第439話 遺跡調査 ――真相――
それは数日前。初日の事だ。馬車の上でロックが星空を眺めていると、そこに弥生がやってきた。そうして、彼女は少しだけ考えて、ロックに問いかける。
「えーっと……シャムロックさん、よね?」
「……ほう。何処で気付いた?」
「カイトから聞いていたもの」
ロックの少しだけ驚いた様な問いかけを受けて、弥生がそう告げる。が、これは正確では無い。確かにロックとカイトは知り合いだが、皇都にロックが来ている事をカイトは知らない。なので弥生が聞いていたのは、彼の容姿の事だった。なので、ロックはそう思って、気付いた理由を問いただす。
「人違いの可能性もあっただろう?」
「だって、幾つか嘘あったもの」
「……合格だ。それに気付いたのは、君ぐらい、だろうな。試しに、何処が嘘か指摘してくれるか?」
弥生の断言に、ロックが笑みを浮かべる。そう、実はロックはこの依頼に際して、幾つものおかしな点を混ぜ込んでいたのだ。
それは一見するだけでは気付けないが、よく考えれば、簡単に気付ける事だったのだ。弥生は早々にそれに気付いて、更にはロックの正体に当たりを付けて、今の今まで誰にも言わずに黙っていたのであった。
「例えば、貴方が提示した名簿。あれは確かに上層部や実力者と言われる面々だったのだけれど……その中に、私達三姉妹の名前が上の方あったわ。それは、可怪しいもの。例えば私は確かに学園のトーナメントで優勝したけれども、それを知っているのは、学生達だけ。それに、ご丁寧に裏方で料理人をメインにしている睦月まで入ってるもの。可怪しいどころかおかし過ぎるわね。そこから導き出される答えは、一つ。カイトの知り合いだけを選んだ、ということね。大方私達の名前は、カイトから聞いていたんじゃない? そして、絶対に一緒の学校にかよっている、と踏んでいた」
笑いながら、弥生はとりあえず最もおかしな点を指摘する。確かにカイトが訓練を施していて、それをあの場の全員は把握しているからこそ、実力者として名を連ねていてもソラ達の誰もが疑問に思わなかった。
だが、それが外となると、これは可怪しいのだ。なにせ弥生は外に出てほとんど活躍していない。と言うより、カイトがさせていない。切り札として、なるべく冒険部に待機してもらっていたのである。
確かに実はカイトやユリィと共に密かに依頼に出掛けている事も無いでは無いのだが、それは有名になるような事では無いのだ。
ならば、弥生が入っているのはどう考えても可怪しいだろう。なので、ロックは思わず拍手して、その推測を認める。
「お見事。カイトが君に惚れていた事は、実はかなり有名でね。実はそれ故、この依頼にかこつけて一度会ってみよう、と思った次第だ」
「それは……ちょっと照れるわね」
流石にかなり昔からカイトが惚れていた、と言われると、弥生も思わず頬を朱に染めて照れるしかない。なにせ大昔から、自分の好きな人が同じように昔から自分を好きでいてくれたのだ。嬉しいのは当然だった。そして、そんな弥生は照れ隠しとばかりに、更に続けた。
「えっと……それで、他にも、その遺跡と思しき洞窟へ行った理由が理解出来ない。あそこはどこへも通じていない場所。遺跡の名所であるエンテシア砦とも程遠いし、あの方向をまっすぐに行った所で、危険な魔物の出没地を幾つか通らなければ次の皇都へは辿りつけず、結局は時間が掛かるわ。私達では無理。よほど時間が無いならともかく、そこを近道とするのは、可怪しい。それに、その道を通れるにしても、この皇都に来たのなら、その時の冒険者達が居るはずよ。何故その私達より上の冒険者に頼まなかったのか。色々と疑問は尽きないわ」
「よろしい。そこも正解だ」
弥生から指摘された点を受けて、ロックが再びぱちぱちと手を叩く。全て、正解だった。確かに、皇都側の出入り口には、危険は無い。そして洞窟を抜けた所にも大した危険は無い。
だが、そこから少し行った所が、問題だった。そちら側にはランクB程度の魔物も出没する危険地帯だったのだ。幾ら直線的に進めるから、と言っても普通そんな所を近道として通るとも思えず、通れるのなら、実力的にまだ進めないだろう冒険部では無く、通れる奴らを選ぶのが正解だ。なのでロックはそれに頷いてから、密かに弥生の側で警護にあたっていた銀色の少女に告げる。
「月花。俺が来た事は黙っていてくれよ」
