第431話 評価 ――ギリギリ及第点――
『へぇー、どこの貴族軍かは知らないけど、結構やるね。<<共鳴魔術>>で威力を増大した砲弾……かな? に、<<融合魔術>>を使用した投槍を基点とした攻撃……結構な腕前だ。素直に賞賛するよ』
瞬達冒険部から高度数千メートル上空。『石巨人』の上半身を吹き飛ばす『弾丸』が空の彼方へと飛んでいったのを見て、ラウルが感心した様に呟いた。
「……何があった?」
「不明です、マスター」
一方、首を傾げるのはカイトだ。彼は通り過ぎた『弾丸』を、当然だが知っている。いや、それどころか、『砲台』も『砲塔』も『照準』も全て知っている。今『引鉄』を引いた少年も、当然既知である。
『ふむ……旭姫姫は今どこで何をやっておる?』
「んー……どっかの誰かと駄弁ってるな。顔はわからん。こっちを向いてくれないからな」
魔導機の望遠機能を使用して旭姫の姿を確認したカイトだが、その隣に一人の貴婦人が座っていたのを見る。だが、彼女の顔は此方からは隠れており、誰なのかは、ようとして判別しなかった。
「三匹に確認は?」
『今は遠く離れさせておる……む。なるほど。そう言う事じゃったか』
「どうした?」
『どうにも旭姫が小さいのを見て取ると、全軍指揮の手並みを拝見したようじゃな』
「小さい、か。確かに、小さいな」
カイトは上半身が完全に吹き飛んだ石巨人の残骸を拡大する。下半身だけでも15メートルほどの大きさがありそうな巨体だが、これで半身だ。全長で言えば35メートルほどもありそうだった。
だが、これでも平均的な『石巨人』に比べれば、かなり小さかった。本来の『石巨人』ならば、全長は優に50メートルは下らないのだ。旭姫がお手並み拝見、としたのは無理が無かった。彼女とて、相手は考えている。
『まあ、術式の展開は、なんとか出来るようじゃな』
「弥生さんには負担を掛けるな……」
『仕方があるまい。あ奴が上手いこと全てを回してくれておる。桜も瞬も、まだ、上手いこと出来ておらん。弥生が裏で回しておる事に気づければ、また一歩先へ進めるのじゃがのう』
そう、まだ、桜も瞬も誰も、弥生が裏で回している事には気付いていない。まだ、自分達だけで出来ていると思い込んでいる。人数で分業しているから、出来ていると思っているのだ。
確かに、カイトも最終的にはそれを望んでいるのだが、それでも、連携は必要だ。その時に総指揮を取るのが瞬であり、桜であり、瑞樹であるのだ。確かに全体の指揮としては出来ているが、まだ、その連携が上手く出来ていなかった。その足りない部分を、弥生が補っていたのである。
『まあ、あれを使う事に成るとは思ってなかった、というのもあろう』
「許されるわけじゃないぞ、その言い訳」
『知っとるよ。ただ単に、採点にわずかに加味しただけじゃ……お主は、加味せんのじゃろうがな』
ティナが平然とカイトの言葉を認める。あれは瞬が告げた様に、冒険部の切り札だ。それは切り札の名に相応しく、かつてティナと楓が使用した<<共鳴魔術>>に加え、<<融合魔術>>を併用した超高度な魔術の連携プレイなのであった。
今の冒険部では、旭姫やコフル達の様に、単独で巨体を誇る魔物を討伐する事は出来ない。瑞樹であれば、単体ぐらいなら、最大出力の一撃で一体ぐらいなら、倒せるかもしれない。だが、それだけだ。そして、彼女だけでもある。もし彼女がいなかったり、満足な一撃を放てる状況になければ、それで終わり、だった。
だが、もしこれ以上先に進むつもりであるのなら、もう少しすれば、そういった相手との戦いが待ち構えている。それを考えての、切り札、だった。
『ふむ……どこの軍属だ?』
『今照会を……って、軍じゃないっすね。今報告が来ました。リデル家の商隊です』
『リデル家? あの婆様があそこまで人員を配置するか?』
カヤドの疑問に答えたハインツの言葉に、ラウルが首を傾げる。ラウルの実家はリデル家の系統から独立した商会だった。それ故、今でもリデル公イリスとは馴染みがあり、ラウルは300歳を超えるリデル公イリスを揶揄して婆様と呼んでいるのであった。
ちなみに、当然だが、バレればタダでは済まない。まあ、何か制裁が加えられる、というのでは無く、笑顔が怖くなる、と言う程度だが。
『あの婆様は何より利益重視のバケモンだぞ。金の亡者とも言える。あんな無駄に人件費が嵩む大人数で護衛なんて採用しないって』
『ふむ……ハインツ、そこの所はどうだ?』
『今問い合わせています……っと、来ました。偶然出会った小次郎・佐々木様率いる冒険者の集団と会合を得、彼らも皇都へ戻る所だったので、道中を同行してもらっていたそうです』
『ロハだな』
『ああ、ロハらしい』
