第437話 遺跡調査 ――地下層――
古代遺跡の動力源の再始動に成功したロック達であったが、情報の取得も兼ねて入り口に一度戻る事にしていた。だが、結局そこに置いた魔道具には地下の映像は何も映っていなかった。
「ふむ……地下はまだ不明、か」
「ここらで材質が変わってるんっすかね」
「……なるほど。それの可能性は高いな。おそらく地下と地上で構成している素材が若干異なっているんだろう」
ソラの推測を受けて、ロックがその可能性を考えてそれを認める。上のマッピングが出来て下のマッピングが出来ないのであれば、それは材質が異なっている、というのが考えられる可能性だった。
確かにこれは魔力を利用したソナーで浸透性や減衰率等色々な面で音波よりもかなり優れているのであるが、魔力であるが故に、吸魔石の様な魔力を遮断する様な素材を使われれば、マッピングが不可能になってしまうのである。
まあ、カイトが提案した音響測深機の様な技術を、魔力で再現したのがこれだ。逆に音響測深機が無いので仕方がなくはあるだろう。それにソナーとて吸収される様な素材を使われれば、返って来ないのは一緒だ。結局は似たり寄ったり、とも言えた。まあ、発想が同じというか原案がそれなのだから、当然だ。
「……であれば、一度行くしか無いか。行って情報が得られるかもしれん」
得られた情報を様々に勘案しながら、ロックが最終的な結論を下す。とりあえず行ける所まで行ってしまおう、というのが、今の考えだ。
詳細な調査は本格的な調査隊任せにするとしても、地下が何故マッピング出来ないのか、という事は知っておきたい、という所だろう。
「では、自分も同行する事にします。現状では幸い何処かから唐突に現れる、という事はなさそうなので、自分も行った方が良いでしょう。三枝。その代わりにここでお前が待機していてくれ」
「……そうだな。確かに、これから先に何があるか分からない。もう少し攻撃力を増しておく、と言うのは良い考えかもしれん。分かったそうしてくれ」
「はい」
瞬の指示とロックの許可を受けて、魅衣が瞬に代わって凛と魔道具と共に残る事にする。交代が魅衣なのは彼女が遊撃がメインで、瞬とも代替可能だからだ。
ということで、陣形を再度組み直して、前衛をソラ・瞬・翔・瑞樹、中衛を桜・弥生に、後衛を由利・月花に変更――先に何が有るか分からないので、前衛を厚くした――して、一同は地下層へと続く階段へと移動する。
「じゃあ、開けるぞ」
魔鉱石製のシャッター前にたどり着いた一同は、ソラの合図に従ってうなずきを返す。流石に警備システムがリセットされている為いきなり下から攻撃が来るとは思えないが、万が一は起こり得る。なのでソラは盾を構え、いざという時には即席のシャッター代わりになるようにしていた。
そうして、ソラが扉の横――床のくぼみにあった――にあるスイッチを押し込む。すると、シャッターが開いた。が、何か来る気配は無かった。
「……問題はなさそう、か」
「のようだ……ああ、見ろ。これは何も来ないだろう」
「へ?」
瞬の言葉に盾から顔を上げたソラはシャッターの先を見て、納得する。次の階層へ続くと思える部分には上から下りて来るタイプのもう一枚シャッターがあり、二重に封鎖されていたのである。
「なんだよ。変だと思ったんだよな」
「まあ、下から何かが来ない様にするために、二重に封鎖していたのだろう」
床の一部がシャッターだった事から変な構造の建物だ、と思っていたらしいソラなのだが、そんなソラにロックが苦笑気味に告げる。
「あ、これ……」
踊り場に下りた一同だが、そうして最後尾の由利が何かに気付く。それに一同がその方向を見れば、そこには一枚のプレートが掲げられていた。
「居住区……? ああ、上は居住区だったのか。しかもあちらは地上部分では無く、どうやら建物の上層階だったらしいな。何らかの理由で我々は中層階あたりから侵入した様だな。空中回廊でもあったか?」
プレートにかかれていた『4F・居住区』という記述を見て、ロックが納得した様に頷く。どうやら彼らが居たエリアはもともとは地面に直結したエリアでは無く、上層階に位置していた様だ。
