第448話 マッドなサイエンティスト達
昨日投稿分はすいませんでした。根本的なミスがありました。修正は今週中に行います。
『えーっと……お父さん、お母さんへ。アタシは元気です』
イクサが来てから数日後。ようやく撮影に関する様々な手筈が終わり、機材一式も返却されたことで撮影が開始されていた。
「ふーむ……」
そうして、撮影を真剣な様子で観察しているのは、イクサである。当たり前だが見たこともない道具の動作に興味津々なのである。
それどころか、始めて入る学園の敷地に、クーラー等の空調設備から併設されているプロジェクター等、全てに興味津々であった。
「成る程……この出て来るのが焦点を操っているの……か?」
ブツブツと呟きながら、時に撮影中の撮影者の脇から覗き込み、時に撮影が終わった瞬間を狙いすまして強引にデジカメをひったくって動作状況を確認し、時に興奮のあまり大声を上げているイクサなのだが、ついに教師から指導が入った。
「邪魔です! 誰か分からないですけど、出てって下さい!」
自分の周りをちょこまかと動き回られるので、ついに撮影していた教師がキレたのだ。一応、許可は出ているので少しは黙認していたのだが、それにも限度がある。時に撮影に割り込んで撮影を中断させる彼女に、ついにトサカにきたのであった。
「む……」
そうして追い出されて、イクサも少しだけ熱が冷めて申し訳なく思う。確かに、興奮しすぎた。異世界の産物とあって大興奮で観察していたのだが、確かに、仕事中とあっては頂けなかった。自分も数日前に『仕事中に手を出されると腹が立つ』と明言した所なのだ。
「さて……どうしたものか……」
取り敢えず、観察していた観察先からは追い出されてしまった。帰るつもりは一切無いので、彼女が悩むのはこれからのことだ。
「お?」
だが、変人と謳われる彼女の事。すぐに落ち込みは終わり、興味対象は別に移る。そうして移ったのは、バスケットのゴールポストであった。
「これは……なんだ? 網が輪っかについている……」
自作の小型飛翔機を使用して、イクサはバスケットゴールネットの周囲をふわふわ滞空しながら上から下から様々な方角から観察を続ける。
ちなみに、彼女の自作の小型飛翔機は重力を操作してフワフワと浮く為の物なので、戦闘用の飛翔機にあるフレアに似た光を排出する排出口は存在していない。速度が必要無いからだ。その為、見た目はベルトに取り付けられたおしゃれなアクセサリーにしか見えなかった。
「素材は……鉄、か? 網は……糸か? だが何かが違う……」
始めは指先で恐る恐る突っつく、というのが普通なのだろうが、彼女は何の躊躇いもなく両手でひっつかんでみょーいん、と引っ張って材質等を確認していく。
「……触感は木綿や絹とかじゃないな。何か張り付くような……」
真実は合成樹脂製のゴールネットなのだが、イクサにそんな事がわかるはずもない。そうして尚も興味深げに観察を続ける彼女だが、その彼女自体が今かなり注目の的になっていることには気付いていない。まあ、当たり前だ。超ミニのスカートを履いた如何にも美人教師な彼女がふわふわと浮かび、ゴールポストの近くに滞空していれば注目を集めるだろう。
ちなみに、当たり前だがこの観客の多くが男である。スカートの中身が見えそうで見えない状況にやきもきしつつ、覗くむっちりとした女の色香の香る肉付きの良い、されど無駄な肉が付いていない太ももに生唾を飲んでいた。
まあ、さすがに彼らもまさか彼女の真下に移動してスカートの中身を覗きこむ様な猛者は居ないが、誰か指摘する者も居ない。が、そんな楽園も長くは続かない。
「あのー……」
そういうのは、一人の明るい茶髪の少女だ。まあ、魅衣である。彼女も他の面々と同じく、学園で撮影を行う為に此方に帰って来ていたのである。
とは言え、撮影がすぐに行われるわけでもなく、同じく暇そうにしていた運動部系の少女たちと暇つぶしにバスケットでもと来たのだが、そこにフワフワと浮かぶ美人教師風の美女がいれば、声も掛ける。それに同じ女として、スカートが危ないのは見過ごせない。
「ん? どうした?」
「……見えてます」
「……ん?」
そうして、自分の状況と、周囲の状況をようやく把握する。が、彼女は気にすること無く再びゴールポストの観察を再開した。
