。じゃあ、ウンディーネ様、僭越ながら、僕が」
「はい、ありがとうございます」
呆然とした所にカイトが口付けをしたのをみて、ディーネが出て来て、此方も手を差し伸べる。カイトはそのまま流れで応じようとしてしまったが、そこでようやく思考回路が再起動した、までは良かったのだが、そこで悪乗りしたルクスがディーネの手を取って口付けをする。二人共、非常に絵になっていた。
「おい、だから勝手に貴婦人と騎士みたいな絵をしてんじゃねえ! 似合うだろうが!」
「照れるね」
「照れますね」
「乗ってんじゃねえ!」
そもそも仕掛けたのはカイトである。とは言え、カイトが怒鳴るのは無理もない。この映像は当然ながら送る前に検閲される。そんな時に映っているのはこの面々である。誰もが唖然となり、扱いに困るのは確実であった。
「まあまあ。取り敢えずさ。僕らだってカイトにはお世話になってるし、君のご両親にだけは誰も挨拶出来て無いんだよね」
「うむ。まあ、国を救われた手前、こういった場ででも挨拶をしておかねば国体に関わる」
「国体以前にオレの日本での生活に関わるわ! つーか、シア! 一回撮影止め……って、ん?」
そこでふと、カイトが撮影中である事を思い出し、止めさせようとしてシアからも誰からも止まらない事に気付く。そうしてふと、生徒たちの方を見れば、何人もの撮影の生徒と教師達が地面に倒れ伏していた。
「はぁ……こんなの止められると思うかしら?」
「……大精霊様……はぅ……」
「ヘンゼル! 倒れたいのはわかりますが、倒れてないで早く記憶に処置を施して!」
大精霊たちが一堂に会し、更には英雄達と共にふざけ合うなぞというあり得ない光景を目の当たりにして、ヘンゼルがふらりと倒れそうになる。それをもう一人のシアの護衛役であるフィニスが抱きとめる。
そうしてヘンゼルが復帰しないのを見ると、フィニスは一人必死で撮影役の生徒たちの記憶の削除に奔走し始める。こんな状況を誰かに見られれば、国家機密であるカイトの正体がもろバレなのだ。
一方、窓の外を眺めながら、シアはそれら全てを見なかった事を選択する。それもその筈で、彼女の横には夏のうららかな陽日を浴びて眠そうな――彼女が眠そうなのはいつものことだが――ルナと、それを何とか立たせているソルが居たのである。
いくら第一皇女とは言え、彼女も皇国で生まれ育った少女だ。大精霊の前には単なる少女に過ぎず、見なかった事にしたのは仕方がない。
「……すー……」
「ああ、ルナ! そんな所で寝てはダメです! カイト、どこかにベッドは!」
「……ステラ。悪いが記憶の消去を手伝ってあげてくれ。ソル、ソファで頼む」
「あ、ああ……」
「ごめんなさい! ソファをお借りします! って、雪輝! 少しだけどいて下さい!」
「ぐはっ……ひどいわ……」
疲れた表情で、カイトが執務室に併設されている来客用のソファを指さす。そしてカイトの命を受け、ステラが若干涙目になりながら記憶を消して回るフィニスの手助けに入る。
そしてルナが寝る前に、とソルは大慌てでルナの手を引いていき、しかし間に合う事が無く、ソファで暑さにやられていた雪輝の上に落下した。だが、当然彼女らだけではない。他の面々も好き放題に振舞っていた。
「ごめーわくをおかけしております。ただいま、えいぞうがみだれております」
「ノーム様は相も変わらず絵が上手じゃ」
「えへへー」
照れるノームに、その絵の出来を見てティナが褒める。相も変わらず日本人のオタクが見ても日本の絵師と間違うような全大精霊達のSD絵なのだが、今回はそのど真ん中に『少々お待ち下さい』と可愛らしい日本語で描かれていた。
「……カイト、本当に申し訳ない」
「あはは! いいじゃん! これが一番元気だ、ってわかるだろ!?」
「元気だとわかるのは、てめえらな! オレは疲れてるよ!」
