第444話 パーティ
アルと瞬が褒章され、皇帝レオンハルトから直々に新たな二つ名を授与されたその夜。二人を主賓とした大々的なパーティが、皇城の一室で開かれていた。
「三羽烏、再び、と言う感じですね」」
「あの頃とは違うけどねー」
「……あっち行きたい」
「ダメです!」
アウラの羨ましそうな呟き――と実際に動き始めようとする動き――を制止し、クズハが引き止める。そんな三人が見るのは、こんな社交界でどうすればいいのかまったくわからない瞬に頼み込まれたカイトだ。その横には当たり前だが瞬が居た。
「おい……本当にこれでいいのか?」
「着られているのは諦めろ。始めはそれで仕方がない」
初めて着るであろう上等な礼服を身に纏い、瞬が困惑した表情でカイトに問い掛ける。が、カイトの方は既に通った道として諦める様にアドバイスするしかない。
こればかりは、何度も経験して数をこなすしかないのだ。如何にインタヴューや表彰慣れしている瞬と言っても、此ればかりは経験したことが無く、緊張が誰からも見て取れた。だが、ここで予想外に慣れきった男が居た。
「やっぱ先輩でも緊張するんっすね」
「ソラか……お前、緊張しないのか?」
「俺のじゃないんで」
ソラが平然と告げる。というか、彼の場合は平然と横で高級なドレスを身に纏って困惑の表情を浮かべる由利のエスコート役を引き受けたりしていた。
忘れられがちだが、彼はこれでも日本で有数の名家の長男なのだ。ぐれる前は普通に名家の子弟達を集めた誕生日パーティが催されていたらしいので、その経験が活きているのだろう。そしてそんな彼氏の堂々とした態度に、由利が惚れなおしたのは言うまでもない。
「にしても……お前、平然とセンセ達の前でも飲むな」
「悪いか?」
ソラの呆れた声に、カイトがニヤリと口端を歪ませた。そう、ここは瞬が主役の一人だ。それ故、招待客の中には彼の担任の教師や、桜田校長、冒険部の顧問である雨宮等、教師たちも多く参列している。が、カイトは平然と飲酒していた。とは言え、当然だが、彼とて何の意味も無く、怒られる様な事はしていない。
「おぉ、これはカイト殿、瞬殿。少々よろしいですかな?」
「ええ、構いませんよ」
「あ、ああ」
と、そこへ三人が空いていると見て商人の一団が声を掛けに来た。そうして、暫くの雑談が終わり、再び彼らが離れていく。そうして、瞬とソラの呆れた声が小さく漏れた。
「お前……どういう神経してんだよ……」
「俺には絶対に真似出来ん……」
当たり前だが、こんな夜会だ。男であれば誰か女性を同伴させるのは当然だし、ソラはそれが理由で由利に頼み込んで、弥生に見繕って貰った一等品のドレスを着込んで貰ったのである。
そしてこういう場では当然だが、同伴の女性を褒めるのはカイトにとっては当然だし、その際の演出効果として酒精を艷として使っているのだった。
酒精による仄かな酔いを艷として女性を見惚れさせ、自身に対する好感として利用する。どこかの誰かの教えなのだが、カイトはそれを彼の見張りが無くなった今でも忠実に守っているだけである。
まあ、そんなカイトの演出技法は当然だが貴族たちやその同伴の女性たちもやっているし、聞き慣れているので、慣れた物だ。それでも笑みを浮かべざるを得ないのは、カイト自身の腕前と彼の器量に依るものだろう。
「まあ、これも社交界の性ですから……」
「とは言え、あまりそちらにばかり気をやって貰っても、不満ですわね」
しかし、それでも不満になるのが、人の性である。それは、彼の横の華も同じだった。不満気なのは、カイトの華として一緒に出席している桜と瑞樹だ。
とは言え、彼女らもパーティ等にお呼ばれする回数は一般人の比ではない二人だ。カイトがこの場で多少女性に対して色目を使ったところで、何か問題にすることは無い。妻を連れた男性がほかの女性を褒めているところなぞ、ごまんと、どころか無数に見てきている。ここは、それが必要な場なのだ。それに目くじらを立てては良家の子女なぞやって居られない。
「あら、またなんかカイトがやったの?」
「どーせ、また女でも口説いたんでしょ?」
「ん? ああ、二人共、似合ってるな。弥生さんの仕業か?」
「ええ、綺麗でしょ? まあ、皐月ちゃん達のほうが可愛いんだけど……」
そんな不満気の二人を見たからなのか、二人のドレス姿の少女達がやってきた。魅衣と弥生だ。ちなみに、メルやシアもこの会場には皇女として出席しているが、皇女として出席しているが故に、この一同の事を羨ましそうに見ている事しか出来なかった。
二人共皇族として社交界に出席するのをサボりまくったツケで、ここぞとばかりに有能かつ美少女な二人に対して様々なアプローチが仕掛けられており、それを躱すのに精一杯なのであった。
「……睦月。がんばれよ」
