第445話 未知なる遺物
授与式から、少し。長かった皇都滞在も終わりを告げ、皇都から出発寸前。カイトのドスの利いた声が飛空艇の発着エリアに響いた。
「……おい、待て。なんでお前らが一緒に来てんだ?」
該当の人物達は初めから一緒に来ており、その時はカイト達の見送りか、と思ったのだが、そのまま搭乗エリアまで付いてきたのである。如何に皇族と言えど、安全面で問題なのでこんな場所にまでの見送りは認められていない。
「あら。私達も一緒にマクスウェルにまで行くつもりなのだけど」
「聞いてないの?」
きょとん、とした姉妹の声が、カイトへと告げられる。一緒に居たのは、シアにメル、それにアンリ、だった。そんな二人の言葉に、カイトが唖然となる。初耳であった。
「待て……どういうことだ?」
「あら、当たり前でしょ? あなた達はこれから、此方の情報を他国、それも国交の無い他国へと送ろうと言うのよ? それに監視が付くのは当たり前じゃない。どんな機密情報を漏洩させるかわかったものじゃないものね」
「私は普通にマクダウェル家が後援に付いてくれたから、その関係よ。さすがに後援についてくれて、挨拶に此方から行かないのもダメでしょ。あんたには関係無いでしょ?」
二人は楽しそうな表情で告げる。が、これは然りとしか言いようが無い。特にシアの言葉は正論だ。国が国として存在している以上、情報の価値は理解している。そしてそんな国から、集団が真実未知の国に情報を送る、というのだ。
送る個人が信頼出来たとしても、集団として、信頼するかはまた別だ。監視は必要だ。そのためにシアが来るのはなんら不思議な事ではない。皇女が出るほど重要視している、という事でもあった。
ならばせめて別々の飛空艇で、とも思うかもしれないが、この飛空艇にはクズハ達も乗るのだ。分ける必要も無いし、それに、シアには裏で早く勇者の子供を産め、という密命がある。なるべくカイトと一緒に居させよう、という皇国上層部の判断もあった。
「くっ……くそ。お前の差金か」
「あら。何も言ってないわ」
シアが非常に悪どい笑みを浮かべながら、カイトの断言に肯定とも否定とも取れない答えを返した。だが、シアの言うことが正論だし、シアもメルも皇族としての仕事としては普通に問題がない。
そう言われては、カイトとしては何も言えない。なので、カイトはため息とともに、二人の同行を許可する。が、もう一人、この場には皇族が居た。
「はぁ……まあ、いい。で、なんでアンリまで一緒なんだ?」
「……ふぇ?逆に聞きますが、義兄様。私が一緒だと問題なんですの?」
普通に一緒に歩いていたアンリに対してカイトが問い掛けたが、此方には心からきょとん、とした間抜けた声が帰って来た。どうやら問い掛けられた事自体に意味がわからない様子だ。
「いや、お前仕事じゃないだろ?」
「そうですの」
「じゃあ、なんで一緒に来るんだよ。嫌だぞ、ウチで皇族3人も抱え込むの」
「? 私、普通にマクスウェルに滞在してますの。普通に義兄様が転移してこられた時にもマクスウェルに居ましたの」
「何!?」
すでに転移してから数ヶ月が経過しているが、この情報は本当に初耳だった。それ故、驚愕の声はここ数ヶ月で聞いた事がないほどに、大きかった。
「どういうことだ! オレ、普通に公爵邸に出入りしているが知らないぞ!」
「? だって私、普段は学園か寮に居ますの。会う筈が有りませんの。と言うか、会っていたら義兄様の正体なんて、とうの昔に皇族にわかってますの。今は公務ということで、学校はお休みしてますの」
「あ……」
カイトがようやく、アンリと出会わなかった理由に気付いた。彼女はずっと公爵立の魔導学園に居たのだ。それは遭遇しない筈である。おまけに彼女は皇族といえども、未成年だ。他に適役が何人も居るのに、学校に通うアンリが挨拶に来る、というのもおかしな話、だろう。
街等でも出会っている可能性はあるだろうが、さすがにユニオン支部に出入りしている彼らと、そういった荒々しい場所とは無縁な場所に出入りするアンリだ。出会わないのは仕方がない。それに、クズハやユリィにしても彼女が公爵邸に来る時にはカイトに合わない様に配慮していたはずだ。
