第440話 遺跡調査 ――完結――
時は進んで、今に戻る。一日目にあったロックと弥生、月花の遣り取りの一部を聞かされて、更にロックに呆れ返られた。語ったのが一部なのは、全てを語るとまだカイトが隠しているだろう事にも言及してしまうから、だ。
「まあ、俺も幾つもの見落としがあったわけなのだが……それにしたって貴様らは足りない物が多すぎる。冒険者をやっているというのなら、慢心を無くせ。手の内にある手札は全て使え。貴様らには圧倒的に経験値が足りていない」
古代遺跡――のまがい物――の最下層で正座させられている冒険部上層部の前で、ロックが説教を行っていた。こればかりは誰も何も言えない。
弥生は確かにロックの正体を知っていた、というアドバンテージがあるわけだが、それが無くても違和感には感づいている。だが、他の面子はものの見事に全部引っかかったのだ。
「覚えておけ。まず、依頼人は善意の依頼人だけでは無い。満点に見えた弥生でも、満点では無い……まあ、これはすでに説教済みだから、良しとしておこう」
ロックは一度弥生に視線を向けてから、2度目になる為にそこは置いておく。ちなみに、弥生が何を説教されたのか、というと、依頼出発までに拙速だった事だ。
幾ら依頼人が急いでいる様子だとしても、一日ぐらいは出発に時間を使って前調査を行え、という事だった。カイトでさえ、かつて急ぎの用事だったメルに対して説得して一日時間を置かせているのだ。必要だ、という強弁を出来る様に、と駄目だしを食らっていた。
まあ、それでも総合的には嘘だ、と早々に気付いたわけなので、弥生はお説教をされたわけでもなく、あくまで駄目だしを食らった、という所だった。
「道中でも色々と見ていたが……そもそもぶっ飛んでいたあの馬鹿が可怪しいだけで、まあ、歳相応以上の戦闘能力はある、と言える。だが、貴様らには圧倒的に経験値が足りていない。依頼人が全て真実を語っているとは限らない。依頼人が善意の依頼だけでなく、悪意の依頼もありうる。何らかの理由? そんな物は無数に考えられる。違法薬物の密売、人身売買、機密情報の漏洩……そんな物は無数にある。依頼人を徹底的に疑え。依頼人が常に真実を語ってくれるわけではない」
一同を正座させたロックの説教は続く。それは全て正論なので、誰も何も言えない。というわけで全員揃って正座、ということだった。
で、お説教となると、実はお説教大好き――本人は周囲がだらしないから、と言っているが――な月花が黙っているはずも無かった。というわけで、彼女もロックに並んで説教を行っていた。
「そもそも、ソラ殿。貴方は一度騙されているわけです。なのにまた騙されるとは何事ですか。そもそも、貴方達は人が良すぎる。ええ、良すぎます。別に困っている方を見捨てろ、とまでは言いません。それは鬼畜も過ぎます。それでも依頼人に対しては疑う事を覚えるべきです。ええ、覚えるべきですね」
月花のお説教の今の対象はソラだった。というのも、彼は数カ月前に一度騙されているのだ。あの時は幸いにしてティーネが対処してくれたが故に良かったが、自分達だけでは騙されてしまうのだ、という事を完璧に露呈させていた。お説教の対象になるのも道理だった。
「そもそも、今回は皆さん全員が全ての必要な手が取れていない。まず、貴方達は何故、カイトが普通は手に入れられない詳細な地図を与えられていると思っているのですか。地理とは何よりも重要な情報源。軍事の基本中の基本は地理です。今回の一件なぞ航空写真を見ていれば一発で可怪しいと気付けた事です。まあ、それでも気付かなければ逆にもっとお説教をしたい所ですが……そもそも道具を活かせていないのなら、その説教も出来ません」
月花がため息を吐いて、頭を振るう。その顔は呆れんばかりで、今にも頭を抱え出して泣き出したいと言わん程だった。まあ、彼女は元は一国の軍団の長だ。口うるさいのは仕方がなかった。
