第430話 切り札
キャラバンの面々が『石巨人』に対して防御陣形を敷いていた頃。カイトとティナが通う皇都付近の軍事研究所には、警報が鳴り響いていた。
当然だが皇都の近郊で『石巨人』ほどの巨大な魔物が現れれば軍隊が動くのは致し方がない。普通ならば近隣の軍事基地から専門の部隊が発進したりするのだが、皇都には近くに大型魔導鎧の研究所がある。その為、皇都にもしも大型の魔物が迫れば、この研究所から試作型の大型魔導鎧が実働試験も兼ねて出撃する事もままあった。
「おいおい……訓練は明日じゃ無かったのか?」
「ぼやいてないでさっさと用意しろ! 出撃予定は10分以内に各機搭乗を完了し、20分以内には発進だ!」
ハインツのぼやきを聞いて、カヤドがその尻を蹴っ飛ばした。皇都にもしもの事があれば、それは皇国軍人すべての大失態に他ならない。ロッカールームでこんな呑気にやっていられる状況では無かった。
「へいへい……っと、じゃあ、お先に!」
「お、それいいな。俺も!」
ハインツが窓から飛び出したのを見て、ラウルも同じように窓から飛び出した。本来は許される様な行為では無いが、緊急事態だ。緊急事態への対応と言えば、許される。そうして二人共空中で暫く滑空し、着地する。
「ロッカー、2階じゃなくて、1階とかになんないのか?」
「無理だろ。1階お偉いさん専用の個人ロッカーだし。じゃ、一旦ここで」
「おーう」
着地した所で、お互いにお互いの格納庫を目指すので、そこで別れた。ちなみに、二人だけでなく、この研究所の誰もが無駄だとわかっている。だが、それでも貴族の中には煩い者が居るのだ。
では2階に個人ロッカーをつくろうとすると、軍人パイロット達は1階なのに、貴族の自分に2階までわざわざ上がらせる気か、というよくわからない難癖が付けられるのだ。そこら辺、貴族だという所なのだろう。
まあ、言いたくは無いが、1階は1階で見下しているようだ、などとの難癖が付くのだが、もうどうしようもないと無視することで一致した。
「こういう所、准将とかは物分かりいいんだけど……ね」
『全くだ。さっきだって時間が無い、って言って予備服で普通に俺達と一緒に着替えてたからな』
「結局根は貴族なのか、根は軍人なのか、の差なのかねぇ」
二人はタラップに取り付けられた通信機で先ほどの会話の続きを始める。タラップが無くても降りられるが、タラップがなければ装着時に差し障るのだ。
そうして、タラップが上がりきり、二人はタラップではなく鎧に備え付けられた通信機を使用して会話を再開する。鎧に腕を通したりするのはほぼ全て鎧側で行われるので、この間は暇なので通信が盛んになるし、情報の伝達にも余念がない。
「さて……普通にやっても勝てる相手だけど……っと、続報来た」
『げ……キャラバンの護衛と交戦中って。どこのキャラバンだ?』
「俺は自分ちじゃない事を祈りたいな」
『ははっ。たまにゃ見せてやれよ』
ちなみに、ラウルが見られたくないというのは別にまた危ないだのと言われる、というわけではない。軍属である以上、戦闘があるのは実家も理解しているし、自分達を守ってくれていると不承不承ではあるが納得もしている。
それに、栄えある皇都防衛の最終ラインの一端を担うとして若干の誇りも抱いていた。では、何が嫌なのか。その答えはハインツが告げた。
『まーた、上映会やってくれるぞ』
「やめろよ……」
ラウルが非常に嫌そうな顔――と言っても誰にも見えないが――で、呟いた。そう、ここだった。強引に配属先を変えさせた事からもわかるように、ラウルの実家はラウルに対して溺愛気味だ。そんな時、試作機パイロットとして滅多にないラウルの活躍を目にできるとあって、映像録画機器まで持ち出すのだ。