確かに彼の言うとおり、もう一つ別の建物があり、そこに繋がる空中回廊が崩れたのかもしれない。そう考えれば、中途半端な階層から侵入出来た事に筋が通った。そうしてとりあえず、翔に頼んで魅衣にマッピングの状況を問いかける事にした。
『ダメね。そこの部分の情報は来てるみたいだけど……その先はまた空白。多分、そこらが同じ材質でできてるんじゃない?』
「ふむ……どこかにこの建物の地図でもあれば良いのだがな……」
魅衣の言葉に、ロックが周囲を見回す。流石に踊り場はそこまで広くはなく、周囲を見渡してもその様な物があったわけでは無い。
というわけで、一同は再びきちんと陣形を整えて、もう一つのシャッターを開く事にする。が、そうして開いたと同時に、大音が鳴り響いた。
「うおぁあ!」
がらがらがら、と金属製の何かが崩れてきた様な音とともに、ソラが叫び声を上げてバックステップで距離を取る。シャッターにもたれかかる様に金属の物体が山積みになっていた様子で、それが崩れてきたのである。
「ははっ、ビビってやんの」
「うっせ。そりゃいきなり顔が吹っ飛んでくりゃ、びびんだろ……顔?」
翔の言葉に少し照れたように返したソラであったが、自分の言葉に違和感を覚えて周囲を見渡し始めた。ソラが仰け反ったのは、いきなり自分に向けて顔の様な物が降ってきたから、だった。そうして、その言葉に一同がくずれてきた物体を見てみると、それは無数のゴーレム達の残骸だった。
「……なんだよ、こりゃ……」
更に先を見通して見えた光景に、一同が思わず背筋を凍らせる。そこにあったのは、上の安穏とした雰囲気とは全く違う凄惨な様子だった。壁は破壊され、地面の一部も崩落していたのである。
「戦い、でもあったようだな……」
「全部、破壊されているのか……」
先を見て、ロックと瞬がつぶやく。シャッターを開けて見えた通路の先には、無数の警備ゴーレムの残骸があったのである。
「一体、何が……」
「わからん……だが、戦闘があったのは確実だろう。古代文明の警備ゴーレムが数千年で風化するとは思えん。それに、まるで隔壁を守る様な陣形だ。おそらく、何かの戦いがあったのだろうな」
『あ、隔壁の開放と同時に、下の映像が入ってます』
「そうか。おそらく隔壁の閉鎖と共に、上下階を隔離する様ななんらかのシステムが働いていたのだろう」
シャッターが開いたと同時に魔道具に写り込んだ映像を見ていたらしい魅衣からの連絡を聞いて、ロックが推測を行う。
まあ、実際に下で戦いが起きていた可能性は高いのだ。となると、上に戦えない者達を避難させて隔離する、という事は考えられないでも無い。不思議でも無かったし、その推測は正しい様な感があった。
「次は3階か……とりあえず、この階層で調査は終了しよう」
流石に先を見て危険性を勘案したらしいロックが、今入った3階だけで調査の終了を決定する。幸いにしてこの階層は安全の可能性が高いが、更に下が安全とは限らないのだ。ならば、更なる調査は本格的な調査隊を結成して、というのが安全かつ確実だろう。
「此処から先は、何があっても不思議ではない。最悪は警備ゴーレムから攻撃が仕掛けられる可能性もある。油断はするな」
「はい」
ロックの号令を受けて、一同はマッピングだけでも終わらせる事にして、警戒しつつもゆっくりと歩き始める。が、そうしてどれだけ歩いても、何か攻撃が仕掛けられるという事は無かった。
「……こりゃ、扉の残骸、かな……」
「先には空洞、か……あそこから、下が覗けそうだな……」
先を行くソラの言葉を聞いてロックが先を覗きこめば、確かに扉の残骸らしい物体とその先にエントランスホールらしき空間が見て取れた。そうして、一同はその先を最後の調査場所とすることにして、移動を始める。
「ふむ……この大きさなら、ここを拠点として調査隊のキャンプに出来そうだな……」
エントランスホールに見えた空間は、どうやら本当にエントランスホールだったらしい。かなりの大きさのホールがあった。とは言え、その大きさはかなりの物で、違和感が感じられた。
「ふむ……魅衣ちゃん。こちらはもしかして、上層階とは方角が違うのか?」