まあ、彼女の妹はあの狐族の権化とも言うべき嘘や誑かしが上等の燈火で、彼女の元主は古龍の中でも有数の怠け者の仁龍だ。口煩くなるのは当然であったのかもしれない。と、言うわけで、お説教はまだまだ続く。
「良いですか。どれだけ道具が優れていようとも、使う者がそれを使いこなせていなければ、宝の持ち腐れです。確かに、カイト殿もティナ殿も自分たちも同じ物を使うが故、そして彼ら自身が熟達の冒険者であるが故、あなた達初心者冒険者が使うには些かどころか物凄い高度過ぎる魔道具を与えている感は有りますが、道具を与えられている以上、その機能については全てを把握しておきなさい」
月花の言葉は全て正論であるが故に、誰も言い返せない。というわけで、彼らも甘んじてその言葉を受け止めるしか無かった。
まあ、そんな月花だが、今はロックよりも熱心にお説教をしていた。というのも、彼女は当たり前だが、カイトを通して今までずっとソラ達の行動を把握していたのだ。積もりに積もった物があって、これを機会に一気に指摘してしまおう、と考えていたのである。
「それに、ソラ殿。貴方はまず、あの無闇矢鱈に変な技を開発する癖を矯正しなさい。由利殿は矢が中らないからと言って、苛立って突っ込む癖を無くしなさい。桜殿はもう少し魔術での牽制を織り交ぜて……」
この偽装依頼は彼女の為に有るのではないか、と思えるほど、月花の口からは立て板に水と言う程に無数のお小言が飛んでくる。が、それも一時間ほどとなった所で、先にお説教を終えて暇そうにしていたロックから制止が掛かった。
「あー……月花。すまないが、そこら辺にしておいてくれ」
「ですから、貴方達にはまだまだ……はい?」
何度目かの指摘を入れようとしていた月花だったが、ロックの言葉に止まる。そうして、お説教が止まった事に一瞬ソラ達がほっ、と一息入れている内に、ロックが事情を説明し始めた。
「いや……まあ、今回の一件は皇国にも黙ってやっていた事だからな……それ故、できればバレる前に結界やら何やらを解除してしまいたい。となると、一度外に出たいのでな」
「ああ、そういうことですか。なら、仕方がありませんね。ええ、仕方がありません。今日はこの程度にしておく事に致しましょう」
月花から出たお許しの言葉に安堵して、そして今日は、という点でまだまだ有るらしい、と一同がため息を吐く。だが、とりあえずはこれで終わりだった。なので、一同は一度馬車へと戻る事になるのだった。
洞窟の分かれ道から馬車に戻った一同であったが、洞窟を出て、ロックの技量に思わず瞠目する事になった。なんと彼が指をスナップさせると同時に、地形が変わっていくのだ。
「山が……変形してる……」
「うそぉ……」
桜と凛が信じられない物を見た、とばかりに呆然と呟く。洞窟を馬車で脱出した一同が目にしたのは、山の一部が崩壊して空洞が出来て、更にはいくつかの岩肌が露出してくるのである。
本来の山の形では違和感を感じられる部分を全て、ロックが魔術で変化させていたのだ。しかも、それは幻術等では無く、地形を本当に変化させていたのだ。これでは違和感は抱けない。
もともと彼は航空写真なぞ知らない為、過去の映像を、しかも上から確認される、という事は考えていなかったのだが、山を覆い尽くす程の幻術では見破られる可能性は無くはない。なので、地形全てを変えてしまおう、という事だったのである。確かに、試験にしては大掛かりな準備だった。
「良し。こんな物だったかな……ああ、これで終わりだな」
「相変わらず見事なお手際でした、シャムロック殿」
「これでも曲がりなりにも太陽神。伊達に最古の神と言われたわけではないからな」
月花の賞賛に対して、ロックが何処か自慢気に胸を張る。だが、賞賛出来た月花達に対して、ソラ達は瞠目するしか出来なかった。
