第435話 遺跡調査 ――古代遺跡・潜入――
馬車の中で一晩過ごした後。一同は昼に近い時間になって、ロックが新たに遺跡を見付けた、という洞窟へと辿り着いた。
そこは小さな山の中にある殆ど誰も通らない様な洞窟で、必要もないので地図にも記されていなかった。ロックが仕事で各地を回っている際に、偶然に見付けた近道、という事だった。
魔物の出没地からも離れているのか、洞窟内部に魔物はおらず、比較的安全そうだった。こういった事から、時折近道として、ここを使っているらしい。御前試合に遅れそうだ、と思ったロックがここを通り、偶然にその新たに見付かった道に気付いたのであった。
「……良し。崩落はしていないな」
ランタン型の照明用魔道具を手にしたロックが、洞窟の壁の一部にあった穴の前に立って一同に告げる。少しだけ先を覗いてあの後崩落が起きていないか、という事を確認していたのだ。
洞窟の一部が崩落して新たに出来た道なので、地盤がゆるくなっている可能性もあり、崩落していないか気にしたのである。穴の大きさは人一人がようやく通れる程度で、そこまでは大きくはない。洞窟である事も手伝って薄暗い為、注意しなければ気づきもしないだろう。
「入り口には馬車を置いておいたから、魔物が入ってくる事は無いだろう。まあ、ここらには魔物は出ない様子だがな。中は意外と広い。予め決めた通りの陣形で大丈夫だ」
ロックは馬車に隠蔽を施して更に結界を張り巡らせて即席の通行止めとすると、一同に先を促す。これから先は、仕事の本格的なスタートだ。
崩落で新たな道が見付かった、という事はここが元は通路であった可能性もあり、そういった事を調べながら進む関係上、どうしてもロックの警戒は薄くなる。というわけで、ソラ達の出番、という事だった。そうして、一同はロックを中心に守る様な陣形を取り、新たに出来た道を通って行く。
ちなみに、陣形はソラを最先頭として、瞬、翔が前衛となり、魅衣と桜がロックと共に中衛を務め、弥生、由利、凛がその後ろを。最後に瑞樹と月花が殿を務め、菱型となる様な形だ。
「ふむ……」
「何かわかりましたか?」
「……やはり予想通り、ここは元は遺跡の一部だった様だ。何らかの理由で我々が来た方向の何かが無くなって、という所だろう」
桜の問いかけを受けて、メモに調査結果を記しながらロックが調査結果を知らせる。ここらの情報は共有しなければ自らの安全性にも直結する為、ロックも隠す事は無かった。
そうして、ロックは少しだけかがんで、何らの連続で魔術を行使する。すると、岩だった地面が一部だけはじけ飛び、その下にあった人工物らしい地面が僅かに姿を現した。
「気になってソナーの魔術で調べて見たんだがな。どうやら当たりだったようだ。見てみろ。明らかに、人工物だろう。普通の岩であれば、ここまで綺麗な断面はでん」
その言葉に近くの桜達中衛を務める一同が覗きこむと、そこには確かに、彼の言うとおり周囲とは明らかに違う色の地面があった。そうして一同が確認したのを見て、ロックが頷いて立ち上がる。
「良し……これで良いな。ここまでのマッピングは出来た」
「ここが……入り口ですか?」
「ああ。明らかに、人工物だろう?」
「ま、まあ……」
それから5分程歩いた一同であったが、そうして見えた物に、桜が苦笑する。見えたのは、扉だった。明らかに人工物だった。しかも木製などでは無く、金属製だ。これを見れば確かに、ここが古代遺跡の可能性は無くはない、と思える様な外観だった。
「まあ、中を少しだけ覗いてみたんだがな。意外と広そうで一人では装備も足りないし、そもそもなんの準備もなかった。ということで、私も此処から先は殆ど知らない。油断はしないでくれ」
「はい……じゃあ、ソラさん」
「おう」
「ああ、いえ。私が」
ロックの言葉を受けて最先頭を行くソラに頼んだ桜であったが、ソラが扉を開けようとする寸前に、月花が待ったを掛ける。
幾ら何でも未知の遺跡だ。何があっても可怪しくはない。なので、何があっても対処可能な月花が扉を開けるのを代わる事にしたのである。が、そうして押した扉であったが、ぴくり、とも動かなかった。
「……あれ? 開きません。ええ、開きませんね……」
「ああ、それは横に開くタイプの扉らしい。すまない、言いそびれていた。私も一時間ぐらい悩んだ」