『……あ、はい。そうですね。3つ前の通路の曲がり角で左に曲がって、そのまま直進してましたんで……多分、少し長かった通路が空中回廊だったんじゃないかな、と思います』
「なるほど。このホールを中心として、幾つもの建物が連結した様な形、だったのだろうな……」
魅衣の言葉を聞いて、ロックが見えてきた建物の概形に頷く。おそらく彼らが入ってきたのは居住エリアとなる建物だったのだろう。と、そうして再度の調査を開始しようとした一同であったが、エントランスの先を見て、ソラが口を開いた。
「あれ……なんだ?」
「む……? 何かが……ある?」
「え? 封印、されてるのか?」
ソラの言葉に気付いて、一同が手すりらしい所から身を乗り出して、竪穴から下を覗き込む。すると2階下の建物の入り口らしい部分にはやはり戦闘の痕跡が見えたのだが、その中心に、不思議な剣が突き刺さっていた。
それはまるで封印されているかの様に柱から伸びる金属製の鎖で繋がれて、その鎖にはまるでそれに封印の効果でも与えているかの様に、無数の複雑な模様が描かれた紙が貼り付けられていた。しかも鎖にも奇妙な模様は描かれており、光り輝いていた。
どう考えても、危険そうな品だった。というわけでとりあえずロックに推測を聞こうとしたソラが横を振り向くと、その横をいきなりロックが飛び降りた。
「ああ、こんな所にあったのか」
「え?」
一同の横を通り過ぎる瞬間に、ロックが小さく呟いた言葉に、一同が目を丸くする。そしていきなりの行動に一同が驚きを露わにすると同時に、ロックは綺麗な姿勢で、剣の横に着地する。そして彼はなんら迷うこともなく、その剣の柄に手を掛けた。
「ぐっ!?」
「全く。こんな所にあるのなら、ゆっくりと調査を偽る必要も無かったな」
『どうしたの!』
『お兄ちゃん! 応答して!』
通信機の先で異変を感じ取った魅衣と凛が声を上げるが、それに返せるだけの余裕が一同には無かった。ロックが剣を抜き放つと同時に、圧倒的な気配が剣から放出されたからだ。
そしてそれだけでなく、共にロックから放出される圧力も一気に増していく。そうして、ゆっくりとロックがソラ達の高さまで上昇してきた。
「いや、助かった。実はこの建物の全てのスイッチと扉には俺が触れられない様な魔術が仕掛けられていてな。開けてくれて助かった」
悪辣な笑みを浮かべつつ、封印されていた剣を持ったロックが一同に告げる。いつの間にか『私』という一人称は『俺』に変わり、優雅そうな雰囲気が無くなり、荒々しい雰囲気がにじみ出ていた。
そうして金色だった髪は漆黒に染まり、身に纏っていた擦り切れた服は何処か禍々しくも神々しい奇妙な衣服に代わる。
「くっ……」
放出される圧力に、ソラ達が膝を屈する。あまりに膨大な魔力の放出に、ソラ達では抗いようが無かったのだ。なんとか気を失わない様にするのが、精一杯だった。
「もともとこの建物には俺が攻め込んだのだがな。住人達に逃げられると同時に、この相棒も反攻作戦で失ってしまってな……この建物に有ることは突き止めたが……くくく……いや、これが考えられていてな。俺では建物に入れない様に工夫されてしまっていた。さて、どうしたものか、と考えていると、都合よく騙されてくれそうな子供が近くに居るじゃあないか。なら、使わない手は無い」
悪辣に笑いながら、ロックが裏を語る。どうやら、全て彼の計略、だったらしい。一部屋一部屋探っていたのは、どうやらこれを探していたから、なのだろう。
「さて……数千年ぶりだが……少々付き合ってくれ。何、安心しろ。恐怖も無いだろう程に、一瞬で片付けてやろう」
ごうっ、と圧倒的な気配がロックから放出されると同時に、剣から漆黒の霧が噴出し、ソラ達の周囲にで収束する。そうして、漆黒の霧は赤い目を持つ漆黒の獣に姿を変える。
「ふむ……久方ぶりの出番だ。好きに戦うといい」
顕現した黒い霧の獣に対して、ロックは抜き挿した剣を振るって指揮を始める。そうして、一気にソラ達に向けて漆黒の獣達が襲いかかるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第438話『遺跡調査』