というわけで、ソラが唖然となりながら、山を物理的に変えてみせた事に呆然と呟いた。自分達はこんなのと戦おうと思ったのか、と今更ながらに気付いたのだ。
「こ、これが……神様……」
「あら、この程度普通じゃないかしら? 地球で有名な半人半神のヘラクレスなんて、川の流れを平然と変えてたわよ? 半神でこれなのだから、神様になるとこの程度当然、じゃないのかしら」
「そ、それは半人半神でも少々有力だな……オーリンの子をも超えている」
弥生の言葉を受けたロックが、流石にこれには苦笑を隠せなかった様だ。まあ、少々有力、という程度であることを考えれば、おそらく普通だ、という事は正解なのだろう。
「さて……では、皇都に戻る事にしよう」
完璧に山を元通りにしたロックは唖然となる一同に対して告げる。そうして、一同は再び馬車に揺られながら、皇都へと戻る事になるのだった。
「貴様らも、俺が来た事は黙っておけ。流石に皇帝なぞにバレると厄介だ」
皇都に戻った後。馬車を止めておく駐車場に近い一角にて、ロックが一同に黙っておくように言い含める。彼は太陽神で最高神、本来はかなり著名な神様だ。普通にはお忍びでも国賓級として扱われる。来た事が発覚してそれに対して挨拶もなし、では皇国としても風聞に関わるだろう。
それに、彼は今回カイトに隠れてコソコソと動いているのだ。彼の情報網がバカに出来ない事は把握しているので、何かヘマをする前に皇都入りせずにこのまま帰る、という事だった。
「カイトに会っていかなくて本当に大丈夫なんっすか?」
馬車から降りたロックに対して、同じく馬車から降りたソラが問いかける。折角来たのなら会っていった方が良いのでは無いか、と思ったのだが、彼は苦笑したまま、譲らなかったのだ。
「まあ、繰り返しになるが……まあ、俺が来ているのを知ると、わざわざ俺の所にまで挨拶に来る。忙しいだろうに、な」
「挨拶は分かったんっすけど……そういえば、ロックさんって何時もは何処に?」
「浮遊大陸だ。神族の多くは、あそこの奥地に天族と共に住んでいる」
ソラの問いかけを受けて、ロックが笑いながら天高くを指差す。そこには何も無かったが、おそらくその方向のはるか遠くに、浮遊大陸が存在しているのだろう。
「ああ、そうだ……その馬車と一緒に、御者もくれてやる。馬は作り物だ。自分達で用意してくれ」
去り際に、ロックが一同に向けて告げる。少し前に馬車の中で聞いた話なのだが、もともとは冒険者として活動するのなら、こういった類の物が必要だろう、と思ってこの馬車を持ってきてくれたらしい。今の冒険部には若干過ぎたる品であるのは確かだが、何時かは必ず必要になる事は確実だ。今後を考えたのなら、悪い贈り物では無かった。
だが、ここでカイトに普通に会えばまた気を回すだろう、と思ったロックが色々と興味があった事を含めて、これをプレゼントする為の方便として、今回のこの嘘の依頼を考えついた、との事だった。やはり彼もまた、よく気の回る男だった。
「……ああ、そうだ……いや、やめておこう」
身を翻したロックは何かを思い付いた様に再び振り返ったが、しかし、首を振って苦笑してやめる。それに一同首を傾げるが、ロックは再度身を翻した。
「なんすか?」
「……いや、なに……ちょっと伝えてやろうと思った事があったんだが……貴様らに伝言を頼むと、そこからバレる、と思ってな。それに、伝言の意味が理解出来るのは、俺と月花、カイトとユリィぐらいだ。ばれない様に、というのは無理だ。気にしてくれるな」
身を翻したロックは、苦笑しながら一同に手を振る。そうして、数歩歩いた次の瞬間、彼の姿は消え去った。
『……まあ、貴様らも何時かは浮遊大陸に来る事もあるだろう。その時は、神様として、出迎えてやろう。幼きカイトの友人達よ。その時まで、歩む事をやめるなよ、若人達』