が、ここで一つ疑問が出る。ユリィは何故、それをカイトに教えなかったのか、だ。なのでカイトは肩の上の彼女に目で非難混じりの視線を送る。が、彼女は平然とした物だった。凄い楽しそうな笑みを浮かべてカイトへと告げる。
「え、だって当たり前でしょ? 一応個人情報だし」
「いや、教えろよ……」
「え……なんで? もしかしてカイト……授業とか言ってこんな娘に手を出すの……?」
「あの……ユリィ先生。私、一応きちんと身体は大人ですの」
どうやら悪戯の一環だったようだ。ちなみに、彼女は演技にも凝る派なので、実際にぷるぷると怯えて見せていた。が、そんなユリィにカイトが怒鳴る。
「んなわけあるか!……知らなかった、ってわけは無いだろ」
「当たり前ですの。ユリィ先生の担当生徒の一人ですの。此方に来ている間はユリィ先生が時折授業をしてらっしゃってますの」
「……確信犯か」
「えー、いいじゃん。一応合わない様には調整してあげてたんだからさー」
口を尖らせて楽しげなユリィが告げる。本当に悪戯をする時には手の込んだ事をする妖精であった。この驚きのためだけに、数ヶ月間ずっと努力してきたのだろう。
「……もっと別の所でその努力をしてくれ……」
数日前に引き続き、カイトの疲れきった声と共に、飛空艇は皇都を後にするのであった。
カイト達が皇都より帰還して一週間。ついに目的の道具が完成を迎えた。
「これで大丈夫」
「うむ。余とカイトの転移時に使った術式を改良し、更にこの道具そのものに仕掛けられた術式の内、数%じゃが理解出来た物を参考にして、更に改良し」
「いいから結論出せ。」
アウラの大丈夫、という答えは良かったのだが、ティナの長々と続く説明にしびれを切らしたカイトが先を急かす。それにティナは口を尖らせたが、まあ、確かにそちらが重要だな、と思い直して、解説を進めた。
「むぅ……まあ良いわ。取り敢えずは、使えるじゃろうな。受け取り手の方はどうするつもりじゃ?」
「取り敢えず、エリザには連絡を送っておいた。そこから蘇芳の爺にも伝わるだろう」
当たり前だが、地球では魔術については一般的でない。安易に自分達が送った所で、最悪破壊されるだけだ。それ故、色々と手順を踏むつもりだったのである。
まあ、現状では一方向限定なので受け取れているのかどうかがわからないのが問題だが、向こうにもそれなりの手立てはあるのだ。受け取れていないという事は無いだろう。
「アウラ。その後の経過はどうだ?」
「……今はまだ夏。こっちも、向こうも」
カイトの求めに応じ、カイトの部屋の使い魔はそのままにしてある。とは言え、未だにそれを操作出来るのはアウラだけなので、彼女が現状をカイトに告げる。
「そうか……なら、問題ないな。で、完成品は? 今か今かと学園の奴らが待ちわびている。今日ばかりは、冒険部は完全休業だ」
少し苦笑しながらではあったが、カイトが告げる。そう、いままでずっと地球の現状を知ろうと必死だったのだ。それが掴めるかも知れない。可能性論にすぎないが、それでも可能性があるのは違った。
「そこにあるわ。持って行ってやれ」
「おう。んじゃ、先に戻るぞ」
ティナの指し示す方向にあった魔道具を回収して、カイトが足早に戻っていった。心なしか彼の背中が嬉しそうだったのは、決して気のせいでは無いだろう。
「何が2つの世界の時間を分けておるのかのう……」
ティナが一人呟くが、こればかりは、どうしようもない。それを知りたけれ本気で世界を構成している情報を全て読み取る気でやらなければならず、とてもではないがティナであっても可能では無かった。
「まあ、時間のみは<<ミストルティン>>でさえ、不可侵の領域なのやも、しれんな……」
「でも……操る術は存在している気がする」
「む?」
ティナが自身さえ不可能と思った事に、アウラが可能性を示した事に少しだけ、訝しみながら興味を示した。
「その根拠や如何に」
「おじいちゃん」