唯一、雷華だけは心の底から申し訳無さそうである。それを見て、サラが一人大爆笑だ。その笑いにカイトの怒号が執務室の中に響き渡るが、それで終わるはずが無い。つい先程まではカメラに向かって自作の絵を披露していたノームだが、今はデジカメを持ち歩いて各個人の撮影に入っていた。
「これがとりあえずかいとのなかまー。さつえいはのーむでおおくりしてまーす」
「私は仲間ではなく、使い魔ですわ」
「あ、そだねー」
「まあ、うむ。間違ってはおりませぬが……」
「って、ルゥ! お前まで出て来てんのか!」
「あら、旦那様が勝手に出ても良い、と仰られたのですから、勝手にさせて頂いたまでですわ」
「収集がつかんのう……」
カイトの怒号に対し、ルゥがくすくすと品良く笑う。完全にカイトを弄んでいた。それに、ティナはため息を吐いた。
だが、ティナのため息は一切何の効果も無いことは、当の本人が理解している。彼女でさえ、この場の面々を止められる権限は無いのだ。現に、彼女では止められない面々が増えており、この時点でティナは止めるのを諦めた。
「まあ、取り敢えず、さっさと始めたほうが良いぞ。カイトが何時此方に矛先を向けるかわからん」
「そうですね、国母様。では、取り敢えず……エンテシア皇国のウィスタリアス・ユリウス・エンテシア。貴殿らの御子には我が身を救われ国を救われ非常に世話になった。この場を借りて感謝の意を表する」
「カイトの親友のルクス・ヴァイス・ヴァイスリッター。あまり長くは話せないけど、いつの日か会える日を楽しみにしています」
「だからてめえらは勝手に挨拶してんじゃねえ! つーか、ルクス! お前ウチの親に挨拶に来るとか止めろよ! と言うか、出来るのか!? って、グライアもティアもグインも何故居る!」
「ご両親の挨拶であろう! 妻となるからには、妾も当然来るわ!」
「すー……」
「グイン! 寝るならルナと一緒にソファ行け! と言うか、結婚とかの話暴露やめて! 見た親父達卒倒しかねないっての!」
カイトが友人たちに説教を下している間に、ノームは他の面々の撮影を行っていく。そうして、更に何人も勝手に出て来る使い魔や仲間を説教をして回るカイトを放っておいて、ノームがほぼ全員の撮影を終えて、最後にティナにカメラを向けた。
「……えーっと……綾音殿、サイト殿。取り敢えず、お主らの子供と余はこのように無事じゃ……まあ、そちらも息災変わりない事を祈っておる」
そうして最後のティナで終わる筈の撮影なのだが、ノームは別の人物にもカメラを向ける。この人物は一応、行き過ぎた時には止めるか、と出て来ていたのだが、出て来ていたが故にカメラを向けられたのだ。それ故、カイトからも怒号が飛ばなかった。
「つぎー」
「あ? 俺もか? あー、まあ、あんたん所のガキはまあ、なんつーか……やんちゃ坊主だし無鉄砲だが、まあ、世話になった。三十も超えた所で出会った俺様だが、まあ、うん。世話を焼くどころか、色々と世話になった。奴隷だった俺がこうやって普通に英雄視されんのも、あんたらの息子のおかげだ」
「おい、筋肉ダルマ。名前いい忘れておるぞ」
「んぁ? おっと、こりゃいけねえ。俺はバランタイン。まあ、おやじさんは縁がありゃ酒でも飲もうや。アイツの親なんだから、それなりにいけんだろ?」
バランタインは豪快な笑みを浮かべる。そうして、誰も止められない撮影会は、ノーム撮影の下で進んでいく。すでに持ち分の5分を疾うの昔に過ぎているのだが、誰もお構い無しだ。
「って、おっさん! てめえまで乗ってんな!」
「いや、わりぃわりぃ! ついなんか向けられたらな!」
撮影中は若干緊張して固かったが、終わればそんなもの気にすることは無い。カイトの怒号にバランタインは豪快な笑い声を上げる。ビリビリと室内を響かせるような笑い声だが、そこでその笑い声に引き寄せられて更に少女がやって来た。
「あ、マスター! 終わりまし……って、何ですか! これ!」
「シロエ! ちょい待ち! 今は忙しい! って、ノーム! 幽霊は取るな! 心霊映像だ!」
