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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第二十四章 冒険部・皇都編
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第429話 石巨人

 今日は一日旭姫の戦いを見学するだけで終わった筈の冒険部の面々であったが、帰りしなに偶然出会ったキャラバンの護衛を務める事になる。そうして、のんびりと皇都へと帰還している最中に、地響きが響き渡った。


「『石巨人(ストーン・ギガンテス)』だー! 全員、防衛体制を取れー!」


 再度、警備隊長の号令が響き渡る。そうして、地響きを響かせながらやって来た『石巨人(ストーン・ギガンテス)』は、まるでそれに触発されたかの様に、急激に加速する。

 どうやらキャラバンの面々の、何かが気に食わなかったようだ。何に気に食わなかったのかなぞ、魔物の考える事なのでわからない。もしかしたら警報の音に気付いて、苛立ったのかもしれない。


「コジロー様は!?」

「ああ、お前らはいざ、って時の為に後ろで大砲を使える様に待機しておいてくれ」


 警備隊長の言葉が響いたと同時に、旭姫は大地に降り立っていた。その横には月花とヘンゼルも一緒である。


「コジロー様が行かれるのですか?」

「いや……よっし。全員、ちゅうもーく!」


 旭姫の言葉に、全員が彼女に注目する。その時、冒険部所属の生徒達――と数人の教師達――が嫌な予感がしたのは、言うまでも無い事であった。


「今日の鍛錬は、あれを潰すことにしました! 全員、がんばれよー!」

「えぇー!」


 やっぱり、と思う心半分、有り得ない、と思う心半分。彼女の言葉に全員の悲鳴が斉唱された。だが、悲鳴を無視して旭姫が注意事項の説明に入った。


「じゃあ、注意事項を説明する! まず、第一! 踏み潰されるな! 第二! 腕の振り下ろしにも注意しろ! 第三! 意外と固いから、なるべく頑張って貫通しろ! 以上!」

「いやいやいや! もっとなんか実用的なアドバイス下さいよ!」

「えー……そうだなー……口から中に入ろうと思うな。結構後悔する。以上だ」


 生徒の懇願を受け、旭姫は更にヒントを与える。実はこれを狙っていた生徒が何人か居たのだが、旭姫の言葉にその考えを取りやめた。

 ちなみに、後悔する、というのは事実で、なにげに内部は岩でできているが普通の人体構造と同じなのだ。どういう原理なのかは不可思議極まりないが、『石巨人(ストーン・ギガンテス)』の口の中にはよだれが溢れているし、口から更に内部に入れば、胃にたどり着く。

 すると当然、そこには『石巨人(ストーン・ギガンテス)』食べた生き物の残骸、もしくは生きたまま溶かされたであろう悲惨な姿が転がっており、食欲を減衰すること請け合いだったのである。

 まあ、それでも攻撃を受けない分、内部から破壊した方が楽、という者もいなくはないのでそれを選ぶ者が居なくはないが、一度やって着物をダメにした挙句、カイトに強制的に脱がされた旭姫としてはおすすめしなかった。なお、着物については後でカイトが修繕した。まあ、そのためにカイトが脱がせたのだが。


「あれやると着物がダメになるんだよなー……臭くてもう着たくないしさー……と言うか、あの所為でカイトに裸を見られたんでしたね……いえ、あれは彼がお風呂に入っている所に入った私が悪いのですが……」


 ぶつくさと呟きながら、旭姫は手頃な岩に腰掛ける。が、どこか暗示が解けかかっていた。


「えー……」


 平然と我関せずを決め込んだ旭姫に、誰もが――キャラバンの者達も――唖然となる。が、そんな事には慣れっこな月花が、一同に活を入れた。


「ぼーっとしないで下さい! 全員、対巨人戦用陣形用意! 瞬さん、音頭を取って指揮してください! 一応、誰も死なない様に私とヘンゼルさんで対処します! 対処させて頂きます!」

「ふぇ!? 私も!」


 いきなり水を向けられたヘンゼルが、大いに慌てふためく。ちなみに、実は彼女はやろうとすれば『石巨人(ストーン・ギガンテス)』を単独討伐出来る。ただ単に焦っているのは無理と思っているから、に過ぎなかった。


「マスターからお墨付きが出てるんですから、頑張ってください! いえ、頑張りなさい!」


 月花の一喝のお陰で、ようように一同が動き始めるが、やはりまだ、戸惑いが大きい。このままでは陣形を整える前に、学生たちの下へと『石巨人(ストーン・ギガンテス)』が到着する公算が大きかった。