「大賢人ヘルメスか……おうては見たかったが……」
アウラの言葉に、ティナがかなり残念そうな声で頭を振るう。この残念なのには、3つの意味がある。一つは、想い人カイトの恩人として。もう一つは、カイトと、そしてアウラの家族として。最後の一つは、大賢人と呼ばれた彼に、同じく天才と謳われる魔王として、である。
「で、その大賢人が……いや、あれか……」
「おー、時の大精霊」
「存在するか否か。問題はそして存在するならば、何故、未だに存在が立証されておらぬのか。カイトが何故、その存在を隠すのか、じゃな」
二人の疑問は、二人だけの物だ。さすがにユリィにもクズハにも教えていない。いや、ユリィには念のために確認として『他に大精霊は居るのか』と問うているが、その答えは本心からの『ノー』であった。
そこに何かを隠している様な様子は無かった。彼女さえ知らない、ということは、普通の方法でカイトが知り得たのでは無い、ということだった。これがなおさら、彼女らの混乱を加速させ、同時に、その存在の確証になった。
「わからぬ……何故、こんな理論に辿り着くのじゃ……」
「それは……わからない……」
二人が心底苦悩してなお、この論文の検証は一向に進まない。それは、かの老賢人ヘルメスが記し、可能性のみを提唱しているものだ。アウラがもたらした手記を元に、更に彼の住処等を探しまわってようやく発見できた論文だった。
そこに書かれてある理論が全て正しいとすれば、一つの可能性が浮かび上がる。だが、ここで一つの問題が、同時に浮上する。
「これが全て正しければ、時の大精霊様が存在しておることに成る。じゃが……」
「理論提唱の前提条件の時点で、私達には理解が出来ない」
そう、まず二人でさえ、前提条件の時点で躓いているのだ。それ故、この論文を表に出すことはしていない。誰がどう見ても理解不能なのだ。こんな論文を表に出せば、確実に狂人扱いである。
二人とて、カイトの反応とこの論文の著者が大賢人ヘルメスであればこそ、という事で結論は正解である、という事を元にして、検証を行っているのである。そうでもなければ、検証を行おうとさえ思わなかっただろう。
「わからぬ……何故、そもそも時間遡行術が可能なのじゃ?」
「んー……この協力者って誰?」
「わかるはずがあるまい……いや、そもそも時空の裂け目だのと言われても、タイム・パラドックス等はどうなっておる……」
二人が苦慮するその前提条件であるのは、まず、時間遡行術が可能である、というところなのだ。しかも、その前提条件の確立が、可能である協力者が居る、なのである。理論も何も有ったものではなかった。
とは言え、それが誰なのかわかればまだ、手のうちようはある。だが、その協力者は無記名なのだ。これでは前提条件を確立しようにも、確立のしようが無かった。
「でも……一つ分かった事がある」
「うむ」
二人が抱えた頭を上げる。それはようやく見えた一筋の光だ。だが、今回の国宝授与がなければ、永遠にわからなかったかもしれない事だった。
「国宝<<導きの双玉>>には未知の術式が刻まれておったのう」
「あれは多分、初代皇王が刻んだ物。そして、その術式に近い発想の術式が論文にも記述されていた」
「おそらく……」
「多分、あの協力者は初代皇王か、それに近しい人」
今回の国宝授与で、二人には国宝『導きの双玉』の調査許可と改変許可が下りていた。もともと未知の塊である国宝について、何もわからないでは問題だ、と調査許可が下りることはままあった。
それ故今まで何人もの研究者達も研究しているのだが、その調査許可に二人が加わっただけなので、大した問題はない。本来、期限切れが近い<<導きの双玉>>はこういった研究に回されるのが常だ。今回はそれを特例として、拝借しただけだ。
許可を出した皇帝レオンハルト他二人の帰還を知る皇国の上層部にしてみれば、彼らの方が真実に近づいてくれると期待している風さえある。そして、その期待は事実、正解であった。
「余やお主でさえ、10%と少し解析出来るのが精一杯か……」
「むー……」
