第32話 マッド・サイエンティスト
「おい、ティナ!飯の時間だ!」
転移でティナの研究室の最奥へとやって来たカイト。そこには当然のように開発を続けているティナと何故かクラウディアが一緒にいた。
「あれ?クラウディア、いたのか。おはよう。」
「おはよー。」
カイトに続けて挨拶したのはユリィである。二人に気づいたクラウディアとティナだが、やはり朝となっていることに気づいていなかったらしい。まあ、周囲が異界化している上、時間まで狂っているのだから、仕方が無いが。
「カイト殿。おはようございます。もう朝ですか?」
「む?カイトか。なんじゃ、今少し忙しい。後にせい。」
ティナの研究室の最奥は異空間であり、特別な理由の無い限りは常に昼の状態が保たれていた。
「ああ……。って、そうだ!ティナ。飯の時間だ。さっさと支度しろ。」
ティナに朝食の時間が近いことを告げるカイトであるが、ちょうどティナの方も一段落ついたらしく、カイトの方を向きカイトの手をひっつかんだ。
「ちょうどテスターを探しておったのじゃ!……クラウディアでは役に立たん。」
「ぐぅ……。申し訳ありません……。」
そう言ってカイトの手を取って今まで作っていたヘッドマウントディスプレイに似た魔導具を装着させた所でユリィに気づき試験内容を変更することにした。
「む?小娘もおったのか。ではこちらにするか。」
ティナは大の大人が優に寝転べそうなイスがひとつあるだけのカプセルへと二人を連れて行く。
「だから、朝飯の時間だって……。」
「すぐ済む。」
そんなはずがないのは今までの経験から明らかであったのだが、すぐに済む実験であることを祈りながらカプセルへ入り、カイトはイスに座る。
「では、閉じるぞ。妖精がおるならソフトはこれじゃな。いや、それともこっちでもよいな。おい、カイト。RPGとアクション、どっちが好みじゃ?詳しくは栄光の槍と女神の伝説。」
意味不明な質問を受けるカイトだが、とりあえず質問に答える。
「は?とりあえず、さっさと終わりそうな方。」
答えてしばらくすると、二人の意識は遠のいていった。
20分後、カイトとティナ、ユリィを除く面子が食堂へとやって来ていた。
「クズハさん、公爵家の皆さん、申し訳ありません。わざわざ私の生徒を探して下さいまして……。」
「ああ、いえ、お気になさらないでください。小さいとは言え公爵家もそれなりの広さを誇りますし、魔術によって空間が歪んでる場所も……。」
そこまで言って何かに気づいた、という顔を作るクズハ。当然、演技である。
「どうされました?」
思案顔になったクズハを訝しむ桜田校長に、クズハが答えた。
「いえ、この公爵邸には先々代の魔王様の研究室がありまして……。そこは入り口からほぼ迷宮化しており、学生さんでは入ったら出られなくなってもおかしくありません。普段は入れないようにしているのですが、昨夜は少々事情があり、入れる様になっているんです。それで、もしかしたら、と。」
「なるほど、興味本位で入って出られなくなっている可能性がある、と?」
雨宮がそう問いかけるとクズハは同意し説明を続ける。
「ええ。公爵家の従者たちも滅多に立ち入らないようにしていますので、誤って入ってしまっても誰も気付かない可能性が……。特にカイトさんはティナさんを探しに行かれたわけですから、部屋にノックして返事がなければ確認に入ってみていてもおかしくありません。」
「ミイラ取りがミイラに、というわけですな。」
「ええ。申し訳ありません。普通は誰も立ち入らないことから、説明を忘れていました。」
そう言って頭を下げて謝罪するクズハ。更にクズハは続けて立ち上がる。
「その研究室は私以外は単独では出られませんので、私が行くことにしましょう。……他の者は再度念のために屋敷内の捜索をお願いします。では、皆様は少々お待ちください。」
お付のフィーネにそう命じてクズハも部屋から出て行った。
「はあ、いつもの事ですね。」
部屋から出たクズハは開口一番ため息を吐いていつもの事と諦めた。
「まあ、これでお姉様が帰ってきたとも考えられますが……。とりあえず試しに念話してみますか。」
出ないことを承知して念話してみるクズハだが、予想に反してティナから返事がある。
『クズハか。なんじゃ?』
『あれ?つながりました。お姉様、朝ごはんの時間です。そろそろお戻りを。』
そこでようやくカイトが来た理由を思い出したティナ。
『おお!そうじゃった。すまん、すぐに行く……。おい、カイト。そろそろ終わるのじゃ。……なに?今いいところ?どれ、すこし見せい。』
ティナはそう言うと、念話が切断される。クズハは再度ため息を吐いて何時もの事と諦めた。
「やっぱり念話だけでは戻って来ませんよね……。」
そう言ってクズハの姿も掻き消えた。
転移でティナの研究室の最奥へやって来たクズハだが、予想通りの光景と、予想外の光景があった。