どこかよだれを垂らしそうな弥生の呟きを聞いたカイトが、この会場でも有数の男達が群がる華となっている二人を覗き見て、小さく零して視線を逸らした。そこに居たのは困惑の表情を浮かべて右往左往する睦月と、その横の楽しげに男どもを翻弄する皐月だ。
ちなみに、カイトと視線があった事に気付いた睦月が一瞬助けを求めていた様な気がしたが、カイトは気がした、ということにしてスルーした。
理由は簡単だ。そちらの方が楽しいから、である。まあ、それに時折失敗したり己の目測をミスっていたりして自らが駆り出されるのは、そのお駄賃、という所だろう。そこの所はカイトも諦めがついていた。
「……いや、ねえ。あれ、大丈夫なの? お持ち帰りされない?」
と、カイトがスルーして絶望した睦月に視線を送られた魅衣が少しだけ心配そうに尋ねてきた。男どもの中には明らかに独り身で今宵のお楽しみの相手を探していたりするプレイボーイ達も居たのだが、それでなおカイトが無視したのである。魅衣が心配になるのも無理は無い。
「ああ、気にすんな」
「いや、でもあれ……」
かなり強引に迫ろうとした男の一人だったが、それが成功することは無い。なにせ、隣には更に上の小悪魔が一緒なのだ。
「安心しろって。天桜一の小悪魔を舐めるなよ?」
カイトがいたずらっぽさを含んだ、絶対の信頼を滲ませる断言を行う。おそらくだが、学園で最もの小悪魔は皐月なのだ。その容姿から頻繁にナンパに合うが、そのナンパが一度足りとも成功したことは無い。彼女がいいように弄んで、スルーしているからだ。
まあ、時折失敗してはカイトに彼氏役をやれだのなんだのと泣き付いてくるのだが、その多くが彼女が男と明かしてもそれでも良いという様な強者や、信じない愚か者であったので致し方がない。と言うか前者だと手に負えないのは仕方がないだろう。
「あの子、そこの所上手だものねー」
そして、姉もそれを知っているが故に、安心しかしていない。最悪でもカイトが彼氏役で駆り出されるのを笑ってみているだけだ。
もとよりカイト相手に実力行使で勝てる男は存在しないし、カイトにしても話術は得手だ。安心して任せられたのである。
と、そう言っている間に、会話に出来た一瞬の隙を突いて皐月が睦月を連れ出して、冒険部の生徒たちの下へと去って行った。
「うぉ……お前ら二人共、話術やべえよな……」
「そりゃ、どうも」
皐月の鮮やかな手際に、ソラが唖然と呟く。そう、上でも述べたが、カイトも話術が上手いのだ。類は友を呼ぶ、では無いのだろうが、二人共その話術で弄ばれる側からすれば、脅威にしかなり得なかった。
「おぉ、ここにおったか」
そこに、一つの声と、二人の女が訪れた。そして、一瞬、全員が息を呑む。
「……先輩。こういう時はなんか言わないと、失礼ですわよ」
「あ、ああ……」
ティナが連れてきた紅の装飾――リィルは現皇帝の祖母の本家筋なので紅を使う事が可能だった――が施された純白のドレスを身に纏ったリィルを見て、呆然としている瞬に瑞樹が若干非難混じりに告げる。が、今のリィルにはそれだけの美しさがあったのだから、致し方がない。
ちなみに、こういう時にまず褒めるであろうカイトが何も言わないのは、瞬に一番初めに褒めさせようということで口を噤む事にしただけだ。彼の感情を聞かされた身としては、それに応援してやろう、という気も起きるのであった。
「……綺麗だぞ」
「……有難う御座います。貴方も非常に似合ってますよ」
「……ありがとう」
照れた二人の応答が繰り広げられる。なにげに、この一団で最も年上の彼らの遣り取りが最も初々しいのは良いのだろうか、とも思うし、カイトから言わせればいい加減に付き合えよ、と言いたいが、外野なので黙っておいた。
「……さて。オレ達は行くか」
「い、いや! さすがにそれは待ってくれ」
「んぁ?」
カイトがそんな初々しい二人を置いて――気を使ったつもりである――出ていこうとしたのだが、大慌てで瞬が止めた。そうして、カイトを引き止めた瞬が、頼み込む様に、カイトに断言した。
「さすがに俺ではこの後の応対は出来ん」
「瞬……情けない事を堂々と言わないでください」
リィルは呆れたし、確かに情けなくはあるが、同時にここまであけっぴろげだと潔くはある。なのでカイトもそれに呆れつつも、仕方がなく一緒に居る事にした。まあ、下手に下手を打っていらぬ揚げ足を取られるよりは良いだろう、という判断だった。
そうして暫くして、人波が一段落した所で、カイトは桜達を冒険部の面々と一緒にさせて、一度テラスに出た。ちょっとした人物を見つけたのである。ちょっとした人物とは、彼の旧友達、だった。何か思う所があったのだろう。
「三羽烏、復活か」
「あはは、おじゃましてるよ」
「……色々と変わったな」
三人が揃ったことで、カイトも本来の姿に変わる。そうして、三人は揃ってテラスの手すりから顔を出し、外を覗きこむ。こうしておけば、類まれな容姿を持つ三人でもあまり目立つ事も無いだろう。