あんな物をよくバカスカと使えたものだ、と今にして二人はぞっとする。大戦期にはこれを切り札として、活用していたのだ。だのに、この二人でなければ、いや、この二人であっても、どちらかが欠けていればまったく理解出来ないのだ。
二人が背筋を凍らせるのも、仕方がない。とは言えそれを使いまくる事が、しっかりと構造を見た事で、今にして怖くなる。全く理解不能で、どんな副作用があるのかわからないのだ。
「何なのじゃろうな、そもそもで初代皇王とは」
「むー……異世界の王族……もとい族長筋?」
「そんなもんわかっておるよ」
当たり前にわかっている事をアウラが告げたが故に、ティナは苦笑する。当然だが、二人とて皇族の血筋にのみが有する特異な力は知っている。まあ、皇国の研究者達でもごく一部を除けば、知らされている者は少ないのだが。
「わからぬ……」
「一体これは何……?」
二人は論文を前に、頭を悩ませる。と、そこへカイトが戻ってきた。
「おい、何やってるんだ? そろそろ行かないと、いろいろとまずいぞ」
「む、スマヌな。片付けたら上に戻る」
「うん。じゃ、私はお先に。じゃ、連れてって」
「だから負ぶさるなって……」
そうして、アウラがカイトの背にへばり付き、ティナもそそくさと立ち去った。
「……ティナは自分の魂に気付いて無い?」
小さく、本当に溢れる様に、心配の色を滲ませながら、アウラが呟く。それは、彼女自身の未来の義妹であるティナ自身の事だ。
彼女もここに来て<<導きの双玉>>を調査して、ようやく理解したのだ。ティナの魂を縛り付ける様に、未知の術式と同じ発想の術式が刻まれてる事に。
「……今は、黙ってろ」
「カイト、知ってるの?」
「……ああ。だから、オレに預けてくれ」
「おー」
そうして、アウラは今度こそ、何も気にせずにカイトの背中にもたれ掛かる。カイトに任せれば、問題無い。それは彼女にとって絶対で、何ら変わることの無い未来永劫の確定事項であった。
「ふーむ……」
一方、残ったティナも、別の事を気にしていた。
「もしや……あの双玉には時間遡行術が仕込まれておるのか? もともと世界間を移動する事を目的としておったのか……?」
ティナとアウラは<<導きの双玉>>を改変しようとして、気付いた。もともとあの道具には、世界を越える為の機能が備わっていたのだ。それも、ティナが編み出した地球へと帰還する術式よりも、遥かに高度な物だった。
いや確かに、あの魔道具で送れるのは重量も重さも手紙サイズが限界だろう。その点を見れば、世界間を渡るのに人そのものを送れる彼女の術式も負けていない。
だが、ティナの術式とは一つだけ、異なる点が存在していた。それはティナの術式が転移先を地球限定しているのに対し、<<導きの双玉>>ではどんな世界にでも転移出来る力が備わっていたのである。
「他の世界に渡る術を開発していた? それとも、もともと有していた? どちらじゃ? もしや……初代皇王は何時でも帰還出来たのではないか? 何故、それをしなかった?」
彼女はそこから、ある一つの仮設に辿り着く。あの<<導きの双玉>>は、初代皇王の力を可能な限りで移植したデッドコピーだ。ならば、初代皇王その人ならば世界間を渡る術も持ち合わせていたのではないか、と考えるのは、至極当然の事、だった。
「帰れなかった……いや、そうじゃな。帰らなんだのかもしれんのう。余もカイトと共におる事を選んで、地球に行く事を選ぶじゃろう。既に国を治め、子をなしておったのなら、余もそうしたじゃろう。親として、子の行く末を、と思うたのなら、当然、なのかも知れんな」
ティナは知らず、正解にたどり着く。そうして、これ以上はカイトに怪しまれる為、悩む頭を切り替えて、ティナもまた、自身の研究室を後にするのであった。
だが、そんなティナも、その帰らなかった理由こそが、自らにあるとは知る由もなく、結局は推測は推測のまま、終わるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第446話『世界を越える道具』