本来ならば没収物なのだが、色々な条件をクリアする事で、それを許可させたのである。で、当然だが溺愛する両親の事。それを人に見せたいと思うのは、当然だった。その映像を編集して軍部にも許可を出させた物を、時折上映会の様に客人たちに見せるのであった。
『んなのやってんの?』
「げっ、カイム……」
楽しげなカイトの声が、通信機に響いてきた。他の面々はそれ相応に聞いているので知っているのだが、最近来たカイトは別だ。今にも茶化したい、という感情が声に乗っていた。
『マスター、入手してみましょうか』
『いいね。帰ってからラウル中尉の上映会をやるか』
『ご両親も呼んでやれ』
「え、ちょっと! 皆も乗るなよ!」
用意がほぼ全自動で行われるので、通信内は賑やかだ。そうして、最終チェックを行っていると、最初の者の用意が終わる。まあ、カイトであったが。
『カイム・アマツ少尉、魔導機・『アイギス』出る!』
『良し、他の者も準備が出来次第順次発進しろ! おい、誰か録画機器を持って行ってやれ! ラウルの活躍を撮影して、ご実家に送ってやるぞ!』
『了解!』
「え、ちょい!」
そんな楽しそうな軍人達の声がいつも通りに響きながら、各機発進するのであった。
一方、その頃。相も変わらず冒険部の面々はキャラバンを護衛しながら、戦っていた。そして旭姫達も変わらず、それを観戦していた。
「やっぱ何時見ても惚れ惚れするよなー、あれ」
「貴方様が見ても、そう思うのですね」
旭姫のどこか見惚れた様な声に、リデル公イリスも同意したような口調で答える。二人が絶賛するのは、当然だが、冒険部の戦い方ではない。陣形が整わぬ内は『石巨人』を吹き飛ばし、陣形が整ってからは、生徒に向けられる巨碗の振り下ろしや、足の踏み潰しの中で、生徒達に直撃する物だけを弾き飛ばす『斬撃』だ。
切り裂くのではなく、切っているのに、切らずに弾き飛ばす。そんな有り得ない絶技を繰り広げているのは、一人の銀の美女だ。
「大丈夫ですか? 大丈夫ですね」
彼女は今もまた、一人の生徒が逃げ遅れ、踏み潰されそうになるのを防いでいた。振り下ろされた足と地面の間に割り込み、斬撃を放って足を弾き飛ばす。だが、業物の刃があたろうとも、『石巨人』の足が切れることは無い。旭姫の斬撃と同じだった。
斬りたい物だけを斬る。達人ならば誰しもが可能な術技で、それはそうであっても、喩え達人であっても、その練度に見惚れる物であった。
「カイトの最古参の使い魔。今の使い魔の布陣が出来上がるきっかけ」
旭姫が小さく、リデル公イリスに聞こえないほど小さな声で思い出した。使い魔達の取り纏めをルゥがやっているから誤解されがちだが、最も最古参は月花だ。その付き合いは、旭姫よりも長いらしい。
月花が、人が使い魔となる為の方法に道を付けたらしい。らしい、なのは当時を知るのはユリィとカイト、そして使い魔たる月花と中津国の上層部だけだからだ。
「今なお中津国で最悪の名として伝えられる暴竜・『八岐大蛇』。一度戦ってみたかったなー……」
旭姫がどこか、残念そうに呟く。『八岐大蛇』。日本に生きる者ならば、一度は聞いたことのある名だ。それは、戦国時代を生きた彼女らも変わらないらしい。魔術による翻訳でそう訳されているだけだが、そう訳されるのなら、それ相応の見た目と実力を有していた。
「あの月花でさえ、勝てない化け物。腕が鳴るなー……」
「……それ、生きてるんですか?」
