第446話 世界を越える道具
<<導きの双玉>>を利用したメッセージ転送装置が完成して数時間後。カイトとティナ、そしてアウラは連れ立って学園の体育館に来ていた。
「さて……ということで、完成したぞ、っと」
「いや、そんな軽々しく言うなよ!」
体育館に生徒たちのつっこみが響いた。カイトは今、一同が集まった最前列の更に前に設置された机の前に、<<導きの双玉>>をぽん、と気軽に置いたのである。
「さて……取り敢えず、完成はしたそうだ」
とは言え、誰もが緊張に包まれているのは事実だし、誰もが期待に包まれているのも事実だ。まあ、先の行動は緊張する生徒達を前に、緊張をほぐしてやろう、という判断だった。
「取り敢えず、まずは。アウローラさんにお礼」
「ありがとうございます!」
アウラが今回の一件で最も功績があったのは事実だ。なので、学生たち全員がアウラにお礼を言う。
「おー」
それに、アウラがいつも通りの顔でVサインで答えた。どこか嬉しそうなのは、やはり気のせいでは無いだろう。とは言え、生徒たちの興味はずっと、机の上に置かれた一つの曰く有りげな覆いが被された道具だ。まあ、念の為に言えば、アウラに感謝しているのも事実だし、その気持に嘘偽りは無いだろう。
だが、それでも。今までもしかしたら、地球と連絡を取る事は無理かもしれない、とずっと心のどこかで思っていた所に、一筋の光が差し込んだのだ。そうである以上、興味が此方にあるのは仕方がなかった。
「おい、いい加減に開けろよ」
「まあ、そうなるよな。というわけで、こいつがその物だ」
生徒たちの急かす声を聞き、カイトがメッセージ転送装置を覆っていた覆いを外す。そこに有ったのは、普通に金属製の箱だった。
大きさは縦と横がそれぞれ20センチほどの正方形。厚みはおよそ15センチほどだ。単なる箱である。ただひとつ、箱の上部に取り付けられた、蒼い宝玉だけが、その威容を湛えていた。
「……これが?」
拍子抜け、全員の顔にそれが浮かんでいた。が、カイトに言わせれば、何故そんな風に期待していたのかが理解出来ない。
「お前ら……一体何を想像していたんだ?」
「いや、もっとでかかったり、不思議な紋章が描かれてたり……」
カイトの問い掛けに、ある生徒が少しだけ照れながら答えた。要に彼らが想像していたのは、ゲームなどでダンジョンにあるような宝箱や転移装置なのだろう。
だが当然、これは迷宮にある宝箱でもなければ、古代文明の遺産でも無い。単一の目的の為に造られた道具だ。不必要ならば、そんな如何にも魔術的な刻印なんぞ施す必要は無かった。いや、それ以前に今回の目的と方法から言えば、使うこと自体が厳禁だった。
「どこから説明しようか……取り敢えず、魔術的な刻印とか付けるのアホのすることだからな。そもそも中心の双玉の効力を高めるならまだしも、下手に刻んで効果が落ちてもヤバイだろ」
「あ……」
「そもそもで誰にも解析も量産も出来ないんだからんなやばいこと出来ないだろ? じゃあ、刻んでないんで正解だ。で、オレ達が送ろうとしているのは何だ?」
「ビデオレター?」
「で、そこまででかい箱が必要か?」
「いや……」
困惑した生徒たちのどよめきが体育館中に響き渡る。ちなみに、彼らもビデオレターということはしっかりと理解していた。
だが、彼らの予想としては、世界間を転移させるのだから何か大々的な装置や、複雑怪奇な刻印が施された魔道具が登場すると思っていたのだ。しかし、現れたのは小さな、単なる金属箱だったのだ。困惑するのも仕方がない。
というより、この場合は圧倒的にカイトが悪い。なにせカイトは地球でもエネフィアでも魔術的な常識に染まりきっているのだ。
それに対して、当然だが学生たちの大半が魔術には不慣れだ。そんな彼らに魔術的な常識を以って指摘するのは、普通に考えて頂けないだろう。なので、それを指摘する人物が一人、彼の服の裾をくいくいと引っ張った。
「……ん?」
「カイト。一応、カイトは非常識」
「……それ、何が言いたいんだ?」