「あら、クラウディア様、まだいらっしゃいましたか。それで、あの大きなモニターは一体……。」
転移してきたクズハに気づいたクラウディアが、興奮しているティナに変わって説明する。
「ああ、クズハ。あれは魔王様が開発されたえっと、ブイアールとやらのプレイヤーの行動を俯瞰的に見るためのモニターだそうです。」
ティナが開発していたのはいわゆるVRシミュレータ用の魔導具であった。ティナは愛読しているラノベにVRゲームからの帰還を目指すものが幾つかあったので、是非とも開発したかったらしい。
とは言え、純粋な科学技術ではさしものティナも不可能なので、ヘッドマウントディスプレイ型の魔導具とカプセル型の魔導具を開発したのであるが、今回はユリィが一緒であったので多人数同時にインできるカプセルタイプを使用したのである。ティナとしてはヘッドマウント型を使用したかったらしいが、テストとして我慢したのであった。
「はぁ、ブイアール、ですか?」
「ええ。地球では知られているものらしいのですが、確か、意識のみをでんのう?空間とやらに投影して実際に活動しているように勘違いさせて、とかなんとか……。」
日本ではラノベ等の影響や医療技術への応用でそれなりに知名度を誇るVRシミュレータであるが、エネフィアで生まれ育った二人にはまったくの未知の単語であった。
「でも一体何故そんなものを?」
「さあ。魔王様は確か武芸の練習の空間としての応用を目指す、などとおっしゃってましたが……。」
「お姉様ならご自分で練習用の異空間を創造するぐらい造作のないことでは……?」
クラウディアには真面目な用途を答えたつもりだが、その理由ではVRシミュレータの必要のない事は気づいていなかった。隠された真意を知ろうと二人して首をひねっているが、実際はティナがゲームを主人公視点でプレイしたいという実にくだらない理由であった。
「では、あのモニターの中の緑の服の男性はお兄様ですか。」
「魔王様の説明なら、そのはずです。横で飛んでいるのがユリィさんですね。」
モニターの中の二人から、楽しげな声が響いてくる。
『あ!カイト右から攻撃!』
『おっと!サンキュ!』
かつての戦闘と同じく、息のあったコンビネーションで敵の攻撃を躱しては反撃していた。
「コンビネーションはまったく衰えてませんね。」
「そうなのですか?私はあまりお二人の戦闘を見たことが無いのでわかりませんが……。」
モニターの二人を見てブランクなど無いかの如くに戦闘をする二人。所々でユリィが雷撃で牽制した隙をついてはカイトが手に持った片手剣で攻撃していく。尚、妖精が雷撃を使えるのは、ユリィにも楽しんでもらおうというティナの心遣いであった。
「おお、カイト!次の部屋がボス部屋じゃ!気をつけろ!」
知ってる、モニターの中のカイトがそう返す。どうやら此方の声もカイトに届くようであったのでクズハがカイトに伝える事にした。
「お兄様、そろそろお戻りになられては?皆さんお待ちですよ?」
と言ったが、カイトからの反応はない。そこでティナがクズハに気づいた。今まで実験に興奮して、気付いていなかったのだ。
「ん?来たのか?カイトへはこのマイクからでないと会話出来んぞ?」
そう言ってマイク付きのヘッドフォンを差し出すティナ。差し出されたヘッドフォンをティナを見ながら装着し
「お兄様、聞こえますか?」
『ん?今度はクズハか。少し待ってくれ。今……少し忙しい。』
『カイト、上!』
画面の中のカイトは強敵と思われる巨大な敵と交戦中であった。武器を持ち替えつつ、若干魅せプレイを意識した回避をしては此方の攻撃を与えていく。所々で盛り上げる―ただし一切の攻撃は受けない―戦闘法を取るカイトにクズハも興奮し始め、かっこ良く避けた所などでは歓声を上げ始める。そして遂にボスが討伐されると大いに喜び、褒め称えるのであった。
そして、カイトがプレイしていたゲームが終わりエンディングを迎える。
『これは、なかなかに楽しめた。』
「うむ!余も満足じゃ!とりあえず、カイト一度出てくるのじゃ。」
『ああ、分かった。えっと確か、ステータスでログアウトっと。』
そして開いたカプセルから出てきたカイトとユリィは非常に満足気であった。
「ふう。楽しかった~。久し振りだね、カイトと一緒に戦ったのは。」
「ああ。久しぶりのプレイだったが、主人公視点だとこんなダンジョンなんだな。罠とか謎解きとか覚えてたから良かったが、知らなかったらもっと苦労してたな。」
ゲーム的に第三者視点でプレイすることが多かったので、主人公視点でのプレイを心底楽しんだカイトと久しぶりにカイトと冒険できてご満悦なユリィは満足していた。
「お姉様、これ私も出来ます?」
遂には自分も参戦を希望し始めるクズハ。誰も当初の用事を覚えていなかった。
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