「はぁ……分かりました」
ロックの言葉に、月花がため息混じりで同意する。カイトと知り合い、という事は即ち、その最古参の使い魔である月花とも知り合いなのだ。だが、この言葉に、弥生が首を傾げた。
「あら、教えてあげないの?」
「……いや、まあ、なんというか……奴は俺が来た事を知ると、色々と気を回すからな」
弥生の言葉を聞いて、ロックがぽりぽりと頬を掻きながら苦笑気味に首を振る。
「貴方に気を遣わない方が居るのなら、聞いてみたい所ではありますが……ええ、聞いてみたいですね」
「奴の場合は少々気を遣いすぎだ」
「まあ、貴方達の関係性の問題で、仕方がなくはあるのでしょう。ええ、仕方が無いと思います」
「そうねぇ……」
月花の言葉を、弥生も認める。何があったのかは、僅かにだが、カイトから彼女は聞いていた。だからこそ、ロックに対してカイトが気を遣うのも当然と思えたのである。
「世界で最も有名な神様の一人。太陽を司る太陽神<<創生と光の神>>。太陽神の代名詞……まあ、普通は気を遣う、わねー」
「よく俺の本来の名を知っていたな……<<偉大なる太陽神>>というのが、今一番知られている名前だぞ」
弥生の言葉に、ロックが少しだけ感心した様で、それでいて嬉しそうに頷く。彼は滅多に表には出て来ない。それ故に、彼の本当の名前を知っている者は数少ないのだ。
それこそ、神族との間の子である半人半神でさえ、知らない事さえあるのだ。それを知っていた弥生に素直に感心するのは、当然だった。まあ、カイトから聞かされていたとするのなら、ある意味当然ではあるだろう。
「まあ、おかげで偽名には困らん。なにせ本名を名乗れば、誰も分からないのだからな」
クスクスと笑いながら、ロックが更に続ける。彼は『シャーロック』という名前を偽名として使ったが、別にそんな物を使わずに本名をそのまま名乗っても良かったのだ。
まあ、それでも普通に『シャムロック』と名乗っていれば、即座に弥生には自らの正体を指摘されることになっただろう。ここらは、念には念を入れた彼が見事だった、という所だろう。
「とは言え……気を回しているのは、貴方も一緒、だと思うわ」
「ですね。私も弥生の言葉に賛同します。ええ、賛同です」
「……うるさいぞ」
二人の言葉に、ロックが何処か照れた様にそっぽを向く。事実だったらしい。では、何に気を回したのか。それは簡単に言って、この依頼だった。
「カイト殿に隠れて、こっそりとテストを兼ねてダメそうな部分を指摘、ですか。気を遣いすぎです。ええ、遣い過ぎです」
月花の言葉に、ロックは何も言い返せない。彼が弥生に対して『合格』と告げた様に、これは単なる試験だったのだ。では、何の試験なのか。それは依頼人が吐いている嘘を見抜けるか、という事だ。実は数日後に行われた戦闘は、単なるロックが気になったから、というだけに過ぎなかったのである。
当たり前だが、かつてソラが騙された様に、依頼人が常に真実を言っているとは限らないし、全てが本当であるとも限らない。
そして実はこの計画においては、最大の穴が存在していた。そこに気付けていたかどうかが、最大のポイントだった。
「大掛かりな試験ねぇ……わざわざ空洞を埋めて、遺跡に似せた構造物を作り出す、なんて」
「安心しろ。俺の魔力で作っているだけだ。終わった後は、綺麗サッパリ無かった事にするさ」
弥生の言葉に、ロックが苦笑する。実はソラ達が調査を行った全てが、ロックによって作られた実体を持つ幻影だったのである。
つまり、最初からあそこには遺跡なんぞ存在していないのだ。ただ単に少し大きめの空洞を見付けて、そこを皇国にも勝手に間借りさせてもらっただけなのであった。
と、それに納得していたロックだが、ふと、違和感に気付いた。あまりに平然と言われたのでスルーしてしまったが、そこは弥生にも気付かれているとは思っていなかったのだ。
「ん?……いや、待て……どうやってそれ知った?」
「これと、これ。これに描かれている山を見て、ちょっと変だな、って」
「……ぷっ……そうか、それは油断だった。君は油断ならないな。カイトが初恋の人だ、というのも理解できる」
弥生が懐から取り出した物を見て、ロックが思わず吹き出す。彼女が掲げたのは、丸められた地図だ。どこにあったのか、というと、実は普通に馬車の中にあった。一同に見せたのだから、当然だ。