「皇都も広くなった。いや、皇国は狭くなった、か」
元皇帝であるウィルが、感慨深げに呟いた。彼の眼下に広がるのは、嘗ては夜襲を警戒して夜には明かりが途絶えた町並みの不夜城に近い状況で、天に浮かぶ満点の星を隠す幾つもの飛空艇の姿だ。
そうして、彼らは一度自分達が真実血を流して守りぬいた街を見下ろしてから、テラスの手すりにもたれ掛かる。そして暫く沈黙を保って、再び口を開いたのは、獅子を思わせる大男を見た彼だった。
「あれが、今代か……先は大した会話は出来なかったが……」
「あ、やっぱり君も自分の子供は気になるんだ」
「言ってやるなよ。息子が懐かない、とか言って泣いてたんだから。今代なら懐いてくれるかも、って期待してんだろ?」
カイトの冗談に、ルクスが楽しげに笑う。それに、ウィルが鼻白んで、密かに掠め取ったグラスの中身を一口含んだ。
「ふん……相変わらず疲れるか?」
「けっ……わかって出てきやがったな?」
「あはは」
カイトの言葉に、ルクスがまた、笑う。だがこれは先と違い、どこか柔和な笑みだ。肯定であった。そう、カイトはこういう場は好きではない。もともとが野戦上がりだし、そもそも良家の子女などではない。
こんな言外の意図を悟り合い、腹の内側を探りあう様な戦いは苦手なのである。だが、瞬達の手前、辛い表情を見せるわけにはいかなかった。
「相も変わらず、裏に色々なモン潜ませてやがる。どいつもこいつももうちょっと武張った所に目を遣れっての」
「くくく……武官上がりは血の気が多いな。今みたいに総じて平和な時代なら、貴族はこっちが仕事だろうに」
ようやくわかってきたな、と言外に語るウィルは、疲れた様子のカイトに嬉しそうだった。きらびやかな会場で、自分達の姿で出来た影を使って行われる隠れた遣り取り。それは関係を強める為であり、多くが必要な物だった。
であればこそ、カイトも仮面を被り、言外の意図を潜ませ、相手の言外の意図を探る。それが出来るか出来ないかだけで、今後の冒険部の評判が変わってくるのである。守る者がある以上、カイトに否やは無かった。
「仕事がどうとか、って話じゃないと思うよ?」
「それはそうだろう。カイトの事。大方花でも見に来たんだろ」
「ちょ、おい。最近それやるとマジでやべえんだから、やめてくれよ」
「……つまらんな」
「成長するんだよ、オレも」
嘗ては大慌てで否定したのに今回は乗ってみせたカイトを見て、ウィルが残念そうに吐いて捨てる。ここらで慌てふためいたのは、彼が守る者達と同年齢の頃、だ。あれからカイトに流れた時間は、遠に10年近く。今の掛け合いの様に変わらぬ物もあれば、今の応対の様に変わる物もあった。
「まったく……」
「……で、縁談、幾つ来た?」
「こんどはそれか……2個。揃いも揃っていい年して、だ。まあ、他を気圧されるように、だな。お陰でまだ、様子見だ」
疲れた様子のカイトが、ルクスの問い掛けに答えた。
「ハイゼンベルク公は相変わらず、か。イリス嬢は公爵位か」
ウィルが凡その裏を推測して、苦笑する。この公爵家たちが、縁談を持ち込んだのである。まあ、カイトの正体を知っているし、縁を得ておく事は悪くは無いだろうという判断であると同時に、二人共悪戯で持ってきただけである。二人共若い少女の縁談を薦めてきたのだが、クズハやアウラの反応を楽しんでいる感が強かった。
まあ、カイトも敢えて乗ってみせたので、楽しんでいたのはこの男も、であるが。後で自分でフォローをしないといけないのは忘れているのであろう。
ちなみに、ウィルがリデル公イリスの事をイリス嬢と呼んだ理由は簡単だ。彼女の生まれた頃から、ウィルはリデル公イリスを知っているから、だ。
「そういえば……よくバレないですんだね」
「まあ、いくらなんでも幼すぎてるからな。誕生祝いの式典にオレも出てた、なんて言われても覚えている筈も無いだろ」
「だろうね」
カイトの返答に、二人が笑う。実はリデル公イリスの誕生日というよりも出生祝いに出席していたのは、全員一緒だ。そして、5歳ほどまでは、実はカイトも誕生日会に出席していた。
まあ、大昔すぎる上に幼い故に忘れているのだろう。実はあの昼食会の時点で、リデル公イリスはカイトに気付く事が出来たはず、なのであった。そうして、暫くの間、三人は雑談を続ける。しかし、それも少しだけ、だ。カイトが手すりから、身を起こす。
「……また、気が済んだら戻れよ」
「君もね」
カイトは再び光輝く社交界の中へ戻っていき、友人達は夢の如く、消え去った。こうして、カイト達の最初の皇都進出の最後の夜が、終わりを告げるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第445話『未知なる遺物』