「そういうことは早く言ってください」
ロックの少し笑いながら告げた言葉に、月花が拗ねた様に告げる。横に開くタイプの扉であれば、それは押せども引けども開かないだろう。そうして、月花は適当な所をとっかかりとして、扉を開いた。
「……問題はなさそうですね」
とは言え、それだけで何かが起きる事は無かった。扉は殆ど音もなく開いて、そして開いた事で遺跡の何かがいきなり作動する、という事も無かった。それに、警戒していた一同が息を吐いた。
「では、どうぞ」
扉を開けた月花が中に入って問題がない事を確認すると、続く一同に頷いて先を促す。そうして扉をくぐれば、一同にも中がはっきりと見て取れた。
どうやら一同が立っていたのは何処かの部屋の跡だったらしく、見えてきたのは廊下らしい光景だ。天井にはLEDライトにも似た照明器具――電源は通っていないらしく、消えていたが――が設置されていて、地面も何らかの金属製だったが、冷たさは無かった。その遺跡は下手をすれば地球よりも進んだ文明にさえも見えた。
「ふむ……これは私も初めて見る類の建物だな……」
中に入るのは初めてだったロックは、改めて照明器具で周囲を照らしながら、建物内部を観察する。どうやら一部は崩落しているものの、建物としての概形はしっかりと残っていた。どうやらメンテナンスも為されていない所為で時とともに一部が崩落しているだけの様だ。
そうしてしばらく周囲を見渡していたロックであったが、それに一区切りを付けて仕事にとりかかる為、一同の方を向いた。
「さて……では、入り口から調査を開始するわけだが……誰が残るんだ?」
「あ、それは自分と凛が行います。魔道具も一緒に守れば良いんですよね?」
ロックの問いかけに、瞬が名乗り出る。今回は建物内の調査で、未知の建物である関係で同時に詳細なマッピングも行うつもりだった。なので、入り口に魔道具を残していく事になっていたのである。
入り口にそれ専用の魔道具を置いて、もう一つ別にこれの端末となる様な魔道具を持って歩く事で、自動的にマッピングがされるようになるのである。
原理的にはソナーを利用したマッピングだ。常に波を発し続けてその反響を記録し続けて、おおよそのマッピングを行っているのである。これなら上手く行けば崩落した先にある部屋も見付けられるかもしれないし、運が良ければ、隠し部屋なんかも見付けられる可能性がある。
とは言え、これは入り口側の魔道具を確認しなければ、マッピングの状況は分からないのが難点だった。前段階の調査にも数日掛けるのはそのためだ。
瞬達はこの魔道具の守りと出入り口の守りを担当する事になっていたのであった。人数を割くのはあまり感心出来ないが、必要なので、仕方が無い。
「ああ、君か。なら、安心だな。頼んだ」
「はい」
当たり前であるが、ロックは瞬の腕前を知っている。そもそもで御前試合を見ていた、というのだから、当たり前だ。
「さて。ではまずは部屋に入るのでは無く、とりあえずこの通路らしい場所を行ける所まで、行ってみよう」
ロックの号令の下、瞬と凛の一条兄妹を入り口に残し、一同は歩き始める。まずはマップを作れる所だけ作って、そこからどういうふうな調査をするのか決める、との事だった。ということで、今回の調査は地図作りがメイン、と言っても良かった。そうして、一同はそれなりに長い通路らしいエリアを警戒しながら歩いて行く。
「何も……出ませんね」
「油断はしてくれるなよ。部屋に入ると同時に、という事があり得ないでは無いし、何処かから見ていてこちらへの対処を考えている、という事もあり得る。まあ、ここが軍事施設や研究施設なら、という所だが」
通路を歩き続けてとりあえず終端までたどり着いてソラが呟いた言葉に、ロックが注意を促す。こういう場所の経験値なら、考古学者である彼の方が数段上だ。
なので、その言葉を受けるまでもなかったが、ソラは改めて気を引き締める。ちなみに、陣形は瞬と凛が抜けてそれに合わせて瑞樹が前衛に出ただけで、他は何も変わっていない。連絡は何時もの魔道具が有るため、一条兄妹とは常に連絡を取り合えていて、向こう側も問題がない、と言っていた。
「先輩、部屋の概要とかどうですか?」
『……ああ、殆ど問題はなさそうだな。一部部屋らしい空間があり、そこが崩落している様に見える』