だが、そこに描かれていた山の形を見て、弥生は違和感を強めて、カイト達が飛空艇を使って密かに作っている皇国全土の航空写真を使った地図を使って、違和感を確信する。
実はこの山は上から見れば内側に空洞がある事が分かるのである。地図にはそれが書かれていて、遺跡が無い事は一目瞭然だったのだ。
上から覗きこめば中に何に何かあることは分かるはず、なのだ。それが今まで見つかっていない、という方が可怪しかった。と、そんな機能があるということを教えられて、ロックが目を見開く。
「それは……流石だな。だが、何故誰も気付かないんだ?」
「これ、いくつも機能があって、普通は航空写真を使わないでこう……簡単な概略図で見ているのよ、皆。多分航空写真で映し出してくれる機能なんて忘れてるわ」
「あははは! それはそれは! 俺も油断したが、彼らも油断してた様だ! これは減点だな!」
スマホ型の魔道具の中に入れられている地図アプリに似た道具を使って概略図として表示された付近一帯の地図を見て、ロックが大笑いする。そして更に航空写真ではっきりと空洞があることを示されて、更に笑いを深める。
「くくく……奴らはあいっかわらず国にも勝手に色々な事をやっている。今回は危うく、と言った所か」
「まったくよ。まあ、誰も気付いていない様子なんだけれども、ね」
「やれやれ……全てを活かす知識があってこそ、初めて生き残れるのだというのに……まだまだ、経験が足りていないな」
ロックが苦笑しながら、首を振る。そして、今度は弥生に問い掛けた。
「それで、君は何処まで聞いているんだ?」
「幾つか、程度よ。全部は聞かせてもらってないわ。元々あの子が私の前に誰かと付き合っていた、とは聞いていたもの。そこから更に幾つか、で貴方の事も聞いていた、という程度よ」
弥生は、カイトに地球で救われていた。その時の旅路で、弥生はカイトに告白していたのである。だが、それに対するカイトの返しは、あまりに辛そうな顔で、拒絶する、ということだった。そして、それを語りながら、弥生が思い出してうっすらと苦笑する。
「……まさか振られて泣かれるとは、思ってなかったわねー。あれは」
「君はカイトにとって、いい女、なのだろうね。男を泣かせる女は良い女だ、とカイトが言っていた。そして私の知る限り、色恋沙汰であいつが泣いたのは、今の君の話とシャルの二人だけ、だ」
「あら……」
過去に二人だけ。それを聞いて、弥生が少し複雑な表情になる。自分の前で泣いてくれたのは、素直に嬉しかった。それほどまでに、自分が大事な存在だ、とわかったからこそ、だ。そしてそれと同等に愛された少女が居たのだから、この嫉妬は当然だった。
「そういう顔はしないでくれ。まあ、神族の身内の贔屓目だが……あれも優しい子でね」
「知ってるわよ。その神様が居なかったら、カイトは既に居なかった、のでしょう?」
「俺も、そう、聞いている」
少し不満気な弥生の問いかけを、ロックが苦笑しながら認める。彼はその一件を知らない。彼らの全てが終わった後、カイトから大戦を終わらせる助力を頼まれた時に、それを知らされたのだ。カイトとの付き合いはそれ以降、だった。
「……まあ、貴方に言ってもダメね。それに……会ってみたいわねぇ……お礼を言いたくもあるもの。あの当時のカイトは私にとって、弟みたいなものだったもの……それが私に代わって、諌めてくれたんでしょう?」
あの当時のカイトは。まだ弟の様に思えていた時代のカイトを思い出して、弥生がしみじみと語る。今はまだ会えぬ者との逢瀬を、彼女も嫉妬混じりではあったが、望んでいたのである。そして、それを同じくロックがしみじみと認めた。
「ああ……どうやったのかは、知らないがな……」
「ひっぱたいたが正解です。カイト殿がそう言って頬を掻いていたのを覚えています」
「ああ、そうなのか……ひっぱたいた? あいつが?」
「私は、そう聞いています」
二人の会話に割り込んだ月花の答えに、ロックが思わず目を見開いて意外感を露わにする。どうやら彼からすると、驚くべきこと、だったらしい。そうして、しばらくの間雑談を繰り広げて、その日は終わる事になるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第440話『遺跡調査』