「いんや、カイトが倒してる。結構な激闘、だったらしいけどな」
どうやら途中から聞こえていたらしい。かなり引き攣った顔でリデル公イリスがが問い掛けた。そう、戦ってみたかった、なので、当然だが既に倒された後だ。
だが、まあ、魔物なので何時かは同じように再度出現する可能性はあるが、彼女の様にそれを心待ちに出来るのは極少数だった。
「お、またやった」
再び響いたのは、ドゴン、という轟音だ。今度は月花が振り下ろされた巨腕に自らの細腕を合わせたのだ。勝ったのは可怪しくはあるが、当然、月花だ。生徒たちも奮闘するが、やはり、攻めあぐねていた。
「かってぇ……」
幾度目かの攻撃でついに刃こぼれを起こした武器を見て、生徒の一人が忌々しげに呟いた。この生徒が攻撃する際で出来た隙を防ぐため、月花が攻撃したのだ。
「ちっ……どうすりゃいいんだよ!」
「もう少しだけ、待て! もう少しで準備が終わる!」
苛立ち紛れの言葉に応対するように、瞬が叫んだ。こういう絶望に近い状況では、彼の声を張り上げての指揮は非常に有効だった。
ともすれば攻め手に欠ける状況で自分達の攻撃が通用しないと悟ると、絶望が蔓延してしまう。そうなれば、後は瓦解するだけだ。そんな時、誰かが大丈夫だと声を張り上げれば、それだけで変わる。喩え一時的であっても、それは持ちこたえる精神的な余裕に繋がる。
「俺達の切り札があと少しで、できる! 三枝、翔! なんとかそれまで持ちこたえさせろ! 凛、頼むから無茶をしてくれるなよ!」
「はい!」
「私はもともと遠距離だってば! 何時までも子供扱いしないでよ!」
魅衣と翔、凛の三人の声が応じ、彼らが率いる牽制役の生徒たちが再び『石巨人』の気を引き始める。そうして、更に数分。ついに準備が終わる。
「俺だって、ソロプレイだけが得手じゃ無いんだよ! 全員、合わせるぞ!おぉおおおおお!」
「おぉおおおおお!」
その掛け声はソラで、合わせたのは彼と同じく防御に特化した盾を持つ重防備の生徒たちだ。彼らの大声が草原に木霊する。そうして生まれたのは、巨大な幾つもの盾だ。それは、陣形全てを覆い尽くし、生徒たちの姿を隠しきる。
「……まあ、見れるレベルです。まあ、見れるだけですが」
曲がりなりにも武の頂点を司る月花の評価は辛辣だった。とは言え、『石巨人』の攻撃はもはや防ぐ必要は無かった。
十数人の重防備の者達で張り巡らされた幾重もの盾は如何に巨大な『石巨人』の攻撃とて破る事が出来なかった。
「『砲台』、良し! 『弾丸』、顕現させます!」
次いで声を上げたのは、楓だ。彼女は盾を見て『砲台』と呼ぶと、次いで自身が指揮する魔術師達と1つの術式の展開を終わらせる。そうして巨大な魔法陣から現れたのは、1つの巨大な光球だった。
「うあー、おっきー……」
一方、ドジっ子メイドことお目付け役兼護衛役のヘンゼルの評価というか感想は、呑気極まりなかった。が、巨大なのには違いなく、直径50メートルほどの巨大さだった。
「『弾丸』顕現確認! 照準、行くよ!」
次いで、由利と弓道部等の弓兵の面々でも特に術式の扱いが上手い者が『弾丸』と呼んだ光球の前に巨大な魔法陣を展開させる。残りの弓兵の面々は、彼らは自らの創り出した矢を投射して周囲の状況を観測し、巨大な魔法陣の修正を行う。
「あら、あれは軍艦などで使う弾道補正術式かしら?」
遠くでこの一連の流れを見ていたリデル公イリスは、どこか感心した様にそれを見ていた。彼女が言うように、由利達が展開した術式は軍艦などで使う物を更にティナが独自改良した物だった。