「便利な魔道具を購入した物だ。さすがは、と言った所か……」
スマホ型の魔道具で瞬と連絡を取った翔を見て、ロックが苦笑する。翔なのは、彼はヘッドセット型の魔道具を付けているからだ。
こうやって常に連絡がとりあえていれば、別に逐一地図を見に行く必要も無いのだ。要は残った者がナビゲートしてくれれば、それで良いだろう。と、そんな何処か見知っている様な彼の口調に、桜が首を傾げた。
「さすが?」
「ん……ああ。君達のリーダーは我々考古学者達の間でもそれなりに有名でね」
「ああ、なるほど……」
確かに、カイトは色々とやっているのだ。有名でも不思議では無いだろう、と桜も頷く。そうして、そんな二人であったが、その間にも翔と瞬の会話は続いていた。
「じゃあ、この真横の通路が、上に上る階段っぽい、という事ですか?」
『……ああ、そうだと思う。こちらから見えている映像には、幾つもの段差が螺旋状に配置されている。多分、螺旋階段だろう。それに映像にも2階らしい空洞がある下は……どうかわからない。映像が途切れている。もしかしたらあるかもしれないし、完全に埋没している可能性もある』
一番端っこの扉に手をつけながら、翔が瞬の言葉に頷く。彼の見ている情報に拠れば、この扉の先に螺旋階段があるらしい。というわけで、それをロックに告げる。
「ふむ……分かった。そういうことならば、一度戻ろう。地図を専用の魔道具に落として、持ち運べる様にしておかないとな」
瞬から情報を受け取った翔の言葉を聞いて、ロックが少しだけ考えて、戻る事を決める。当たり前であるが、入り口に設置するタイプの魔道具を地図を作り上げた跡に何時も持ち運ぶわけにはいかない。
入り口に設置した魔道具は情報の伝達やソナーの情報を解析する為の機能が搭載されている関係で、それなりの大きさなのである。持ち運ぶのは邪魔になるのだ。
というわけで、そこに蓄積された情報を専用の魔道具にダウンロード出来る様になっていたのである。そうして、一同は一度瞬達が待つ入り口へと戻ることにする。
「ふむ……なかなかに広い空間の様だな。通路だけで、おおよそ50メートル。その両側に部屋、か……幾つかは崩落しているが……入らないわけにはいかないな……」
入り口に設置した魔道具から情報をダウンロードしたロックは、それを見ながら、次の動き方を決める。ここは未知の遺跡だ。今が安全だからと言っても次の瞬間も安全であるとは限らないので、得られた情報は常に最大限に活かさねばならないのであった。
そうして、10分程得た情報を精査して考察していたロックであったが、どうやら方針が決まったらしい。地図の情報を消すと、再び一同に告げる。
「……よし。じゃあ、一部屋一部屋入って、内部を確認する事にしよう。内部はそこまで広くはなさそうだ。部屋数はあるが……何処か統一性のある広さから言って、もしかしたらここは居住スペースの可能性がある。では、瞬。君達は再びここの守りを頼む」
「わかりました」
再びロックの号令の下、一同が歩き始める。まあ、そう言っても向かった部屋は入り口から最も近い扉だ。開くかどうか試してみて、開くのなら、中の調査を、というわけだった。
「……ビンゴ、みたいっすね」
「ほう、そうか」
ということで扉を開いたソラだったが、そうして見えた光景を見て、ロックの推測を認める。部屋に入ってまず見えたのは、大きな四角い長方形の物体だ。
大きさは人が一人寝れる程度。おそらく、ベッドなのだろう。よく見ればその裏側の壁の間にはシーツだったらしい布切れの残骸が見て取れた。
「ふむ……未だに風化していない、か……おそらく綿や綿では無いな……」
とりあえず安全らしい、という事を見て取った一同は、手分けして部屋の内部の探索を開始する。ここにどんな者が住んでいたのかは分からないが、とりあえず居住区らしいエリアにまで監視や護衛が入る様な重要度の高い場所では無かったらしい。
分かったのはその程度、だった。まあ、一部屋目から歴史的な発見や重要な物が見つかる事は誰も期待していない。そうして、一同は同じことを何度も繰り返しつつ、この遺跡の調査を行っていく事にするのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第456話『遺跡調査』