「いえ、だから見えてますって!」
「別に減る物でもないだろう」
「いや、そう言う問題じゃ!」
「なんだ? 別に君に……ん? それはなんだ?」
尚も気にしないイクサに魅衣が怒るが、それを胡乱げに眉を顰めたイクサだったが、ふと、魅衣の横に居た女生徒が持っていた茶色のボールに興味を覚える。この場に持って来たのだから、この奇妙な物体に関係がある物だと思ったのだ。
そうして彼女は今まで浮かんでいたゴールネットの側から、ボールを持つ少女――魅衣と一緒にバスケをしに来た生徒――の目の前まで移動した。
「きゃ!」
「ふむ……それは何かね?」
「え? あ、これ……ですか?」
ボールを持っていたバスケットボールに気付き、興味深げに観察する。
「材質は……革か?」
「えーっと、どうなんでしょう……」
さすがにこんな事を女子生徒に聞いても答えられないだろうが、イクサはそんなことはお構いなしだ。ちなみに、天桜学園で使われているバスケットボールの材質は合成皮革なので、イクサの見立てはあながち間違ってはいない。
「ふむ……この模様やラインに何か意味があるのかね?」
「いえ……あの……」
「ふーむ……借りて良いか?」
「え、あ、はい」
そうしてイクサはぽんぽん、と何度かボールを叩いてみて弾力を確認すると、次に何度かくるくると回してみる。
「軽いな」
「まあ、中は空洞ですから……」
「そうなのかね?」
ボールを持っていた少女からそれを聞いた彼女は風魔術<<風撃斬>>で中を切り開こうとして、止められた。
「ちょっと待ったー!」
「む?」
「それ壊れるから!」
大慌てで止めたのは、カイトだ。当たり前だが、壊された場合に修繕するのは主に学園の生徒達だ。それでも無理な場合はカイトがやるか、限度を超えていれば修繕屋に偽ってカイトが本来の姿で出て行かねばならないのだ。
なお、ティナは基本カイトがどうせやるとわかっているので、基本彼女は修繕しない。魔術で以って修繕出来るのだが、壊されないで済むのなら、そちらの方が良かった。
「何だ。ただ単にライン毎に切り裂こうとしただけだぞ?」
「だから止めたんだろうが」
窓から飛び出して大慌てでやって来たカイトは、自身に身体強化を施して一気に距離を詰めると大慌てでボールをイクサから強奪する。粉微塵にされてはかなわない。
彼女が使おうとしたのは<<風撃斬>>だ。だが、その数が多かった。全てのラインに沿う様に、複数の術式を展開していたのである。
「修繕するのオレだぞ。そこまでやると」
「後始末はしておく」
「始末じゃなくて、修繕しろ」
「面倒なんだ、そっちは」
「知ってるよ!」
カイトの怒号が響いた。そう、後始末ならば火属性魔術で燃やしたり、無属性魔術で分解したりで済むのだが、修繕となると元通りにしないといけないのだ。
破壊と創造ならば創造の方が困難になるのは致し方がなかった。まあ、当たり前だが、それにも限度があるので、火属性魔術などで再使用不可能レベルまで破壊されてしまえば、修繕は出来ない。
それと、カイトが止めた理由はもう一つある。彼女はラインごとに分解すると述べた。そこまでばらばらにすると、学園の修繕可能な第二陣の生徒たちの力量では修繕出来ないのだ。つまり、必然修繕するのはカイトなのである。
「これ、もう予備無いんだぞ……」
「む……そうか。製造所は無いんだったな……創れないのか?」
「無理言うなよ……」
イクサの問い掛けに、カイトががっくりと肩を落とした。当たり前だが、合成皮革を学園で作ろうなどとしてもそもそもで材料が何なのか、どうやって作るのか、一切不明だ。
カイトとて地球の科学技術の全てを網羅しているわけでもないし、ティナとて設備も無しで科学技術で造られた製品を作ることは出来ない。
いや、彼女の場合はやる気になればそういった設備を作ってやるのだろうが、いまいち興味は無いらしい。基本的にそういった利便性に絡まない道具の優先順位は低く、余程の危急にならない限りは作ろうとしていないのが現状だった。そんな暇も無いだろう。
ちなみに、ここで彼女の趣味に走った遊戯道具の開発状況についてのツッコミを入れてはならない。彼女は基本やりたいからやっているだけである。