ラウルの断言に、ハインツが応じる。どうやらリデル家の守銭奴っぷりは大層有名らしい。そんな一同の通信機が、カイトの呟きを拾った。
「まあ、総じて及第点か」
『うえ……公爵家のエース様は違うねぇ』
「もっと素早く展開して欲しいものだな。魔術的にも、陣形的にも」
『まだまだ彼らも若いだろうに』
カイトの辛辣な評価に、ラウルが苦笑気味に応じる。彼らは戦いの最中から見守っていたが、手を出さなかったのには幾つかの理由がある。
まず第一に、如何に彼らが防衛戦のために出はってきたとは言え、彼らの魔導鎧は本来は秘すべき試作機だ。無闇矢鱈に姿を晒すのは避けられるのなら、避けたほうが良い。そこで、状況の推移を見守ったのである。ソラ達にバレない様に上空数千メートルに待機しているのも、そのためだ。
第二に、カイトが手を出さなかった事もある。一番始めに到着したカイトが、月花を指し示して問題無いと後から来たカヤド達を止めたのだ。
ちなみに、全軍出撃はあり得なく、出撃したのはカヤド、ラウル、ハインツ、カイトだけだ。この内、ラウルとハインツの機体は現行機の改修モデルなので、バレた所で影響は少ない。
一番問題があったのは、次世代機であるカヤドの機体だった。なお、臨時の指揮官となったアベル率いる残りは万が一に備えて、出撃準備の状態で待機していた。
第三に、カヤド達が到着した時点で天桜学園の魔術が展開されており、彼らも興味を覚えた事もある。既に趨勢が決しかけていた事もあり、見慣れない複数の術式に興味を覚えて、そのまま行動させることにしたのであった。
「若い若くないは関係無いさ。魔物相手にはな。奴らは老若男女関係ない」
『そういや、元冒険者だっけ、カイム』
「まあ、な。色々縁があって、公爵家に拾われた」
カイトの苦味を含んだ口調に、ハインツが設定上のカイトの来歴を思い出す。まあ、間違いではない。ただ単にお家を興してそこに入った、と言うだけだ。自分で自分を拾った、とも言える。
『冒険者、か。俺もその昔は憧れたがな……今のこの大型魔導鎧のテスターもなかなかにいいものだ』
『お、やっぱ隊長もその2つが憧れでした?』
『じゃないと、こんな所でこんなキツイ仕事やってないだろう? と、いうことはラウルも、か。その点、カイムは俺達の憧れの職業を2つ共やったのか。少し羨ましいな』
『そうですね』
本当に珍しく、カヤドが少しだけ羨望を含んだ口調で告げる。軽口はさておき、彼が雑談に加わるのも珍しいが、このように感情をにじませるのは、もっと珍しかった。
ちなみにラウルが言う様に、冒険者と大型魔導鎧の操縦者は男の子達の憧れの職業の2つだ。両方共危険性は高いが、その分、功績を残せば多大な羨望を集めるし大々的に表彰もされる。
冒険者は生まれや育ちが関係なく名を上げられるし、今この世界で英雄と呼ばれる大半は、冒険者だ。公爵と言われるカイトとて、元は冒険者だ。最後が悲劇に近い終わり方ではあるが、仲間と共に数々の冒険を行って世界を救い、果ては公爵という大貴族にまで登り詰めたのは最高の英雄譚、であるだろう。少年達が憧れるのは至極当然の事だった。
そして、大型魔導鎧はなんといっても、巨大ロボットに近い。どこの世界でも、男の子達が巨大ロボットに憧れるのは一緒なのだろう。
『小型のフィギアとして売り出したい、ってオヤジ達が揉み手してたな』
『見た目ばかりは勝てんな』
『もーちっと、俺達の鎧もかっこ良く個性を出すべきですよねー』
「十分個性的なのは一個あるけどな」
『違いない!』
ラウルの機体を指して揶揄したカイトに、ハインツとカヤドの笑い声が響く。そうして、一同はふざけ合いながら、研究所へと帰投するのであった。
一方、その頃。旭姫と月花も評価を下していた。まあ、こちらもカイトと似たり寄ったりではあったが、一応教官役という役割の関係で、評価そのものよりも、次の訓練にどう活かすか、という方に趣が向いていた。
「んー……採点どんなもんにしよっか?」
「激辛で良いですか? いいですよね?」
今までに討伐した事も無いような巨体を倒して歓喜の声を上げる冒険部の面々に対して、月花はそれを含めて、辛辣な言葉を投げかける。が、それに旭姫が少しため息混じりに呆れ返った。
「相変わらず、辛辣だなー」
「カイト殿は14歳であれの群れを単独で倒しましたが? ええ、倒してらっしゃいますね。そもそも、あの魔物は本来は群れで行動する魔物。大方かなり小型のものが群れからはぐれただけ、でしょう。下手をしたら追い出されたのかもしれませんね。たかだか単体を倒せたから、と喜びすぎです。あの程度、ランクAの冒険者になれば、一人で討伐出来るのが、当然です。ええ、出来て当然でしょう」