「あ、これがデジカメってやつですか! ほら、マスター! 即席心霊映像!」
「幽霊が心霊映像撮影して遊ぶな! お前は何処かの海外の幽霊か! と言うか、オレを貫くな! ガチ心霊映像だろうが!」
「異世界の幽霊です!」
カイトの言葉にシロエが堂々たる姿――と言っても半透明だが――で胸を張る。ちなみに、彼女は部屋に来た時は平然と壁を突き抜けてきたので、幽霊とまるわかりであった。そうして、ひと通り撮影出来て満足出来たのか、ノームが自分にカメラを向ける。
「いじょー、のーむでしたー」
そうして、撮影が終了する。しかし、騒動は尚も続く。それを見ながら、シアが呟いた。
「……お父様には宰相殿とで検閲を、と言うしか無いわね……」
おそらく、シアがここまでさじを投げたのは彼女の生涯で始めてで、更には唯一となるだろう。少なくとも彼女は検閲をしたくなかった。
そうして、シアのため息と彼女の従者達が記憶の削除に奮闘する声が、大騒動の執務室の中に響き渡るのであった。
「……これを、俺にどうしろ、と?」
「……わかりません。取り敢えず、検閲官達も全員が差止不可と判断しました。更には数人が頭痛で休養を申請しています」
「……許可してやれ……」
「御意に」
本来、カイトの存在は口外厳禁だし、その正体が露呈するような映像を残すのは以ての外だ。それを外部流出なんぞ、卒倒ものである。だが、今回だけは、そうせざるを得なかった。と言うか、今回ばかりは、気にする必要も無かった。
「大精霊様方に、国母グライア様、かの賢帝様に武神バランタイン殿……」
引き攣った表情で、ヴァルハイトが映っていた面々の名前を上げる。誰も彼もが、皇帝でさえ、否、全ての王侯貴族が敬わなければならないような面々だ。
「あれを、禁書扱いしろ、と……?」
「あはは、無理ですな」
「ははは……俺が許可を出す。送らせてやれ……」
二人して、乾いた笑いしか起きない。一応、禁書扱いにして撮り直し、でも文句は出ないだろう。だが、そうさせてはならないような気がするのが、大精霊達だ。
それに、幸いにして送り先は異世界だ。見られた所で此方の世界への影響が大きいわけではない。というよりも、向こうでは彼らが英雄で死者だ、なぞとわかるはずがない。分かるほどの技術があれば、今頃天桜学園の救援部隊が来ている頃だろう。
魔術において一歩も二歩も進んだ彼らに地球の英雄の名前も姿もわからないのに、数百年単位で魔術技術が遅れている地球側でエネフィア側の英雄が分かるはずも無いのだ。
単にカイトと仲の良い友人達と思われるだけ、と判断したのである。現にこちらで得た友人達を親友として紹介するために、ビデオメッセージの中に入れている者は少なくなかった。
そして真実、彼らは単にこちらの友人だ、としか思われず、多少の騒動は引き起こしたが、それだけで済んだ。カイトが向こうで名乗っていた<<深蒼の覇王>>にもたどり着かれる事も無く、だった。そうして許可を下ろした皇帝レオンハルトは、ため息混じりに、娘への指示を与える。
「はぁ……シアに言っておいてくれ。当分そちらで休養し、ゆっくり英気を養え。可能ならば、勇者の子でも身篭ってこい、と」
「御意に」
そうして、なんとか全員分の撮影は撮り直しの必要も無く、送られる事が決定したのだった。尚、これを受け取った地球のソラの父親達日本政府の上層部達が頭を痛めたのは、言うまでもない。
なにせ、明らかに異世界や超常の存在を示す物証なのだ。その存在をどうするのか、このレターをどう扱うのか、など、頭を痛めるのは当然であった。そうして、そんな波乱を含んだビデオレターは、この数日後、地球に送られたのである。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第451話『メッセージ』
2016年8月25日 追記
・誤用修正
『息災無い』というのは誤用でした。修正しました。