尚、以前述べたカードゲームは彼女の必死の人員調達と調練の結果、来月には発売開始予定とのこと。異世界にオタク文化が蔓延する日も近い、のかもしれない。
「……一度だけ」
「……一個だけだぞ」
そうして、幾度かの押し問答の後、カイトとイクサはボールを一つ分解する事で決着する。カイトが大慌てで飛び出したのに気付いた椿が、向かう先に居たイクサに気付いて、シアを呼びに走って仲裁が入った事も大きい。
「では、遠慮なく」
そうして、ようやく望みが叶ったイクサは即座にバスケットボールの分解に入る。即座に風魔術を使用して、ライン毎に分解し、中を開いた。
「……む? 中は茶色じゃないのか……かなり薄いな……むぉ! 何だ、この弾力は!」
完全に寸断されたバスケットボールの中とその素材を、イクサは完全に大興奮で観察する。そんな彼女を、周囲は興味深そうに見守るだけであった。と、そんな所へカイトに対して、魅衣が問い掛けた。
「ねえ、あれ、だれ?」
「ん? ああ、皇都の研究者だ。ほら、この間パソコンやらなんやら提出しただろ?」
「ああ、うん。撮影機器をきちんと精査してもらわないと、って言ってたわね」
魅衣も思い出すが、それと彼女が来た理由が繋がらないらしい。まあ、当たり前である。
「なんか原理とか理解出来ないのが嫌で来たんだとよ。変人が渾名だから、あまり気にするな」
「そっか……」
目の前で尚も大興奮で分解したバスケットボールを突っついたりしているのは良い。しかし、雷を通してみたり水に浸けてみたりとすでに許可が下りた方法から逸脱しまくっているイクサを見て、ここまで興味津々で調べていられては魅衣とて納得するしか無い。が、それと同時に懐かしさが去来する。
ちなみに、雷を通したりしてすでに焦げたり変形してしまっているので、カイトでもかなり高度な魔術で修繕しないと元には戻せない。というより、カイトでなければ廃棄確定である。
「なんか……あの強引さ……ティナちゃんを思い出すわ……」
思い出しているのは、彼女自身が中学校へと引っ張りだされた時だろうし、由利が強引に家族と仲直りさせられた時の事だろう。顔には苦笑が浮かんでいた。
「……止めるか」
「そっちの方がいいでしょ」
二人はぼけっと目の前の光景を見ていたが、そろそろ止め時かと決める。なにせ噂をすれば影が射す、とばかりにもう一人のマッド・サイエンティストがやって来ていたのだ。
「ふーむ……前々から一度このコートの下をほじくり返して見たかったんじゃよなー」
「む、確かにこの地面にも何か秘密が……そういえば弾力が少し違うな……」
マッド・サイエンティストが二人に増えた上、止められる者が居ない科学者達の興味は留まることを知らない。すると当然、彼女らの興味が赴くままに様々な物が分解されていっていた。すでにゴールポストが餌食になっており、鉄柱と板等にバラバラであった。後で元に戻すのはカイトである。
「さってと……いい加減にしやがれ、このマッド共!」
「はぁ……結局、カイトぐらいなんでしょうねー。あれ止められるの」
そうして、ついにバスケットコートをほじくり返そうとし始めた二人のマッド・サイエンティストを止めに入ったカイトを見ながら、魅衣は一人苦笑して、呟いた。
自分でも、気圧されてそのままにするような気がする。親友であり恋敵を標榜する自身だが、多分この強引さには永遠に勝てないだろう。魅衣は溜息混じりにそう思う。
なにせ、なんだかんだで彼のハーレムに入れられているのだ。自身が望んだ事もあるが、最大の要因は間違いなくティナだ。あの強引さこそが彼女の持ち味であり、親友となれた理由なのだ。魅衣としても、今更変えて欲しいとも思わない。
「まあ、それでいいかな」
とは言え、悪くはない。魅衣はそう思う。なので、にこやかな笑顔を浮かべ、彼女自身も、親友を止めるのに参加すべく、歩き始める。
そうして、その数十分後。仲良くバスケットをしている3人――さすがにカイトが加わるのはまずいので、彼は審判――の姿が、そこにはあったという。
尚、当然だが超ミニのスカートで激しい運動をしまくるイクサ目当てに多くの男子生徒達が観戦に訪れていたのは、言うまでもない。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第449話『メッセージ』