月花は矢継ぎ早に、無邪気に喜ぶ冒険部の面々に対して愚痴を言う。彼女が呆れている部分は、まさに、ここだった。出来て当然な事を喜んでどうするのか、という事だった。そんな非常にストイックな意見に、旭姫は苦笑するしかない。
「そもそも、『石巨人』はあの巨体で群れるからこそ、ランクB認定される魔物です。例えばソラ殿。彼であれば、普通にシールドで防ぎながら、戦えるはずです。ええ、戦えますね。見た目に惑わされすぎで、回避を念頭に置き過ぎです。防御役が逃げてどうしますか。瞬殿であれば、足を狙い撃つ事も出来る。指示に気を取られすぎて攻撃ができていない。ええ、出来ていません。由利殿もそうだし……」
月花の口からは矢継ぎ早にダメ出しが出てくる。本来、この相手は月花の手助けは必要が無い相手、だったのだ。単体であれば指示を求める方も可怪しいし、指示を出す事も本来は不要だ。
だが、まあ、月花が旭姫に援護を申し出た様に、経験値が足りていないが故に、彼らでは戦えない相手になってしまっている。性能を活かしきれていない。そんな愚痴というかダメ出しを言いまくる月花に対して、旭姫が苦笑して止めた。
「月花。ストップ。流石にオレが聞かされてもどうにもなんないって」
「あ……失礼しました」
旭姫に言われてつい愚痴っぽくなっていた事に気付いた月花が、旭姫に頭を下げる。当然だが、旭姫は月花の言う所をすべて、理解している。それなのに改めて解説された所で、謂わば釈迦に説法状態だ。というわけで、落ち着いた月花と共に、旭姫は最大の問題点を考える事にする。
「にしても……やっぱり、弥生だよなー」
「いえ、そもそも弥生は加えるだけ無駄、でしょう。ええ、無駄、ですね」
「向こう、結構手を貸してくれたんだっけ?」
「ええ。ティナ殿やルル殿を筆頭に呼び出しを食らったガブリエル殿、暇つぶしに時折来る<<斉天大聖>>殿、生真面目なアテネ殿、それに張り合ったゴルゴーン三姉妹、何かと実は世話焼きな玉藻……ああ、もちろん、私も、少しばかり教授しました」
「はぁ……地球最高クラス、だよな、それ……やっぱ、弥生には居てもらっちゃ困るよなー」
月花の言葉に、旭姫がため息を吐いて首を振る。明らかに、頭幾つかぶっ飛んでいる。裏方に回るのも当然な実力を持つのが、弥生だった。
と言うか、彼女の場合、今回の戦闘を単独で終わらせられるだけの実力がある。その力量はバレると面倒なので、表に出る事が無いのであった。
「2年以上鍛錬を見てきていますが……元々彼女は器用でした。それに、当人曰く、恋する乙女は強い、だそうでやる気は十分でした。と言うか、あれは十分過ぎです。それに、まあ、講師陣が……まあ……なんといいますか……ぶっ飛んでいる。ええ、ぶっ飛んじゃってますね。しかも、全部いいとこ取りですので……」
「じゃ、やっぱり弥生は除外、だな。彼女はカイトの方で補佐でもしてもらうか」
月花の苦笑した報告に、旭姫が裁決を下す。これは必須だった。そして、旭姫は更に続ける。
「次に、まあ、上層部は全員除外、だなー」
「まだまだ不出来ですが……致し方がないかと。ええ、致し方がないですね」
旭姫の決定に、月花は少し不満気だが、それに頷く。二人が何を考えているのかというと、まあ、当然だが、冒険部の訓練方法、だった。その上で、この面子は邪魔、なのであった。
「今の冒険部には経験が足りていない。それも、上層部よりもその下が特に」
「自分で判断が出来ていませんね。上層部は及第点ですが……下は及第点にも到達していない。必須かと。ええ、必須ですね」
指揮者が指揮を執り連携して敵を倒す。それは当然の事だ。だが、それは個々の判断が必要無い、という事では無い。指示が届く前に最適な行動できれば、それが最善だ。だが、今の冒険部の下層部は、それが全くできていなかった。
その訓練をする上で、指揮者である冒険部上層部の面々は、はっきりと言えば、邪魔、だったのである。なにせ彼らが居ては、そこに指示を求めかねない。更には彼らも指示を出しかねない。それでは困るのだ。そうして、旭姫はやるべきことを決めて、それをする為にはどうすべきか、を暫く考える事にした。
「んー……じゃあ、月花。お前あいつら連れて適当に魔物と戦って来といてよ。オレ、ヘンゼルと三匹と一緒に指揮の訓練に入るからさ」
「荒療治、という事ですね?」
「そいうこと。詳しいメンバー分けは後で考えるかー」
月花の言葉を、旭姫が認める。そうして、二人はあれやこれやとアイデアを出し合いながら、いつのまにやら戻ってきていた冒険部の面々と共に、護衛に戻る事にするのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第432話『別行動開始』