周囲の弓兵の放った矢の情報を自動で補正するだけでなく、矢が受けた影響などから弾道予測までやってしまうすぐれものだった。まあ、学生達はそんな事を知る由もないが。
「桜さん!」
「はい、瑞樹ちゃん!」
「「ブースト!」」
次いで、瑞樹と桜の掛け合いと、同時の叫びが響き渡る。そうして、照準を司る魔法陣の更に前に、大小2つの魔法陣が展開する。それは片方は魔力を外部から供給する事で出力を上昇させ、片方は弾丸を収束させて威力を増す為の物であった。光球側が大きな魔法陣で、外側が小さな魔法陣だ。
「ん、まあ、あれは良いかな」
旭姫が少しだけ感心した様に呟く。これだけは、全員が一致した評価だった。まあ、仕方がない。彼らが把握するように、個人技だけならば、目を見張れる者は少なくないのだ。
この2つは桜と瑞樹の単独の術式なので、感心するのは当たり前であった。だが、彼女らの役割はこれだけではない。
「『砲塔』を造ります!ソラくん!」
「『砲塔』を造りますわ!ソラさん!」
「おっしゃあ!」
美姫達の声が響き、盾を操るソラがそれに応じ、自身の<<杭盾>>を利用して、盾の覆いの一部を弾き飛ばした。ソラが弾き飛ばした盾を強引に操作するのが、二人の役割だ。弾き飛んだ盾を円筒状に配置していき、そうして出来上がったのは、まさに『砲台』の上に乗る『砲塔』だった。そうして、最後に。
「一条先輩!」
「会頭! 後は頼みます!」
「応っ!」
生徒たちの声を受け、瞬の両腕が赤と紫に光り輝き、彼の身体に雷が宿る。そして、槍にはいつもの様に、炎が宿る。だが、今回はそれでは終わらなかった。瞬に宿っていた雷もまた槍に移動して、槍の周囲に稲妻として稲光を発する。
「<<雷炎槍>>!」
瞬が取るのは、彼が彼の切り札を切る時のフォームだ。何千回何万回と修練したその投擲のフォームを取り、彼は雷を宿した炎の槍を投じる。
投じられた槍は雷を先駆けとして炎を通し、更に加速する。音速を遥かに超える槍が目指すのは、巨大な光球だ。光球へと衝突した槍は、そのまま光球を変質させる。
生まれたのは、稲妻を纏う巨大な炎の塊だ。雷炎の塊は槍の速度のまま前にある2つの魔法陣の内、手前の魔法陣に衝突し、更に熱気と稲妻を増大させる。そうして更にその魔法陣を通過した炎の塊は、更に前の小さな魔法陣へとぶつかると、停止する。
「ふむ。問題無いですな」
「問題がある筈があるまい。なにせ、我らが創造主にして、我らの主の術式よ」
「ほら、形が変わりますよ」
遠く、この戦いを見守っていた本来の姿となった三匹が呟いた。そう、それで良かったのだ。『石巨人』に至る最後の魔法陣に衝突した雷炎の塊は勢いを減じたが、減じたのは勢いだけだ。
威力には問題無いし、そもそも、その次の術式が威力も速度も更に増大させる。小さな魔法陣を強引に通ろうとした雷炎の塊は、当たり前だが不定形であるがゆえに、その径に合う様に形を変えるが、その途中で小さな魔法陣が砕け散った。
「失敗!?」
ヘンゼルの叫びが響き渡る。だが、これは成功だった。雷炎の塊は銃弾の如くなると、小さな魔法陣を通過しようとした時にわずかに掛けられた偏向が作用して、猛烈に回転し始める。
そして、それと同時。強引に動きを止められていた弾丸はその動きを止めていた魔法陣の消失によって、轟音と共に勢い良く射出される。
そうして射出された雷炎の弾丸は、『石巨人』の上半身を弾け飛ばし、空の彼方へと、消えていったのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第431話『評価』