一応、アウラにも姉としての自覚があったのだろう。ほんの少し、極僅かな非難の視線をカイトに向ける。が、何を言いたいのかさっぱりだった。
「カイトは魔術に慣れきっている」
「……ああ、まあ……ああ、なるほど」
指摘されてカイトも自分と彼らの土台と魔術知識の差を把握する。そもそも比較するのが可怪しいのだ。カイトの知識量はこと魔術に限れば、この世界の一般レベルどころか専門分野の研究者達を遥かに上回るのである。それと赤子クラスの天桜学園生を比べる方が可怪しい。
「……ん、んん。取り敢えず、それは置いておこう」
「……ん」
取り敢えずカイトを止められたので、アウラは納得したらしい。再び引っ込んだ。
「ま、まあ、取り敢えず……これで地球へと物を送る目処は付いた」
かなり腰が折れた感が否めないが、取り敢えずカイトは一息ついて再び話を始める。
「次にやるべきは……全員、今度は地球に宛ててメッセージを作る事。持ち時間は一人当たり5分。学内に兄弟姉妹がいる場合は、合同でやっても構わん。というか、なるべく容量を減らしたいから、そちらを推奨する。メッセージ内容は何でもいい。無事だ、ということを伝えてもいいし、魔術が使えるようになりました、でもいい。ただし、一つだけ約束しろ。元気な姿を見せろ。お前らの親御さん達も心配してるだろう。メッセージの収録は、明後日から開始だ。各クラスで順番に開始する。開始は一年から、だ」
「もし兄弟がいたら、どっちに参加すりゃいいんだ?」
「どっちでも構わん。が、明日中に教員にまで連絡しろ。別にそんな悩む事じゃないんだから、さっさと決められるだろ」
カイトの言葉を聞いて、体育館中、生徒も教師も問わずに騒ぎ始める。多くがどんな事を伝えよう、と悩む声であり、家族達は元気か、と心配する声であったり、と様々だ。だが。少なくとも悲壮感は無かった様で、カイトとしては一安心、といった所である。
まあ、それと同時に一つの笑いがあった。カイトに対して、お前はどこぞの母親か、という事だ。とは言え、そんなことは差し引いてもようやく取れるようになった連絡はありがたいし、これは一つの希望であった。今回のこの試みが成功したならば、困難ではあるが、確実に世界を渡る術がこの世の何処かに存在していることになるのだ。それは何よりの、希望だった。
「では、解散!」
カイトの号令と共に、一斉に生徒たちが三々五々に散っていく。その顔はどれもこれも希望に満ち溢れ、一様に家族との連絡が取れる事を喜んでいるようであったという。
「……まったく……現金な」
「言うてやるなよ」
人気の引いた体育館に、カイトとティナ、アウラ、ユリィの4人が残っていた。カイトの呟きに苦笑したティナの言葉だが、彼女自身、現金な物だと思っていた。
「今までやれ帰還の方法に対する分配より此方に回せだのより高い道具を買えだのと煩いものを……」
「まあ、そればかりはな」
学園に存在する2派閥は、結局は今も解消されては居ない。まあ、カイトが直接介入しているわけでもないし、そうである以上、残る桜田校長達の為にも今回のメッセージ転送装置の開発は急務だったのだ。そして、その結果は上々と言えた。
「でも仕方ないよ。だって冒険者って上になれば成る程、お金掛かるもん」
「あったま痛いんだよなー、それ」
ユリィの言葉に、カイトが大きくため息を吐いた。当たり前だが、ユリィも冒険者としては超一流だ。それ故、大金持ちと言われるランクS級の冒険者達がその実、かなり出費も多い事は良く知っていた。収入も恐ろしいぐらいに大金だが、出費も恐ろしいぐらいに大金なのだ。
当たり前だ。身の丈に合った装備を、となると強くなればなるほど武器の素材は高価になるし、職人の腕もそれ相応を求める事になる。となれば、職人に対する依頼料も馬鹿にならないのであった。
それこそ、カイトの知己である竜胆や海棠翁に頼もうとなると、下手をすれば国が傾きかねないぐらい、なのであった。まあ、同時に彼らは好き放題をする職人でもあるので、仕事に興味や楽しさを感じれば、自分の不利益を顧みずに満足出来るまで仕事を受けてくれる事もあるので、そこはそれ、という所だろう。