「うーん……やっぱ、大人数での指揮が取れてないなぁ……」


 一方、早々に我関せずを決め込んだ旭姫は、これを見通していた。いや、これを確認せんが為、あえて戦わせたのである。月花に許可を出したのも、その為だ。

 元々彼女とて冒険部だけでやれるとわかっていたならば、どれだけ月花が強情に押そうとも許可は出なかった。出来ないとわかっていたが故に、月花に許可を出したのであった。


「圧倒的に経験値が足りてない」


 総じて、それが結論だ。確かに、個々の実力としてみれば瞬やソラ達を筆頭に、実力や才覚には目を見張る者が少なくない。

 だが、そこまでだ。もう一歩先、喩え急造のパーティであっても即座に一糸乱れぬ連携が取れる様になれば、冒険者だと胸を張って言えるのだが、そこには至れていなかった。それは馴染みの面々だけで構成されているはずの冒険部の現状を見れば、一目瞭然、だった。


「とりあえず、やっぱり弥生かなー……とりあえず、当分は彼女は外さなきゃなー……」


 旭姫が呆れた様に、つぶやいた。右往左往する者の少なくない冒険部で、唯一と言えるほどに満足に指揮能力を発揮できているのは、弥生だけだった。


「はい、君はこっちね」

「あ、はい!」


 弥生は右往左往する生徒を見つけると、その武器と練度を即座に見て取って、必要と思われる場所まで案内していた。彼女が密かに手を回しているからこそ、桜や瞬という拙い指揮でもなんとか連携がとれているのであった。

 一同は大声を張り上げて陣頭指揮を取る瞬や、神がかった美しさで陣頭指揮を取る桜や瑞樹に目を奪われて気付かないだけだ。

 真実、この陣形をきちんと回しているのは彼女だった。瞬達が操っている様に見えて、そうなるように誘導しているのは弥生なのであった。


「あれ……絶対カイトの仕業だよなー……」


 場数が違いすぎる。それが、旭姫の見立てだ。彼女が居なければ、曲がりなりにも瞬や桜達が居るので陣形は瓦解しないまでも、確実にもっと構築に時間が掛かっただろう。瞬や桜達ではまだ、全体を見る目にも、点として各員を見る目にも欠けていた。

 一応断っておくが、瞬や桜、瑞樹達とて全体を見渡していないわけではない。見ようとはしているし、見てもいるが、そこまで細やかな指示を下せるだけの経験値が足りないのだ。

 それに、学生たちの方にも戦闘向けの陣形を構築するという事に対する練度が足りない。こればかりは、一朝一夕に身に付くものではないので、仕方なくはあるだろう。


「非自律型の監視用使い魔が5体。非常用の自壊……いえ、自爆式遠隔術式が3つ。自律型攻性使い魔が4体……凄いこと。ウチの子たちでもあそこまではなりませんわ。彼女はあの子達の切り札かしら?」

「ああ、来たのか」

「ええ、まあ。折角の見世物ですもの」


 旭姫の横に腰掛けたのは、ソラ達と話していた貴婦人、というかリデル公イリスだ。彼女は上空を見上げながら、呟いた。

 そこには、非常に丁寧に隠されているが、何体もの使い魔達が浮かんでいた。レベルとしてはカイトやティナの使い魔達には圧倒的に劣るが、それでも、学園生からみれば気が遠くなるようなレベルであった。それらは全て、一人の人物、つまり、弥生の使い魔であった。

 誰よりも先んじた2年の月日は、まだまだ大きかった。自らの命が掛かっていた事と、初恋の少年だった愛する男の苦しみを知って、彼と共に居ようと思った歳月が、それだけの実力差を生み出していたのである。


「月見草……というには、少々輝かしい花ですこと」

「はぁ……」


 貴婦人の楽しむ様な声に、旭姫の『女』がため息を吐かせた。あれもまた、自分の恋敵の一人だ。それを理解していたのである。

 ちなみに、リデル公イリスの言は遠くから見れば、それなりの実力者なら傍から見れば誰でも理解出来た。

 なにせ全体を見渡せる様に複数の使い魔達を使い、澱んだ流れがあれば修正し、もし攻撃を受ければ反撃し、いざというときには撤退する手筈まで整えているのだ。

 今と数手先を見通しているだけの桜や瞬達に対して、弥生は数十手先まで見通していた。それを為せている理由こそが、彼女が操る使い魔達なのであった。これが出来て初めて、指揮官は指揮官足り得たのである。


「とは言え、間に合いそうにありませんね」

「……いや、大丈夫だろ。月花いるし」

「月花?」

「元<<月天(げってん)>>の月花」

「5代前の<<月天(げってん)>>!? 剣聖と呼ばれた『月』の月花ですか!? ご逝去された筈では?」


 リデル公イリスの、あまりお上品ではない驚きの声が響く。彼女もカイトについてはそれなりに知っているが、何もその全てを知っているわけでもないし、多くを知っているわけでもない。