最後に、ロックはそう残して、それ以降、何も聞こえる事は無かったのだった。
それから、数日後。軍基地から戻ったカイトへと、依頼があってその対価として馬車が手に入った事が伝えられた。
「……ふーん……珍しい事もあるもんだ」
何処までぼかせるのかは分からなかったし、騙されているのかは分からないが、それを聞いたカイトは大して興味を持たずに頷く。確かに有り難い事は確かであるのだが、依頼内容としては至極普通の物だ。望外の報酬に驚いている様子はあったが、それだけだった。
それに元々皇都での活動は金を稼ぐというよりも次のステップの為の実力を付ける、という方を主眼としていた為、報酬は手に入れられればそれで良いか、という程度だったのである。
「まあ、とりあえず見せてくれ」
「あ、おう。じゃあ、とりあえず馬車置き場行くか」
カイトの求めに応じて、ソラが頷いて、とりあえず二人は皇都の外れの馬車置き場へと移動する。そうして、そこにあったキャンピングカー仕様の馬車を見て、カイトが目を見開いた。
「どうしたんだよ?」
「これ……マジで貰ったのか?」
「おう……何か変か?」
「……はぁ……」
ソラは努めて普通に振舞っていたのだが、やはりそこらは技量と言うか経験の差だ。何かから、その依頼に裏がある事を掴んだらしい。
「……ったく……まあ、良い。黙っておけ。どうせ相手方からもそう言われてるんだろ?」
「……えーっと……うん」
カイトの完璧に見透かした様な発言に、ソラが視線を逸らしながら頷く。それに、カイトが再びため息を吐いた。
「大方シャムロック殿か、オーリンの馬鹿か……穴場としちゃ、イオシスの馬鹿共も考えられるな……あのヴァルタードの皇弟が来てたから、そっちの方が濃厚、か?」
「なんでそう思うんだよ」
思い切り第一候補で当たりを付けたカイトに対して、ソラが驚いた様に問いかける。これに、カイトは苦笑して、理由を告げる。
「高過ぎるんだよ、これ。しかも御者付きだぞ。貴族の道楽でも無い考古学者がくれる様な品じゃあないな。空間調整だのと幾つかのカスタマイズがされているから、結構金掛かってるな、おい……こりゃ、オーリンは外れだな。奴がここまで丁寧なカスタムする事は無い。神様なら第一でシャムロック殿、という所、か……やれやれ」
馬車と御者の検分を進めながら、カイトは誰なのかの目星をつけていく。が、決してソラ達に言わせようとはしない。すでに自分でもこれがロックから贈られた物だ、というのはおおよそ理解しており、言わなかった理由もおおよそ理解したからだ。
「なあ、そのシャムロック、って誰なんだ?」
「……ん? ああ、神族の族長だよ。所謂、神王とも言われる方だ。太陽神、というのは確かだが、本来は神王が公的だ。さっき言ったオーリンは軍神だな。どちらも馴染みでな。オーリンも本来はオムズワルドって名だが……まあ、そこらは良いか。あのバカは自分でも本来の名前忘れてる時あるからな」
「……え?」
太陽神だ、とは告げられていたソラだが、まさか飛び出た神様の王様という言葉に、思わず愕然となる。まさかそこまで高貴な相手だとは思わなかったのだ。
「この御者はティナにもう少し改良させるか……まあ、神王と言うには、気さくなお方だ。そこまで気後れする様な相手じゃない。よく気を回してくださるお方だしな」
御者型のゴーレムの状況を見ながら、カイトがソラに告げる。確かに、王様というにはかなり気さくさがあった。こうして、ソラ達はカイトに隠れた――と言っても若干気付かれていたが――所で、神様の王様との会合を果たして、皇都での遠征任務は終了する事になるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。次回で今章は完結です。
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