「お前ら二人がほんとに女神だ」
「おー」
「お主も現金な奴じゃ」
カイトが二人を抱きしめる。それに、アウラは非常に嬉しそうに、ティナは口ぶりは苦笑しているが、嬉しそうだった。
当たり前だが、回復薬の上等品は一流の職人が作った武器と遜色ない値段だし、超一流の職人が作った武具の値段は高位の貴族でさえおいそれと手は出せない。冒険者としてお金に厳しい二人にとって、それらを自力で開発してくれる二人には足を向けて寝られないのであった。
これは嘗ての元皇帝や、騎士であっても同じだった。なにげにカイトの仲間たちは誰も二人――と義勇軍時代の技術班の面々――に一切足を向けられないのである。
「で、お主はどうするんじゃ?」
「あー……どうしよっかな……」
カイトとて、今日本で起きていることは知らない。アウラからもたらされる情報が全て、だ。他にも時折情報を持ってきてくれている者も居るが、気まぐれだし全て、というわけでもない。どうするかは、悩ましい所だった。
まあ、それと同時にそれ相応の指揮系統を残しているので問題は無いとも思っているが、それを鑑みても、大騒動が起きていることは確実だろう、という嫌な自信があった。が、どこまでの大騒動なのかはわからないことはわからない。
「お主が残してきた使い魔はどうなんじゃ?」
「通じるわけねえだろ」
カイトがティナの質問に肩を落とした。然りである。世界間の情報の遣り取りはアウラの使い魔だけ。それも、此方に情報を送らせるのが精一杯だ。それだって完璧では無い。
それに対してカイトが置いてきたのは、自身の人格の一部をコピーした超高度な使い魔である。向こうの指揮系統を混乱させない為の措置だったのだが、情報を異世界にまで送れるほどの力を有しているわけではなかった。
「問題は……封印してるヤバい奴らだな。封を解く馬鹿が居ないといいんだが……」
「お主が封じた魔物じゃからなぁ……」
カイトが地球で活動していた時代に、暴れまわっていた魔物や厄介者達を封じていたのだが、その封印が解けていない事を祈りたい二人である。
まあ、二人が居なくても封印が解ける様な物ではないが、それを目的とすれば、解く事は可能なのだ。後は封印を解く様な愚か者が居ないと願いたい所であった。
「相変わらず二人でいろんなことやってるねー」
「まあ、色々と喧嘩売ってきたからちょっと潰しただけ」
「いつものことだねー」
「そだなー」
ユリィはそんなカイトに別に驚く事は無い。なにせ、昔から変わっていないのだ。なので、二人の遣り取りはのんびりした物だった。
「で、結局メッセージて何作るの?」
「んー……取り敢えず、元気だ、って分かればいいからな。それでいい」
ちなみに、この時。幼馴染二人組が後ろで合図を送り合っていた事に、カイトは気付いていない。もしこれに気付けていれば、未来は変わったのだろうが、気づかないものはどうしようもない。
「そっか。何時かは会いに行けたらいいなー」
「ん」
「……何時かは、な」
少しだけ残念そうなユリィとアウラの声が響く。それに、カイトも応ずる。何時かは、紹介したい、とは思っていたのだ。とは言え、それは今では無いだろう。
まあ、それはさておいても、何時までもここに残り続ける必要は無いし、カイト達だって撮影場所や様々な手配が要る。他にも学園以外で撮影したいと言うであろう他の生徒たちの手筈を整えたり、伝えて良い情報の精査など、様々な手筈が要る。
最悪、要らない情報を伝えすぎだと皇国側からお叱りがあり、撮り直しが起きるかもしれないのだ。出来る限り早めに撮影を開始したい所であった。
「……ん」
「……良し」
そうして歩き始めたカイトとティナの後ろでユリィとアウラが密かに頷き合う。だが、この時。彼女らも知らない。彼女らのそんな行動を見ていた者達がいた事を。こうして、多大な騒動が起きる事になるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第447話『襲来』