 大戦についても幼子であったので、同様だ。それ故、月花の去就(使い魔化)について知らなくても致し方がないだろう。


「うん、それ。よく知ってたなー」


 旭姫がリデル公イリスの問いかけを感心した様に、認める。月花の名前は、そこまで有名では無かったのだ。それを知っていたが故に、感心したのである。

 というのも、歴史書や教科書などに燈火の名前が記されている為、彼女の方が世界的に有名である様に思われるし、これは事実だ。

 だが、実はこれは彼女達の国である中津国だけでは、違っていた。中津国でだけは、とある1つの名の影に潜み、者によっては燈火の名を知らない者まで居るほどであった。

 では、それ以上の名とは何か。それは、彼女の驚きの原因である<<月天(げってん)>>だ。中津国以外に出る事が滅多に無いが故に中津国以外では有名になることは少ないが、中津国では全ての戦士と住人たちの信望と信頼、そして羨望を一身に集める名なのであった。

 とは言え、これは、致し方がないことであった。中津国は多種多様な種族が入り乱れ、数多の強者達と数多の強力な魔物が屯するある種の魔境に近い。

 そんな中で、強者達でさえ敵わぬ強大な魔物が現れれば討伐に出て、些か強者達の中でも強いからと勘違いした驕り高ぶった者の反乱などがあればそれを鎮圧しなければならないのだ。

 並大抵の力量の猛者では務まらない。それ故、武の頂点の名前である<<月天(げってん)>>はある種、中津国最大の誇りであり、最大の武芸者の称号なのであった。

 この名を前にしては、文官として国内ではあまり目立たぬ燈火の名が霞むのは、致し方がなかった。そしてそんな魔境の武の頂点だからこそ、次の現象はある種、当たり前だった。


「ふっ」


 小さく、息の吐く音がした。陣形が整わぬ内についに距離を詰められ、騒然となった冒険部の面々だが、誰かが踏み潰される様なことには、なり得なかった。足が振り下ろされる前に、銀色の影がそれを吹き飛ばしたからだ。


「え……あの、どなたですか?」

「瞬。今の内に陣形を整えなさい。ヘンゼル、呆けてないで陣形が整うまで抑えますよ。ええ、抑えましょう」


 ヘンゼルの疑問を無視し、銀の美女が告げる。彼女は狐耳のある、九尾の女性だ。だが、先の燈火と違い、彼女の耳と尻尾の色は銀色だった。そして、彼女には雌狐の狡猾さも燈火の様な艶やかさも、存在していなかった。彼女あったのは、狐の狩人としてのしなやかさと美しさだ。

 違いはそれだけではない。豪奢な着物を着崩し、着流す燈火とは違い、彼女の着物は白地に月下美人の装飾が施され、それをきちんと着こなしていた。

 また、体型も対照的だ。決して彼女に胸や尻にボリュームが無いというわけではないし、並に比べればあるだろう。だが、燈火を柔らかさと言うならば、彼女は全体的に靭やかさが前面に見えた。


「はっ」


 再び、小さな息が漏れる。だが、誰も何が起きているのかはわからない。そうして次に響くのは轟音だ。起き上がり、此方に向かってきた『石巨人(ストーン・ギガンテス)』が吹き飛んだ音であった。


「『月下美刃』を満足に振るってやれぬのは無念です……ええ、無念ですね……」


 その口ぶりには、学生たちが聞いたことのある口ぶりがあった。そうしてようやくに彼女の正体を悟る。


「何を皆さん驚かれているんですか?」

「いえ、あの……ほんとに月花ちゃん?」

「ええ。では、行きますよ、ヘンゼル」

「ああ……あのもふもふが……」


 いきなり急激に成長して美女に成り代わった月花に非常に残念なヘンゼルであったが、戦闘を前にしてさすがに迷いは見せない。ちなみに、彼女は残念がっているが月花が獣化すれば再びもふもふが大量に増加して現れるので心配は無い。


「今のうちに陣形を整えろ!」

「急いで下さい!」


 誰もが理解していた。彼女らがやってくれるのは抑えだけで、討伐してくれるわけではないことを。だから、大急ぎで準備が整えられる。


「急げ急げ! さっさとしねえと、ぶっ潰されるぞー!」

「ほら! 自信ない奴は全員後ろに下がれ! あんま前に出て邪魔になんな!」


 月花のおかげで安全の確保が出来て、そこから指揮をするのは冒険部の上層部全員だ。それ故、翔やソラ達も大声を上げる。その後ろで、弥生が隠れて調律を行う。そうして、大急ぎで『石巨人(ストーン・ギガンテス)』に対する陣形が取られるのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第430話『切り札』

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